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イラク覆う『復讐の論理』(東京新聞)
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投稿者 えっくす 日時 2003 年 12 月 17 日 01:11:49:NkRlU8kX8B.A6

イラク覆う『復讐の論理』

元大統領消えても無秩序続く『部族社会』

 フセイン元大統領の拘束でイラクの治安が回復するのか。そんな楽観的な見方をするバグダッド市民はほとんどいない。フセイン政権の恐怖政治が崩壊したイラクはこの八カ月の混乱で、二百以上の部族が割拠する近代国家以前の昔に戻ってしまった。「報復」の名の下に、あらゆる暴力を正当化する部族論理が支配するイラクをどう立て直せばよいのか。 (バグダッドで、ハッセン・アブード特約記者、文中敬称略)

■市民同士、襲撃も

 米軍への攻撃以外に、イラクの市民の間で「報復」の名の下、殺し合いの悲劇が起きている事実は、報道されていない。次に紹介する二つの事件は、いずれも、私が住むバグダッド近郊のバビロンで、起きた出来事だ。部族社会の価値観でもある「報復の論理」が事件の根底にある。

 最初の事件は九月ごろ。婚約者との結婚を反対されたアハマド・ラザック(32)は婚約者の自宅に手りゅう弾を投げ、家族に重軽傷を負わせた。

 アハマドは取材に「結婚を妨害した彼らに対する当然の報復だ」と答えた。母親は「私は止めたかったが、夫は“息子は復讐(しゅう)をする権利がある。(相手の家族に)痛い目を見せて反省させてやるべきだ”と息子を応援していた」と証言。自宅にいた親せきの男たちも「アハマドの行為には納得がいく。彼に恥をかかせた連中が報いを受けるのは当然だ」と口をそろえた。

 攻撃を受けた婚約者の家族は、取材に「警察は信用できず、届けていない。これ以上ことが大きくならないよう、神に祈るだけ」と答えた。

 十月に起きた別の事件では、結婚式で新郎(25)、新婦の父親、新婦の兄弟二人の計四人が犠牲になった。実行犯は新郎の親せきだった。一族の反対を無視して挙式を強行したことへの報復が理由だ。親せきは、新郎に「もし挙式を強行したら殺す」と予告しており、結婚式の当日、式が行われた新婦の家に乱入し、銃を乱射した。

 現場にいて銃弾三発を受けた新婦の親族の一人は、「報復を理由にすべてが正当化されてしまうのが今のイラク。フセイン政権の時代は平和だった。治安を回復しない米国に責任がある」と怒りを隠さない。

 復しゅうを目的とした暴力が、今回のイラク戦争を仕掛けた米軍相手だけにとどまらず、市民生活の中にまで広がり始めている。

■『イスラム以前の世界に』

 「目には目を、歯には歯を」の章句で始まる同害法則を規定したのは紀元前十八世紀ごろ、バビロニア王国(現在のイラクを中心とした地域)で編さんされたハンムラビ法典。

 イスラム教の教典コーランにも「われは律法の中で定めた。『生命には生命、目には目、鼻には鼻、耳には耳、歯には歯、すべての傷害にも(同様の)報復を』」というくだりがある。その一方、「その報復を控えて、許すならば、それは自分の罪の償いとなる。アッラーが下されるものによって、裁判しない者は不義を行う者である」と報復を戒め、正当な裁判の実施を説いている。

 「暴力が横行する現在のイラクは、イスラム以前のアラビア半島と同じ状態。部族の論理がますます強まっている」とみるのは、エジプトのイスラム法研究家モハマド・ハバシュ氏(66)。「イスラム以前のアラブ民族は、部族が戦闘に明け暮れ、相手から金品を奪い、女を奴隷として連れ去った。報復と復讐の論理だけが支配していた。それを変えたのがイスラム教だ」と説く。

 アルアハラム政治戦略研究所(カイロ)のラシュワン氏は「自分の権利は自分の手で、という部族の立法が今のイラクを支配している。ささいなきっかけから暴力が発生するのは、弱肉強食の論理を抑える中央権力がなくなってしまったからだ。米軍はフセイン政権の代わりにはなれず、むしろ報復の論理を助長する原因になっている」と指摘する。 (カイロ支局・秦融)

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