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Re:それではイラン−イラク戦争や湾岸戦争をなぜ起こしたんでしょうか?
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投稿者 すみちゃん 日時 2003 年 4 月 18 日 22:46:08:xnvpUXgHxuDw6

(回答先: フセイン一派は「敵前逃亡」しただけで「降伏」なぞしていません 投稿者 あっしら 日時 2003 年 4 月 18 日 22:08:18)

   それではイラン−イラク戦争や湾岸戦争をなぜ起こしたんでしょうか?

   あっしらさん。 レスありがとうございます。

   (米英側が負けてしまう戦力でイラクに戦争を仕掛けたことが「合作説」の傍証でもあります。)
    (戦争に備えて米英も南部シーア派の動向を情報収集していたはずですから、フセイン政権が本気であったなら、あの戦力では戦争を仕掛けなかったはずです。)

      これは同感です。 普通の戦略家ならもっと圧倒的な戦力下で開戦すると考えるのが合理的です。 フセイン政権が本気ではなかったことを示す傍証だと思います。

    (覇権国家の大統領が、闇取引ではなく、国際社会に対してまで、フセイン一族が国外退去すれば罪を問わないと約束したのですよ。)

      なるほど。 罪を問わない(裁判にかけない)と明言したんですか?

    (フセイン一族に国外退去されると困ってしまうのは米英政権です。)
     確かにフセイン一族は国内にいる必要がありましたね。 これも傍証といえるかもしれません。

     (積極的協動関係は湾岸戦争で終わったという認識です。)

      うん。 そのあたりを明確にして頂きたかったのです。

      (「指示待ち」も、協動関係(合作)だと思いますが...?)

      もちろんそうです。 合作と言ってもいろいろあります。      (指示−被指示という関係性であれば、一貫として、指示:米英−被指示:フセイン政権というものです。)
       (指示したけど言うことを聞かなかったので、負けたしまったというわけにはいかないのです。 きちんとした合意がなければ、負ける戦力と戦術でイラクに戦争を仕掛けることはできなかったと考えています。
        ですから、フセイン一派が主体的に選び取った「合作」だと判断します。)
       (「狭義の合作」であったのか、「一族郎党が助かる方法」としての敵前逃亡だったのかは、米英政権がどれほどの悪なのかということを明確にできるかどうかや、今後のイラク国民の戦いが国際社会の支持を受けられるかどうかに深く関わることです。)
      
       これで合作説の内容がより明確化しましたよね。 あっしらさんのおっしゃる「合作」がどういう感じの合作なのか、明確化して頂こうと言う意図で書いてみたのです(私は人が悪いのかもしれません)。

       (米国の指示に逆らうより、イランに先制攻撃を仕掛けるほうが、国際要因・国内要因から政権が崩壊する可能性が高いのです。 当時は、ソ連との良好な関係が維持されていたので、イランに先制攻撃を仕掛けなかったからといって、今回のような攻撃を受けることはなかったと推測します。
       より重要なことは、フセイン政権が言うことをきかないからといって、フセイン政権に代わる政治勢力がイラクにあるわけではありません。)

       それでは、イラクはなんでイランに攻め入ったのでしょうか? ご教示下さい。
       これは「協動関係」の内容を明らかにする上で大事なことです。

       (「仕事が終わったらご褒美をやるぞといわれた」ことがクウェート併合であるのなら、きちんと証文をとっていたはずです。 米英相手に空手形で納得するような“非同盟”アラブ支配者はいないと考えるのが合理的です。(イスラムは人治や阿吽の呼吸という社会ではなく契約を重視する社会です))

       なるほど。 そう考えるべきですか。
       だけど証文をもしとっていたって表に出せないような気がするんですが?

        (フセインが契約も取り交わさない愚かなアラブ支配者であったとしても、クウェート侵攻にあたって、「歴史的にも正当だし、クウェートのこの間の振る舞いも敵対だが、米国が約束したご褒美でもあるからいただく」と宣言したと推測します。)
        (また、8月下旬にクウェートに侵攻していながら、それが許されないご褒美であったことがわかった後も、1月中旬までクウェートに居続けたのでしょうか?)
         (米国を主体とする多国籍軍が配置を増強する前に、クウェートから撤退する選択肢もあったのです。
          そうすれば、「湾岸戦争」のイラクは現実の歴史過程とは違ったものになったはずです。以降の様々なイラク制裁は、「湾岸戦争」を根拠としたものです。
          (少々なりとも合理的な判断力を持っている国家指導者であれば、クウェート侵攻もしなければ、侵攻したとしてもあのような撤退の仕方をしないと考えるほうが合理的です。)

           最後の段落こそが問題の焦点です。 なぜフセイン政権は明らかに成算がないのにクウェートに侵攻したんでしょうか?

           国際社会が認めないこと、国連が認めないこと、メジャーが認めないことは,普通に考えれば明らかなことですし、実際にそうなりました。 フセインはそんなことが分からない愚か者だとは思えません。
           
           私は、どうもフセインが米国からクウェート侵攻を黙認ないし許可されたと考えており、その根拠は長年忠勤を励んだご褒美と認識していたと思うのです。 これが湾岸戦争前の「積極的協動関係」の事実上の中身だったんじゃないかと考えたんですが。
           フセインが騙されたとしか考えられないのはこの理由によります。

           この仮説が不適切であるというご意見も理解できました。  それでは、クウェート侵攻は、どういう積極的協動関係だったんでしょうか? ご教示下さいませ(あっしらさんの投稿内でそのへんが不明瞭な感じがしたんで、仮説を提示して突っ込ませて頂きました)。

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