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【哲学クロニクル】イラク戦争:真の危険はどこにあるのか?(2)
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投稿者 愚民党 日時 2003 年 3 月 29 日 22:23:54:

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哲学クロニクル 第363号
(2003年3月29日)
イラク戦争:真の危険はどこにあるのか?(2)
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イラク戦争についてのいかにもジジェクらしいコメントの続きです。
原文はhttp://www.lacan.com/iraq.htm
で読めます。


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イラク戦争:真の危険はどこにあるのか?(2)
(スラヴォイ・ジジェク、木原善彦訳)


対イラク戦争は、「公式な」政治的区別がぼやけている今、真実の瞬間となって
いるのではないだろうか。概して私たちは今、さかさまの世界に暮らしている。
共和党が湯水のように金を使い、記録的赤字予算を組む一方で、民主党が予算収
支の均衡を図る。つまり、大きな政府に猛反対し、州や地方公共団体への権限委
譲を説いている共和党が人類史上もっとも強力な国家機構を作る過程にあるのだ。

そして同じことが元共産主義国家にも言える。ポーランドのケースが症候的だ。
ポーランドで合衆国の政策をもっとも熱心に支持しているのは元共産党のクワス
ニエフスキー大統領で(彼はジョージ・ロバートソンの後を継ぐ次のNATO長
官とも目されている)、他方、ポーランドが反イラク連合に加わることに反対し
ている主な勢力は右翼政党である。

2003年1月末にポーランドの主教たちはポーランドのEU参加契約に特別な
条項を付け加えるべきだという要求を政府に出した。すなわち、ポーランドは
「憲法に定められた基本的価値を守る権利を有する」という条項である。それが
意味しているのは、もちろん、堕胎と安楽死と同性婚の禁止だ。

合衆国の「対テロ戦争」をもっとも熱心に支持している元共産主義国自身が、自
らの文化的アイデンティティーと国家としての生き残りを深く憂慮しており、グ
ローバル資本主義の洗礼を受ける代償として文化的「アメリカ化」の攻撃におび
えている。こうして私たちはブッシュ肯定の反米主義というパラドクスを目にす
ることになるのだ。

私自身の祖国、スロベニアにおいても同じような矛盾が生じている。「中道左翼
連合与党は、表向きにはNATOに参加して合衆国のテロ撲滅キャンペーンを支
持しているが、実はその支持は信念に基づくものではなく、日和見的な支持であ
り、影ではそれを妨害している」と、右翼民族主義者が非難している。しかし同
時に、「連合与党は、スロベニアを西欧化されたグローバル資本主義に完全に組
み入れ、スロベニア人民を現代のアメリカ的な大衆文化の中に放り込むことを唱
え、スロベニアの民族的アイデンティティーを台無しにしようとしている」とも
非難しているのだ。

彼らが考えているのは、スロベニア人をまじめな思索や強固な倫理的姿勢を持て
ない御しやすい大衆に変えるために連合与党が大衆文化やくだらない娯楽テレビ
番組やつまらない商品などを支持しているという図式である。要するに、その底
流にあるのは、連合与党が「リベラル共産主義者の陰謀」を象徴しているという
モチーフだ。グローバル資本主義に容赦なく無制限に飲み込まれることは、秘密
裏に権力を維持しようとする元共産主義者の最も新しい暗黒の陰謀と見られてい
るのである。

ほとんど悲劇的と呼んでもいい誤解は、民族主義者たちが一方で無条件に(合衆
国主導の)NATOを支持し、反グローバル主義者や反米平和主義者を影で支持
していると言って連合与党を非難しながら、他方で、グローバリゼーションの過
程におけるスロベニアのアイデンティティーの行く末を気にかけて、連合与党が
スロベニアの民族的アイデンティティーを無視して地球規模の渦巻きの中にスロ
ベニアを放り込もうとしていると主張していることだ。

皮肉なことに、こうした民族主義的保守派が嘆いている新しい社会イデオロギー
的秩序は、かつての新左翼が「抑圧的寛容」と不自由の見せかけとしての資本主
義的自由と呼んでいたものに似ている。ここで、ベルルスコーニが首相を務める
イタリアの例が重要だ。強力な合衆国支持者であり、かつ、テレビによって世論
を愚民化するエージェントでもある彼は、政治をメディアのショーに変え、大き
な広告メディア会社を経営しているのである。

では、賛成・反対について、私たちが道理をもって立つべき場所はどこなのか。
抽象的平和主義は、知的には低レベルで、道徳的には間違っている。人は脅威に
対しては立ちあがらねばならない。もちろん、サダムが倒れればイラク国民の大
多数は安堵するだろう。さらに、もちろん戦闘的なイスラムは恐ろしく反フェミ
ニスト的なイデオロギーでもある。

もちろん、反対する理由のすべてにはいくらかの偽善が含まれている。反乱はイ
ラク国民自身から起こるべきだとか、私たちは自分たちの価値観を彼らに押し付
けるべきではないとか、戦争は決して解決にはならないとか。しかし、たしかに
それはすべてその通りだが、この攻撃は間違っている。この攻撃が間違っている
のは、誰がそれをするかが問題だからだ。こんなことをするなんておまえは何者
なのか、と非難すべきなのだ。戦争か平和かという問題ではない。この戦争には
ひどい間違いがある、これによって何かがどうしようもなく変わってしまう、と
いう直感は間違っていない。

ジャック・ラカンのとっぴな言明の一つにこういうものがある。嫉妬を抱いた夫
が妻について言っていること(妻があちこちで浮気をしている)が仮にすべて本
当だったとしてもその嫉妬心は病的だというのだ。これにならって言うなら、ナ
チがユダヤ人について言ったことのほとんどが本当だったとしても(連中はドイ
ツ人を搾取している、連中はドイツ人少女を誘惑している……)、それでも彼ら
の反ユダヤ主義は病的なのだ(実際、そうだった)。

なぜならそれはナチが自らのイデオロギー的立場を支えるために反ユダヤ主義を
必要とした本当の理由を押し隠しているからだ。そして今日、「サダムは大量破
壊兵器を保有している」と主張している合衆国についても同じことが言えるだろ
う。仮にこの主張が本当だとしても(おそらく本当だろう、少なくともある程度
は)、その主張を発している場所が間違っているのだ。

誰もが合衆国によるイラク攻撃の破滅的結果を恐れている。巨大な規模の生態系
破壊、合衆国側の戦闘犠牲者の数、西側におけるテロ攻撃……。こういう思考に
おいて、私たちはすでに合衆国の視点を受け入れている。そして、もし1990
年の湾岸戦争のときと同じように戦争が早期に終結し、サダム政権が急速に解体
すれば、現在合衆国の政策を批判している人々の多くもそろって安堵のため息を
漏らすだろうというのは想像に難くない。

合衆国は結局は破局に至らずにみんなが安堵するということを予定に入れながら
故意に切迫した破局の不安をあおっているという可能性さえ考えたくなる。しか
し、これがおそらくもっとも大きな真の危険である。すなわち、勇気を奮って、
その正反対のことを主張するべきなのだ。おそらく合衆国側の苦戦こそ起こりう
る最もよい展開だということだ。そうした目を覚まさせるような悪いニュースが、
すべての関係者に自らの立場を再考させるのである。

20001年9月11日、ツイン・タワーが攻撃された。その12年前の198
9年11月9日、ベルリンの壁が崩壊した。11・9は「幸福な90年代」の訪
れを告げていた。自由民主主義が原理的に勝利し、探求は終わり、地球規模の自
由な世界がもうすぐそこまで来ているし、超ハリウッド的なハッピーエンドに向
かう道にある障害物は単に偶発的で経験的なものに過ぎず、自分の時代が終わっ
たことを知らない指導者たちがところどころで孤立して抵抗しているだけだと信
じる、フランシス・フクヤマ「歴史の終焉」の夢の時代だった。

それと対照的に、9・11はクリントン政権の幸福な90年代の終わりを告げる
象徴的事件だった。それは、イスラエルと西岸地区の間、ヨーロッパ連合の周囲、
合衆国・メキシコ国境など、いたるところで新しい壁が生まれつつある来るべき
時代の象徴だった。新しい地球規模の危機が姿を現しつつある。経済の崩壊、軍
事的または他の種類の破局、非常事態……。

そして、政治家が自らの決断を直接倫理的な言葉で表現し始めるとき、間違いな
くそのような暗黒の脅威を覆い隠すために倫理が持ち出されているのだと考えて
もよい。最近のジョージ・W・ブッシュの発言(「世界はこの悪に対して行動す
る勇気があるのか、ないのか?」というタイプの発言)において抽象的な倫理的
な言葉遣いが極端に増えているのは、逆に合衆国の立場のひどい倫理的惨状を証
明しているのだ。

こうした場面で倫理を持ち出すことは純粋な目くらましとして機能する。それは
単に真の政治的利害を隠蔽する役割を果たすのみだ。その真の政治的利害を見極
めるのは困難ではない。ウィリアム・クリストルとローレンス・F・カプランは
近著『イラクを巡る戦争』にこう書いている。「ミッションのスタート地点はバ
グダッドだが、そこで終わりではない……私たちは新しい時代の入り口に立って
いる……今が決定的な瞬間なのだ……明らかに問題はイラクのみにとどまらない。
中東の未来と対テロ戦争という問題にもとどまらない。問題は21世紀に合衆国
がどのような役割を果たすつもりかということにかかわっているのである」。

この意見には同意せざるを得ない。今問題になっているのは事実上国際社会の未
来である。将来の国際社会を統制する新しいルール、新世界秩序がどんなものに
なるかという問題だ。今起こっているのは、合衆国がハーグ裁判所を認めなかっ
たことから論理的につながった新たなステップなのだ。

初の恒久的な地球規模の戦犯裁判所が2002年7月1日からハーグで動き始め、
大量虐殺、人道に対する犯罪、戦争犯罪などを扱う権限を与えられた。国の支配
者から一般市民にいたるまで誰でも、システマティックな殺人、拷問、レイプ、
性的奴隷制などを含む人権侵害について国際刑事裁判所(ICC)に告発されう
る。あるいは、コフィ・アナンの言葉を用いるなら、「私たちが皆人類という一
つの家族だという認識が必要だ。

私たちは新しい制度を作らなければならない。これもその一つだ。これは文明に
向かう人類のゆっくりした歩みの中で新たな前進の一歩だ」。第二次世界大戦後
のニュルンベルクにおける国際軍事法廷でナチの首脳が裁かれて以来の国際司法
における最大の画期的出来事だとして人権団体もこの裁判所の創設に喝采を送っ
たが、しかし、国際刑事裁判所は合衆国、ロシア、中国からの強固な反対にあっ
ている。合衆国は「この裁判所は国家主権を侵害しており、合衆国外で活動する
役人や軍人が政治的な動機によって訴追されかねない」と言い、合衆国議会は、
国際裁判所の検察が合衆国国民を拘束した場合には裁判の拠点となるハーグを侵
略する権限を合衆国軍に与える法律を制定することさえ考えているのである。

ここで注目すべきパラドクスは、合衆国の全面的支援(と投票)によって作られ
た裁判所の司法権を合衆国自身がこうして退けているということだ。今ハーグに
いるミロシェビッチにはどうして次のように言う権利が与えられないのか。合衆
国がハーグ裁判所の国際的司法権の合法性を認めていないのだから、自分にも同
じ理屈が当てはまるはずだと言う権利はないのか。

同じことがクロアチアについても言える。合衆国は現在、ボスニア紛争の際に戦
争犯罪を行ったとされる将軍数人の身柄をハーグに渡すようクロアチア政府に途
方もない圧力をかけている。もちろんそれに対する反応は、「向こうはハーグ裁
判所の合法性を認識していないのに、どうしてこっちにそんな要求ができるのか」
というものだ。それとも、合衆国市民は事実上「ほかの者よりももっと平等」だ
とでも言うのか。

ブッシュ・ドクトリンの底流にある原理を単純に普遍化すれば、インドにはパキ
スタンを攻撃する十分な権利があるのではないか、ということになる。パキスタ
ンはカシミールにおいて直接的に反インドテロリズムを支援・隠匿しているし、
大量破壊(核)兵器を所有している。当然、中国には台湾を攻撃する権利がある
ことになるし、それ以外にもいろいろあって、その帰結はとても予想がつかない……。

(c)木原善彦


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(c)中山 元
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