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宝くじの沿革
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投稿者 なるほど 日時 2003 年 12 月 29 日 00:34:13:dfhdU2/i2Qkk2
 

宝くじの沿革


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世界の“くじ”の歴史をたどると、約2,000年も昔、ローマ時代にまでさかのぼります。しかし、今日のような“近代的富くじ”となると、時代はぐっと後になり、約560年前のオランダで、町の建設や要塞構築などの資金調達のため“富くじ”を発行した記録が残されています。一方、日本の“富くじ”の起源は、約380年前の江戸時代初期。摂津箕面(現在の大阪府)の瀧安寺で、正月の元旦から7日までに参詣した善男善女が、自分の名前を書いた木札を唐びつの中に入れ、7日の日に寺僧がキリで3回突き、3人の“当せん者”を選びだし、福運の“お守り”を授けたのが起こりとされています。


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瀧安寺の富会(とみえ)は、ただ、当せん者にお守りを授けるだけでしたが、その後は、次第に金銭と結びつき“富くじ”として町にはんらんするようになりました。そのため徳川幕府は、元禄5年(1692年)禁令を出したほどです。しかし幕府は、その後も寺社にだけは、修復費用調達の一方法として、“富くじ”の発売を許したので、これを天下御免の富くじ“御免富”と呼びました。特に、“江戸の三富”として有名だったのは、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、それに湯島天神の御免富でした。幕府公認の御免富も、その後天保13年(1842年)の「天保の改革」によって禁止されてしまい、明治になってからも、明治元年(1868年)の「太政官布告」によって、きびしく禁じられました。天保の禁令以来、103年もの長い間、日本では“富くじ”は発売されませんでした。


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昭和20年7月、政府は浮動購買力を吸収して軍事費の調達をはかるため、1枚10円で1等10万円が当たる富くじ“勝札”を発売しました。しかし、抽せん日を待たず終戦となったため、皮肉にも“負札”とよばれるようになってしまいました。戦後の激しいインフレ防止のため浮動購買力吸収の必要性が大きくなったので、政府は、20年10月、“宝くじ”という名前で「政府第l回宝籤」を発売することになりました。さらに戦災によって荒廃した地方自治体の復興資金調達をはかるため、各都道府県が独自で宝くじを発売できることとなり、21年12月に地方くじ第1号「福井県復興宝籤」(別名ふくふく籤)が登場しました。政府くじは昭和29年に廃止され、その後は地方自治体が独自又は共同で発売する“地方くじ”のみになりました。

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昭和29年の政府くじ廃止後、都道府県・市の宝くじは、より大きな規模でより魅力ある賞金条件の宝くじを発売するために、統廃合が行われました。そして、昭和34年4月までに現在のような5つのブロックの原型ができました。
それらは
<l> 全国自治宝くじ
<2> 東京都宝くじ
<3> 関東・中部・東北自治宝くじ
<4> 近畿宝くじ
<5> 西日本宝くじ
の5つです。

http://www.takarakuji.nippon-net.ne.jp/history1.html
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竹信悦夫の「ワンコイン悦楽堂」 December  17, 2003
バブルの歴史
エドワード・チャンセラー著、山岡洋一訳  日経BP社 、2000年、元の定価2400円+税


竹信 悦夫
タケノブ・エツオ
1976年朝日新聞入社。支局、社会部、外報部、カイロ、ニコシア、シンガポールで特派員。休刊した英字紙のデスク、やはり休刊の英文誌編集長、翻訳センター編集長、総合研究本部研究員を経て現在は速報センター員。
著書に「英字新聞がどんどん読めるようになる」(光文社、2000)。共同執筆した著書に「コンサイス人名辞典外国編」(三省堂、1976)、「湾岸戦争の二百十一日」(朝日新聞社、1991)など。

暮れの噺といえば「富久」が思い浮かびます。
幇間の久蔵が買った千両富くじが当たり、喜んだのもつかの間、札を置いてあった長屋が火事で丸焼けになる、というあの落語です。
富くじ、現代風に言えば宝くじです。近ごろは、その気になればいつでも買えるけれど、やはり季節としては年の瀬が似合う。

財団法人日本宝くじ協会のサイト
http://www.takarakuji.nippon-net.ne.jp/index.html


にある宝くじの歴史によると、今日のような「近代的富くじ」が、はじめて発行されたのは、15世紀半ばごろのオランダで、日本史で言えば応仁の乱の20年ばかり前の話。町の建設や要塞構築などの資金調達のためだったという。

日本では、約380年前の江戸時代初期からあったのだけれど、天保13年(1842年)の「天保の改革」でご法度となり、明治になってからも禁止は続いて、100年余り発売されなかった。
再開されたのは、昭和20年(1945年)7月。軍事費の調達をはかるため、政府が1枚10円で1等10万円が当たる富くじ「勝札」を発売した。しかし、抽せん日を待たず終戦となり、皮肉にも「負札」と呼ばれるようになった、とこのサイトにあります。
つまりアメリカが原爆投下の秒読みに入っていたころ、わが方は戦費調達のため100年ぶりに宝くじを売り出していた・・・。

そんなことを考えながらの散歩中、立ち寄った近所の新古書店で本書を手に取ったら、アダム・スミスは、宝くじの購入は「リスクを軽視し、根拠なく成功を期待する例」であり、これは人間に共通する傾向だ、と論じたとのくだりがあった。

昨今流行の「へぇ〜」、というやつで、さらに読んでみる。注の形で、自由主義経済学の祖の主著「国富論」(原著のタイトルをそのまま置き換えると「諸国民の富の性質と原因に関する研究」)に、以下のような引用があげてある。

「たいていの人は自分の能力について考えにくいほど自惚れている。この点は古くからの悪癖であり、どの時代にも、哲学者や道徳家によって指摘されてきた。しかし、自分の幸運を馬鹿げたほど信じる傾向があることは、それほど注目されていないが、この傾向の方が、もっと一般的だといえる。身体も精神もそこそこ健全な人ならだれでも、ある程度までこの傾向を持っている。儲かる可能性はだれも、多かれ少なかれ過大評価するものだし、損をする可能性は大部分の人が過小に評価するものだ。身体も精神もそこそこ健全なときに、損失の可能性を過大に評価する人はほとんどいない」(80〜81ページ)

よくこなれたいい翻訳ですね。
アダム・スミスの本が出たのは、1776年。日本で言えば江戸時代、「解体新書」と大体同じ時期ですから、もっと分かりにくい翻訳になっていても、文句をいえないところですが、これは現代日本語の文章としてすんなり頭に入ってくる。

本訳書は、本文部分だけでも550ページ近くある。
しかも、私のような門外漢にはなじみのない金融商品の仕組みや業界の内部事情なども続々と出てきます。
なのに、すいすい読めるのは、ひとえに訳文の日本語が、よくこなれているおかげ。
本文だけでなく、上記の「国富論」のような挿入された注や、訳語の横に原語をカタカナ書きのルビとして添え、読者の理解を助けるよう工夫されています。
おそらく翻訳の段階でも、日本の一般読者がわかるように説明が補われていて、とても読みやすい。読者本位の翻訳といえるでしょう。

副題は「チューリップ恐慌からインターネット投機へ」。
17世紀オランダのチューリップ恐慌とか、18世紀初めのイギリスの南海会社をめぐる投機熱だとかの話は、理屈抜きで面白い。

歴史の本を読む楽しみのひとつは、故事来歴やエピソードなどに寄り道するところにあります。読みながら、私が思わずボタンを叩きたくなった箇所は数え切れませんが、比較的初めの方に出てくるところを紹介すると──。

・古代ローマでは、投機家の総称として「ギリシャ人(グラエキー)」という言葉が使われた。投機家の多くがギリシャ系だったからか、ローマではとくに「小ギリシャ人(グラエクルス)」というのは悪口の一つだった。

・チューリップの球根をヨーロッパに持ち込んだのは、16世紀半ばに神聖ローマ帝国の大使としてスレイマン一世治下のオスマン・トルコに駐在していたオジエ・ギスランド・ビュスベクで、チューリップの語源はトルコ語でターバンを意味するトゥリパンである。

・チューリップ狂(チュルペンブールト)で知られるオランダのチューリップ市場では、貴重な品種の球根は、1個単位で取引され、アース(0.05グラム)を単位に重さをはかった。一般的な品種の取引単位は、花壇。先物取引も登場し「風の取引(ピントハンデル)」と呼ばれた。

・チューリップが暴落したあと、オランダの画家たちは、それまでの頭蓋骨や砂時計や書物と並んで、チューリップを贅沢、邪悪、無益の象徴として使うようになった。

・虚栄の象徴として泡沫(バブル)という比喩が使われるようになったのは、1720年の南海の泡沫事件からで、それまでの間、チューリップは後のバブルとおなじ意味に使われていた。

・英語で売り方を意味する「ベア」は、「捕らぬ熊(ベア)の毛皮を売る」(つまり、入手できていないものを売る約束をする)という諺が起源。買い方の「ブル」は、ドイツ語の動詞の語幹で「吠える」を意味するビューレンが語源。

・優良株を意味するブルーチップという言葉は、モンテカルロのカジノで賭博に使われるチップのうち、もっとも高価なものが青色であることからきている。

まあ、この種の話が、次から次へと出てくる。本文以外の注の中に書いてあることも多いので、それだけでも楽しめる。

チューリップ恐慌や南海会社など、ヨーロッパを舞台にした投機熱については、これまでにもよく紹介されてきていますが、本書の特色は、アメリカにおける投機熱についてくわしく書かれている点です。
また訳者が「あとがき」で指摘しているように、全体を通じてアメリカの現状との比較が意識されており、読む人が読めば、現状分析に役立つヒントが得られる仕掛けになっている。

原著は1999年発行で、日本についても、「神風資本主義──1980年代日本のバブル経済」として1章を立て、約50ページを割いてばっちり書き込んであります。
日本のバブルについては、すでにニュースで何度も見聞きしている出来事ですが、大きな見取り図の中に置くと、どこまでが個別的で、どこまでが過去に通じる事情だったのかが、はっきり見えてくるような気がします。

ところでバブルに関しては、「バブルの物語──暴落の前に天才がいる」(ジョン・K・ガルブレイス著、鈴木哲太郎訳、ダイヤモンド社、1991年、元の定価1400円)という名著があります。

「金融に関する記憶は極度に短い」
「投機の結末では、真実はほとんど無視される」
「投機の世界はささやきによってではなく大音響によって終末を迎える」
「どんな個人でも、ゆたかになるや否や、自分の幸運を自らのすぐれた洞察力のせいだと軽信しがちになる」
「もっと慎ましい生活をしている人の多くは、富のある人は格別の優秀な頭脳を持っている、と思い込みがちだ」
「投機の推進力となったものとして、利益を追求するあまり正気を失った大衆があったのであるが、それについては忠実にも無視されている。(中略)現代における投機の結末においても、こうした大衆的狂気については、決して言及されることがない」

などなど、150ページあまりの小振りの本ながら、機知に富んだ警句が詰まっていて、教訓的に満ちあふれている。こちらは新古書店の100円棚でよく見かけます。
一方、「バブルの歴史」の方は、100円棚ではなく、950円の値段がついていた。
鈴木成一デザイン室の装幀は、趣味がいいし、索引がしっかりしているのにも感心して、ガルブレイス教授の本と合わせて購入。
50円分のサービス券を行使して平均すると、なんとかワンコインの範囲におさまりました。

おっと、これじゃああんまりバブルにふさわしくなかったですかね。
この際、「リスクを軽視し、根拠なく成功を期待」して、ひとつ宝くじでも買ってみますか。
http://www.asahi.com/column/aic/Wed/d_coin/20031217.html

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