★阿修羅♪ 現在地 HOME > 掲示板 > 国家破産31 > 528.html
 ★阿修羅♪
次へ 前へ
この一年間の混乱は竹中氏の学習のために国民が払った犠牲だったのである。
http://www.asyura2.com/0311/hasan31/msg/528.html
投稿者 TORA 日時 2003 年 11 月 09 日 16:51:35:CP1Vgnax47n1s

この一年間の混乱は竹中氏の学習のために
国民が払った犠牲だったのである。

2003年11月9日 日曜日


◆監査の不備が間題をさらに深刻化

一九九七年一〇月から一九九九年三月までの混迷に満ちた日々を思い出すと、もし日本に当時とは異なる銀行の検査基盤が整備されていたら、少々違ったシナリオになっていたのではないかという気もする。実際、アメリカの財務省を含む多くの海外からの提案や要求を見渡してみると、日本にはすでにそうした監査基盤が整っているという思い込みがあるようだった。

つまり、もし も当局が特定の銀行が明らかに債務超過であることを証明できるような強力な検査体制を持っていたら、その証拠をもとにその銀行に自己資本を増やさせたり、条件付きの資本投入を受け人れさせたり、または国有化に踏み切るという行動がとれただろう。つまり、そのような証拠があれば、当局は銀行が資本投入の申請をしてくるのを指をくわえて待っている必要はなく、みずから主導権を握って各種の命令をその銀行に出せたはずである。

ところが日本の検査体制は、銀行資産を査定できる検査官が五〇〇人しかおらず、極めて貧弱だった。これに対してアメリカでは八○○○人のプロの検査官が同様の職務に就いている。ここでプロの、という意味はこの仕事は高い専門性が要求されることから検査官は通常の官僚より高い給料をもらっているということである。検査対象となる両国の銀行の総資産はほぼ同じだから、日本の検査官はアメリカの検査官の一六倍弱の仕事をこなさなければならない。加えて、日本の検査官のなかで実際に資産の査定能力を備えているのは日銀出身のわずか二〇〇人しかいないとも言われている。その結果、当局は各銀行に勧告すべき充分な情報を持たず、資本投入に際しては個々の銀行が申請してくるのを待たねばならなかったのである。

日本の銀行の監督官庁に欠落していたのは単にマンパワiの不足だけではなかった。一九九八年四月まで、充分な権隈さえなかったのである。私自身、ニューヨーク連邦準備銀行から日本に移ってきて非常に驚いたのは、日本の検査官がアメリカの検査官と同様の権限を持っていなかったことである。少なくとも一九九八年三月までは日本の検査官は勧告を発するのが関の山だった。おまけに検査官達は他の省庁に対してまったく無力であった。例えば、国税庁は大蔵省銀行局が不良債権の早期処理を進めるのとまったく関係なく課税することが出来た。

つまり大蔵省が銀行に不良債権を処理させようとしても、国税庁は不良債権処理が税収減少につながることを恐れ、それに断固反対したのである。これはアメリカなどではまったく考えられないことで、同じ政府の税務当局と銀行当局が全くバラバラの行動をとることは近代国家ではあるまじき事態である。例えば米国では、銀行検査当局が不良債権だから処理しろと銀行に命じた件に税務当局が異議を申し立てて税金を取るなどということは一〇〇%ありえないことである。ところが日本では、それが日常茶飯事だったのである。

実のところ、国税庁は不良債権に関して独自の定義を持っていた。その定義によると、欧米では当然とされる非課税で不良債権の償却が日本で認められるためには、借り手が破綻や実質破綻など、全く絶望的なレベルまで悪化していなければならなかった。ということは、借り手が絶望的なレベルに悪化するまでは、銀行は法外な税金を支払わずに不良債権を処理することはできなかったのである。それどころか、税収が欲しい国税庁は、銀行が借り手を精算し、低い価格で資産を売却した場合は、銀行に「贈与税」を課そうとしたのである。

税金を払ってまで不良債権を処理しようという銀行など世界中どこをさがしてもないだろう。その結果、国税庁のこの要求は、一九九八年まで日本で不良債権処理が遅々として進まない唯一最大の理由となっていた。実際、大蔵省からは不良債権処理を急げと一言われ、国税庁からは不良債権処理をするなと言われ、ジレンマに陥っていた銀行は少なくなかった。

このナンセンスの一部-全部ではないーは一九九八年、大蔵省銀行局と国税庁との協議で解消された。まず、日本の税法によると、当該不良債権が国税庁による極めて厳しい不良債権の定義条項を満たさない場合、銀行は税引後利益の中で処理を行わなければならなかった。そして、この何年後かに当該の不良債権が国税庁の厳しい無税償却の基準に合致するまで悪化した時点で、有税償却で余計に払った税金が戻ってくるという制度であった。しかし、それでは不良債権処理が進まない。そこで、一九九八年以降、払いすぎた税金は繰延税金資産として最長五年問、銀行のTier 1(基本的項目)自己資本とみなされることになったのである。

この措置により、日本の銀行はようやく不良債権を処理するためのインセンティブを得た。一九九二年から二〇〇一年の間、日本の銀行は不良債権処理をほとんどしていないという内外の思い込みに反して、日本の銀行は九〇兆円もの不良債権を処理している(注4)。そのうちの四〇兆円が、一九九八年の合意後に処理されたものである。九〇兆円という数字は、日本のGDPの約二〇%に相当し、人類史上最大の不良債権処理額である。この同時期、銀行員の総数は、ピーク時の一九九三年の四六万三〇〇〇人から二〇〇一年には三三万三〇〇〇人と三〇%近くも減少、している(注5)。アメリカのスピードからするとやや緩やかながら、リストラも進んでいたのである。

この九八年の措置によって、日本の銀行が不良債権を処理すればするほど、Tier 1自己資本の繰延税金資産が蓄積されていくことになった。その結果、今では日本の銀行のTier 1自己資本の40%以上が、この繰延税金資産によるものになった。これはいささか不自然な事態であるが、この事態に対する非難の矛先は国税庁に向けられるべきだあろう。なぜならば国税庁が全世界の国家が認めているように銀行に不良債権を非課税で処理させていたら、Tier 1自己資本が繰延税金資産で満たされるわけがないからである。

こうした方法はいわば次善の策であった。税法を改正して銀行の不良債権処理を非課税にするという案を国税庁が拒否したため、仕方なく採られた策だった(国税庁は誰に対しても税務調査を実施できる権限を持っているため、たいていの日本人はこの役所と事を構えようとは思わないのである)。しかし、初めて日本の銀行が他国の銀行並みの不良債権処理を急ぐためのインセンティブを持ったことは事実であった。Tier 1自己資本として蓄積できる繰延税金資産の金額は、今後五年問に予定される推定課税所得に実効法人税率を掛けた額に限られていた。そして繰延資産は今後五年以内に被る相殺税金にのみ有効とされた。

◆竹中提案害多くして益なし

二〇〇二年一〇月に金融相に就任した竹中平蔵大臣はこうした歴史的背景を全く知らぬまま、三〇五ぺージなどで触れたように繰延税金資産の限度額を定めたブランを提案した。Tier 1自己資本に含めることができる繰延税金資産を、五年分の課税所得に法人税率を掛けた額から、一年分の課税所得に法人税率を掛けた額に変更しようとしたのである。こうすれば邦銀は一気に自己資本不足に陥り、大臣が目指す公的資金による資本投入に応ぜねばならなくなる、というのが彼の狙いだった。

実際にこのプランを発表した竹中大臣は、銀行が年末までに資本投入を受け入れなかった場合、国有化も含む恐ろしいことが待ち受けているだろうと銀行を桐喝したのである。大臣の主張は、アメリカではTier 1自己資本とみなされる繰延税金資産に厳しい制限を設けているので、日本も同じようにすべきだというものだった。しかし彼はアメリカでは税制や税務当局と銀行検査当局との関係が日本のそれと全く違っていることを知らなかった。事実、竹中氏は(愚かにも)一九九八年の税効果会計の採用以前の世界に戻そうとしたのである。そんなことをそすれば、早く不良債権処理をしようという日本の銀行の意欲を殺いでしまい、誰が銀行の経営者であろうと、不良債権処理は著しく遅れてしまう。

さらに、この法改正で自己資本不足と宣告された銀行は、自己資本比率を八%台に戻すため、貸し出しを急激に減らさなくてはならない。そうなると、一九九七-九八年の貸し渋りの何倍もひどい貸し渋りが起き、経済は致命的な打撃を受けかねなかった。アナリストのなかには、竹中提案が実行されれば貸付残高をGDPの二〇%、およそ一〇〇兆円(注6)も減らさなければならず、そのデフレ効果は想像を絶すると予測する人たちも出てきた。

したがって、この竹中プランは、「デフレに打ち勝ち、不良債権を速やかに処理する」と公言する小泉政権の目標に真っ向から対立するものであった。おまけに、このブランには何のメリットもなかった。銀行側に公の場でそうした欠陥を次々と指摘されて、公表後まもなくこの計画が棚止げになったことには何の不思議もない。竹中大臣は方向転換を余儀なくされ、今や問題の真の根源、すなわち国税庁に対して何らかの手を打とうとしている。アメリカでは繰延税金資産に関してこんな問題は持ち上がらない。というのも税務当局すなわち内国歳入庁が金融当局の裁定に異を唱えたりすることなどないからである。

この竹中ショックは銀行と金融庁の間の信頼関係を完全に打ち砕いてしまった。銀行はこれ以上何を信用していいのかわからず、極度に用心深くなってしまった。その結果、二〇〇二年後半からまた新たな貸し渋りが始まってしまったのである。これは第3章図表3ー1の最後の部分に示されている。

しかし、ここでも東京在住の多くの外国人ジャーナリストが、繰延税金資産の問題がどうして生じたのかを調査もせず、竹中大臣を改革派として褒め称え、彼のプランに反対する人たちを「反動主義者」と呼んだのである。例えば多くの海外メディアは、当初のナンセンスきわまりない竹中プランが棚上げになったことについて、「水増しされた」という表現を使って、日本が改革路線から後退しつつあるとほのめかした(注7)。だが実際室言えば、自民党と銀行は日本とアメリカの税法の違いを知っていたから竹中プランに反対したのであって、竹中大臣のほうは明らかにそれを知らなかったのである。

竹中氏が金融問題でしっかり勉強もせずに先走ったのはこれが初めてではないが、問題の本質を探ろうとした外国人ジャーナリストがほとんどいなかったことはもっとショックだった。よく、小泉・竹中体制は海外で人気があると言われるが、その一因は日本国内の外国人ジャiナリストの質があまりにも低いからなのである。ところで最近は銀行株が一時に比べだいぶ戻っているが、これはそもそも二〇〇二年一〇月の竹中ショックで売られ始めたのがきっかけだった。

ここで竹中氏が、前述のように繰延税金資産をやり玉に挙げ、そこから邦銀は自己資本不足だと言いだし、年末までに資本投入を受け入れなければ国有化も辞さないと銀行を桐喝したわけだが、資本不足で国有化ということは、これまでの株主にとって自分たちが持っている銀行株は紙切れになるか、紙切れにならなくても大幅なダイリューション(価値の希薄化)は避けられないことを意味する。つまり、竹中プランで銀行株が暴落するのは当然のことだったのである。

そのようななかで、二〇〇三年五月にりそな銀行の問題が表面化するわけだが、ここで竹中氏はこれまでの胴喝一辺倒のスタンスを一変し、資本投入はするが上場廃止もせず、直接的に経営陣の責任も問わないとした。この竹中氏のスタンス変更が金融庁と銀行界の再接近を可能にし、また銀行株が紙切れになるのではないかと心配した市場参加者の懸念を払拭した。結局ここから銀行株の回復が始まり、株価は昨年一〇片に竹中ショックが発生したときの水準に戻ったのである。つまり何のことはない、この一年間の混乱は竹中氏の学習のために国民が払った犠牲だったのである。(P323−P330)


デフレとバランスシート不況の経済学 リチャード・クー著
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198617309/qid=1068358759/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/t/249-1251335-7452342


(私のコメント)
11月6日の株価グラフを見ればわかるように4月28日の7603円を底に、9月には11000円まで株価は戻しました。株価が7000円台まで下げたのは小泉・竹中内閣の失政が影響したものだ。私は竹中金融大臣は銀行を強制的に国有化して外国資本へ売り渡すことを目的にやっているのかと思っていましたが、リチャード・クー氏によると竹中大臣の無知から来ているようだ。

つまり竹中大臣はアメリカの指示に忠実に行っただけなのですが、指示を下したアメリカが日本の税法の違いに気がついていなかったことによる事のようだ。不良債権の無税償却は今から思えば当然なことですが、国税庁の反対で実施できなかった。私は以前から不良債権の無税償却を主張していた。

いわば妥協の産物で現在の繰延税金資産として認められるようになりましたが、日本の経済ジャーナリズムはこの事を説明せずに、海外にニュースとして流していたようだ。だから竹中大臣が急に繰延償却資産を5年分の所得から1年分へと短縮することは、竹中大臣の税法の無知からきた混乱となった。

私は以前から銀行の債権放棄による無税償却を主張していましたが、その当時は債権放棄などごく一部の専門家しか知らないアメリカの税法だった。98年の7月30日の株式日記には次のように書きました。

今、政府に求められるのはブリッジバンクの創設ではない。まず銀行に債務免除を強制する事である。・・・銀行はこの数年間低金利政策の恩恵を受けつづけているうえに、引当金を積むだけで法人税はろくすっぽ払っていない。さらにはこの3月に公的資金の注入も受けた。・・・債務免除に応じない銀行にはペナルティーを科すべきだろう。

(私の意見としては銀行に強制的債務免除させる代わりに、無税償却も認めるべきだと考えます。)

私は「株式日記」で様々な金融政策を提言してきましたが、4,5年掛かってやっと実現できている。しかしながらテレビなどのエコノミストなどは金融制度のことを専門家でありながら無知な人物が多く、間違ったことばかり主張している。海外の事情に関しても間違ったことばかり言っている。

私は彼らは確信犯であり、日本の銀行を潰して外国資本に売り渡すことを企んでいると見ていましたが、竹中大臣の行動を見ていると、陰謀を企むというよりアメリカのいいなりに行動しているに過ぎず、アメリカ当局に日本の特殊事情を説明していないようなのだ。つまり英語は話せるが経済のことがわかっていない。

リチャード・クー氏はアメリカの政府高官とも太いパイプを持っている。英語が出来て日本経済のことがわかる数少ない人物である。だからアメリカ当局と日本の政府の行き違いについて一番先に気がつくのだろう。日本の経済官僚も当事者なのだから十分アメリカと協議をすればいいのですが、無知な政治家や日本のジャーナリズムが横槍を入れて歪めてしまう。

今回の株価の上昇は竹中大臣がりそなへの公的資金注入とともに、株主責任を問わなかった事がきっかけとなっている。木村剛氏も異論を唱えなかった。銀行潰しの強硬派であった木村剛氏が異論を唱えなかったのは、アメリカ当局からの指示があったからだろう。つまり小泉を再選させるためには株価を上昇させる必要があった。そのためにはりそなを潰すわけには行かなかった。

リチャード・クー氏の背後には前FRB議長のポール・ボルカー氏がいる。だからアメリカとのパイプからすれば竹中平蔵氏よりも太いパイプを持っている。つまりアメリカは竹中氏とリチャード・クー氏の二人を使って日本経済をコントロールしているのではないかと思う。つまり竹中氏が構造改革派ならリチャード・クー氏は公共投資派の抵抗勢力の人物なのではないかと思う。

http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu57.htm


 次へ  前へ

国家破産31掲示板へ



フォローアップ:


 

 

 

 

  拍手はせず、拍手一覧を見る


★登録無しでコメント可能。今すぐ反映 通常 |動画・ツイッター等 |htmltag可(熟練者向)
タグCheck |タグに'だけを使っている場合のcheck |checkしない)(各説明

←ペンネーム新規登録ならチェック)
↓ペンネーム(2023/11/26から必須)

↓パスワード(ペンネームに必須)

(ペンネームとパスワードは初回使用で記録、次回以降にチェック。パスワードはメモすべし。)
↓画像認証
( 上画像文字を入力)
ルール確認&失敗対策
画像の URL (任意):
投稿コメント全ログ  コメント即時配信  スレ建て依頼  削除コメント確認方法
★阿修羅♪ http://www.asyura2.com/  since 1995
 題名には必ず「阿修羅さんへ」と記述してください。
掲示板,MLを含むこのサイトすべての
一切の引用、転載、リンクを許可いたします。確認メールは不要です。
引用元リンクを表示してください。