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五十嵐仁の転成仁語:川上徹『査問』や「団塊の世代」論
http://www.asyura2.com/0311/senkyo1/msg/775.html
投稿者 あっしら 日時 2003 年 11 月 28 日 22:44:54:Mo7ApAlflbQ6s

(回答先: 【語れ、回想よ】川上徹(査問・プロローグ) 投稿者 愚民党 日時 2003 年 11 月 28 日 00:45:53)


11月22日(土)

自宅近くの甲州街道のイチョウ並木がきれいに色づきました。毎年、この時期になるとイチョウ祭が開かれ、甲州街道沿いに出店が並びます。
 今年も、今日と明日の2日間、イチョウ祭が行われます。それにあわせて新潟の田舎から姉が上京してきました。
 ということとは全く関係なく、昨日の続きをアップすることにします。


 ところで、「団塊の世代」とは、どのような人々を言うのでしょうか。このネーミングが、堺屋太一の小説『団塊の世代』から来ていることは良く知られていますが、このときは1947年から49年生まれまでの人々を指していました。
 しかし、これは最狭義の定義です。最近目にした由紀草一『団塊の世代とは何だったのか』(洋泉社新書、2003年10月)には、この最狭義のものを入れて、3つの説が出てきます。


 最も広く取った説では、1945年から55年までの戦後の約10年間に生まれた人々です。偶然にも、小熊英二さんの言う「第1の戦後」と重なっています。最も広く取った場合、この人たちもまた、「団塊の世代」だというわけです。
 その中間に、1945−50年生まれの人たちが「団塊の世代」だとする説があります。由紀草一さんの本では、この説を採っています。1951年生まれの私は、最広義の場合には「団塊の世代」に入りますが、最狭義や中間の定義では入りません。


 由紀さんの本の中で、『AERA』90年3月27日号に掲載された「団塊世代の8悪」という記事が紹介されています。「他の世代から見た団塊世代のいやなところをまとめたもの」だそうです。
 それは、つぎの8つです(同書、12〜13頁)。

@過剰意義づけ これがないと動けない
A理論過多 周りにいるとうるさい
B押しつけ 自らの主張の行きつく先を押しつけたがる
C緩急不在 何事にも積極的だが、せっかちすぎる
D戦略不在 目先の戦術にだけ強く、長期的ビジョンがない
E被害者意識 他世代への加害者意識はなく、もっぱら被害者意識ばかり
F指導力不足 過当競争の中でリーダーシップを忘れてきた
G無自覚 以上の点に全く気づいていない


 これはまた並べたものです。かなり当たっているのではないでしょうか。私にも、思い当たるところがあります。
 このような「団塊の世代」の特徴づけは、ある種の批判や揶揄を含んでいます。先に引用した篠田さんによるアメリカの「ラディカル・ベビーブーマーたち」に対する描写と、何という違いでしょうか。
 同じ戦後生まれの同じような経験を持った人たちが、どうしてこれほども大きく異なった評価を受けることになったのでしょう。それは、戦後における日米両国のこれらの世代の足跡や役割が大きく異なっていたからです。

 それでは、何故、このような大きな差異が生じたのでしょうか。しかも、この差異は、すでに指摘したように、日本とアメリカとの間に生じているだけでなく、ドイツ・イタリア・フランスなどの西欧諸国との間でも生じているように見えます。
 つまり、日本のこの世代だけが例外なのではないでしょうか。全共闘など「新左翼」の活動家たちは学生時代には激しく異議申し立てをしていたにもかかわらず、卒業するやいなや、「企業社会」の大波に飲み込まれ、順応し、同化していったように見えます。


 もう一つの問題もあります。それは共産党など「既成左翼」の側の問題です。ここでも、60年代後半から70年代にかけて、青年・学生運動の高揚を担った活動的部分の切り捨てがなされました。いわゆる「新日和見主義」の問題です。
 これについては、根拠のない「弾圧事件」だったとの批判があります。川上徹さんなど当事者の生々しい証言(川上徹『査問』筑摩書房、1997年)も出されています。
 これについて、私はかつて次のように書きました。

 この「事件」は、青年・学生運動の中心幹部の一部を失ったという点で共産党にとってマイナスになったという面と、「革命主義」的大衆運動路線から議会重視路線への転換を明確にしたという点でのプラス面と、両義的な評価が可能であるように思われる。(拙著『政党政治と労働組合運動』御茶の水書房、1998年、145頁)


 このように、私は「新日和見主義」の「是正」は、大衆運動激発主義的偏向を正して人民的議会主義を定着させる上で、全く意味がなかったわけではないと考えていました。どちらかと言えば、やむを得なかったのではないかという気持ちの方が強かったかもしれません。
 しかし、そう言ってしまって良いのかどうか。今ではもう一度きちんとした総括と評価が必要なのではないかと思っています。

 というのは、この事件は、一面では共産党の議会進出を助ける意味を持ちましたが、他面では大衆運動の経験を持つ有能な青年幹部を排除することになったからです。これが、「既成左翼」内においても、「団塊の世代」が元気をなくしていったきっかけだったように思われます。
 「お湯と一緒に赤ん坊を捨ててしまった」ということはなかったのでしょうか。その「赤ん坊」は、やがて様々な左翼運動内でリーダーになりうるエネルギーと能力を持った貴重な人々だったかもしれないのに……。
 「新左翼」活動家たちの現実への迎合と「旧左翼」活動家たちの運動現場からの排除とが、並行して進んだということでしょうか。その結果、アメリカの「ラディカル・ベビーブーマー」に当たる世代は「ラディカル」性を失い、「企業社会」へと呑み込まれていったのではないでしょうか。


 先に紹介した由紀草一さんは、「団塊の世代」について、「数が多いからだけではな」く、「年を経るにつれて、じつにさまざまな、明確な特徴を示してきた」として、次のように描写しています。

 戦後生まれ第1世代。新しい若者文化の担い手。既成権威に反乱を起こした学生たち。長じては民主的な友だち家族を作り、バブルでは適当に踊って、現在はリストラの対象にされている。(10頁)


 以前、私はこの「団塊の世代」について、「沈黙の艦隊」だと書いたことがあります。かつては、政治や社会に対して激しい異議申し立てを行い、その問題点や矛盾を告発したにもかかわらず、今は、黙して語らないように見えるからです。
 アメリカでは「ラディカル・ベビーブーマー」となった世代が、日本では「サイレント・ベビーブーマー」になってしまいました。それは何故でしょうか。
 彼らが黙するようになったのは、恐らくは生活のためだったでしょう。しかし、このまま黙していたのでは、その生活すら危うくなるような状況が生まれつつあります。それでもなおかつ、黙したままなのでしょうか。

 前回同様、再び、問題提起せざるを得ません。いつまで、黙したままでいるのかと……。


http://sp.mt.tama.hosei.ac.jp/users/igajin/home2.htm

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