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【JMM-冷泉彰彦】「さまよい続ける春」
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投稿者 愚民党 日時 2003 年 5 月 03 日 03:13:52:

(回答先: 【森田浩之のロンドン通信】イデオロギーの戦争 投稿者 愚民党 日時 2003 年 5 月 03 日 00:49:48)

                             2003年4月26日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.215 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼
■ 『from 911/USAレポート』 第89回目
   「さまよい続ける春」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第89回目
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「さまよい続ける春」

イラクの戦闘は表面的には終わり、新政権の樹立へ向けて様々な議論が始まっていま
す。ですが、良くも悪くも当事者であるアメリカ本国の世論の関心は深まっては来ま
せん。先週には社会の疲れという感触を感じましたが、今週になりますと、社会全体
としては、停滞というより退廃や迷走というムードすら感じられるようになりました。

もはや、イラク問題は「CNNを見たりNYタイムスを読んだりする国際政治好き」
以外の層には余り関心を呼ばなくなりました。シーア派勢力がイラク南部を中心に急
速に影響力を拡大している話も、バクダットでの停電と水不足の深刻化も、それ以外
のメディアでは本当に小さな扱いなのです。

フセイン政権の「お尋ね者」が拘束されたというニュースは時折伝えられますが、ア
ジズ(前?)副首相の拘束などの「大ニュース」にしても、セントコムが発表してい
た「お尋ね者のトランプ」の中で、「今度は『スペードの8』が捕まりました」とい
うようなお手軽な報道がほとんどです。

その代わりに世間の話題になっているのが、スコット・ピーターソンというカリフォ
ルニアの30歳の男性の事件です。この男性は、昨年のクリスマス・イブに全米の注
目を集めた、妊婦失踪事件の夫なのですが、その失踪した奥さんと、生まれる前の男
の子の遺体が海岸に打ち上げられていること、そしてスコット本人は僅かな所持金と
共に、メキシコへ逃亡を図ったことなどが伝えられています。

更に悪いことに、このスコットには愛人があって、その女性には妊娠中の奥さんの存
在は伏せていた、とまあ、三面記事向けのエピソードには事欠きません。妻子の遺体
発見、スコット本人の逮捕というニュースと共にじわじわと広がっていた関心は、今
週になって公判が開始されると共に一気に「盛り上がり」を見せています。

涙ながらに恨みを訴える死んだ奥さんの母親に対して、スコットの親達は無実を訴え、
その双方がTVで何度も流れました。夫婦のことを知る、「ご近所」の人々が代わる
代わるTV出演して「CNN独占、NBC独占」といったテロップと共に、「ピーター
ソン夫婦は幸せそうだった」とか、そうかと思うと「スコットのことは前々から怪し
いと思っていた」などという「証言」を繰り返します。

この「スコット・ピーターソン」に最も熱心な局は、FOXニュースで「愛国心とセ
ンセーショナリズムこそ、大衆に歓迎されるコンテンツ」というルパート・マードッ
クの信念がここでも冷徹に実行に移されているようです。FOXの中でも、司法関係
に詳しい女性キャスターのグレタ・フォン・サスティンなどは「証拠が固まっていな
い現時点での、被害者の母親の恨みの涙は先走りの失点か」などという話題で、司法
関係者に延々と「ディベート」をさせるはしゃぎぶりです。

そうした「解説」を総合しますと、物証が極端に少なく、本人が否認を貫いている現
状では、カリフォルニアの刑法に照らして有罪は五分五分、いずれにしてもOJシン
プソン事件の「判例」との対比が見物(みもの)というのが「通」の見方なのだそう
です。とにかく、法廷が始まるとニュース専門局は生中継に切り替わり、その後も定
時ニュースなどでは、「今日のピーターソン裁判」がトップになることが多いのです。

そんな「たるんだ」雰囲気は、事件報道だけではありません。イラク戦争の以前から、
いや911の以前から人気が拡大しつつあった「リアリティ・ショー」というTVの
ジャンルは、いっこうに人気が衰えません。実際の視聴者を過酷な環境に送ったり
(「サバイバー」)、夢の独身男性を奪い合ったり(「バチュラー」)、逆にお姫さ
まの争奪戦を繰り広げたり(「バチュラレット」)とまあ、花盛りと言って良いでしょ
う。

深刻な理念を説明するのが嫌な時代には、丹念に作られたフィクションよりも、偶然
性の左右する素人や半素人の「リアル」な人間模様の方が面白いという、まあ一時の
日本のバラエティ・ブームと同じ性質のものです。その「リアリティ・ショー」です
が、クリントン前大統領とのスキャンダルで有名なモニカ・ルインスキーが進行役に
出てくるとか、OJシンプソンが出るとか出ないとか(これは最終的には不適当とい
うことになりましたが)、なんともむき出しのスキャンダリズムと言いますか、戦争
が「終わった(?)」とはいえ、たるんだ世相を作り出しています。

その他の話題といえば、戦争報道に隠されていた経済関係のニュースが各局での扱い
が増えています。とりわけ、今週現在の経済界での話題といえば、アメリカン航空の
運命でしょう。「チャプター11(イレブン)」という連邦破産法適用となるか、崖っ
ぷちの状況が続いています。特に今週は、先週に一旦組合との合意がまとまりかけた
賃下げ交渉が白紙撤回になったり迷走が続いて、CEOが辞任に追い込まれました。

というのも、賃下げ交渉が仮合意に達した後で、「万が一破産法適用になっても、経
営陣への退職ボーナスは、優先的に支払われる」という条項が明らかになったからで
す。これには、組合側も「堪忍袋の緒」が切れてしまいました。この24日の木曜日
現在でも乗務員組合は賃下げ案にサインしておらず、昇任したばかりのCEOは早速
厳しい交渉に臨むことになります。

911の直接被害を受けた二社のうち、全世界に広がる巨大な国際線網を持つユナイ
テッドが先に破綻したのに比べますと、アメリカンは、素早い判断で「格安航空会社
なみの価格」で市場確保に走り、ある程度の成果を上げてきたと言われます。ですが、
メガ・キャリアといわれる大手航空会社ならではの高い本社コストを消化するには、
現在の縮小した市場ではどうしようもないのでしょう。

ユナイテッドとアメリカンと言えば、シカゴ・オヘア空港、マイアミ国際空港など主
要拠点(ハブ)を共用し、アメリカの、そして世界の空を庶民のものにしてきた二大
会社です。ヨーロッパへ、そしてアジアへの国際線を提携会社との共同運航を含めて
何十便も飛ばし、その旅客を全米への国内線に接続させてきたオヘア空港、カリブと
中南米諸国への窓口として英語とスペイン語が飛び交うマイアミ空港、その二つの空
港の雑踏に90年代の活気が失われている、両社の苦境はその象徴に他なりません。

航空業界といえば、SARSの蔓延は更に追いうちをかけることになるでしょう。ア
メリカの世論は、騒ぎが香港や広東省に止まっているうちは、まだ「対岸の火事」と
いうムードがありました。ですが、丁度今日24日あたりからトロントの感染の様子
がTVで大きく取り上げられ、NYタイムスも広州市での道路の殺菌処理風景という
「おどろおどろしい」カラー写真を一面トップに掲げると、騒ぎが表面化し始めまし
た。

ですが、今週時点でのSARSに対するアメリカ社会の反応はまだパニックとか、国
境を閉じようというムードには至っていません。そこには、911以降「テロ警報」
が発動される中でリスクの程度を冷静に考える習慣がついたということもあるのでしょ
うし、余りにも多い中国系、アジア系の住民の存在への配慮もあるようです。

例えば、各大学の対応を比較しますと、どちらかといえば保守的なプリンストンやイ
エールでは、学生や教職員の感染地域への渡航自粛という指示が出ています。一方で、
同じ「アイビー・リーグ」でも、リベラル的な学風を誇ったり医学部のレベルを自慢
しているハーバードやコロンビアでは、自粛せよと言う代わりに「詳しい情報を各国
語で用意しています。また対象地域へ渡航計画のある人は情報提供をしますから、相
談サービスを活用して下さい」という感じで良く言えばソフトタッチ、悪く言えば奥
歯に物の挟まったような対応が現時点では取られています。

その一方で、中国系の住民が多い地区の公立学校では、この春の季節に家族の一部が
里帰りしたり、逆に中国から親戚が訪ねてきたりという生徒のことを考えて実に微妙
な表現の指示が教育委員会から回っています。最初に、感染地域から来た人と接触し
た生徒は、「隔離の必要なし」という断言から始まって、感染地域から来て症状の出
ている人と接触した生徒は「出席停止にはしないが慎重に様子を見守る」という記述
になり、以降、生徒本人が発症した場合の隔離期間などが詳細に決められています。

これも見ようによっては、家庭と学校の協力によって「疑わしき」は厳重に対応する
というメッセージに他なりません。その一方で、「中国系=感染が疑われる」という
偏見が広がるのを避ける意味で、感染地域から来た人(発症していない)との接触は
不問に付すという文言が最初に来ているのでしょう。

そんな微妙な姿勢は、今週時点での「トロントでの大リーグ試合開催」という野球機
構の決定にも現れています。トロント・ブルージェイズはヤンキーズとの開幕試合か
ら少しの間本拠地の試合があって、その後はずっと遠征が続いていましたが、この2
5日(金)からSARS禍が表面化してから初めてトロントに戻って、ロイヤルズ三
連戦があるのです。

ブルージェイズ球団側も「人の集まる場所を避ける」心理からチケットの売れ行きが
伸び悩んでいるそうで、リーグに対して観客と選手の不安心理を取り除いて欲しい、
という強い要望を出していたそうです。そうした配慮もあって、「トロントでの開催
試合は行う」と正式に決定、遠征する選手に対しては「人込みには出ない」、「公共
交通機関には乗らない」という指示に加えて、「サインは自分のペンで行うように」
という実に微妙な指示が出ています。

そう言うと、アメリカ全国が極めて冷静なように見えますが、動揺に近い動きも始まっ
ています。長いカナダ国境を抱えるニューヨーク州では、SARS流入を防ぐ「水際
作戦」を行うとパタキ知事が言明、連邦の「国土保安省」というテロ対策チームの応
援を得るために、「まずは不法入国者の徹底取り締まり」をするのだそうです。

ただ、トロントのあるオンタリオ州とニューヨーク州は国境と言っても間は湖や川で、
実際の地続きの国境は全てフランス語圏のケベック州ということを考えると、押さえ
所が違うようにも思います。出張ビジネスマンや里帰り者から、その家族や通勤電車
の客という、トロントでの感染経路を考えると「不法入国者」が感染している可能性
はむしろ低いようにも思えるのですが、NY州の北部のカナダ国境にはそんな「心理」
が芽生えているようです。

これに対して、腹を括(くく)ると言明しているのが同じNYでもNY市のブルーム
バーク市長で「国際ビジネスの拠点であり、感染地域に近親者のいる人口も多い」こ
とから「NY市内への波及も覚悟」するべきだと言明しました。この市長は過酷なリ
ストラ案を粘り強く職員組合や市民に対して説得してきた姿勢もそうですが、「言い
にくいことをしっかり言う」という意味で、じわじわと信頼を広げています。この市
長発言は、そうした背景もあって評価されているようです。

その一方で、NYの中国系市民の不安心理は妙な形で噴出しました。チャイナタウン
にある國寶銀行(アバカス銀行、シティバンクの中国名である萬國寶通銀行とは無関
係)が取り付け騒ぎにあいました。この銀行は、中国系のいわば信用金庫ですが、行
員の「使い込み」が発覚したことが契機になって、預金者の不安が爆発したようです。
使い込み金額自体は日本円で1億円程度らしく、経営陣は信用の維持に躍起ですし、
市も平静を呼びかけています。

ですが、NYタイムスなどによりますと、取り付けに来ている人は「SARS蔓延に
対する中国政府の隠ぺい体質」と「銀行不祥事」がどうしても重なって見えるのだそ
うです。「悪い情報は出し惜しみするのでは?」という不安心理が、特にチャイナタ
ウンに近い中国系の人々には根強いのだと言います。

寒い冬がようやく去りました。その一方で、戦争は終わったばかりのイラクでは人々
が生きてゆく最低の秩序が危ぶまれていると言います。そんな事実から関心をそむけ
るように、スキャンダリズムの退廃が一気にメディアを覆っています。その一方で、
不況の影は色濃く、SARSの不安も忍び寄ってくる、歴史の中ではどこかで聞いた
ことのあるエピソードです。

時代が迷走しています。そのような事態は、より大きな破綻により問題の解決が一気
に図られるのか、それとも理念を中心とした一貫性と合理性で、一個一個の問題を乗
りきるのか、それぞれの地域の文化が問われているのでしょう。アメリカにとって言
えば、第二次大戦後最大の危機ということもできるのではないでしょうか。

911以降の危機にはストーリーがありました。イラク危機と戦争には、賛成と反対
という対立がありました。ですが、今週現在の退廃と混迷には、ストーリーが見えな
いのです。最大の危機というのは、その見えなさ加減の中にあるように思います。


冷泉彰彦:
著書に
『9・11(セプテンバー・イレブンス)―あの日からアメリカ人の心はどう変わったか』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4093860920/jmm04-22

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