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Re:貨幣には通時的構造も共時的構造もない
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投稿者 南青山 日時 2003 年 3 月 23 日 16:15:23:ahR4ulk6JJ6HU

(回答先: Re: ????????????? 投稿者 ????? 日時 2003 ? 3 ? 23 ? 14:35:06)

まさちゃんさん、丁寧なレスありがとうございます。
小生の書き込みは、ベルクソンの「時間と自由」を読んでいて、ふと貨幣論への応用を思いついたものです。ベルクソン的にマルクスを読む、マルクス的にベルクソンを読むというのは少し面白そうだなと思っている今日この頃です。
昔、貨幣について少し考えたことがあり、マルクスの価値形態論までいってどうもよくわからなくなってしまいました。
そこで、この書き込みを見て、ちょっと思ったこと(価値形態論をベルクソン風に読み替えると面白そう……)を書かせていただきました。
貨幣についての議論はとてもややこしいことになりそうなので、手短にまさちゃんさんのレスに答えさせていただきます。

>オープンな領域内で、「最大値を実現」したり「最大値を保証したり」することは可能でしょうか?

最大値という書き方がいけなかったかも知れませんが、貨幣の交換可能性が、空間的にも時間的にも非限定的であるという点で、貨幣以外の交換システムよりも交換可能性が大きい(最大である)という意味です。貨幣以外の交換システムは、空間的にも時間的にも限定的です。
さらにいえば、貨幣であるという時点で、いっさいの交換可能性について等価に開かれています(使用価値と交換価値という区分でいえば交換価値しかない、シニフィアンとシニフィエでいえばシニフィアンしかないという状態と考えていいんじゃないでしょうか)。
これは貨幣システム以外にはない特徴と思います。

まさちゃんさんの書き込みを通しての岩井の貨幣論の不満は、まさちゃんさんがまさに指摘しているように通時的価値を認めている(「通時的構造を持つ」)ところです。
小生的にいうと、貨幣には通時的構造も、共時的構造も含まれている(ように見える)、ソレは貨幣というシステムの本質が、通時的にも共時的にも未分化の状態――交換可能性が、空間的にも時間的にも非限定的であるという状態にあるのではないかと思うのです。

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