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2003年6月5日
日本の銀行についての質問とS&Pの見解 
http://www.standardandpoors.com/japan/
 アナリスト:  根本直子、東京 電話 03-3593-8720, 
      木村泰史、東京 電話 03-3593-8725, 
      水口典子(ジャーナリスト)、東京 電話 03-3593-8274 
                                                                                日本の大手銀行の2003年3月期決算が出そろったが、全グループで最終赤字という厳
                                                                                しい結果になった。こうしたなか日本政府は、りそな銀行への公的資金の注入を決定
                                                                                し、日本の金融行政は依然として予断を許さない状況だ。そこで、最近の日本の銀行
                                                                                セクターに関して多く寄せられている質問について、スタンダード&プアーズのクレ
                                                                                ジット・アナリストが解説した。 
1. 大手銀行の2003年3月期決算のポイントは?
                                                                                ポジティブな点は、不良債権の流動化などによってオフバランス化が進み、公表不良
                                                                                債権額が減少したこと、もう一つは保有株式の売り切りが加速したことである。
                                                                                一方ネガティブだったのは、自己資本が劣化したことである。大手銀行は2003年3月
                                                                                期、総額2兆円以上に上る増資で自己資本を補ったものの、6.4兆円という巨額の最終
                                                                                赤字を記録した。また自己資本に占める優先株や繰り延べ税金資産の比率が上昇し、
                                                                                自己資本の質の劣化も進んだ。もう一つネガティブだったのは、貸出額の減少や利回
                                                                                りの低下により、コア業務純益が予想以上に低下したことである。住友信託銀行
                                                                                (BBB/ネガティブ/A-2)のように増益となった銀行もあるが、債券の運用益など
                                                                                変動率の高い市場関連収益などに依存している。
                                                                                最大の注目点である不良債権については2002年度では減少したものの、デフレの進行
                                                                                や中小企業の業況悪化、大口貸出先の再建計画の見通し、最終処理コストの高止ま
                                                                                り、償却原資の不足などから、今後さらに減少に向かうと考えるのは尚早であろう。
                                                                                また、要管理債権などへの引き当て率がすべての大手銀行で改善したものの、新生銀
                                                                                行(BBB―/安定的/A-3)の水準と比較すると依然低い。
                                                                                2.監査法人によって税効果資本の自己資本への算入年限を短縮させられた結
                                                                                果、りそな銀行(BB+/CWポジティブ/B)が資本不足に陥り、公的資金の
                                                                                注入申請を迫られ、実質国有化となった。りそな銀行の今後をどうみるか?
                                                                                りそな銀行が抱える課題は大きく分けて2つある。これは他の大手銀行にも共通する
                                                                                問題であるが、一つは不良債権処理、もう一つは保有株式の処分である。
                                                                                前者については、これまで自己資本が乏しく、また最終赤字に転落するのを恐れ、対
                                                                                応が遅れていた。また不良債権を発生させた当事者がまだ銀行内部に多くいるため、
                                                                                周囲が遠慮して処理が後手に回るなど、コーポレート・ガバナンスの点でも問題があ
                                                                                った。
                                                                                株式の市場リスクの問題については、今回の増資により、Tier1(中核的な自己資本)
                                                                                に占める保有株式評価額の比率が低下するが、今後の動向を注視する必要があろう。
                                                                                りそなについてもう一つ注目したいのが、これからの経営再生に当たって、政治の影
                                                                                響力をいかに排除できるかという点である。地域経済への影響などを懸念する政治家
                                                                                の圧力などによって、りそな銀行の再生に手心が加えられるようなことになると、問
                                                                                題の抜本的な解決が遅れることになりかねない。
                                                                                同行はまた、委員会等設置会社に移行する計画だが、委員会を設置するだけでその企
                                                                                業のコーポレート・ガバナンスが改善されるという保証はない。スタンダード&プア
                                                                                ーズでは、真に独立した社外取締役で構成される委員会が効果的に機能してはじめて
                                                                                実質的な経営の改善が実現するものと考えている。
                                                                                3.日本の銀行業界の現状は?りそな銀行と同様の事態が起こる可能性はある
                                                                                か?
                                                                                他の大手銀行についても、規制上の自己資本が過少に陥り、実質国有化されるリスク
                                                                                がゼロではない。ただりそな銀行については、その税効果資本の計上限度算定の前提
                                                                                となる5年後までの収益計画の実現性がとりわけ低かったという点で群を抜いていた。
                                                                                りそな銀行の格付け(BB+)が大手行の平均より低かったのもこうした資本の脆弱
                                                                                (ぜいじゃく)さを反映していた。現在りそな銀行の格付けは格上げの可能性ありと
                                                                                して「クレジット・ウォッチ」に掲載されているが、他の大手銀行の格付けには当面
                                                                                影響はないとスタンダード&プアーズでは考えている。
                                                                                日本の大手銀行の現在の格付けは、脆弱な自己資本など弱い財務内容を織り込み済み
                                                                                であり、サポート要因としては政府支援の可能性を考慮している。
                                                                                りそな銀行の実質国有化をみて、一部で「金融不況の底入れが近い」との声も出てい
                                                                                るようだが、それは尚早だろう。スタンダード&プアーズでは、過少資本に陥った銀
                                                                                行について、経営者や株主の責任を追及し、コーポレート・ガバナンスの点からも経
                                                                                営を抜本的に改善する必要があると考えているが、竹中平蔵経済財政・金融担当相は
                                                                                りそな銀行に対する公的資金の注入について、配当の抑制によってのみ株主責任を問
                                                                                う考えを示している。配当が減額されることは、当然のことであり、責任負担とはい
                                                                                えない。このほか政治の圧力により改革が中途半端に終わる可能性もあるとみてい
                                                                                る。
                                                                                4.Tier1に占める税効果資本の比率について、スタンダード&プアーズが考え
                                                                                る適正水準というのはあるか?
                                                                                スタンダード&プアーズでは日本の銀行のTier1に占める税効果資本の比率について、
                                                                                何%が適正であるという考え方はしておらず、個別に判断する考えだ。例えば収益力
                                                                                の高い銀行であれば、現在の税効果資産の比率が高くてもさほど問題はないだろう。
                                                                                ただ繰り延べ税金資産の資産性を見る上では、その内容にも注目すべきである。税務
                                                                                上の繰越欠損金は、その繰越期間が発生から5年以内に限られていることなどから、そ
                                                                                れによって発生した繰り延べ税金資産の回収可能性は、他の場合と比較して乏しいと
                                                                                みられる場合が多い。自己資本が多額の繰越欠損金に依存する場合には、資本の質の
                                                                                面での懸念が大きいといえる。
                                                                                Tier1に占める税効果資本の比率は2003年3月期末時点で、三井トラスト・ホールディ
                                                                                ングスが100.6%、りそな銀行が99.5%と突出しており、税効果資本への依存度の高
                                                                                さが明らかになった。一方、住友信託銀行や東京三菱銀行(BBB+/ネガティブ/
                                                                                A-2)では40%程度と低い。
                                                                                ちなみに米国では税効果資本の算入について、中核となる自己資本の10%までとする
                                                                                規制がある。
                                                                                5.りそな銀行以外の大手行が、公的資金による資本増強を避けるために2002
                                                                                年度に行ったような取引先などを対象とした増資を行った場合、どう評価する
                                                                                のか?
                                                                                その可否はさておき、三菱東京フィナンシャル・グループのように、普通株の発行に
                                                                                よる公募増資であれば評価できるが、優先株などそれ以外の質の低い資本による自己
                                                                                資本の増強については、プラスの評価は難しいだろう。
                                                                                また、大手銀行がこれまで行ってきた取引先への増資の割り当てということについて
                                                                                は、金利の引き上げ交渉などが行いにくいなど、収益上マイナスに働くこともありう
                                                                                る。コーポレート・ガバナンスという観点からもあまり評価できない。
                                                                                6.業務純益を上げるために日本の銀行が取れる行動とは何か?
                                                                                融資業務での増益は、貸し出しボリュームの減少や既存の高金利貸し出しの償還によ
                                                                                る資金利回りの低下などから当面は難しいだろう。このため、銀行は今後も債券のト
                                                                                レーディング益の拡大や、「固定金利受け・変動金利払い」のスワップ取引のポジシ
                                                                                ョンを増やすといった市場関連収益に依存することが予想される。
                                                                                大手銀行はそろって店舗の統廃合や人員削減などリストラ策をアピールしているが、
                                                                                こうしたリストラによって削減できるコストは、不良債権の処理コストや株式の評価
                                                                                損などと比べれば微々たるものであり、いわば「焼け石に水」である。もともと日本
                                                                                の銀行の経費率は、海外の銀行と比較しても高くなく、コスト削減の効果は限定的で
                                                                                はないか。増益のための即効薬はなく、適正な金利の付与、手数料の拡大など地道な
                                                                                努力が必要であり、そのためには顧客の状況やニーズをより深く研究する必要があろ
                                                                                う。
注)文中の発行体格付けは「長期/長期格付けに対するアウトルック/短期」で表示。
 
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。