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GLA(高橋信次と高橋佳子)の異言等に関する『文芸春秋』特集記事(1977年)
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投稿者 罰天使 日時 2003 年 7 月 27 日 23:54:48:.cqmwk1ePLJyg

GLA(高橋信次と高橋佳子)の異言等に関する『文芸春秋』特集記事(1977年)

 宗教法人GLAは、開祖の高橋信次の異言現象はもちろん、1977年に若干19歳の
女子大生で後継者となった長女の高橋佳子も、生前の父親と「かけあい異言パフォ
ーマンス」で有名だった。

 しかし、すでに1977年4月の時点で、彼等が「過去世記憶の言葉」として喧伝して
いた「異言」の正体は、ここまであばかれていたのである。この特集記事では信次
とGLAの異言に関して大きく取上げているが、今、冷静に読み返すと、異言は言
語ではありえず、人類学者たちも、すでにそういう結論に達していたことがわかる。

 異言は「過去世の言葉」どころではなく、どの民族、どの宗教にも見られる「非
言語現象」すなわち「言葉」でさえなかった。異言を「過去世の言葉・前世記憶の
証拠」とした高橋信次と高橋佳子とGLAの「教義」は、どこにでもある「異言」
現象を、あたかも「自分たちの専売特許」「特別な現象」であるかのように思いこ
ませた「つくりごと」だったのである。

 そしてまた、彼等の影響を受けて異言を売り物にした後発教団やグループもまた、
同様の「虚偽」を働いたことは、もはや明確であろう。

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「文芸春秋デラックス〜現代の謎:神秘の世界(1977.4.1発行)」

『異言---この古くて新しい≪奇跡≫』佐伯真光(相模工大教授)より抜粋・要約。

*舌が勝手にしゃべりだす

(略)熱狂的な礼拝の最中にあらわれる現象にジャークとタングがある。ジャーク
は手をたたき足踏み鳴らしながら、賛美歌を歌ううちに体が痙攣しはじめる。(略)
 タング(舌)は、グロソラリア(異言)。文字通り舌が勝手に語り出す。英語で
はspeaking in tangueともいう。「無意識的自動発声現象」と訳せばわかりやすい。
 アメリカの教会で牧師の祈祷が終ると、会衆のひとりが立ちあがり、意味不明の
言葉をとめどなくしゃべりだす。舌がおどりだしたよう。本人の意志で止められない。
それを牧師やそばのものが日常語に翻訳して見せる。これを「ときあかし」という。
 このような光景は別に珍しくなく、アメリカの教会では頻繁に見られる現象だ。

「ヤマナキタシアナヤシ、ヤマナキタシアナヤシ、アナキアナティアサナヤ、アナキ
アタナシアナヤシ・・・・」
(『異言』バーディック著P7)

「フンダハンダランガ、イカラハンダランダロロロ、イカダハンダ、アンダロロロロ
イヒカダ、ハンダロロロディ、イカハンダ、ルロディイカダハンダ、ロコドゥフンダ
・・・」
(『異言の諸文化間比較研究』F・D・グッドマン著P108)

*聖霊の賜物か

 異言はキリスト教の歴史とともにあった。教会は異言現象とともにはじまった。
キリスト昇天後、最初に異言現象が起こったのは、『使徒行傳』2章に書かれた
「五旬節(ペンテコステ)」の日のことだ。

「五旬節の日になって、みなが一つ所に集まっていた。すると突然、天から、激しい
風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎の
ような分かれた舌が現われて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊
に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした」

 キリスト信者たちが、奇怪な発音で喋り出したのを見て、大勢の人々が集まって
きて、驚き怪しんで次のように言った。(と使徒行伝にある)

「どうでしょう。いま話しているこの人たちは、みなガリラヤの人ではありませんか。
それなのに、私たちめいめいの国の国語で話すのを聞くとは、いったいどうしたこと
でしょう。私たちは、パルテヤ人、メジヤ人、エラム人、またメソポタミヤ、ユダヤ、
カパドキヤ、ポントとアジヤ、フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ
地方などに住む者たち、また滞在中のローマ人たちで、ユダヤ人もいれば改宗者もいる。
またクレテ人とアラビヤ人なのに、あの人たちが、私たちのいろいろな国ことばで神
の大きなみわざを語るのを聞こうとは」

 これらの地方の人間には、異言がそれぞれ自国語として聞こえ、意味がわかった
というのだ。それを当時の人々は「聖霊の働きで異言が翻訳された」と解釈した。
これによって「異言」は「聖霊が天より人体に降りてきて未知の外国語をあやつる
現象」「聖霊の賜物」という共通認識が生まれた。
 それによって信者は、ますます信仰を強め、未入信者も入信していった。
 パウロは、キリスト者になってまもなく、すぐれた異言者(グロソラリック=異言
の語り手)となった。使徒行伝やパウロの手紙等の新約聖書を読むと、原始キリスト
教会は異言ぬきでは成立しえなかったことがわかる。
 しまいには、コリント教会のように異言が盛んにおこなわれすぎて、かえって混乱
と無秩序が生じ、パウロが乱用をいさめたほどだった。
 
 教会形成以降、異言=聖霊の賜物は目立たなくなったが、いかなる時代もその現象
が消えたことはない。十字軍、宗教戦争、魔女裁判など、民衆的熱狂が起こるたびに、
異言は復活した。また、キリスト教のセクト〜クェーカー、ジャンセニズム、メソジ
スト派、モルモン派など〜でも、異言が人々の心を捉えた。(中世・近世の異言流行
の歴史については、M・P・ハミルトン『カリスマ運動』を参照のこと)
 20世紀にいたり、カトリックとプロテスタントに続き、ペンテコステ派が現われた。
19世紀まではまともなキリスト教とみなされなかった「異言」派が市民権を得たのだ。
現在では「第三の宗派」となっている。

 アメリカでの「異言」派の発達には二つの波があった。
 第1次は、1900年(明治32年)、カンサス州トペカのベテル聖書学院で、女学生の
アグネス・オズマンが突然に異言を語りだし、全米の福音主義教会を中心に、異言が
伝染病のように広まった。これを「聖霊復活(リバイバル)」運動という。
 特にロサンゼルスのアズサ街教会を中心としたリバイバル運動は3年あまりも続き、
その熱狂から次のようなペンテコステ系諸派も生まれた。
「アッセンブリーズ・オブ・ゴッド」「ユナイテッド・ペンテコステ」「東洋宣教会」
などだ。もちろん、日本へも戦前からこの第1次リバイバル運動の諸派は、伝道を開始
していた。

 第二波は、1960年(昭和35年)四月三日、カリフォルニア州・聖マルコ監督派教会
のデニス・ベネット司祭が、説教中に異言体験を告白したことからはじまった。この
監督派という宗派は、上流階級用のハイソな人々を信徒とする教会だったため『タイ
ム』『ニューズウィーク』に書きたてられ全国に広まった。ベネットは辞職したが、
第1次リバイバルが、おもに小教派や底辺層あたりを中心に広まったのに比べ、今度
は上流階級まで「異言」派が広がった。
 また、1967年にはカトリック教会でも異言現象が起こり、カトリック・ペンテコス
タリズムと呼ばれる運動となった。これら、ハイソな教会派とカトリック教会のもの
を合わせた第二次の波を「カリスマ(=神の賜物)運動」と呼ぶ。

 日本で、この異言派が新教・旧教をしのぐ教勢をもったのは、戦後になってからだ。
代表的なのは「イエスの御霊教会」(創始者・村井ジュン)と「原始福音・キリスト
の幕屋」(創始者・手島郁郎/昭和48年病没)だろう。とくに「キリストの幕屋」は、
異言の奔出、教勢の急拡大、神癒(奇蹟の病気治し)、海外のカリスマ運動との連携
で、戦後最大の異言教団となった。

*いかなる国の言語でもない

 異言とは何か。1960年代から、テープレコーダーによって録音したものが研究され
るようになった。言語学、心理学、宗教学の多くの学者たちが、録音によって異言の
記録を採集している。日本でも田中実によって「異言を採集する」という企画が、
日本経済新聞の昭和49年7月2日付の記事になっている。
 これらの膨大な録音と論文・研究の結果、はっきりしたことは、「異言はいかなる
国の言語でもない」ということだ。
 北米はデンバーの「コンサーバティブ・バプチスト神学校」の新約学教授ドナルド・
W・バーディック博士は、『異言〜聖書の教えと現代の異言』(舟喜晃子訳・いのち
のことば社・昭和51年4月発行)に、その根拠をこう書いている。

1.異言には、同じ発音が頻繁にあらわれ、繰り返しが多い。
2.異言の発音(イントネーション等)は、異言者の言語的背景(普段しゃべっている
母国語)に似ている。
3.1個か2個の特定の母音が極端に多い。
4.いかなる言語的構造もない。
5.同じ節や句の「解き明かし(立会い者による通訳)」も、原音と翻訳が対応せず、
一貫性がない。
6.欽定訳聖書(イギリス国教会版聖書)の文体が、「解き明かし」の中で用いられる
ことが圧倒的に多い(つまり、通訳者は異言を翻訳しているのではなく、欽定訳聖書
をあてはめているだけ)。

 この本が出されると、ただちにわが国のペンテコステ系諸派が、出版抑圧に乗り出
した。昭和51年12月11日付『キリスト新聞』によれば、「日本アッセンブリー教団」
(菊池隆之助・総理)」が、版元・いのちのことば社に「この本の異言解釈はまちがい
であり、このような書籍が超教派、福音主義を標榜する、いのちのことば社から出され
ることは問題である」との抗議文をつきつけた。
 その結果、版元は同年11月24付で同書の出版・販売を停止する旨を、同教団に回答。
『異言〜聖書の教えと現代の異言』は販売中止となった。

*前生は卑弥呼?

「プチパチパパ、チュクチュクチュクパ、チュクチョクチュクチョク、ツツツツツパ
・・・・・」 
 真言宗豊山派の大寺院の住職でありながら、GLAに入ったことで異端騒動を起こ
した村上宥快師によれば、これは前世の言葉だという。『宗教を現代に問う』(毎日
新聞社編)にあるが、異言を録音したものが、そのように聞えるという。
 これは、私がアメリカの教会で聞いた異言とそっくりである。

 GLAは、すぐれた異言者だった高橋信次(1976年6月没)を教祖とする。昭和43年
開教以来、10万人の信者を獲得し、「いまや宗教界を震撼させる存在となりつつある」
(『週刊大衆』昭和50年2月27日号)。異言は、この教団の唯一の目玉だが、仏教を
看板にかかげ、異言を「前世の記憶の言葉」と解釈した点が注目される。異言は仏教
で説く「輪廻転生」の「現証」というわけだ。

 GLAの集会では、異言がはじまると、通訳が異言者の前世を説明して聞かせる。
本人がもっともらしく語る場合もある。「インドのマガダ国の王子」だったり、「観
世音菩薩の従者」だったり、はては「邪馬台国の卑弥呼」だったりする。村上師に
よれば「プチパチパパ、チュクチュクチュクパ・・・」は、邪馬台国の言葉だそうだ。
それどころか、GLAではアトランティスやムー大陸の言葉が次々に出てくる。

 キリスト教徒は異言を「聖霊の働き」ととらえたが、GLAは「輪廻転生」説に結
びつけた。前者では異言は「外国語」、後者だと「過去世の言葉」という事になる。
このように、まず「異言」という現象がまず先にあり、それに各宗教がそれぞれの
教理的説明(解釈)を後からほどこしたことがわかる。

「キリストの幕屋」の手島郁郎にしろ、「GLA」の高橋信次にしろ、二人が生きて
いて、すぐれた日本の異言者どうしが、「異言は聖霊か過去世記憶か」という解釈上
の議論をなしたなら面白かっただろう。

 異言は、世界のどんな民族にも見られる現象だ。キリスト教だけのものでもなけれ
ば、GLA教のみに現れるわけでもない。インド、中国、ミクロネシア、アフリカ、
グリーンランド(エスキモー)など、人類学者による報告は枚挙にいとまがない。
ユカタン半島(メキシコ)のインディオの異言とアメリカ中西部のペンテコステ教会
の異言を比較した、前述のグッドマン博士の『異言の諸文化間比較研究』(シカゴ大
学出版部/1972年)は、言語学者による異言研究書では最上のもので、豊富な実例が
おさめられている。

 キリスト教やGLA等、特定の背景なしでも、わが国の民間で異言を語る巫覡
(ふげき)者は多い。はじめての異言体験は、ふつう「口切り」といわれ、異言を語
る行為を「霊言する」などという。民間の巫覡者は、異言を教理教義に結びつける事
はできないが、高橋信次はこれを「輪廻説」に結びつけて成功させた。

 原理運動、勝共連合で知られる「世界基督教統一神霊協会」の韓国人教祖・文鮮明
も異言者として知られている。統一協会の礼拝や修練会でも「異言」は頻繁に現われ
る。日本支部の久保木修巳会長などは、奔出する異言を止めるために、演壇の上で口
を手でおさえている光景が見られるほどだ。

*その種々の問題点

 聖霊の働きか過去世の言葉かはともかく、異言はまちがいなく精神病理学や社会
心理学の研究対象である。前述のバーディック博士は、心理学的な領域で異言を説明
する仮説をいくつか挙げている。

1.恍惚状態(エクスタシー)
2.催眠術または自己催眠
3.心理的カタルシス
4.集団的無意識の発現
5.葛藤からの逃避
6.増幅記憶(いわゆるデジャ・ビュなどに類する、連想が異常増幅し、実在しない
記憶が、あたかも存在するかのような心理的錯覚を起こすこと)

 同博士は、このような仮説のもと、次のように「異言」を結論づけている。

「異言の経験は、一種の一時的な異常である。(異言時の)脳は、その正常なパター
ンに従って働いてはいない。一種の短絡が作り出され、理性の領域が精神機構から
一時的に遮断されてしまう。このような現象を精神病と呼ぶことは正確ではないが、
それでも一時的なある種の類似を呈していることは明白である」

 異言は東洋の宗教史の上でも、輪廻転生説の起源や、「陀羅尼真言」との関係に
おいて興味ある問題を提起している。(中略)

*陀羅尼との関係

 最後に、陀羅尼真言と異言の相似についてふれておこう。「キリストの幕屋」の
手島郁郎は、早くから仏典の「陀羅尼」は「異言」であるという説を『予言霊修法』
などで書いている。異言研究家・田中実氏も「法華経陀羅尼品」のなかの「陀羅尼」
は異言であると考えていたようだ(『中外日報』昭和51年9月21日「神話と異言」)

 手島説では、キリスト教の異言が景教を通じて弘法大師に伝わったのが「陀羅尼」
とされているが、これは年代的にもあやまりだ。しかし、サンスクリット語として
も、全く意味の通じないある種の陀羅尼は、異言と関係がありそうだと私も考えて
いる。

「陀羅尼(ダーラニー)」は「総持」と訳されるが、「記憶」を意味する。法華経
の陀羅尼の一例を挙げておく。これを冒頭で紹介したような「ペンテコステ教会」
の異言だといわれても区別ができないだろう。バーディック博士が指摘した異言の
特徴がここにも見られる。

「爾(そ)の時に羅刹女(らせつにょ)あり・・・仏前に於いて呪(しゅ)を説いて
曰(もう)さく。
『伊提履伊提泯伊提履阿提履伊提履泥履泥履泥履泥履泥履楼醯楼醯楼醯楼醯多醯
多醯多醯兜醯兎醯
(イデビイデビンイデビアデビイデビデビデビデビデビデビロケロケロケロケタケ
タケタケトケトケ)』」

(了)

*GLA 高橋信次 高橋佳子 関連ページ
 
<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧1>(15年6/13版)
http://www.asyura.com/0306/bd27/msg/358.html

<宗教法人GLA(高橋信次・高橋佳子)関連情報サイト・掲示板一覧2>(15年7/1版)
http://www.asyura.com/0306/bd27/msg/530.html

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