★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > Ψ空耳の丘Ψ32 > 565.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
大陸の風−現地メディアに見る中国社会
http://www.asyura2.com/0311/bd32/msg/565.html
投稿者 てんさい(い) 日時 2003 年 12 月 26 日 04:00:59:KqrEdYmDwf7cM
 

                             2003年12月25日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.250 Thursday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/

▼INDEX▼

■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』 第9回
   「新しい年、新しい視点」

  □ ふるまいよしこ :香港在住・フリーランスライター

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ■ 『大陸の風−現地メディアに見る中国社会』            第9回
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

「新しい年、新しい視点」

 一年も終わりに近づくと、まるで締め切りに追いかけられるように、いろんな人の
ことを思い巡らすようになる。今年初めて会った人、今年は会わなかった人、会えな
かった人、そしていつも会っているあの人。クリスマスカードが届き始めると、「お
お、この人はわたしを思い出してくれたのね」と思わされたり、逆に「そっか、この
人ともご無沙汰だな」と、お互いの不精に頭をかいたり。

 今年もそんな時期に入ったようでぽつぽつとメールボックスに「ご挨拶」が届き始
めた。と思ったら、文中、季節の挨拶もそこそこに「新聞で見ましたよ。北京のロッ
クシーンは一体どうなっているわけ? やっぱり反日?」という問いかけがいくつか
あった。ああ、この人たちは「ご挨拶」ではなくて、「北京」「ロック」でわたしを
思い出してくれたのかい、と苦笑いした。

 記事というのは、日本のロックバンドが中国のロックフェスティバルに参加した際、
「ヤジを浴びたうえ、生卵や石を投げつけられ、4人のメンバー全員が軽いすり傷な
どを負っていた」と伝える読売新聞の記事(12月21日・電子版アドレス)である。
http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20031221i203.htm
ヤフーのニュースサイトなどでも転載されたそうなので、目にした人は多かったはず
だ。

「勝てば官軍」とよく言うが、ケガ人の存在を伝えることで事件の劣悪さを強調して
「官軍」化してしまったような報道が行われることもよくある。この記事を目にして、
わたしはふとそんな気分にさせられた。

 というのも、このバンド事件は報道直前に起こったものではなかったからだ。コト
は2ヶ月以上も前の10月初めの旧聞である。事件の「現場」となったロックフェス
ティバルにはわたしも出かけた。ただ、会場がかなり交通の不便な場所にあり、また
10月初めの北京は日が落ちるとかなり冷え込むようになっていたため、すでにわた
しが会場を後にしてから当のバンドの演奏が行われたので、当日の事件は実際に目に
していない。

 しかし、事件については次の日、ロックフェスティバルの最終日に、わたしの友人
の中国人バンドメンバーたちから知らされた。確かにヤジが飛び、さまざまなモノが
手当たり次第ステージに投げ込まれたこと。そして、それは他の中国人バンドにも同
様に行われていたのをわたしは実際に目にしていたが、日本人バンドに対する観客の
態度はそれよりさらに激しかったことも、このロックフェスティバルを毎日、最終ス
テージまで見届けている熱心な中国人ロックファンたちの口から伝えられていた。

「でも、すごくいいバンドだったよ」「カッコ良かったよ」彼らは口々にそう言った。
そして彼らのうち数人はステージ前でモノを投げつける観客に向かって「やめろ!」
と飛びかかり、殴り合いのケンカになったそうである。わたしはそれを聞いて、「ロッ
クしてるねぇ、キミたち」と、彼らと一緒にヘヘヘッと笑ったのだ。

 さらに同バンドの演奏時に舞台裏に近いところにいた日本人も、「最初はケガでも
するんじゃないかってすごく心配だったけど、ヤジに構わず演奏を続けるバンドの音
にだんだん観客がのり始めたのをみて、『やった!』って思ったっすよ」と嬉しげだっ
た。その時の雑談で、彼が心配していたのは当の日本人バンドの精神的な後遺症では
なく、同じ日にステージに上がった中国の元人気バンドの演奏が不発に終わったこと
だった。「あまりにも観客がのらなさ過ぎて、見ていてかわいそうだった」とつぶや
いた。そして、「海千山千でのし上がってきたはずの日本のロックバンドは、さすが
に根性が座ってるねぇ」と語り合ったのを憶えている。

 それが、突然12月も末になって、日本の新聞がこの事件を「反日機運の高まりが
背景にあったとみられる」と報道する意図はなんなのだろう。そこには、「それくら
い覚悟してたから」と言ったという日本人バンドのことも、無礼な観客に飛びかかっ
た中国人ロッカーのことも、観客の非礼を謝った主催者のことも、そして舞台裏でバ
ンドを拍手で迎えたファンたちのことも一切書かれていない。その時、ステージの上
でも下でも、そして日本人も中国人も、「ロックだねぇ」と笑いあった気持ちが、現
場にいもしなかった記者の文章で、がががっと凍り付いてしまった気分である。

 ロックフェスティバルの当時は、ちょうど広東省珠海市での「日本人集団買春事件」
が明るみになったばかりで、さらに8月の黒龍江省チチハル市での「遺留ガス弾破裂
事件」もまだ引き続き報道されており、一般的に日本といえばイメージが悪かった頃
だ。わたし自身も日本のバンドが参加すると聞いて、何か起こらなきゃ良いが、と思っ
た。しかし、実際にはわたし個人はその頃も、そして今に至るも、マスコミで吹聴さ
れる「日本」のイメージによってイヤな思いをした記憶はない。当のロックフェスティ
バルでも、馴染みの中国人ロック関係者とへらへら語り合い、コーラとビールで乾杯
しながらバカ話をしていたのだから。
 
 現場に来なかった人物が書いた記事には、そんな雰囲気は一字も語られていない。
そして、記事が発表された後にインターネットのさまざまなサイトに流れる情報によ
ると、同記者の確認取材を受けた日本人当事者にとっても、その記事は全く方向性の
違う不本意な形となっていることがつづられている。
 
 そんな不満はよくあること、だろうか?

 確かによくあること、なのかもしれない。しかし、記事を読む側がその報道の裏に
隠された「よくあること」の存在をどれだけ分かって読んでいるのか。記事の欺瞞性
を訴える声は「よくあること」だが、その「よくあること」が日々の報道の中でどれ
だけよく起こっているのかを考えると、ペンの力を持つ報道だけをすんなり飲み込む
わけにはいかない気がする。

 1997年、香港は7月1日の主権返還騒ぎの大フィーバーに包まれていた。といっ
ても、現地は冷めたもの、というのが、香港でその時をすごしていたわたしの感想だっ
た。しかし、海外からは世紀のお祭り騒ぎに持ち上げられ、これに乗じたホテルの値
上げ合戦の結果、香港の観光業界が世界中から大非難を浴びる結果となってしまった
のは皮肉だったと、当時わたしは思ったものだ。

 香港返還フィーバーを盛り上げているのは一体、誰なのだろう? なぜ、日本から
伝わって来る返還への熱意と、日頃接している香港人の態度の間にこんなに距離があ
るんだ? そんな思いを抱いて、視点からはずれることのない「香港」「返還」「カ
ウントダウン」という文字を日々ぼんやりと眺めていたわたしは、NHKの関係者と
いう人物の電話を受けた。

「あの〜、ふるまいさんは香港人の写真家にお知り合いが多いと聞いたんですが、誰
 か紹介してもらえませんか」
「どなたからわたしのこと、お聞きになったんですか?」
「○○さんという方です。昨年日本で開かれた香港人写真家の写真展でお目にかかっ
 たと言ってました」
「○○さん…ごめんなさい、憶えていませんが、どの写真家にお会いになりたいんで
 しょうか?」
「誰でもいいんです。ただ、香港の現状に詳しくて、本音をしゃべってくれる人…」
「本音?」
「ええ、返還番組取材で1ヶ月前に香港入りしてインタビュー相手を探してるんです
 が、みんな、本音を言ってくれなくて」
「で、本音って?」
「マイクを向けるとみんな、『中国は今後発展する。香港の未来は明るい』ばっかり
 で。本音を聞きたいんですがねぇ…」
「それ、本音なんじゃないですか」
「本音のはずないじゃないですか。もっと、はっきりと本音を言ってくれるようなド
 キュメンタリー系の写真家いませんかねぇ」

……。

 それは当時の香港人の本音だった。香港に残り、静かに主権返還を迎えようとして
いる人たちは皆、「中国の今後の発展」を信じようとしていた。もちろん、彼らの気
持ちの奥にはさまざまな思いが渦巻いていた。しかし、香港で返還を迎えようとして
いるその時、悲観して怯え続けて暮らすわけにはいかない。中国の未来は明るいのだ。
我々は祖国に帰るのだ。そんな気持ちで香港人は自分を奮い立たせていた。返還ブー
ムを追いかけてやって来た日本の取材者は、そんな彼らの前向きで真摯な言葉を却下
したわけだ。

 フィーバーに乗ってやって来たヨソ者のために、静かに自分の心の中深くに納め込
んだ思いを、なぜ香港人がまたヒモ解かなければならないのか。突き出された取材マ
イクに向かってそれを吐き出したからといって何になる? 嘔吐後の気持ち悪さを日
本のテレビ局が介抱してくれるわけもなく、その後はまた自分一人で抱えていかなけ
ればならないのである。ならば、心の中の戸棚にかけたカギをはずさないのも当然で
はないか。わたしはそれすらをこじ開けようとするヨソ者たちの行儀の悪さに気分が
悪くなった。

 本音とは何か。真実とは何なのか。どうやったらそれを記録することが出来るのか。

「ごめんなさい。わたしの知り合いの写真家たちも、そう言って返還を受け入れる準
備をしてますよ。残念ながら、それ以外はお答えできないと思いますよ」と、わたし
は答えた。

 しかし、どうしても誰かを…と食い下がる相手に、ちょうどその頃開催されていた
総合写真展をおしえ、「そこで写真家に会えるかもしれませんし、気に入った写真家
がいれば、ギャラリーに連絡先を尋ねてみてもいいんじゃないでしょうか」と伝えた。
相手は、「分かりました、行ってみます。でも、その結果、我々が写真家を取材した
としても、これは我々の独自取材ということにさせていただきます」と言って電話を
切った。

 日本全国を網羅したネットワークを持つこのテレビ局がこの結果、実際にどんな番
組を作ったのかはよく知らない。さらに、「香港で頑張る日本人女性から見た返還」
というほとんど同じテーマで、一度に別々のテレビ局から取材の依頼が入ったりもし、
「それは△△テレビさんもやってらっしゃるようですよ」と言うと、「知ってます。
それはそれでいいんです。時期モノですし」と返され、そのどこか同じ所から仕入れ
て来たような視点の狭さには辟易させられた。

 そして、その当時、「香港の人々は冷静に受け止めている」ことを伝えようとして
も、「それじゃ絵(=映像)や物語にならない」とまで言われたこともあった。規模
は違うものの、取材という同じ立場に立たされる人間として、わたしは、自分が書こ
う、描こうとするものに対する認識を再確認させられた。そして、日本のマスコミが
求める香港像を書けなかったわたしは、当時フリーランスとして香港にいながら、香
港返還について結局、何も書かなかった。

 報道は時に読む人の視点を曇らせることもある。それは、香港フィーバーを現地で
体験したわたしの感想である。それは、どこの国でも、どの媒体でも起こり得る。そ
う思いながら、報道される何かを読み、考えること。それが少しずつ認識する世界が
広げている我々が今、行うべきことなのではないか。

 2003年最終号の「現地メディアに見る中国社会」は、「現地発日本メディアに
見る中国社会」とした。みなさん、新しい気分で、新しい視点で、よいお年をお迎え
下さい。

----------------------------------------------------------------------------
ふるまいよしこ
フリーランスライター。北九州大学外国語学部中国学科卒。1987年から香港在住。
近年は香港と北京を往復しつつ、文化、芸術、庶民生活などの角度から浮かび上がる
中国社会の側面をリポートしている。
著書に『香港玉手箱』(石風社)
個人サイト:http://members.goo.ne.jp/home/wanzee
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media]                No.250 Thursday Edition
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
                   独自配信: 89,759部
                   まぐまぐ: 18,787部
                   melma! : 11,575部
                   発行部数:120,121部(12月22日現在)

【WEB】    http://ryumurakami.jmm.co.jp/
【MAIL】 info@jmm.co.jp
----------------------------------------------------------------------------
【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
----------------------------------------------------------------------------
配信の解除、メールアドレスの変更は
http://ryumurakami.jmm.co.jp/kaijo.html
原則として、JMMオフィスでは解除手続きは代行いたしません。
----------------------------------------------------------------------------

 次へ  前へ

Ψ空耳の丘Ψ32掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。