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ロバート・フィスク 4/13 一つの文明が八つ裂きになった。翻訳 [Independent]
http://www.asyura.com/0304/war31/msg/1169.html
投稿者 F 日時 2003 年 4 月 15 日 02:59:53:IVJACidRB5fhY

一つの文明が八つ裂きになった。

ロバート・フィスクのレポートによればバクダットは自分自身と戦争をしており、盗賊とガンマンに翻弄されている。そして都市の一番重要な博物館では真に恐るべきことが起きた。

2003年4月13日

極めて貴重なカネで買うことのできないイラク史の古代美術が数万のかけらにこなごなになって床全体に散らばっている。略奪者達は棚から棚へ、アッシリア人、バビロニア人、シュメール人、メディア人、ペルシャ人、ギリシャ人の彫像や塑像、鉢、壷やアンフォラ(両取っ手付の壷)を系統的に引きずり落とし、コンクリートに叩きつけた。

歴史を通じ、幾度ものバクダット占領、幾度ものイラク侵略を乗り越えて、そしてアメリカ人が都市を「解放」し、はじめて破壊された5000年前の大理石の台座、石像や壷や鉢の破片を踏んで私達の足がザクザクと音を立てた。イラク人がやったのだ。自分自身の歴史に対して、その自分自身の国の数千年に及ぶ文明の証拠品を物理的に破壊したのだ。

タリバーンがバーミヤンの仏像やカブール博物館の彫像を破壊する乱行に及んで以来、そしておそらく第二次世界大戦あるいはそれ以前以来、これほどたくさんの考古学の宝がむちゃくちゃになおかつ系統的にこなごなに壊されたのは、はじめてのことだろう。

「これが我々自身の歴史に対して我々の人々がなしたことです」灰色のガウンを着た男が、昨日国立考古学博物館の収納室で、以前には完全な形をしていたシュメールの壷の残骸の山や、いまや頭も手もなくなったギリシャの彫像に懐中電灯の光を当てて、そう言った。「残ったものを守るためにはアメリカ兵士が必要です。ここではアメリカ人が必要なのです。我々には警察が必要です。」しかし博物館のガードマン、アブドゥル・セタール・アブドゥル・ジャベールが昨日経験したのは略奪者と地元住民の間の銃撃戦であり、博物館の外で我々の頭上で風を切り、隣接したアパート地区の壁すれすれに飛ぶ弾丸の音であった。「これを見てください」と彼が手にとったのは、厚みのある陶芸品の一部で、おそらく元の形では60センチほどの高さがあったであろう壷で、繊細な模様と美しく装飾が施された口の部分が突如断絶しており、4つのかけらに破壊されている。「これはアッシリアのものです」。アッシリア人はキリストの2000年前に栄えた。

そして、バクダットの新しい統治者であるアメリカは何をしていたのだろうか?なぜか、昨日の朝、あの嫌われ者のサダム・フセインの元警官達をリクルートして、法と秩序の回復を代行させようとしていた。これに比することをした最後の軍隊は東南アジアでのマウントバッテンの軍で、1945年再占領されたインドシナで敗れた日本軍を雇い、銃剣をつけさせてサイゴンの道を監督させた。

バクダットのパレスティンホテルの外では、威厳ある制服を身につけた元警官達が、街で彼らの「任務」に戻るようにというラジオ放送を聞いて、列を作った。午後遅くには少なくとも8人の、威風堂々たる上位の警察官が、それぞれあのイラクバース党の制服と同じ緑色の制服を着用し、米軍海兵隊に付き添われて、アメリカ人たちに彼らの業務を提供するために現れた。しかし、そのうち古代美術博物館に送られる者は誰もいないようだった。

しかし「解放」はすでに占領に入れかわっている。フィルドス広場では「我々の護衛、安全と平和のための」イラク新政府を要求する怒れるイラク人群集に面して、まさにその護衛をする役にあるべき米軍海兵隊が密集して相対し、いつでも射撃できる態勢にあった。アメリカ人、そして当然のことながらラムズフェルド氏が理解できない現実は、サダム・フセインの元では貧困にあえいでいたのは常にシーア派モスレムであり、一方、中流階級は、フセイン自身がそうであったように常にスンニ派モスレムだった。だから今、シーア派の強奪の被害にあって困っているのはスンニ派なのだ。

だから昨日おきた所有者と略奪者の間の銃撃戦は、事実上、スンニ派とシーア派の間の抗争である。アメリカ人はその怠惰によって民族間の憎しみを焚き付け、その暴力を終わらせることに失敗し、バクダットにおける市民戦争を煽っている。

昨夕私は都市の中を一時間以上車で走り回った。数百の通りはいまや石炭の燃え殻ブロックや燃えた車や樹の枝でバリケード封鎖され、武装した男が彼らの家や店を脅かそうとする見知らぬ人間をいつでも殺すことができるように見張っている。1975年、ベイルートの内戦の始まりはまさにこんな感じだった。

少数の米軍海兵隊のパトロールがやっと郊外まで足を伸ばし、すでに略奪を受けた後の病院まで行くことができた。しかし、都市のあちこちでは夕暮れになってこれで三日目の火災が起きていた。市のビルは昨晩燃えてなくなり、地平線には他の大火事が数マイルの高さまで煙を筒状に上げている。

少なすぎて、遅すぎる。化学技術者と浄水労働者のグループが米軍海兵隊の司令部に現れ、仕事に戻る為の護衛をしてくれるように願い出た。電気供給業の労働者も一緒に現れた。しかしバクダットはすでに自分自身との戦争をはじめてしまっており、盗賊とガンマンに翻弄されている。

バクダットには電気がなく、水もなく、又法もなければ秩序もないので、博物館の地下の闇の中で私達はつまづき、倒れた彫像をまたぎ、壊れた羽根付き雄牛にぶつかった。遠くにある棚を懐中電灯で照らして私は息をのんだ。「紀元前3500年」と角に書かれた棚の全ての鉢や壷がたたきつぶされていたのだ。

なぜ?どうしてこんなことができるのだ?すでに街が燃え、無法行為が緩みはじめ、先立つ3ヶ月前にはアメリカの考古学者とペンタゴンの官僚がこの国の宝について議論し、バクダット考古学博物館を軍のデータベースに入れたのに、なぜアメリカは古代メソポタミアの計り知れない価値の遺産を暴徒のなすがままに破壊させたのか。そしてこの全ての行為は、米国防長官ドナルド・ラムズフェルドが記者たちに向かって、バクダットは無政府状態になったとあさけり笑ったときに起きていたのだ。

200年以上にわたって、西欧と地元の考古学者たちはこの初期の文明の遺物を宮殿、ジグラットや3千年前の墓から集めてきた。この考古学者たちの数万に及ぶ、ほとんどが英語の19世紀の優雅な手書き文字で書かれたカード式のインデックス・ファイルが、破壊された彫像のかけらのなかに散らばっている。私は小さな紙片を拾い上げた。そこには「二世紀後半、1680番」と鉛筆で書かれていた。

収納室に行くために、暴徒は裏庭から入って重たい鋼鉄の扉を破り、彫像や宝物を車やトラックに運び出した。

略奪者達は私がやってくるほんの数時間前に去ったばかりで、誰もが、灰色のガウンの博物館のガードでさえもが、どれだけの所蔵品が持ち去られたのか知らない。4万年前の石と火打ち道具が収まっていたガラスケースは打ち割られ、開けられていた。コーサバッドの宮殿から出たアッシリアの碑石や、5000年前の印、シュメールの妃達と一緒に埋葬されていた4500年前の金箔のイヤリングの行方は誰も知らない。彼らが残した、壊れた胸像、墓の宝物や、叩き壊された壷や鉢の断片の山の中に光る装飾品のかけらを整理するのには何十年もかかるだろう。

そのほとんどがサダムシティの掘っ立て小屋から来たシーア派モスレムの暴徒には、その壷や鉢や像の価値がわからなかっただろう。彼らの破壊行為は、凶暴さとそれに見合うだけの無知の結果に見える。広い図書館では、そのほとんどが19世紀半ばの考古学に関する書物であるが、盗まれたり壊されたものは少数だった。略奪者達は本にはあまり価値を置かなかった。

1893年から1936年までの地理学ジャーナルが無傷なまま完全に残っているのを私は見つけた。その隣には「バクダット、平和の都市」というペーパーバックの本が置いてあったが、数千枚のカード式インデックスシートは階段の吹き抜けや手すりにばら撒かれていた。

英、仏、独の考古学者たちはイラクの最も素晴らしい宝物の発見に重要な役割を果たしていた。偉大な英国のアラブ派であり、外交の計略家でありスパイだったゲトゥルーデ・ベル ―「無冠のイラク女王」と呼ばれた彼女の墓は博物館からそう遠くない場所にある― は彼らの仕事の熱心な後援者だった。ドイツ人は近代的な博物館をチグリスのほとりに建て、1991年の湾岸戦争の後に9年閉鎖していたが、2000年から再び公開していた。

アメリカがバクダットを包囲している時でさえ、サダム・フセインの兵士達は略奪者と同じように宝物に対する侮辱をしていた。彼らの塹壕や砲撃のための陣地は博物館の庭の芝生に目にも明らかであり、その一つは羽根のついた雄牛の巨大な像の横に掘られていた。

ほんの数週間前のことだが、イラクの古代美術委員会の委員長だったジャビール・カリル・イブラヒムが博物館の所蔵品を「国の遺産」と呼んだ。これらの所蔵品は「見て楽しむだけではなく、未来を見据える力を与えてくれる。それはイラクの栄光を代表している」と彼は言った。

イブラヒム氏は他の多くのバクダットの政府関係者と同様に雲隠れし、今やアブドゥル・ジャベール氏と彼の同僚達がカラシニコフのコレクションで国の歴史のなごりを守ろうとしている。「私達は銃を持ちたくはないが、今は誰もがもっていなくてはいけない」と彼は私に言った。「私達は自衛しなければならない。アメリカ人がこんなことをしたからだ。彼らはたったひとりの男のために戦争をはじめたのに、なぜ私達を戦争と犯罪者の中に棄てようとしているのか。」

半時間後、私はサードゥン通りで米軍海兵隊の公共業務部に連絡をとり、博物館の正確な位置と所蔵品の状態について説明した。大尉のひとりが、「我々がたぶんそこに行く」と言った。遅すぎる。アメリカが「解放」し、その縄を緩めてしまった略奪者達の手によってイラクの歴史は台無しになってしまったのだ。

「あんた、そこのアメリカ人!」昨日の朝、一人の女性が私をアメリカ人と勘違いして私に向かって英語で叫んだ。「国に戻ってくれ。ここから出て行け。この国にあんたは必要ない。私達はサダムが嫌いだったが今ではブッシュが嫌いだ。ブッシュは私達の街を壊している。」彼女が古代美術博物館を訪れることができず、この街と同じように彼女の国の歴史が破壊されたのを彼女自身の目で確認することができないのはせめてもの慈悲だった。

http://news.independent.co.uk/world/middle_east/story.jsp?story=396743

A civilisation torn to pieces

Baghdad, reports Robert Fisk, is a city at war with itself, at the mercy of thieves and gunmen. And, in the city's most important museum, something truly terrible has taken place

13 April 2003

They lie across the floor in tens of thousands of pieces, the priceless antiquities of Iraq's history. The looters had gone from shelf to shelf, systematically pulling down the statues and pots and amphorae of the Assyrians and the Babylonians, the Sumerians, the Medes, the Persians and the Greeks and hurling them on to the concrete.
Our feet crunched on the wreckage of 5,000-year-old marble plinths and stone statuary and pots that had endured every siege of Baghdad, every invasion of Iraq throughout history only to be destroyed when America came to "liberate" the city. The Iraqis did it. They did it to their own history, physically destroying the evidence of their own nation's thousands of years of civilisation.
Not since the Taliban embarked on their orgy of destruction against the Buddhas of Bamiyan and the statues in the museum of Kabul perhaps not since the Second World War or earlier have so many archaeological treasures been wantonly and systematically smashed to pieces.
"This is what our own people did to their history," the man in the grey gown said as we flicked our torches yesterday across the piles of once perfect Sumerian pots and Greek statues, now headless, armless, in the storeroom of Iraq's National Archaeological Museum. "We need the American soldiers to guard what we have left. We need the Americans here. We need policemen." But all that the museum guard, Abdul-Setar Abdul-Jaber, experienced yesterday was gun battles between looters and local residents, the bullets hissing over our heads outside the museum and skittering up the walls of neighbouring apartment blocks. "Look at this," he said, picking up a massive hunk of pottery, its delicate patterns and beautifully decorated lips coming to a sudden end where the jar perhaps 2ft high in its original form had been smashed into four pieces. "This was Assyrian." The Assyrians ruled almost 2,000 years before Christ.
And what were the Americans doing as the new rulers of Baghdad? Why, yesterday morning they were recruiting Saddam Hussein's hated former policemen to restore law and order on their behalf. The last army to do anything like this was Mountbatten's force in South-east Asia, which employed the defeated Japanese army to control the streets of Saigon with their bayonets fixed after the recapture of Indo-China in 1945.
A queue of respectably dressed Baghdad ex-cops formed a queue outside the Palestine Hotel in Baghdad after they heard a radio broadcast calling for them to resume their "duties" on the streets. In the late afternoon, at least eight former and very portly senior police officers, all wearing green uniforms the same colour as the uniforms of the Iraqi Baath party turned up to offer their services to the Americans, accompanied by a US Marine. But there was no sign that any of them would be sent down to the Museum of Antiquity.
But "liberation" has already turned into occupation. Faced by a crowd of angry Iraqis in Firdos Square demanding a new Iraqi government "for our protection and security and peace", US Marines, who should have been providing that protection, stood shoulder to shoulder facing them, guns at the ready. The reality, which the Americans and, of course, Mr Rumsfeld fail to understand is that under Saddam Hussein, the poor and deprived were
always the Shia Muslims, the middle classes always the Sunnis, just as Saddam himself was a Sunni. So it is the Sunnis who are now suffering plunder at the hands of the Shia.
And so the gun-fighting that broke out yesterday between property owners and looters was, in effect, a conflict between Sunni and Shia Muslims. By failing to end this violence by stoking ethnic hatred through their inactivity the Americans are now provoking a civil war in Baghdad.
Yesterday evening, I drove through the city for more than an hour. Hundreds of streets are now barricaded off with breeze blocks, burnt cars and tree trunks, watched over by armed men who are ready to kill strangers who threaten their homes or shops. Which is just how the civil war began in Beirut in 1975.
A few US Marine patrols did dare to venture into the suburbs yesterday positioning themselves next to hospitals which had already been looted but fires burnt across the city at dusk for the third consecutive day. The municipality building was blazing away last night, and on the horizon other great fires were sending columns of smoke miles high into the air.
Too little, too late. Yesterday, a group of chemical engineers and water purification workers turned up at the US Marine headquarters, pleading for protection so they could return to their jobs. Electrical supply workers came along, too. But Baghdad is already a city at war with itself, at the mercy of gunmen and thieves.
There is no electricity in Baghdad as there is no water and no law and no order and so we stumbled in the darkness of the museum basement, tripping over toppled statues and stumbling into broken winged bulls. When I shone my torch over one far shelf, I drew in my breath. Every pot and jar "3,500 BC" it said on one shelf corner had been bashed to pieces.
Why? How could they do this? Why, when the city was already burning, when anarchy had been let loose and less than three months after US archaeologists and Pentagon officials met to discuss the country's treasures and put the Baghdad Archaeological Museum on a military data-base did the Americans allow the mobs to destroy the priceless heritage of ancient Mesopotamia? And all this happened while US Secretary of Defence, Donald Rumsfeld, was sneering at the press for claiming that anarchy had broken out in Baghdad.
For well over 200 years, Western and local archaeologists have gathered up the remnants of this centre of early civilisation from palaces, ziggurats and 3,000-year-old graves. Their tens of thousands of handwritten card index files often in English and in graceful 19th-century handwriting now lie strewn amid the broken statuary. I picked up a tiny shard. "Late 2nd century, no. 1680" was written in pencil on the inside.
To reach the storeroom, the mobs had broken through massive steel doors, entering from a back courtyard and heaving statues and treasures to cars and trucks.
The looters had left only a few hours before I arrived and no one not even the museum guard in the grey gown had any idea how much they had taken. A glass case that had once held 40,000-year-old stone and flint objects had been smashed open. It lay empty. No one knows what happened to the Assyrian reliefs from the royal palace of Khorsabad, nor the 5,000-year-old seals nor the 4,500-year-old gold leaf earrings once buried with Sumerian princesses. It will take decades to sort through what they have left, the broken stone torsos, the tomb treasures, the bits of jewellery glinting amid the piles of smashed pots.
The mobs who came here Shia Muslims, for the most part, from the hovels of Saddam City probably had no idea of the value of the pots or statues. Their destruction appears to have been the result of ignorance as much as fury. In the vast museum library, only a few books mostly mid-19th-century archaeological works appeared to have been stolen or destroyed. Looters set little value in books.
I found a complete set of the Geographical Journal from 1893 to 1936 still intact lying next to them was a paperback entitled Baghdad, The City of Peace but thousands of card index sheets had been flung from their boxes over stairwells and banisters.
British, French and German archaeologists played a leading role in the discovery of some of Iraq's finest treasures. The great British Arabist, diplomatic schemer and spy Gertrude Bell, the "uncrowned queen of Iraq" whose tomb lies not far away from the museum, was an enthusiastic supporter of their work. The Germans built the modern-day museum beside the Tigris river and only in 2000 was it reopened to the public after nine years of closure following the 1991 Gulf War.
Even as the Americans encircled Baghdad, Saddam Hussein's soldiers showed almost the same contempt for its treasures as the looters. Their slit trenches and empty artillery positions are still clearly visible in the museum lawns, one of them dug beside a huge stone statue of a winged bull.
Only a few weeks ago, Jabir Khalil Ibrahim, the director of Iraq's State Board of Antiquities, referred to the museum's contents as "the heritage of the nation". They were, he said, "not just things to see and enjoy we get strength from them to look to the future. They represent the glory of Iraq".
Mr Ibrahim has vanished, like so many government employees in Baghdad, and Mr Abdul-Jaber and his colleagues are now trying to defend what is left of the country's history with a collection of Kalashnikov rifles. "We don't want to have guns, but everyone must have them now," he told me. "We have to defend ourselves because the Americans have let this happen. They made a war against one man so why do they abandon us to this war and these criminals?"
Half an hour later, I contacted the civil affairs unit of the US Marines in Saadun Street and gave them the exact location of the museum and the condition of its contents. A captain told me that "we're probably going to get down there". Too late. Iraq's history had already been trashed by the looters whom the Americans unleashed on the city during their "liberation".
"You are American!" a woman shouted at me in English yesterday morning, wrongly assuming I was from the US. "Go back to your country. Get out of here. You are not wanted here. We hated Saddam and now we are hating Bush because he is destroying our city." It was a mercy she could not visit the Museum of Antiquity to see for herself that the very heritage of her country as well as her city has been destroyed.

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