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Re: 頭頂部の近代超克に焦りは禁物か。300が自己目的的ならエゴか。「努力」は「近代」の精神
http://www.asyura.com/0306/idletalk2/msg/509.html
投稿者 薄井 日時 2003 年 7 月 29 日 18:08:32:

(回答先: Re: 「300歳まで生きる会」を結成しませんか? 投稿者 私も薄井 日時 2003 年 7 月 22 日 17:05:25)

薄井でございます。

私の頭頂部において、いまだ「近代の超克」はその兆しすら起きておりません。やはり「近代」は相当に重く硬いものではないか、そのような思いを持つと同時に、やはり覚悟を決めて長期戦でいくしかない、と考えております。

貴方様(以下Wと略称):「「300歳まで活きる会」を結成して、皆で世界のエネルギーを高めれば近代など簡単に崩壊するでしょう。」

私:「300歳まで活きる会」?あのー、失礼ですが、その言葉の響き、臆面もなく露骨でエゲツナイのではないでしょうか(笑)?自分でつまびらかにしてしまいました手前恐縮ではございますが、これを社会的に公言したグループを結成するとたしますと、やはり「恥を知れ!」のような声に遭遇するような気がするのでございます。この惑星には食べるものも水もなくあるいは戦火のうちに子供のうちから死んでいくものがおおくおります。その一方で、ぬくぬくと300歳を社会的に標榜するのは、やはり強い抵抗感があるのでございます。自分だけ長生きすればいいのか、きれいで若くしていればいいのか、との疑問が倫理的に起きるわけでございます。300云々は要するに、エゴの変形ではないか。やはり300歳まで活きるというのを自己目的化するのはちょっと、と。

  やはりあなたさまのおっしゃった後半部分にもし重心があるのなら、つまり、近代を超克して新しい価値のフレームワークを基礎とした次期文明の創出を目的とするために、手段として方法論として300を設定するというのなら、やはり心動かされるものもないわけではないのでございます。自分の意識波動水準を可及的に高めていくことで他者の意識水準も共鳴現象として高められその過程と結果で近代が溶解していくというなら、意味があろうかと存じます。

Wさん:「これまで「自分は120歳まで生きる」と公言していたのですが、薄井さん同様、300歳まで生きることを目標にしたいと思います。」

私:120を設定されている「私も薄井さん」はたいへんな常識人であろうかと存知ます。現在の科学的知見では、やはり120からせいぜい150(アメリカの科学的予測では21世紀は150まで行くと発表したものがある)が寿命の限界と考えられております。僭越ながらご自身の意識が、良くも悪くも世の常識に呪縛されていることに気づく必要がありかもしれません。自分の意識が選んでいることの範囲でしか物事は起きていかないというのが私の考えでございます。物理的世界は意識の世界の写し鏡であるという立場でございます。

Wさん:「これでも若い女の子には良くもてますよ。もてるコツはハゲなど気にしないことです。

「50になっても髪の毛がフサフサ?努力も苦労も勉強もしていないからじゃない?おれの頭を見ろ。努力して苦労して勉強してきた勲章だ。」

と、公言しています。多くの女性が、「髪が薄いってすてきね」と反応を示します。」

私:万一、300を狙うなら、貴方様はまだ50代つまり、6分の1しか活きていない少年でございますね。少年が吐く言葉にしては、上記のものはやはり「助平なアブラギリおやじ系」の響きが意識の中で反響してしまうのでございます。少し「少年系」への波動調整が必要かも、と(失礼)。気分はやはりういういしい17歳でございます(笑)。17歳にハゲは似合わないのでございます。

wさん:「私の場合皮膚は一向に硬くならず、身体の老化はさほど感じられません。50代にもかかわらず外国人には30代、日本人には40代に見られます。これで髪がフサフサだったらもっと若く見られます。私の場合ハゲと老化はあまり関係ないようです。若くしてハゲが始まりましたので、若くして努力の勲章をもらったんだと能天気に構えています。この能天気さが肉体を若く保つコツなのかも知れません。」

私:この発言の中に実は「近代の病」を見るのでございます。「努力」。この概念でございます。近代の産業至上主義の中でわれわれ脳裏に深く深く埋め込まれた概念、これが「刻苦勉励」という概念でございます。日本近代は「二宮金次郎」をモデルとして、「立身出世」という概念と合わせて導入された概念がこれだったのでございます。「二宮金次郎の」銅像は日本全国の小学校の校庭に建立された指導理念としてのシンボルだったわけでございます。庶民は、この概念を深く埋め込まれ、牛馬のごとく働かされ、絞りに絞りあげられてまいりました。自分の手のひら見つめては、これほど懸命に働いてもちっとも暮らしが良くならないと慨嘆する詩人もわが国近代初期にあわわれております。「努力」という概念が西洋近代産業至上主義の価値機構の内部に埋め込まれたきわめて特徴的かつトリッキーな概念だったのではないか、そう気づくことは近代の超克の準備のためには一つの喫緊な課題なのではないか、そんな思いをもっております。貴方様の発言で努力という言葉がプラスのシンボル、誇らしいシンボルとして使われていることに、貴方様の近代人としての自己証明がなされている印象を得ているわけでございます。一つヒントを申し上げますと、近代農法にしたがう農民はたいへんな努力をしております。対しまして、いわゆる「自然農法」は、逆説的ですが、極論すれば一切の「努力」を否定しております。

本日はこれにて失礼。

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