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「税金」と「未来像」
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投稿者 アルファンド 日時 2003 年 8 月 09 日 06:39:09:clCR9b6gibXHw


俺は「税金」が好きじゃない。

「みんなのために金を出す」というのは嫌いじゃないし、寧ろ好きなんだ。
ただ、どういう使い方をされるかも分からず、使い方を決める連中に対してもそんなに信頼感をもてない状態で、無理矢理にカネを払わせられるのは何とも腹立たしい。とりあえず、お縄にはなりたくないので今は払ってるが、なかなか自分を誤魔化すのが難しい。自分の身の安全を保証してもらうためにカネを出すってのは、要するにチンピラへの上納金だろ? 「生命と財産を守るのが国家」ってのはつまりそういうことだ。もちろん、政府が本当に信頼出来るのならその不満も小さくなるワケだが、俺としてはやっぱり金を出すならもっと「顔」の見える人間的な関係があって欲しいと思うね。

俺の望む「未来像」の一つのカタチとして、「税金の無い社会」がある。
「政府」とか「役所」などと呼ばれるような公的機関はあっても、その運営費用は一切の強制力の無いある種の「募金」や「寄付」といったカタチで収集されるということだ。それも決まった金額はなく、個人が好きなだけ「納税」すればいい。その見返りは「納税者リスト」に合計金額などが書き込まれ、その多寡がある種のステイタスになる、といった感じ。もちろん「物納」もOK。 「○○さん 521万円、ジャガイモ125個、ニンジン46個、・・・」 こんな風にリストが作成されていく。まあ、「物納」の場合はいろいろややこしいので、「相場価格」のあるものはそれに換算した方がいいかもな。とにかく、「人々の善意」によって全てが成り立つという、あやふやで危なっかしく、それでいて一度上手く回りだすと容易には瓦解しない、「人智」に対する挑戦のようなシステムだ。

道路とか港湾、橋などのインフラ整備も、建設の元手は「寄付の呼びかけ」で行うのを基本とし、必要に応じて「政府」なんかから「無利子融資」で資金が提供される。そして最初のうちは「利用料」の徴収を行ったり、その後も「募金の呼びかけ」などによって「返済」を行っていく。そういった「公共事業」は付近の住民やその他関心をもって協力したい者が事前によく協議し、決断を下す。「立案者」や「参画者」はその事業の施行から運用まで基本的に「責任」を持つ。その事業が上首尾であれば「名誉」なことであり、不首尾に終われば「不名誉」なことだ。

俺の想い描く社会では、金銭的な裕福さ、社会的地位などから「抽出」された剥き出しの「名誉」「不名誉」が大きなウェイトを持つ。と言っても今と比べてもかなり小さいウェイトだけどな。みんながみんな他人との比較優劣を競わない「世界」というのも少し面白みにかけるので、他人と競いたい、競うことで切磋琢磨したい、と考える者たちのための「競争軸」だ。俺は別に「競争」や「勝負」が嫌いではないので、それらがちゃんと存在して欲しい。ただし、出来るだけ「ゲーム」のような穏便なカタチを「主流」とし、酷薄な「弱肉強食」といったシビアな競争はある種「隔離」した状態で行うようにする。 (まあ、「地球」が宇宙における「隔離修行場」であるのと似たようなもんだな。) 

「神社」なんかを訪れると、たいてい「寄付者名簿」が立ててあったりする。あるいは常夜燈や鳥居なんかに人名や企業名が彫ってあったりな。俺は、ただその程度の見返りがあればそれだけで金を出しても満足できるだろうな、などとしばしば思う。その地域の「神社」であるならば、それが出来るだけ景観と調和し、風景を彩るような美しいものであって欲しいだろう。そしてそれが美しいものであるのなら、ただ金を出すだけであっても「自分」が関われたということが誇らしくなるだろう。そして金を出す以上、何としても美しくあってもらわねば困る。受け入れられるかどうかは別にして、意見は言わせて頂こう。そういう風にして「自分」を、その住む場所へ好ましく結び付ける。

その感覚こそが「自治」につながるものだ。ご近所、村や町、市、県、地方、国家、ひいては世界にいたる「自治」。たとえ一時的な生活の場であれ、住む以上はそこの生活に「責任」を持って取り組む。誰かと責め合い罵り合うための「責任」じゃない。ただただ、「自分」が「自分」に負った「責任」だ。

俺の想い描く「世界」では「公共事業」と「私的事業」には明確な差異は存在しないと思う。なぜなら、「私的所有」を保証する機構が存在しないからだ。誰の家だろうが物だろうが、他人が勝手に使用するのを妨げる強制力は無い。それはどこまでも個人と個人の交渉による。本当にどちらもそこに住みたいならば同居、使いたいならば共有するか、究極的には殺し合ってでも決着をつけるしかない。多分、おせっかいな隣人たちが割り込んで来て双方の言い分をまとめ、無い知恵絞って解決策を提示してくれるだろう。そういう風にしてゴタゴタを収めていくしかないし、それが一番良いカタチだと思う。

「法的な束縛」は事実上存在しない。と言うか、「法律」というものはそれ自体大した意味が無いんだ。精神的な束縛・懲罰であれ、物理的な束縛・懲罰であれ、それは絶対的な抑止力は持っていない。ただの「恫喝」でしかないんだ。決して無意味だとは思わないが、「法」の「限界」を忘れたのならそれは「不幸」しか生み出さなくなる。だから「法律がある国・地域」はこれまたある種「隔離」されたエリアだ。「法的束縛の強い国」、「弱い国」など、自分の好みの場所に行けば良い。「束縛」も時には面白いものがある。それでこそ、「多様」が素晴らしいと感じられるハズだ。

「束縛」の一切無い「世界」。あまりにも危なっかしくて、見ててヒヤヒヤする「奇跡の平和」。綱渡りのような不安定。いつ崩壊してもおかしくない砂上の楼閣の如き「幸福の日々」。スリル。興奮。俺が求めるのは、まさにそのような「黄金時代」だ。危ういバランスの中を、「人間の強靭な叡智」によって乗り越える! 俺が死んだ直後に全てが崩れ去ってもかまわない。そこまで面倒見るのは、残ったヤツらに失礼ってもんだ。大丈夫。俺がきっちり鍛えておくから。きっと俺以上に上手くやってのけるに違いない。与えられた「繁栄」は、やっぱり素直に楽しめねえんだ。「自分」で勝ち取ってこそ、「価値」がある。


俺は本当の「自由」と「対等」と「愛」がある「世界」がいい。俺はそうなりたい。
「今」はいつでも特別なときだ。絶対に取り返しのつかないものだ。俺はそのかけがえの無い「今」を背負う。

だから、正直なところ「世界のカタチ」はどうでもいいんだよな。
「資本主義経済」とか「社会主義体制」とか、「人権尊重」だろうが「神政国家」だろうが、要は全て「道具」でしかねえ。もちろん、出来の良し悪しはあるだろうさ。でも、それも全て「扱い方」次第。つまりは「俺たちの腕の見せどころ」なんだ。扱う上での難易もあるさ。どうしようもないガラクタもな。だが、それをあえてぶち壊さず、少しずつ改良していけばきっとすごく良くなるだろう。それができりゃ、嬉しいだろうな。何も新しいものを創ろうなんて意気込まなくても、必要な材料は全部ここにある。要るのは「根気」。そしてそれを支える「意志」だけだ。

そして「意志」を鍛えるために、本当に楽しいと思える「一瞬」を積み重ねて行こう。


「税金」の話から始まってつらつらと好きなことを書いたワケだが・・・

俺はこうやって「自分の未来像」、「あるべき今」を少しずつ固めてる。
それがより具体的であればあるほど、『奴ら』への対抗力も強くなるからな。
まあ何にしても大切なのは「日々の生活」だ。

皆さんも少しずつ積み重ねていってくれよ。
別にここに書かなくっても良いからさ。

ほんじゃ、また。

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