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イベリア半島「百鬼昼行図」 その3: 「米西同盟の経緯=フランコの呪縛」
http://www.asyura2.com/0311/war45/msg/585.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2003 年 12 月 29 日 04:41:46:SO0fHq1bYvRzo
 

イベリア半島「百鬼昼行図」


スペインのアスナール政権によるイラク戦争への加担の裏面を探るこのシリーズは、いままでに
  その1:イラク人の血に群がる蝿ども(1)RepsolとCepsa
    http://www.asyura2.com/0311/war44/msg/1021.html
  その2:イラク人の血に群がる蝿ども (2)その他の企業
     (何と!あのレアル・マドリッドの会長の名前も!)
    http://www.asyura2.com/0311/war45/msg/112.html
と続きました。

今回(その3)については、予定では「スペインを引きずるアメリカ資本」でしたが、予定を変更し「米西同盟の経緯=フランコの呪縛」といたします。というのは、アメリカとスペインの関係を見ていくのに、単に経済だけではあまりにも表面的で、スペインという国を導く「意志」とその歴史的な成立過程の中で経済関係も取り上げるべきだ、と思ったからです。スペインの「意志」をとらえるには、いまだ生き続けるフランコ主義とともに、世界のカトリックを牛耳るカルト集団オプス・デイを考える必要があります。

となると、どうしてもスペインの近代史に触れざるを得ません。アメリカとの関係を主に述べていきますが、他のヨーロッパ諸国との関係、国内の民族問題などにも、さわりだけでも言及させていただきます。少々わずらわしいかもしれませんが、ご容赦願います。


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イベリア半島「百鬼昼行図」

その3:「米西同盟の経緯=フランコの呪縛」


「どうせ結婚しなければならないのなら金持ち女のほうが良い」独裁者フランコは、1898年のメイン号事件=米西戦争以来スペイン国民の間にどす黒く沈潜する反米感情をなだめすかすように、こう言った。1953年にアメリカとの間に相互防衛協定、経済援助協定、基地貸与協定が結ばれ、以後アメリカはこの国の経済の「救世主」となる。アメリカを「金持ち女」と表現したのは、自国のプライドとコワモテの軍事独裁者としての「顔」を守るため国内向けの発言だったが、同時に、国民の反米感情が自分に向けられることを恐れていたのかもしれない。

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1931年のスペイン革命と第2次共和制、続く1936年の左翼連合による「人民戦線内閣」の誕生に反発したフランコ将軍を中心とする軍部はクーデターを決行した。彼の反乱軍はその後ヒトラーとムッソリーニの支援を得て、3年後の1939年にスペイン全土を掌握することになる。この間の経緯に関してはすでにご存知の方も大勢おられるだろうから、詳しく触れることはしない。

フランコはもちろん熱心な反共主義者だったが、共産主義だけではなく要するに「西欧近代」そのものを嫌っていおり、かのラ・マンチャの男同様「歴史の進歩」に対する観念は欠落していたようだ。彼が目指したものが何か、は解釈する人によってさまざまに異なるが、「反近代的・家父長的中央集権国家」という以外にはどうも明確にはならない。体よく言えば「強力に統一された偉大なるスペイン」とでもなるだろう。

スペインは16世紀以降ハブスブルグやブルボンといったヨーロッパ中央の王朝にあやつられて新大陸侵略の手先・集金パイプとして使われた挙句、石造りの建物だけを残してゴミのように打ち捨てられた。国内では、地域ごとに歴史的な成立過程が異なり言語・文化もばらばらで伝統的に民族間の不信と対立が根強い上に、19世紀になると階級間の争いが激化し、共和派、王党派、教会、軍部の主導権争いによる内戦、各地で横行する山賊、アナーキーな農民暴動やバルセロナでの労働者の騒乱と、「スペイン人が3人集まると内乱が始まる」というジョークまでできるほど混乱のきわみが続き没落の一途をたどった。他のヨーロッパの大国が同様に国内の混乱を抱えながらも植民地経営をテコにして産業革命と近代化を推し進めたのとは好対照である。

例外は、独自に産業革命を成し遂げたカタルーニャとイギリス資本の力を借りて工業化に成功したバスクだったが、それらも、支配民族カスティーリャ人の首都マドリッドにとっては「ねたみ」の対象であると共に被支配民族が自分から離れようとすることへの「警戒心」の方が先に立つ、といった状態だったのだ。彼らにとっては「西欧近代」などスペインを分裂させ食い物にしようとする外国勢力の「甘いわな」に過ぎなかったのだろう。

フランコを中心とする軍部が「軍事力だけがこの国を一つにまとめることができる」という自負を抱いたのもこういった歴史の中でであったはずだ。フランコとヒトラー・ムッソリーニとは反共主義や独裁という点では一致していたが、彼の軍事独裁は思想的基盤や大衆運動を欠く点でいわゆる「ファシズム」とは異なっていた。

政権確立後にフランコを支えたものの一つにファランヘ党があったが、これはドイツやイタリアに倣って大衆運動としてのファシズムを目指すものであった。(この党は1959年に「国民運動」と名前を変え、そのなれの果てが現在のアスナール与党の国民党である。)しかしバランス感覚に優れたフランコは、ファランヘ党やカトリック勢力、王党派、財界などの諸勢力をうまくつりあわせて決定的にどこかの勢力が主導権を握る事態を防いでいたのだ。そしてそこにアメリカがやってきた。

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トルーマンはニューディーラー大統領としてフランコを毛嫌いしていた。フランスもイギリスもスペインにはそっぽを向き、特にフランスは国内でのスペインの反体制派(共産主義者、社会主義者、バスクとカタルーニャの民族主義団体、等)の活動を容認し、一時は国境閉鎖にまで踏み切ったほどだった。それが変化するきっかけとなったのが「冷戦」の開始であったことは言うまでも無い。

トルーマン政権の末期に軍事基地使用に関する政府間協定がむすばれ、次のアイゼンハワーの時代には米西関係は大きく前進する。アメリカとしては絶好の場所に基地を持ったうえに格安の労働力を手に入れた。フランコ政権としてはアメリカを中心とする西側資本の導入によって経済を立て直し、1960年代の、日本の高度経済成長と並ぶ「スペインの奇跡」によって、貧困の極地にあえいでいた国民に経済的な希望を与えて政権の維持を図ることができたのだ。

さらにこの変化が独裁政権を国際社会に認知させることになる。国連にも加盟し、ヨーロッパ中央とは一味違う「ピレネーの向こう」が観光地として開放され地中海側の別荘地は欧米の金持ちたちが買いあさり、極端に物価の安いスペインは夏になるとアメリカ人、フランス人、ドイツ人、イギリス人などであふれるようになった。

この経済復興とともに、フランコを取り巻く集団の力関係も様変わりしていった。1950年代から「オプス・デイ(ラテン語で《神の御わざ》)」という名のカルト集団が急激に台頭してきたのだ。この集団は1928年に創設され、クーデター以来フランコを支持して反フランコ派のカトリック団体を排除し、超保守的なキリスト教教育を定着させてフランコ政権を支えてきたのだが、やがてここから優秀な政治・経済のテクノクラートと財界人が輩出し、反近代的だったフランコ体制を急速に近代化・資本主義化させていく。そしてこのカルト集団はやがてバチカンの主導権を握り、中南米に進出してチリのビノチェット政権やペルーのフジモリ政権などを支え、アメリカによるニカラグアの左翼政権破壊に絡み、近年ではベネズエラのチャベス政権転覆未遂にも関与し、FBIやCIAに食らい込んでアメリカ政界にも深いかかわりをもっていると思われる。(このオプス・デイについては次回以降に取り上げる予定だ。)

晩年のフランコは、国民の広範な民主化要求とカタルーニャやバスクなどの民族運動に悩みながら、1975年に他界した。その後、新たに国王になったフアン・カルロス1世とその若き側近スアレスが中心となって、軍部の中立と教会の支持を勝ち取り保守派を押さえ込んで、合法化されたばかりの社会党のゴンサレス書記長やいまだ非合法であった共産党のカリリョとも接触し、国内の各派と粘り強く話し合って、合意に基づく体制内改革を精力的に推し進めた。

続く1982年から1996年まで続く社会党政権の時代にはその顔はおおむねヨーロッパのほうに向けられる。そして80年代から90年代の不況を通してアメリカ資本と企業は次第にスペインから手を引いていったのだが、いったんつながったスペイン経済界や保守派とアメリカとのつながりが失われるはずもない。国民党はかつての極右色を取り去って中道右派政党としてよみがえり、経済の伸び悩みと自らの腐敗・堕落で得票数を落としていく社会党を尻目に、オプス・デイ人脈とサンタンデール銀行を中心とするスペイン財界の強力な支持を受け、若いアスナールを表に立てて着実に議員数を伸ばしていった。そして1996年に国民党政権が誕生する。

「強力に統一された偉大なるスペイン」というフランコの夢は現在の国民党に脈々と受け継がれている。そしてその夢を実現させる鍵こそがアメリカとの強いつながりだ、ということなのだろう。ヨーロッパの一員であることを百も承知の上で、EUでのスペインの「票の重み」を削ろうとするドイツ(昔のハブスブルグ帝国)やフランス(昔のブルボン王国)などかつての「身勝手な支配者」たちに、意地になって歯向かうアスナールの姿勢も、単なる「対米従属」の文脈のみでとらえられるものではないと思う。(欧州議会ではどうやらドイツの離間策によって「盟友」ベルルスコーニにも裏切られたようだが。)

現在、欧州内の問題とともに国民党政権を最も悩ませているのは、バスクやカタルーニャに再び燃え上がりつつある民族運動、「統一スペイン」を破壊に向かわせる分離の動きなのだ。自立の動きを鮮明にさせたバスク州政府のイバレッチェ代表に対して「刑法を改正して懲役刑に処するぞ」と脅迫し、事実上カタルーニャ民族主義左派に動かされるカタルーニャの新政権に対してむきだしの警戒心を掻き立てるアスナール政権の姿勢は、フランコ主義の延長という様相をますます強くしているようだ。

一方、中南米に展開するスペイン資本はアルゼンチンの経済破綻などで打撃をこうむっている。そこで、今回のイラク戦争への加担とイラク「復興」事業への参加は、個々の資本家たちにとっては国家予算にたかる絶好の機会、新たな海外進出のまたとないきっかけであり、国家にとっては将来のエネルギー資源過確保のための貴重なルートとなり、同時に9.11以降の世界の中でそれを通して国民党政治家の夢=フランコの夢を現実のものに近づける、彼らにとっては選択の余地のない行動だったのかもしれない。

もちろんアメリカとイギリスはそれを十分に承知して「仲間」として巻き込んでいったのだろう。2001年にブッシュが大統領として就任した後、最初に公式訪問した外国がスペインだった。そしてその年の9月にあの連続「テロ」が起こった。

冷戦、そして対イスラム戦争と、アメリカの世界戦略の節目に合わせて、スペインはこの新しい「ご主人」との関係を深めていこうとしている。そしてその陰に恐らく、あの不吉なカルト集団オプス・デイが絡んでいることは間違いないだろう。

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ではここで、スペイン経済の中でのアメリカ資本の現状を見てみよう。

スペインにはマクドナルドやケンタッキー・フライドチキンなどは当然として、フォード、ヒューレットパッカード、P&G、などの国際企業の工場はあるのだが、これはヨーロッパ各地にあり特別にスペインとだけつながりの深いものでもなく、バレンシアにあるフォードの工場などは縮小に縮小を続けている。アメリカ人の企業駐在員もこの十数年間に激減し、元々彼らの子弟のために作ったバルセロナとその近郊にあるアメリカ系のインターナショナル・スクールでは、今やアメリカ人の生徒は数えるほどしかいなく、大部分がスペイン人でその中に北欧、日本、韓国などの企業駐在員の子供が通う、といった状態である。

それでもこの国の経済は、通信大手のテレフォニカなどのごく一部のものを除いては、地元資本による大企業は少なく、やはり相当の部分はEU諸国やアメリカ、日本などの国際企業に頼らざるをえない状態だ。近年ではBrandes InvestimentやJP Morgan Chaseなどのアメリカの機関投資家によるスペインの主力企業への投資が盛んに行われているようである。

下の資料は経済情報America Economia.comからのものだ。(2003年8月29日付)

http://www.americaeconomica.com/numeros4/228/reportajes/santi228.htm

この記事によると、Repsol(旧国営企業、スペイン最大の石油会社で国内需要の50%を超える供給量を誇る)、Telefonica(旧国営企業、国内の電話・ネットの大部分の市場を占領する他、中南米にも広く進出する世界的規模の通信企業)、BBVA(中南米にも基盤を持つスペイン第2のビルバオ・ビツカヤ・アルヘンテリア銀行)といったスペインの「急所」ともいうべき企業を、Brandes InvestimentとJP Morgan Chaseがしっかりと握っていることが分かる。

ちなみにRepsolではBrandesが直接・間接に9・3%、JP Morgan Chaseは5.8%の株を握っている。またTelefonicaではBrandesは1.09%だがJPが6%。BBVAではBrandesは1.4%でJPが5.7%となっている。さらにJPはEndesa(スペイン最大の電力会社)の5.7%、Iberdrola(スペイン第3の石油・エネルギー企業)の9.4%、SCH(スペイン最大のサンタンデール・セントラルイスパノ銀行)の5.0%を支配している。

ただ次の資料(同じくAmerica Economia.comの03年7月4日付)を見ると、

http://www.americaeconomica.com/numeros4/220/reportajes/santi220.htm

Endesaはその資本の56%、Iberdrolaは43%を外国の投資家に握られている状態であることが分かる。スペイン国内の機関投資家にしてもそれ自体の資本のかなりの部分を他の欧米資本に握られているわけだから、要するにこの国は、単に外国企業に雇われる、その下請けをする、といった目に見える部分だけではなく、目に見えない部分で欧米資本にがっちりと首根っこを押さえられているといえる。

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先ほど、国民党政府が抱える多民族国家としての悩みについて触れたが、それに関連して面白い資料がある。ただしこれはかなり前のカタルーニャの地元紙の記事なので、ネットを通して元資料をお目にかけることはできない。

これは外国からのスペインへの投資に関するもので、
2002年度の外国からの投資金額が、
  スペイン全体では 3053.5億ユーロ(1990年度比22.3%増)
  カタルーニャには  688.6億ユーロ(1990年度比24.0%増)
となっている。カタルーニャはスペインのGDPのおよそ17%を生産しているのだが、投資では約22.6%で、外国の投資家にはより魅力的なのだろう。
面白いのは国別の投資金額の割合である。これは2001年の統計。
    スペイン全体では、  アメリカ 17.1%、  オランダ 14.5%、
               ベルギー 10.2%、  フランス  9.0%
               イギリス  8.0%   ドイツ   2.1%
の順になっているが、
    カタルーニャでは、  ベルギー 38.9%、  オランダ 18.0%
               フランス 13.3%、  ドイツ   9.8%
               イタリア  9.3%、  アメリカ  1.3%
である。(ベルギーにはルクセンブルグも含む。)

スペイン全体ではアメリカが第1位なのだが、カタルーニャではアメリカの影は非常に薄く、その顔がもっぱらEU中央に向かっていることは明らかである。さらに、マドリッド(行政区)がスペインのGDPのおよそ15%を占め外国企業やスペインの大企業の本店の多くがここにあることからすると、アメリカからの投資の大半をマドリッドが受けていると推測される。(いま他の資料が見つからないので断定はしないが。)マドリッドはアメリカに、カタルーニャはEUに、というわけだ。

歴史的にこれと似たような状況があった。18世紀初頭のスペイン王位継承戦争のときである。マドリッドは新しい支配者としてやって来たブルボン王家をいただき、カタルーニャは従来の主人ハブスブルグ家をかついだ。そして13年間にもわたる戦いの末、「味方」であったイギリスとオランダが手を引きバルセロナはマドリッド=フランス軍に包囲され、城壁内の草まで食べ尽くし力尽きて降参した。マドリッドによるカタルーニャへの報復は凄惨を極めた。徹底した処刑と弾圧はもちろん、伝統的な地方特権は奪われ民族言語は禁圧され、バルセロナは狭い城壁内に閉じ込められて、その傍にマドリッドからの軍隊が駐屯して常に見張る城砦が築かれた。以来、バルセロナはマドリッドに対する恨みを片時も忘れない。

まさか今後その歴史を繰り返すような愚かなことはお互いにしないだろうが、マドリッドへの中央集権を強化しようとする国民党政府と、離れようとするカタルーニャやバスクとの関係は、相当に微妙なものになりそうである。 

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03年12月19日のEl Mundo紙に、次のような気の重くなる記事があった。

http://elmundodinero.elmundo.es/mundodinero/2003/12/19/Noti20031219112358.html

スペイン国立統計院の発表によると、2003年度のスペイン全国の家庭のうち、57.7%が「月末になると生活が苦しい」と答えた。これは昨年度に比べて6%の増加であり、約10%が「非常に苦しい」となっている。さらに、貯蓄ができると答えた家庭はわずか34.5%に過ぎず、昨年より2.2%の減少である。また「今が大きな買い物(住宅購入を含む)のチャンスだ」と答えた家庭は11.4%(昨年は12.2%)であった。一方、消費支出は年間で3.7%増(食費は1.8%増)であった。1家庭の3ヶ月間の消費支出は平均で約5470ユーロであり、そのうち20.6%が食費だった。

この国の家庭の約60%が月末を過ごすのが困難、3分の2の家庭が貯蓄できない、というのである。(日本では最近どうだろうか。同様の統計をご存知の方がおられれば教えていただきたい。日本でも近頃は生活の苦しい家庭が増えているとは聞いているが。)これには年間3%ほどの物価上昇(特に住宅はこの数年で2倍以上値上がりしてバブル状態)の影響が大きいだろうし、計画性に欠くスペイン人の経済観念も影響しているのかもしれないが、国民がしだいに将来の生活に関して不安を増大させている様子がうかがえる。政府はEU内では最も高い経済成長を自慢げに振りかざしているのだが。

イラク「復興」参入の乱痴気騒ぎの一方で、一時は10%を切った失業率も約14%と広がり、国民の大半である下層市民たちの生活は確実に脅かされている。アメリカにしがみつかねば自力でのエネルギー確保もままならぬ(食糧自給だけはかろうじてできそうだが)ヨーロッパ中堅国の情けなさかもしれないが、ただそれに文句を言うと「誰のおかげで電気やガスを使える、と思っていやがる!」といういう声が聞こえそうだ。「誰のおかげで・・・」昔からどこの国でも、搾り取ることしか能の無い支配者にへばりつく下っ端が、好んで使う表現だ。女郎屋の遣り手の口癖でもある。

16世紀以降の中南米植民地での残虐さは、スペイン国内の被支配階級にも同様に容赦なく向けられていた。アメリカも国内の管理社会化を強め貧富の差を広げているという。「強力に統一された偉大なスペイン」は、万一実現されたとしても、かつての「日の没する所の無い偉大な植民帝国」と同様、国内外にその残忍さと悲惨さをさらすだけで、呪われたカルト集団オプス・デイに引きずられ、アメリカ帝国といっしょに再び没落せざるを得ないのではないか。この国はまだ「フランコの呪縛」のうちにある。

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次回は「その4:米西同盟の仕掛け人?オプス・デイ (1)バチカンを牛耳り中南米を操る悪魔的カルト集団」と題して投稿させていただく予定です。

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