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「弱きが故の戦い」
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投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 28 日 21:28:07:Mo7ApAlflbQ6s

(回答先: Re: なぜ「敗戦責任」にこだわるのか - あっしらさんへの返答 投稿者 戦争屋は嫌いだ 日時 2003 年 10 月 27 日 07:05:29)


戦争屋は嫌いださん、こんばんわ。
レスをしようかどうか少し迷いました。
戦争責任論的部分は、それなりにけっこう共有していると思っているからです。
(根っこは反戦平和主義ですから(笑))

実働部隊を構成する個々の将兵は、殺す必要性もなければ殺したいほどの憎悪もないまま、国家が敵だと認定した相手を殺戮しなければなりません。
生き残ることに必死になるとしても、敵にも親兄弟や子供がいるんだろうなと思うこともあるでしょう。
銃後の人たちも、我が子・我が夫・我が親が死んだり傷付くことなる戦争はいやでしかたがないはずです。

そのようなためらいを払拭させるのが、戦争の大義であり正当化です。

もっともわかりやすく効果的なのは、相手から仕掛けられた戦いへの反撃であるという認識が持たれることです。

満州事変やシナ事変でも相手から仕掛けられた戦いへの反撃であるとの構図がつくられ、真珠湾奇襲攻撃が米英政権に待望され、現在進行形のアフガニスタンやイラクに対する侵攻でも9・11が用意されました。

強いられた戦いだとか、理念(理想)を実現するためという戦争の正当化は、知性崇拝者を熱狂させることもありますが、それを国民多数派のものとするためには、膨大なエネルギーが必要ですし、まかり間違えば、逆にその虚妄性をさらされることにもなりかねません。

米英の支配層も、対イスラム戦争(イスラム世界「近代化」戦争)をそのまま大義として掲げても戦争体制を構築できないと判断し、9・11という陰謀を実行したはずです。
(80年代からはいわゆるイスラム過激派による爆弾テロを演出し、イスラム=悪という意識を醸成し、9・11の効果をサポートしています)


小泉政権も12月中には自衛隊部隊をイラクに派遣するようです。
米英支配層の策謀や目的は知ってか知らずか蓋をし、イラク復興・対テロの戦い・日米同盟論・対北朝鮮問題をないまぜにした正当化でそれを押し切ろうとしています。
国土が攻撃される恐れもなく“傭兵”である自衛隊を派遣する話ですからそれで済むのでしょうが、正当化理論のあまりの低レベルさに唖然としています。
軍=軍事力を外国領土に派遣するという政策決定があまりにも軽々しく行われています。
「陰謀論」をとっぱずせば、米国にはデタラメでありながらもわずかばかりの大義があります。
それでも、米国では、大きな反戦運動が起きましたし、統治機構で戦争の正当性が問われています。

陰謀説に立たない限り、イラクに軍を派遣する日本は、米国以上にとんでもない国家ということになります。
イラクへの自衛隊派権が米国との経済関係維持や北朝鮮対策でやむをえないことだと意識で黙認されているのなら、日本は米国よりも愚劣だと言えます。
相対的には恵まれている経済条件を維持したり、せっかく9・17宣言を取り交わした北朝鮮への牽制を頼むために、それらとはまったく無関係のイラクに武装部隊を派遣し米英の占領支配を補完しようとしているのです。
これほどあさましくみっともない政治的判断があるでしょうか。
あさましくみっともなくてもかまわないじゃないかと百歩譲っても、それが、そのような欲を満たすものであるかきちんと議論されたでしょうか。
ただただ戦後日本の習い性やヒステリックな脅威論から生まれた錯誤を正当化の支えにしているだけです。

軍(兵力)を動かすことの重さや国家の尊厳という根源的問題が吹き飛んでしまっています。
このような状況に陥っている日本の政治家が、戦力不保持・交戦権不行使の憲法を改正し、その桎梏を払おうとしているのは笑止千万です。(ちなみに、私は改憲派です)

直接は関係ないことをだらだらと書きましたが、このような現状を打破するためにも、「敗戦責任」問題が国家的俎上に乗せられる必要があると思っています。

改憲派として、「敗戦責任」を明らかにしない限り、改憲に反対であり、解釈改憲=憲法違反にも反対だと主張します。


タイトルにした「弱きが故の戦い」は、開戦時陸軍省軍務課長で翌年から昭和19年夏まで軍務部長の要職にあった佐藤賢了の大東亜戦争に対する総括的表現です。
はっきり言ってそんな総括で済むのかと罵倒すべきものですが、口には出されないまま当時の幕僚たちを縛っていた心性を言い当てているのだろうと思っています。

経済力においても軍事力においても、米英さらにはドイツやソ連に劣っているということが支配層の内なる共通認識でありながら、それを自覚的に議論することは避け、神国や国民精神をもって補填できると自己及び相互に暗示をかけ、弱いという暗黙の共通意識が相手の主張に過剰反応させナメラれてなるものかと自ら戦争に撃って出たという話です。
(このような話は今なお企業世界で生きています)

「敗戦責任」問題にこだわっている一つの要因として、国家や社会について関心を持って積極的に発言している人たちが戦争責任派と大東亜戦争擁護派に分裂し対立を続けている状況をもったいないことだと思っていることをあげます。

戦争責任か戦争擁護かなんて問題はどうでもいいという無関心派は別として、それほど多くはいないと思われる歴史や国家社会について真摯に考えている人たちが、共通の土俵に立つことなくただ非難し合っていることが残念なのです。

このように考えているので、「戦争責任」という言葉を使うときは熟慮して欲しいという内容のレスを書いたわけです。


「敗戦責任」問題を共通のテーマにすることで、右翼反動や自虐史観などといったレッテルの貼り合いではなく、戦争責任派と大東亜戦争擁護派がまっとうに議論できるようになるのではと期待しています。

現象形態は変わっていますが、戦前の世界を動かしていた論理と現在の世界を動かしている論理(「近代」であること)は変わっていません。
「敗戦責任」問題を突き詰めていくことは、過去の反省ではなく、現在をどうすればいいのか、これからをどうすればいいのかということにそのまま結びつくと確信しています。


貴殿の概略的な歴史認識のなかで、気にかかることをいくつか取り上げさせていただきます。


>幸い当時の幕末から明治にかけての日本の指導層は、十分な危機感と(少なくとも腐
>敗した中国の支配層(王朝・軍閥)に比べれば)無私の精神をもっていたおかげ

清王朝が近代化を選択しなかったことは確かですが、近代的価値観に照らして裁断するのではなく、清王朝が英国などの圧力をどのように受け止めどう対処しようとしたのかなどをきちんと再考する必要があると思っています。
この問題は、李氏朝鮮についても言えることです。

薩長軍閥政治がはびこりそれと連携した財閥が拡大を続けていた日本の指導層を無私の精神を持っていたとは言い難いと考えています。
清や朝鮮と較べてはっきり違っていたのは、日本の政治指導層が明確に近代化を選択したことです。(近代化を志向する人が政治指導層になったというほうが的確です)

「列強は日本のassetは自然資源ではなく、人的資源であり、交易・通商による搾取の方が効率的と判断した可能性はある」というのは、中国にも共通するものでそのように処遇されています。

日本が中国のような状況に陥らなかったのは、中国という広大な利権があったことに加え、ドイツやロシアが興隆するなかで欧州諸国の対立が高まり、米国では南北戦争が起きるという外的要因があったなかで、近代国家の確立なかんずく富国強兵を急ぎ成功させたからだと考えています。

>日本が英米勢力と激突したのは、一に米国との西太平洋における地政学的な衝突、
>二に日本が英国の極東における経済利権を脅かしたことが原因だと見ているのですが、
>当時はまだ英国の影響力が現在とは比較にならない程強く、日英同盟の流れを活かし
>て英国と話をつけ、英米の倶楽部の中でジュニアメンバーとして我慢する覚悟があれ
>ば、あのような正面衝突は避けられたかもしれないという気もするからです。

これは、極めて重要な提起だと思います。

戦前指導層のいわゆる親英米派(潜在的には多数派)も、「英米の倶楽部の中でジュニアメンバーとして我慢する」というように考えていたはずです。

敗戦によって英米の倶楽部のジュニアメンバーとなったわけですから、とてつもない犠牲と災厄を抜きでもそれが可能だったのかという問題になります。

戦前に英米の倶楽部でジュニアメンバーとして我慢する道を選択していれば、日本の経済発展は限定的だったと考えています。
(過剰人口・産業構造の後進性・資源不足・対外市場の狭隘性といった問題はそれで解決されるわけではありません)

第二次世界大戦を通じての米国への貨幣的富の集中と敗戦国を中心にした産業基盤の破壊が戦後世界構造を生み出した条件ですから、日本が戦争を回避する政策を貫いていたら、ジリ貧になっていたとは断定できませんが、戦後のような経済成長はなかったと推測します。


いただいたレスについて:


>石原完爾はお粗末な人材も多かった陸軍においては優れた戦略家であったと認識して
>いますが、このような国家戦略は後述するように、弱肉強食の帝国主義の時代には妥
>当なものと思われていたかもしれませんが、今となってみれば今回の米英のイラク侵
>略と何ら選ぶところはありません。日満一体とはいいますが、所詮は「よその国に招
>待もされないのに、かってに押しかけて傀儡を立てて資源を乗っ取った。」が本質で
>はないかと思います。ただし今日まがりなりにも日本が経済大国と呼ばれる存在に
>なった背景に、こうした侵略による経済的恩恵があったことも否定はできません。非
>常に複雑な思いがします。


石原氏の戦略とは異なり、満州国建国が、「よその国に招待もされないのに、かってに押しかけて傀儡を立てて資源を乗っ取った」かたちになっていったことは確かです。
中国と協調できない限り、資本家入るべからずという方針を打ち出したとしても、満州国はそのような存在になります。

満州事変の“成功”が北支の満州化を誘発するかたちになり、シナ事変そして対米戦争につながっていったとも言えます。
(つまらない妄想ですが、石原莞爾の戦略が貫かれていたとき、日本そして世界はどうなっていたのだろうかと思うことはあります)

「今日まがりなりにも日本が経済大国と呼ばれる存在になった背景に、こうした侵略による経済的恩恵があったことも否定はできません」という総括は、いわゆる先進国が共通して抱える問題です。


>ここで「自他共に罪の意識云々」といったのは、法理論上の正当性とは別に、国際社
>会における認識(国際世論)を無視することはできないからです。原爆投下が犯罪的
>行為であることは疑問の余地のないことではあります。しかし東南アジア戦域で終戦
>を目前に、一部の捕虜収容所に「捕虜をすべて処分せよ」との命令が出ており、原爆
>投下によって日本の降伏が早まったおかげで命拾いをした捕虜が多数いることも事実
>であり、元捕虜だった英国人が「米国が原爆を投下してくれたおかげで自分は今ここ
>には存在してるのだ。」などと言っているのを聞くと考え込んでしまうわけです。
>さらに当時日本軍の軍政下にあったシンガポールなどの東南アジア地域でも、暴虐な
>圧政に苦しんでいた現地住民が「原爆のおかげで苦しみから解放された。」と公言し
>ているのも事実です。
>こういう話を聞くと、日本が被害者意識を全面に出せるだろうかという気がするわけ
>です。

国際社会とやらの認識は戦勝国が作り上げたものであり、都市への無差別空爆や原爆投下は、犯罪的行為というものではなく、明確な戦時国際法違反です。
いくつか上げられている評価は、それを免責するものではありません。

英蘭の元捕虜には捕虜になった歴史的経緯(植民地支配など)を説明し、原爆投下を正当化する見方がどんなに恥ずべきものかを主張する必要があると思っています。
もちろん、元捕虜の言い分は聞き、その結果、議論が平行線になってもかまいませんが、比較考量できないことを根拠に戦時国際法違反を見逃すことはできません。


戦時中の占領政策が、英蘭にただ成り代わったもの、より実態的に言えば、戦時ということでもっと苛烈なものであったことは確かです。
アジアの一員である日本が英蘭を打ち破ったことで、戦って独立を勝ち取れる可能性を見せたことがせめてもの救いだったと思っています。(それで大東亜戦争を容認するつもりはまったくありません。たんなる結果論です)

英国が植民地政策が絡んでいるとはいえ、シンガポールもある意味で侵略者国家です。

>因みに上海爆撃・南京爆撃(1937年: シナ事変の最中)の時点では、前にも触れた
>ように日本は何の宣戦布告もしていません。単純に侵略者が突然都市に爆撃をしかけ
>たわけで、一応戦線布告をしてからバクダッドを爆撃した今回のイラク侵略より、手
>続き的にはさらに無茶なケースと言うべきでしょう。


米英はアフガニスタンやイラクに宣戦布告はしていませんので、宣戦布告なき戦争であることは同じです。
米国政権はテレビなどのメディアを使って恫喝や要求を出しただけです。
(米国で宣戦布告を出せる権限は連邦議会にあり、連邦議会はブッシュ大統領を支持するとしただけで宣戦布告を採択してはいません)

日本軍は、突然都市に爆撃をしかけたわけではなく、中国当局(国民党政権及び現地部隊司令官)と交渉を行いながら戦線を拡大しています。

日本も中国も宣戦布告をしなかったのは、米英などに中立義務が生じ通商などで障害が発生することを避けたかったことや交渉を通じて交戦状態をなんとか早く終結させたいという思いがあったからです。

>陸上では周知のようにドイツ軍も日本軍も非戦闘員の殺戮は枚挙にいとまがありませ
>ん。(少なくとも第二次大戦中は私の知る限り米英軍はやっていません)

錯誤があったことは確かですが、日本軍が意図的に非戦闘員を殺戮したことはそれほどないと思っています。
日米戦と日中戦は性格が異なるものですから、米軍がベトナムなどで見せてきた(いる)非戦闘員殺戮があったと考えたほうがいいと考えています。

日本政府及び軍の民間人指導が誤っていたというか民間人を犠牲にして敗戦を遅らせようとした問題はきちんと議論されなければならないと考えています。

※ ドイツは思想戦という大義を掲げていたのでご指摘の行為がありました。

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