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国益最優先の新グローバリズムを【亀井静香の緊急提言】
http://www.asyura2.com/0311/hasan31/msg/587.html
投稿者 エイドリアン 日時 2003 年 11 月 12 日 21:40:09:SoCnfA7pPD5s2

(回答先: 臓物まで外資にむさぼりつくされている【亀井静香の緊急提言】 投稿者 エイドリアン 日時 2003 年 11 月 12 日 21:37:20)

★ 亀井さんの「国益」観を支持します。

http://www.nb-j.co.jp/katteren/ronbun/kamei1.htm

前自民党政調会長・衆議院議員●かめい・しずか 亀井静香

 国家の枠組みなどというと国粋主義、軍国主義への足音と非難されかねないのが戦後日本の風潮で、近年は「やがて世界は統一され、国家が意味を持たなくなるグローバリゼーションの時代になり、人類みな兄弟となって国境や人種差はなくなるだろう」という考え方が蔓延している。それはそれでけっこうだが、仮にその日が来るとしても、長いスパンが必要だろう。
 いや、十九世紀以降の流れを冷静に振り返ってみると、産業革命が起こり、経済が世界的な規模に広がったゆえに帝国主義が台頭し、同時に一部で社会主義も台頭して、むしろ、国家や体制という単位が重要な枠組みとして浮上し、現在に至っているというのが歴史の実相だ。
 国際化とは文字通り、国と国との間でどう同化し合っていくかである。国の枠組みがなくて、外国とのつき合いをしようというのがそもそも矛盾ではないか。垣根がある中でどう接していくかが、国際化である。国々の思惑と駆け引きが渦巻く国際社会では、自らの立場と国益を主張し、なるべく有利な落としどころを探るしたたかさが要る。
 ところが、ここ十数年の間、日本が進めてきたのは、ウルグアイ・ラウンドの細川政権の対応に象徴されるように真のグローバリゼーションとは逆行する国の枠組みの排除であり、国際化に名を借りたその場しのぎの国益無視の安易な妥協だった。
 この半世紀余り、防衛、外交あらゆる面でアメリカに依存してきた日本は、自ら考え行動することを放棄し、国益さえアメリカの手に委ねている。常にアメリカや近隣諸国の顔色を窺いながら、主張すべきも主張せず、唯々諾々と従ってきた我が国は、経済大国とは言うもののアジアの国々からも「独立国とは言い難い」と嘲笑と侮蔑を買っている。だが、いうまでもなく、アメリカの外交政策は、日本のためにあるのではなく、アメリカの国益のためにある。この簡単な道理でさえ、外務省の官僚たちには通用しない。
 私が運輸大臣に就任中、貨物の問題を巡って日米航空交渉が暗礁に乗り上げ、決裂寸前までいったことがあった。当時のペニヤ米国務長官との電話会談で長官から「では決裂だ。交渉は打ち切ろう。これから制裁に入る」という最後通牒とも言える通告を受け取るところまでいった。それまでの大臣ならここで折れていたかもしれないが、外交上の駆け引きと読んだ私は一歩も引かず、「じゃあ、こちらも制裁に入る」と応じた。すると、向こうが「ちょっと待ってくれ。もう一度交渉しよう」と前言を翻してきた。
 しかし、相手もしたたかである。こちらが「いいよ」と応じると、「ワシントンまで来てくれ」と言う。「冗談じゃない。中間点のハワイでどうだ」と私。結局、ロスで交渉を行うことになった。ロスでも向こうは同じ主張を繰り返すだけで、結局、決裂の書類をこちらが出す最後の時点までいった。と、ペニヤ長官は「休憩にしてくれないか」と提案してきたので受けると……交渉再開後、アッという間に妥結した。休憩の間、ペニヤ長官はワシントンのクリントン大統領に電話で連絡し、妥結案を出す許可をとっていたのである。それまで日本はオープンでない、フェアじゃないと、こちらが抵抗できないきれいな言葉を並べ立てて、日本側を攻撃し続けていたが、何のことはない。内実はフェデラルという貨物会社の権益を伸ばしたいだけだった。国家戦略としてまるで神の使徒のような言葉を次々と繰り出して、こちらを屈服させようとしていたに過ぎなかった。
 妥協案を示されて、随行した運輸省の審議官が「大臣、これでいいですか」と即決を促す。だが、せっかくの歩み寄りである。行きがけの駄賃とばかり、私はシカゴまでの以遠権もプラスさせた。
 この間、外務省の役人たちの進言は「妥結してください」の一点張りである。こちらが相手の要求をはねつけたとしても、それで日米関係がおかしくなることはない。外交には虚々実々の駆け引き、手練手管が介在するのは、常識としてどこの国も承知しているからだ。だが、日本の外務省は、交渉の冒頭から相手の言い分を飲んでくれ、妥結してくれとしか言わない。相手の要求を呑むことが外交だと思っている。弱腰外交以前の問題である。
 歴代の外相も多くが隷属外交に何ら疑問を抱いていない。一九九五年、日米自動車交渉がデッドロックに乗り上げた。交渉は難航し、二年遅れで最後の交渉のテーブルにつくことになった。その出発の前日、首相官邸で当時、政権を担当していた村山富市首相を囲んで、運輸大臣であった私、河野洋平外相、橋本龍太郎通産相、五十嵐広三官房長官の五人で御前会議を開いた。
 その席上、河野外相と私の見解は二つに分かれた。外務省の入手した情報によると、妥結の落としどころは、日本の車検制度の見直しだという。限定的でもいいから、車検制度にメスを入れれば、アメリカ側は自動車部品の調達の要求を取り下げる用意があるとのことで、「車検制度は海外から不評を買っていることだし、この際、アメリカの要求を受け入れてはどうか」というのが河野外相の意見だった。五十嵐官房長官も、これに賛意を表明した。一方、私は反対である。日本の車検制度は人命に関わる交通安全のための制度である。自動車部品の調達などと一緒くたにする類の問題ではない。
 かといって、私が交渉が決裂してしまってもよいと腹を括っていたわけではない。その点について私は心配していなかった。アメリカ側が実は交渉妥結をしたがっているとの情報をつかんでいたからだ。それを告げて、「河野さん、心配せんでいい」と説得したが、河野外相は、なお不安なのか、「妥結できなければたいへんだ」というコメントに終始し、一時間以上、議論は平行線を辿った。この間、龍ちゃんはプカプカたばこをふかしているだけで、態度を明らかにしようとしない。
 結局、最後の決断を下したのは村山首相である。
「亀井さんのいう通りじゃわい」
 村山さんは実に腹の据わった人物であった。案の定、交渉はすぐに妥結した。
 かくのごとく、現在の外交は波風を立てない事なかれ主義で貫かれている。国の枠組みを明確にして、世界に向けて主張して初めて国益があるが、主張する前に受け入れることばかりを考えている。
 国際的に通用しない論理を振り回し、世界の国々から受け入れられなければ国粋主義になる。だが、主張すべき国益も主張しなければ、国が成り立たないし、相互理解も得られない。対米関係だけでなく、ロシアとの北方領土問題にしても、近隣諸国との歴史教科書問題、靖国問題、友好持続関係にしても同様だ。国家には立場の違いがあるのは当たり前の話である。立場が異なるからこそ、国があり、外交がある。
 歴史観ひとつにしても、国の数だけ歴史観があって当然だ。中国や韓国には、先の戦争で多大な迷惑をかけたのも確かだが、だからといって過去数度の教科書事件のように、抗議を受けて黙って頭を下げるのでは、独立国とは言い難い。他国の教科書に修正を要求する。これは明らかに主権の侵害であり、内政干渉だ。その点については、はっきりと日本側が指摘し、抗議しなければならない。また、同時に内容を検討して、こちらの歴史観と彼我の違いを明らかにし、毅然とした態度で、反論すべきは反論し、過ちがあれば自ら修正すべきところは修正し理解を得ていく。これが真のグローバリゼーションである。

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