神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラ
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神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム

神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム
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*0029  〜真実を求める市民フォーラム    [01/10/02(火)-23:04]
   
参考資料・一主婦からの投稿 (再掲載)
一主婦より
 前略
私は2人の子供を持つ主婦です。貴フォーラムの「A君は、酒鬼薔薇聖斗なんかじゃない」を拝読しました。この事件には、発生当初から、子供を持つ母親として目が離せず、関心を持っていました。そして、その犯人が少年と知った時の衝撃は今でも忘れられません。「何で?どうして?」という疑問がどうしても解けませんでした。
今回、パンフレットを読み終えて、正直言ってほっとしました。納得できました。「やっぱりあの子じゃなかったのか。」という思いです。確かに初めは、彼が犯人ではないと聞くと驚きます。しかし読み進めていくにつれて、「そうだよね。」とうなずいてしまうのです。たくさんの人にこのパンフレットを読んで欲しいと思います。そうすれば、釈然としなかった何かが、きっとすっきりするはずです。
参考資料にあった本も読みました。それぞれの立場の方々の気持ちや意見に触れたかったからです。
被害児童のお父さんが書かれた「淳」も読みました。お子さんを亡くされた悲しみや辛さをおして書かれたのだろうと思うと、同じ親としてやりきれなくなります。しかし一方では「親として」という点で、どうしても気になるところがありました。私だけがそう思うのか、あるいは母親と父親という違いからくるものなのか、私には分かりません。
淳君が遺体で発見されて2週間後、休学していたお兄ちゃんを登校させることになるのですが、その時、お父さんには何の不安も恐怖もなかったのだろうか、ということです。犯人も、淳君が狙われた理由も分からぬまま、その兄を登校させることに何の躊躇もなく、むしろ気が紛れるはず、と書かれています。兄も同じようになるのではないのか、という怯えは全くなかったのでしょうか。心配だからせめて送り迎えを、とか、警察の方に頼むとか、そんなことを思いはしなかったのでしょうか。そのような不安は、私が母親だから思うものなのかと、職場の“お父さんたち”に尋ねてみると、自分だって怖い、心配だという答えが返ってくるのです。また、別の本には「父親は遺体を確認した5月27日には共同記者会見に臨むつもりでいた。」とありました。でも、その日にそんなことができるはずがない、とういうのが正直なところです。あまりの驚きと、悲しみと、怖ろしさで、混乱し、何も考えられなくて当然の状況です。会見で、一体何が言えるでしょうか。私なら、ただ泣くばかりでしょうし、第一とてもそんな場所に行く気にはなれません。これは直前にキャンセルになりました。新聞記者が、淳君が行方不明になった日のアリバイをいきなり問いただしたのだそうです。その後、土師さんは報道陣の前に二度と姿を見せなくなります。「私どもの心情を察して下さい。」という理由で、その後取材には応じなかったことは「淳」にもありましたし、3年たった今でも、自分の意見を堂々と主張する時でさえもです。それならばどうして、よりによってその日、会見に臨もうとされたのでしょうか。
とても中途半端な手紙になってしまいました。でも今、安心しすっきりした一方で、もやもやしたものも自分のなかに新たに湧いています。
本当のことは、まだまだ隠されたままなのでしょう。一日も早い解決を待っています。フォーラムの皆さん、頑張って下さい。心から応援しています。
そして、一人の母親としてA君の救出を祈り、同じ親としてA君の御両親が救われることを祈ります。
かしこ

追伸
 以前に手紙で投稿しましたが、あらためて掲示板に投稿させて頂きました。




*0028  〜真実を求める市民フォーラム    [01/10/05(金)-21:45]
   
2001・1・25 土師守氏の代理人(井関弁護士)への内容証明
 前略 「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」です。
 私たちは、ふとしたことがきっかけで「A君の無実」について知り、自分たちがそれを検証していくなかで確信を持つに至り、今はそのために、自分たちのできることを全てしていこうと運動する市民グループです。今回の事件ではいくつもの団体が運動を展開していますが、それらのグループいずれとも関係はありません。まずそれを御承知おきください。何より私たちは「真実を求める」ことだけのために動きます。

 なぜ私たちが事件の“被害者”である土師氏に働きかけをするのか。あなたからの「警告書」を頂いてもやめないのか。何のためにそうするのか。
 あなたが抱いているであろういくつもの疑問への答えは全て、私たちが土師氏へ届けた手紙のなかにあります。お読みになればよく分かって頂けるはずです。どうぞ、あなたの目でそれをお確かめください。
 弁護士とは依頼人を守り、依頼人の利益のために働くもの、と私たちは心得ています。しかしその奥に、さらに大きな「真実」あるいは「虚偽」があったとしたら。そこでは「真実」に添い、正義のために動くべきと思います。法と正義が人々のうえに“公平に”“公正に”なされるために、あなた方弁護士は働くのだと思います。事実・真実に従ってこそ、それが可能だとも思います。
 やがて真実は必ず明らかになります。その時に、あなたが弁護士本来の役割を果たしたかどうかが問われます。「事実・真実に触れる機会を持ちながら、依頼人の利益、依頼人からの報酬、自分の立場を優先させ、真実による救いを求める人々を無視し、事実・真実をないがしろにしてしまった」。そういうことになるのです。そうなればあなたは、弁護士としての資質・資格を問われます。
 私たちは「法的措置を取る」という警告よりも、事実・真実を明らかにするために動くことを優先させました。たとえ何らかの危険や不利益をこうむったとしても、です。
 あなたも弁護士としての誇りにかけて、人としての良心に基いて、今回のことをぜひ見直して頂きたい。必ず今まで全く思いもしなかったものを目にするでしょう。その時は、本当の意味での「救い」や「手助け」を彼にもたらさなくてはなりません。私たちは、それを用意することができると断言致します。
 どうか、共に、事実・真実を求めてくださいますよう。

 今回の件では土師氏は「被害者の立場」に逃げ込むことは許されないのです。
 安易なやりとりや口裏合わせによって「真実の隠蔽」がなされた時は、必ず責任を負って頂きます。弁護士生命を賭けてこの件に関わってくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。
 二度の電話のやりとりだけでしたが、人間として信頼できる方だと私たちは確信し、このような手紙をお送り致しました。不躾はどうぞお許しください。                           草々

2001年1月25日
    
                                
              「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」


*0027  〜真実を求める市民フォーラム    [01/10/01(月)-23:31]
   
2000・12・3  土師守様 奥様
2000・12・3
土師守様 奥様

前略で失礼致します。
先日来、何度かお手紙を差し上げております「市民フォーラム」の者です。前回のお願いの手紙は読んで頂けましたでしょうか。伺った折に、お子さんがドアを開けてくれるとは全く思いもしていませんでした。その前の時のように、インターホン越しのやりとりすら望めないのでは、と思っておりました。とても繊細で優しいお子さんだと私たちは思いました。と同時に、事件がいかに彼の心に深く影を落としたかを感じずにはいられませんでした。

さて、今回は重ねて同じお願いをするために、また、こうしてペンを取っています。
先日、土師様の“インタビュー”をニュース番組の中で拝見しました。「これからは、できるだけ人に優しく接したい。」「それをあの子は天国で喜んでいてくれる。」「天国で会った時、胸を張っていられるように。」とおっしゃっていました。
何度もお伝えしているように、逮捕されたA君は犯人ではありません。(パンフレットもおそらくは読んで頂けたであろうと、私たちは思っています。)土師様にとっても、天国の淳君にとっても、何より真実こそが本当に求めるものではないのでしょうか。「人に優しくしたい。」と明言された土師様にとって、今のところ最も優しくし難い相手であるA君にこそ、「優しさ」を向けて頂きたいと思うのです。それが彼が本当に犯人なのかどうかを再検討することであり、それを求めていくことだと思うのです。優しい言葉をかけてあげることや支援していくことは他の者にもできることではあります。
しかし、「彼の犯行」についての再調査を公に求めるという形での“優しさ”を発揮できるのは、土師様を置いて他にはありません。それがかなえば、大勢の人の心が動かされるでしょう。少年が犯人だという決めつけが薄らぎ、土師様と同じように優しさを少年に向けていける人が増えるに違いありません。それだけの発言力と影響力をお持ちなのです。その力をぜひとも少年への優しさとして使って頂きたい、と思います。もちろんそれは、天国の淳君も喜んでくれることでしょうし、いずれ再会できた時には、きっと、もっと喜んでもらえるはずです。偽りや嘘のない、真実という光の世界で生きている淳君にとって、おふたりが真実を求めてくださることは、何より嬉しいことだと思います。

当フォーラムでは、各分野の最高責任者という立場にある方々に再調査の要請を致しました。それぞれに担っている責任を、本当の意味で全うして頂くためです。内容証明郵便の形をとり、パンフレットと共に読んで頂いたことになっています。
また、その内容と送付先を記載したチラシとパンフレット、そして手紙を添えて、いわゆる著名人の方々にも理解と協力、発言、行動等をお願いしていきます。
私たちはこれからもあらゆる方法で、人々に働きかけていきます。真実を伝え広め、また求め、行動と発言を重ねていきます。
どうか御協力をお願い致します。「真実を知りたい」と著され、「優しくしたい」と発言される土師様に、改めてお力添えをお願い致します。

奥様には、私たちの来訪が、苦痛だったり、気持ちが乱れたり、ということとして影響していなければいいと思っています。もしも、不愉快な思いをさせてしまっているのであれば、どうぞそうおっしゃってください。もとより奥様のお気持ちを乱すことが本意ではありませんので、その場合は、お手紙等をお届けする方法を別に考えて参ります。けれども、できれば直接言葉を交わしたり、お渡しできたりすれば私たちはとても嬉しいのです。(もちろん、これはあくまでも、私たちの気持ちにすぎません。)
どうか勇気を出して御主人と共に「本当のこと」に目を向けていってくださいますように。それがどんなものであったとしても、私たちは皆様御家族の力になり、支えていきたいと思っております。
草々


*0026  〜真実を求める市民フォーラム    [01/10/01(月)-23:28]
   
2000・11・18  土師守様 奥様
2000・11・18
土師守様 奥様

前略で失礼致します。
先日来、パンフレットをお届けしている市民フォーラムです。お届けして以降、目を通して頂けましたでしょうか。
今回は、ぜひにお願いしたいことがあり、お手紙を差し上げました。
土師様には、おつらい話でしょうが、どうか読んで頂きたいと思います。

私たちは、あの事件の犯人はA君ではないことを確信しています。(それについては、パンフレットにある通りです。)それを多くの人たちに知ってもらい、無実の彼を救い出すために活動を始めました。自分たちにできることは何でもしようという気持で、さまざまな形の働きかけをしています。そのなかで、報道関係者(直接現地で取材した人)の話を聞く機会もありました。ありのままを語る時期ではないにしろ、彼の話からは、少年の無実がより確かだと分かるだけでなく、犯人像に迫る部分もうかがえました。どうやら、報道に携る人たちの間には、共通の認識(少年の無実、真犯人のこと)があるにもかかわらず、それを明らかにできず、触れまいとするところがあるようです。真実に近い人ほど、苦しく辛い心を抱えていると私たちには思えてなりません。それはおそらく、捜査に携った人であれ、弁護に関わった人であれ、同じなのでしょう。そして、きっと真犯人こそが最も苦しさを抱えているはずです。
真実が明らかにされないが故に苦しんでいるのは、少年やその家族のみならず、実に多くの人々なのです。もしもその全ての人たちを救うことができるとすれば、それは真犯人を置いてはいないでしょう。しかもそれは彼自身の救いにもなることです。現行の刑事訴訟法において、今の状況(物証がない)から言えば、真犯人の告白だけでは、有罪を立証するどころか起訴に至ることはできないからです。これは、「罪に問われないことがいいことだ。」と言っているのではありません。自らの罪を告白したうえで、真犯人はその残りの人生を、「人々への貢献――自分の持つ能力を人々に捧げること――」のなかで生きる、あがないによって自らの犯した過ちを埋め合わせることができる、というところです。それが“救い”だと思うのです。奪ってしまった生命を蘇えらせることはできません。しかし、残された人生の全てを人々のために捧げ尽くすことで、許しと救いとがもたらされると私たちは思います。
そこでお願いです。
事件の被害者の御遺族として、事件の真実を明らかにするよう、求めて頂きたいのです。私たちが求める以上に「本当のこと」をあなた方は求められたはずです。敢えて損害賠償請求という手段に訴えたのは、そのためだと明言されていました。事実や真実が明らかにされない限り、あなた方の不安も、疑問も、悲しみも、全く解消されないはずです。あなた方こそが、事実や真実を強く求めるにふさわしいと思うのです。(もちろんそのなかで明らかにされる内容を、見聞きするのは辛すぎる、というお気持は分かります。)
私たちに限らず、いくつものグループが事件の真実を求めようとしています。そこからの手紙や資料は、そちらにも届けられていたと聞いています。当然、この事件は冤罪だとの主張は、すでに御存知だったでしょうし、それを証明するためのいくつもの論理的な事柄も御存知だったと思います。しかしそれでも土師様(たち)が声を上げずに来られたのにも、何かしらの理由がおありだったのでしょう。
ですが、再びお願いしたいのです。無実の少年を救うための道を開いてください。一市民にすぎない私たちよりも、あなた方の声は、直接、関係者や一般の人々を動かす力を持っているのです。あなた方にとっても、真実を明らかにすることは喜びと慰めのはずだと思います。
疑問があればどうぞお尋ねください。御意見があれば喜んで伺います。
どうかお力を貸してくださるよう、お願い申し上げます。 
草々


*0025  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/30()-21:01]
   
2000・10・31

2000.10.31
野口弁護団長へ

前略で失礼致します。
先日お便り致しました「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」の者です。

あなたが、あの事件に関わる以前より、もっと“青少年のために”心を砕いていて働いているのはなぜでしょうか。あなたのなかに、釈然としない「何か」がずっとあるからではないでしょうか。
時折、ふとA少年のことが頭に浮かび、思いを巡らすことがあるはずです。なぜなら、「やれるだけのことを全部やった」という爽快感も、「彼のためにはこうするのが最も良かったのだ」という納得も、そして「事実・真実は全て明らかになったのだ」という確信・自信も、あなたのなかには湧いてはこなかったからです。
「一応の決着」というあの結末が、あなたにとっては、実はやりきれないものなのです。あなたの求めていたものは、「少年の救い」だったはずです。どうすることが、この子を救うことになるのか、と。
あなたには理解し難いことだらけだったでしょう。少年の言葉・態度、事態の推移、圧力、世間からの目・・・。不可解なことばかりのなかで事実を求めていくためには余程の力と意志が必要だったでしょう。そして、あなたのまわりの誰もが同様の苦しさのなかにいましたし、逆に、事実を明らかにするまいとする者すらいたのでしょうから。
あなた方は、自分の言葉で訴えることのできない者に成り代わって、“訴えてくれる人”なのです。力のない者たち、知らない者たちにとっては頼みの綱なのです。それを信じてすがることしか道のない者たちにとって、その綱が引きあげられてしまうことは、絶望を意味します。

少年は誰でもいいから助けてほしかったのです。自分の無実を信じてくれる人を待ったのです。けれども大勢の大人たちの力の前には、自白という形で屈してしまうほか、逃れる道がなくなっていたのです。ただただ逃げたい、助けほしい、もう耐えられない、恐い、・・・・。それだけだったのです。
もしも彼の心に再び希望の灯をともすことができたとすれば。それはあなた方の「自分たちは君を信じているよ。本当のことを明らかにするんだ。」という言葉だったに違いありません。その力強く支える言葉の力で、彼はようやく自分の心に立ち戻れる・・・それほど「自分の心」を失った状態にあったのではないかと思うのです。

あなた方の、特にリーダーとしてのあなたの大変さは誰もが知るところです。どうして自分がこんな目に遭わねばならなかったのか、と“運の悪さ”を思われたことでしょう。
しかし、私たちは思うのです。きっとそれにふさわしい人が配されたのだと。「決着済み」とされてしまったことに対しても、それに向き合い直す良心と正義感の持ち主だからこそ、その任を負うことになったのだろうと、と。しかしそれには大きな勇気と強い意志が求められることも私たちは知っていますし、あなたにとっても、この点を越えられるかどうかが分かれ道なのだと思います。

あなた方の働きは、訴えを代弁するだけではありません。隠された真実を明らかにすることでもあります。いずれは明らかになるものではあっても、それは一刻でも早い方がいいのです。そして、そうあるべきだと私たちは考えます。なぜなら、少年の、その家族の人生がかかっているのですし、その親類の生活が影響を受けているからです。
あなた方がさまざまな制約のなかで、存分な働き方、あるいは十分な働きができなかったことはあなた方がよくお分かりでしょう。しかし、それを補い、正し、本当の働きを果たす機会はずっと与えられているのです。どうか一日も早く、その働きを始めてくださいますように。
大人たちの手で犯人とされてしまった少年を、大人たちの手で救おうではありませんか。彼とその家族に、安心や安定や笑顔を取り戻してもらおうではありませんか。

私たちはずっと、あなたの、人としての良心と正義感に期待しています。できる限りの方法で、さまざまな働きかけを、あらゆる方面にしながらも、あなたへの期待は持ち続けています。
どうか改めて事件に心を向け、目を向けてくださいますように。

この手紙と先日お送りしたパンフレットをどうぞ御家族の方たちにお見せください。「その子が無実だったらどうするの。」とあなたに言った娘さんの信頼に、胸を張って応えられますか。手紙とパンフレットを読んだ方たちに、あなたはどんな話をするのでしょうか。自信をもって言葉を出せますか。
あなたが私たちからの働きかけに、そして、このお願いに何の反応も示す気がないのだとしたら、それはそれで仕方のないことです。けれども、本当にそれでよいのでしょうか。

あとはあなたの心を信ずるのみです。あなたの人としての心にお任せして、この手紙は終わらせて頂きます。

草々


*0024  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/28(金)-22:20]
   
2000・10・31  淳君のお母さんへ

2000.10.31

前略で失礼致します。
先日、パンフレットをお届けした「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」の者です。

あの手紙とパンフレットがあなたの手に渡ったのかどうか、また、目を通してくださったのかどうか、私たちは確かめる術はありません。そうであることを祈るばかりです。
あなたにとって、事件にまつわる諸々のものに触れることは、深い心の傷をさわられるようで、とても辛いものだろうと私たちは思っています。
しかし、あの事件をめぐってたくさんの虚偽があふれ返り、「決着」は真の解決にはなっていないことをあなたが知れば、必ず「本当のこと」を求めずにはいられないはずだとも思うのです。親ならば、「本当のこと」を求めずにはいられないと思うのです。
あなたはおそらく、“守られたなか”でこの3年を過ごしてこられたでしょう。辛い思いをこれ以上しないために。ですから、たくさんの心痛む記事や情報に触れなかっただけでなく、たくさんの「真実につながるもの」に触れることもなかったと思うのです。
あなたの御主人のもとには、実にさまざまな情報・記事・手紙の類が届いたはずです。そのなかにはもちろん、「少年は犯人ではない」というものもあったはずです。もし、それに目が留まれば、「真実を明らかにしてほしい」と願う御主人の気持ちが動かされないはずはないと思うのですが、どう思われますか。少なくとも、どういうことなのか、あるいはその可能性があるのかは確かめようとなさるでしょう。そしてあなたにもその話はなさるのではないでしょうか。

私たちからの手紙やパンフレットがあなた宛だとしても御主人も目を通してくださったのではないでしょうか。もしかすると、あなたを守るために、御主人のみが読まれたかもしれません。しかしたとえそうであっても、あなた方おふたりの間でそれらのことが話題となったのであれば、私たちはお届けした甲斐があったと思います。ほんの少しでも「事件の結末」に疑問を持ってくれさえすれば、必ず、「少年が犯人でないこと」は分かって頂けると確信しているからです。ひとつの疑問は、次なる疑問を引き寄せ、やがて真実を求めずにはいられなくなるからです。

ただ、あなたの心の傷の深さを思うと、そこまで踏み込めずにいたとしても、無理はないと思います。
それでも私たちはあなたに、ぜひ、勇気をもって“目を向けて”頂きたいのです。今でも流れてしまう涙を拭って、「真実」を見ようとして頂きたいのです。

見ず知らずの者を信用できないお気持ちは分かります。
しかし、私たちは、何のためでもない、ただ「真実を明らかにするため」にのみ動いているのだということだけは、どうぞ御理解ください。
できればお話を伺いたいのです。
あなたの心に土足で踏み入るようなことはしません。
 あなたがそうしてもいいと思ってくださることを、心からお待ちしています。

今回パンフレットをまたお届けするのは、いくつもの活字の誤りがあったからです。決してしつこく、「読ませよう」としているのではありません。それを分かってくださいますように。
また同封のパンフレット(「警察・検察の不正の告発を支援する会」によるもの)は、同じように、少年の無実を信じ、何とかして救おうと動く人々が確かにいることを知って頂くためと、いかに少年の取り調べが「不的確・不適正であったか」を知って頂くためです。司法という公の場でも、その動きがあることを知って頂きたいのです。
一般の人々、ごく普通の暮らしにいる人々は、「少年の無実」について聞かされると、一様に「そんなことがあるのか」と反応します。しかし、事実を知っていくにつれて「何とかしてあげなくては」という気持ちになってくれます。「真実」はそうやって人々の間に広まり、人々を動かしていくのでしょう。

あなたにも、(でき得るならば)その流れのなかに、ともに入って頂きたいと思うのです。お待ちしています。
草々


*0023  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/28(金)-22:17]
   
2000・10・16  淳君のお母さんへ

2000.10.16 淳君のお母さんへ

突然の手紙、失礼致します。全く何の縁もないところからこのような手紙ですが、どうか御気分を悪くせずに読んで頂きたいと思います。

私たちは、「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」と申します。あなたにとっては、思い出すことさえ苦しい、この事件の「真実」を求めていこうとしている者の集まりです。とは言っても、まず私たちが今、しようとしていることは、「事実」をひとりでも多くの人に知ってもらうという段階です。そしてそのなかには、被害者の家族の方々も含まれます。

「A君は犯人ではない、無実である」というのが、今私たちが伝えていることの柱です。手に入る限りの資料、明らかにされている情報をつぶさに検討し、あるいは、実際にこのようなことができるのかという視点に立ってみた時に、導き出される結論は、「A君は犯人ではない」のひとつになるのです。
あなたにとってこの言葉は、「何を言っているの?」「そんなことが本当にあるの?」「嘘でしょう」「だったら犯人は一体誰なの?」という気持ちにさせるものでしょう。受け入れ難い、信じ難いものでしょう。————しかし、そうなのです。
信じられないようなことが実際に行われてしまったのです。A君は、無実の罪を着せられ、誰ひとり信じてくれる者もないままに、今も孤独と希望のなさのなかに置かれています。そしてその御家族も、全てを失い、身を縮め、社会の片隅に追いやられるしかありませんでした。このままでは彼らも、心を失ったまま、ただ日々を生きているだけになってしまいます。
突然に我が子を失った悲しみは、私たちには想像もできないほどの傷として、今もあなたを苦しめていると思います。そしてそれ以上に、何も知らされていないことの苦しさは決して解消できぬ辛さでしょう。「何で、どうしてそうなったの、」と叫びそうになりながら、それを涙に変えているであろうあなたが、本当にお気の毒です。
そのあなたに「A君は犯人ではない」という事実を示せば、あなたがどんなに混乱されるか。さらに心を痛められるか、それを思うと、さらに私たちの気持ちも痛みます。

しかし、ここにはあなたの求めていた「本当のこと」があるのです。真犯人は?の答えはないにしろ、A君ではない、という事実の証と、真犯人像の提示はあります。
勇気をもって手にとり、情報に、事実に触れて頂けば、必ず納得・理解して頂けるものと確信致します。
私たちの目的は、A君を救い出すことであり、真実を明らかにしていくことです。誰かを糾弾したり、攻撃したり、責め立てていくようなことは絶対にありません。
また、無理矢理あなたの心を荒らそうなどとは致しません。ただただ、「事実」に触れて頂きたい、その一心です。

今後も私たちはこの運動を展開していきます。そのなかで新たな事実も明らかになっていくはずです。
あなたに対して私たちがどんなに力になれるかは分かりません。ですが、ひたすら「真実」を求めていくことこそが、最も大きな力となるのだと思います。
重ねてお願い致します。どうか勇気をもって、同封のパンフレットをお読みくださいますように。失礼致します。
草々


*0022  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/28(金)-21:47]
   
個人宛ての手紙の公開について
この後は、事件関係者である何人かの個人宛ての手紙が多くなります。
それぞれの方には、資料として公開することをお知らせしてあります。
当然、微妙な問題をはらんでいることは承知しています。
しかし、これだけ大きな疑問が提示されているにもかかわらず、ジャーナリズムをはじめ、事件関係者は極めて不自然な形で、口を閉ざしたままです。
後藤弁護士らの抗告に対する、裁判所の対応も理不尽を通り越して、不誠実そのものです。
「人権」とは、人としての尊厳を尊重するための言葉であると認識しています。「法」もまた然りです。
その「人権や法」という言葉を隠れ蓑にして、偽りのなかに人としての尊厳を踏みにじられ、人生の全てを奪われている人たちがいるとしたら・・・。
私たちは、隠れ蓑の向こうにある真実を明らかにしていかねばなりません。

関係者の方々が、私たちの疑問に答え、「真実」を語ってくださることを切望いたします。


*0021  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/28(金)-13:48]
   
2000・11・28医療少年院院長先生へ
関東医療少年院 院長様

 前略で失礼致します。
 私たちは「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」と申します。発足からわずか4ヵ月の市民グループです。
 突然にお便りを差し上げる不躾はお許しください。
 どうか最後までこの手紙をお読みくださるよう、お願い致します。
 
 私たちはふとしたことがきっかけで、そちらに収監されているA少年は無実なのだ、という話を知りました。初めは多くの人々同様、何を以てそう結論づけられるのか、その筋道や、事実関係を検討するまで“確信”を持てませんでした。しかし、報道された検事調書等、ひとつひとつの事柄をつぶさに見てみると、どこをとっても「彼にはできない」「彼ではない」というところに行き着くのです。次第に“情報”が増すなかで(現地で取材にあたった記者の話、新聞社の責任ある立場の人の話、等)ますます「彼は無実」との確信は深まりました。
 
 当時のあの状況は現地にいた者は肌で覚えています。不信感や猜疑心の渦巻く息苦しい雰囲気や恐怖心、そしてあせり…。この異様な空気は現地だけでなく、日本全国へも広がりました。
 どうしても“犯人逮捕”が必要でした。事態を収拾し、社会の不安を取り除くために。「犯人の条件」に叶う者として、A少年が選ばれてしまったのです。たとえ彼でなかったとしても条件を満たしさえすれば他の子供、他の大人、誰でもよかったのです。
 
 少年を御覧になって、どう思われたでしょうか。(今は事件から3年が経ち、彼も少年から青年へと変わってきたとは思います。)3年前、移送されてきた彼の姿、彼の様子を見て、本当に彼が犯人なのだという納得や確信をお持ちになりましたか。

 「自白したのだから彼はやったのだろう」「やっていないのに、自白するはずがない」大抵の人々はそう言います。しかし、そうでしょうか。今までの冤罪事件に共通なのは、自白の強要や巧みな(巧妙な)誘導です。多くの“大人たち”ですら、やってもいないことを「自白」しているのです。彼はその時、わずか14歳の“子供”でした。
 警察に連れて行かれる場面を想像してください。少年も親も、全く何も知らされぬまま別々にされ、そのまま会えなくなったのです。
 取調を少年が受ける場面を想像してください。初めから「お前がやった」と決めつけられたなかで、尋問は続くのです。誰ひとり味方のない、たったひとりの彼に、一体何ができたのでしょう。どうやって自分の無実を主張しようというのでしょう。人は極度のプレッシャーのなかでは、ありもしないことを記憶や事実として自分の意識に作り出してしまうことがあります。実際にアメリカであったことです。信頼厚い町の保安官が、やってもいない犯罪を次々と「自白」しました。後にそれは全く違うこと、彼は何もしていないことが捜査によって検証されました。しかし彼は「自分がやった」という作り出した記憶から解放されず、やったと思い込んだまま現在も服役しています。
 同じような状況がA少年の意識で起こっていたとしたら、彼が「無実であることを忘れ、自分がやったと思い込んでいる」としても何の不思議もないのです。

 パンフレットを御一読ください。そうすれば、現実的に彼が実行するのは無理だとお分かりになりますし、たとえ彼でなかったとしても、「そんなふうにはやれない」ということばかりです。
 そのうえで改めて彼を見て頂きたいのです。
 寂しがりで、気弱で、けれども優しい少年は、まわりにはなじみきれなかっただけなのです。強がったり悪ぶったりはしてみても、そうはなりきれなかったのです。
 彼を信頼したり分かろうとしたりする者がもっといてくれたのなら、彼は今、そこにはいなかったでしょう。

 おそらく彼は落ち着きを取り戻し、時折笑顔を見せているでしょう。しかし、希望や喜びを持つことはできていません。何かに熱中したり、“思いっきり”やったり、という心の動きは見せているでしょうか。
 彼の「自白」は「絶望」「あきらめ」「孤独」から出ています。そのうえに積み上げられた罪は彼のものではない。なのに背負って立っているのです。それが取り除かれない限り、希望へ向かって歩き出すことなどできません。背負わされた重い「罪」、それに耐え続けているのです。

 私たちはそういう彼を放っておくことができないのです。政治的な目的や売名、そのほかの不純な動機は一切ありません。ただ事実を明らかにし、彼を救い出したい。それだけです。そのためには自分たちのできることは何でもしようと集まった者たちです。
 先日は、内閣総理大臣をはじめとして、検事総長、法務大臣など政府の責任ある方々、そして新聞社社長等、事件から少年の逮捕、その後の扱いに至るまで、関係した各分野の最終的な責任者に内容証明郵便を送付しました。これは、再び事件とその“結果”に目を向け、再検討・再調査をお願いしたものです。その意志さえあれば、そうできる権限や力・能力をお持ちの方々だからです。

 そこで私たちはお願いしたいのです。院長先生をはじめとして皆様方が、彼を見る目を少し変えて頂けないか、と。彼には「犯人」の衣が着せられたままです。その衣を通して彼を見るのではなく、ひとりの18歳の少年として、彼を見て頂きたいのです。18歳にしては〜だ、18歳なのに〜だといった感じを持たれるはずです。犯人にしては〜だ、犯人なのに〜だ、ではなく、です。
 彼の心には今、一体どんな「求め」があるのでしょう。18歳の青年らしい思いや欲求の芽生え、あるいは復活はうかがえるのでしょうか。

 人から向けられる眼差しは、向けられる者にはどんなものか分かります。今まで、「犯人」と決めつけられ、前提とされていたものがはずれ、彼をひとりの青年として見る目が向けられれば、彼は自分を守ったり閉ざしたりする必要がずっと薄くなるでしょう。もちろん自分に罪を着せた大人たちへの警戒心や不信感を全くなくすには時間が必要でしょうが。この3年で彼と関わっている皆様との間には、少しずつ信頼関係が築かれてきたのでしょうが、それを取り戻す過程で、支えてあげてほしいのです。極度のプレッシャーのなかで失ってしまった「自分の心」、それが彼に戻らなければ、彼は彼として生きていくこと、意志し、発言し、行動していくことができません。

 抵抗感がおありなのは分かります。私たちの主張していることを、あり得ないことと思われるかもしれません。しかし、これには、彼の人生、彼の家族・親族の人生がかかっているのです。彼がもし自分の子供だったら…そういった気持ちで、ぜひ御理解と御協力をお願い致します。
 私たちは、彼のために直接何かができるわけではありません。日々触れあい、言葉を交わし、表情を見ることのできる皆様方だからこそのお願いなのです。
 どうか、彼への“心の扱い”をよろしくお願い致します。
 私たちはこれからも運動を続けていきます。しかし、それは誰かを糾弾したり、個人的な迷惑をかけることとは違います。その点は、どうぞ御信頼くださいますように。

                                                     失礼致しました。
草々


2000年11月28日

                神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム

                                                         
         
                                                         


*0020  〜真実を求める市民フォーラム    [01/09/28(金)-13:39]
   
2000・8、A君の弁護団への手紙

前略にて失礼致します。
「神戸・須磨事件の真実を求める市民フォーラム」の飯沼と申します。
私たちは、この事件の「解決」について、どうしても疑問を拭いきることができません。むしろ、さまざまな資料や情報を検討すればする程、「A少年は犯人ではありえない」という思いが強くなります。決して偏った情報に流されているわけではなく、報道関係者等の話を聞いても、やはり疑問は深まる一方です。
 同じ思いをもつ者たちが集まり、同封のパンフを作りました。その後、消印問題については、私たちの照合により、警察発表の通り「須磨北」であることがほぼ判明しました。(この部分を訂正したパンフを作成中です。)
 しかしそうであっても、A少年の犯行ということには全くなりません。依然として、彼を犯人とするには、あまりにも無理がありすぎます。
 「A少年が犯行を認めていた」というのは判断の根拠にはなりませんし、そのことは、97年10月頃までの羽柴先生の御発言をみても明らかです。
 いずれにしても、彼の犯行であるという確かな証拠が、私たちにはどうしても見えてこないのです。しかし、もしも公表されていないところに、確かな証拠があれば、これから運動を展開していくことによって、多くの人たちに混乱をもたらすだけになってしまいます。
 彼の弁護を担当なさった先生方ならば、動かぬ証拠について、何か御存じかもしれないと思い、お手紙を書かせて頂きました。お忙しいところ誠に恐縮ですが、動かぬ証拠について、どうかお教え頂きたく、お願い申し上げます。
 私たちは皆様方を糾弾するつもりは全くありません。あの異常な状況、雰囲気は私たちもよく知っています。私たちの行動は、ただ真実を求める一心からのことです。どうか気分を害さず、御協力をお願い致します。
(なお、「真相」や、「真相を究明する会」のパンフによって明らかにされている疑問点、矛盾点をお踏まえのうえ、御返事を頂ければ、重ねてお手をわずらわせずに済みます。)
                               
草々
 2000年8月                      


*0019  飯沼    [01/09/26(水)-17:58]
   
最近の動き
文藝春秋社の月刊誌「諸君!」10月号に、「A少年は推定無罪」と題した、後藤弁護士の投稿が掲載されています。文藝春秋社といえば、新潮社とともにA君バッシングの双璧です。
新潮社の「フォーカス」は、編集長の「知らされていなかった。納得できない。突然の廃刊は、経営上の問題だけではないと認識している。」という不可解な言葉を残して廃刊に追い込まれました。
さらに、事件後4年の各新聞記事はいずれもA君に好意的なものでした。
何の根拠も示さずに、「更正がすすんでいる。退所も視野に」という記事もありました。
また、今年の4月に井垣判事は、「A少年に、奇跡的なことが起こっている。近い将来、社会の戻す。」と、公の原稿に書いておられます。
これらのことを総合し、私達が独自に入手している情報と合わせて考えると、「A君の無実」は、すでに関係者の間では確認されている。もちろん、医療少年院、さらには法務当局においても、ということでしょう。ただ、公式にあるいは法的に、それを確認することは当局としては避けたい、ということではないでしょうか。大変な問題に発展するのは目に見えていますから。

さて、予告してからずいぶん時間が経ってしまいましたが、この1年間私たちが働きかけた、事件関係者への手紙、ならびに、「ある人(達)」への手紙を順次公表していきます。
当面は掲示板上に掲載していき、一定量ずつHP本項に上げていきます。
もう少しお待ちください。


*0018  飯沼    [01/08/04()-20:50]
   
活動を中断することはありません
0017様

私たちの活動が中断されることはありません。

私たちのグループも発足以来1年が経ちました。
これまで関係者に、膨大な手紙等によって、真実を明らかにするように働きかけを続けてきました。その手紙をこのH・P上でも公開する方向で検討しています。
一度に全部を公開すると、消化不良を起こしかねない量と質なので、順次掲載していくことになるかも知れません。まだ決定ではありませんが。
応援、感謝いたします。
生の「声」が聞こえればもっと嬉しいです。


 
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<< 最 新 書 込 順 >>

 内容番号 日  付 / 書 込 者 
10209-00<03/11/01-17:16:56>CRUSADE
20208-00<03/11/01-17:13:11>京都人
30207-00<03/06/30-20:49:37>管理人
40206-00<03/06/30-01:10:01>書込者の削除
50205-01<03/06/30-01:03:47>管理者の削除
60205-00<03/06/30-00:23:27>管理者の削除
70200-04<03/06/30-00:21:04>管理者の削除
80204-01<03/06/30-00:13:11>管理者の削除
90202-03<03/06/30-00:03:53>管理者の削除
100204-00<03/06/30-00:00:02>管理者の削除
110202-02<03/06/29-23:07:10>たか
120202-01<03/06/29-22:34:10>管理人
version 2.03 CGIセンター
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