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自民権力構造に地殻変動――注目される古賀誠と加藤絋一の動向――(『選択』より)
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投稿者 まさちゃん 日時 2004 年 1 月 20 日 19:36:35:Sn9PPGX/.xYlo
 

【注目記事】 自民権力構造に地殻変動

――注目される古賀誠と加藤絋一の動向――


 小泉純一郎という政治家は不思議な運気を身にまとう。ただ単に強運というものでもない。いわく言い難い風が突如として小泉の周辺を吹き抜ける。昨年(〇三)十二月十四日夜@@。世界を揺るがすビッグニュースがイラクから届いた。八カ月にわたって姿をくらましていた元イラク大統領サダム・フセインの身柄が拘束されたのである。小泉はおそらく相当な危機感を抱いてこの日曜日を過ごしていたはずだ。九日に戦闘継続地域に戦後初めて自衛隊を派遣する決断を行い、十五、十六日の両日にはこの自衛隊派遣をめぐって国会の閉会中審査が衆参両院で行われることになっていた。
 小泉の求心力の源泉とも言うべき内閣支持率は九月の自民党総裁選をピークに下降線を描いていた。そんなじり貧状態の中で迎えた週末だった。十三日には慶応大学の講演で中曽根康弘が小泉の限界に触れていた。
「参院選は厳しい。小泉君が続くか、かなり疑問になっている」
 小泉によって半世紀以上にわたって胸に付けていた議員バッジを無理やり外された中曽根の恨み節にも聞こえるが、衆院選後に先送りしていたイラクへの自衛隊派遣のツケが小泉を襲った。戦闘が終結したはずのイラクの治安状況が悪化の一途を辿り、ついには日本人外交官二人がテロに遭遇、落命したのである。「イラクへの自衛隊派遣で犠牲者が出たらどうするのか」という懸念を先取りするように外交官に犠牲者が出てしまった。小泉の耳には「それでも自衛隊を出すのか」という罵声が届いていたに違いない。小泉自身も十二月六日に営まれた二人の葬儀に参列して弔辞を読み上げた。めったに人前で涙を見せない小泉が嗚咽し、弔辞を読むのが中断した。三十秒はあっただろう。底冷えのする東京・青山葬儀所に空白の時が流れた。その空白のあと小泉は何か思い詰めたように一気に最後まで読み上げた。
小泉に束の間の「小休止」

 それは最後の決断をこの葬儀の場で行ったようにも見えた。わずか三日後の十二月九日、小泉は自衛隊をイラクに派遣するための基本計画を閣議決定した。米大統領ブッシュとの約束が背景にあったのは言うまでもないが、小泉らくし一歩前に踏み込んでの決断ではなかった。「年内派遣」の期限が迫り、コーナーに追い詰められた果ての苦し紛れの一撃でもあった。前日の八日夜、小泉は四時間近く首相執務室にこもって閣議決定後の記者会見に備えて想を練った。側近ですら「こんな総理を見たのは初めて」と漏らした。それほど厳しい局面に立たされていたのである。
 しかし、記者会見によって国民世論の空気は変わることはなかった。内閣支持率は下がり、とりわけ「説明責任を十分に果たしたとは言えない」との批判が集中、小泉はマスコミへの不満を繰り返した。そんな張り詰めた空気を一変させたのがサダム・フセインの身柄拘束だった。拘束が発表された翌日の衆院特別委での閉会中審査は、どこか気の抜けたビールのような弛緩した議論に終わった。フセイン拘束によって小泉は思いがけない「小休止」を手にしたのである。
 小泉はただちに自衛隊を派遣するための実施要項を承認し、昨年末には航空自衛隊の先遣隊が出発、戦闘継続地域への自衛隊派遣が動き出した。小泉は戦後の首相のだれもが避けてきた領域に足を踏み入れたのである。
 しかし、小休止はほんの束の間だった。実際に派遣が始まると重たい空気が日本全体を覆う中で年が明けた。やはり小泉は、止めることができない坂道を転げ落ち始めたのだろうか@@。
 十二月十一日昼。東京・赤坂のうなぎ割烹「重箱」に意外な顔ぶれが揃った。昨年の衆院選を機に政界を引退した野中広務を中心に自民党の元幹事長古賀誠、元政調会長亀井静香、選挙後保守新党を解党して自民党に合流した二階俊博。そこまでなら自民党内のいわゆる「抵抗勢力」の面々という説明が可能だが、ここに公明党幹事長代行の太田昭宏が加わっていた。
 太田は先の衆院選では東京十二区から立候補して当選を果たし、ことし七月に予定される参院選挙が終われば、冬柴鉄三に代わって幹事長就任が取り沙汰される。太田は与党の国対委員長として古賀、二階と親交を結び、そこから野中との関係を構築した。やがて野中が中国を訪問する際には必ず太田もメンバーに加えるようになる。東京十二区での太田の選挙戦では、野中の培った自民党区議会議員人脈がフル稼働した。その太田は自衛隊のイラク派遣で党内議論の先頭に立って慎重論を説く。小泉が基本計画決定に伴う記者会見で武器・弾薬輸送について明確に「行わない」と答えた背景に公明党の意向があったことは言うまでもないが、その党内意見の集約に太田が大きな役割を果たしていた。

格段に重み増した公明党

 小泉政権が発足して以来、自民党と公明党を結ぶパイプは前幹事長山崎拓と冬柴が握ってきた。小泉も気心の知れた山崎にすべてを任せた。それに反比例するように公明党と野中を軸にした橋本派との関係はやや希薄になり、公明・創価学会は同じ橋本派でも小泉に近い参院幹事長の青木幹雄に軸足を移す。創価学会会長秋谷栄之助が直接、青木に会うこともあった。
 ところが、今の山崎は「前議員バッジ」を付ける屈辱の日々を送る。当然の帰結として山崎―冬柴のチャンネルは閉ざされた。山崎が突如として今年の参院選に出馬する動きが表面化して世間を驚かせたが、そもそもの発案者は小泉自身だとされる。ましてや自公保三党体制から自公二党連立に移行してからの公明党の重みは格段に増した。山崎が欠けた穴はそれほど大きかった。公明党政調会長の北側一雄は「政策判断、決定には連帯責任がある」と明言した。さらに代表の神崎武法自らイラクの現状を探るため現地に飛んだ。自民党以上にイラク問題を真剣に受け止め、積極的に取り組む姿勢は公明党の存在感をさらに増大させている。
 その公明党とのパイプが細くなった小泉にとって太田と通じる古賀や亀井らの動静が気にならないはずはない。中でも古賀の動きが不気味だ。古賀自身は自民党道路調査会長として日本道路公団民営化問題で表に出た以外はひたすら沈黙を守るのだが、目を凝らすと古賀抜きでは考えられない兆候が随所に垣間見える。
 元郵政相野田聖子の高村派の離脱もそうだ。野田は国対副委員長、さらに副幹事長として古賀に仕え、古賀を囲む若手議員の集まり「花龍会」の世話人を務める。時を置かずに古賀と行動をともにすることになるだろう。
 そして政界の関心事は古賀と加藤紘一との連携である。二人は二〇〇〇年暮れの「加藤の乱」で袂を分かって以来、疎遠な関係が続いていた。ところが衆院選を経て二人の発言が奇妙に符合するようになった。自民党の実力者でイラクへの自衛隊派遣に反対論を唱えたのもこの二人だけ。古賀は最近しきりに「加藤さんは保守本流の人材」と漏らすようになった。加藤が当然戻ると見られていた旧加藤派入りをせず、無派閥に止まったのも、将来的な旧宏池会大同団結構想の前段ではないかとの憶測を呼ぶ。
 加藤は外交面でも親米一辺倒の小泉とは距離を置き、アジア外交にも力点を置く。小泉からの禅譲ではなくアンチ小泉路線の延長線上に自らの政権政略を描いているのは間違いない。一月十九日に召集される通常国会の冒頭にイラクへの自衛隊派遣を盛り込んだ基本計画の国会承認が予定される。ここで二人そろって「欠席」の事態となるのか。
 小泉政権の基盤の変化といえば、青木幹雄との関係も微妙になりつつある。青木の頭にはすでに参院選のことしかない。しかし、青木の口を衝いて出る言葉は「小泉さんには危機感がないわね」というものばかりだ。

「すべては参院選後」

 現に勝敗を左右する比例代表候補の擁立と態勢づくりは難航中だ。もともと自民党の比例選挙は各種業界団体や中央省庁の組織力を動員するのが基本だったが、小泉構造改革でこれらの組織の弱体化は目を覆うばかり。その弱体化した組織に頼って選挙に臨もうというのだから、これ以上の矛盾はない。
 青木自身も手痛いミスを犯している。参院議員だった近藤剛の日本道路公団総裁への就任を容認したことである。〇一年の参院選では経済界が総力を挙げて伊藤忠の常務だった近藤を支援した。全く不慣れな選挙運動に経済界の重鎮たちがそれこそ手弁当で戦ったという思いが強い。それが何の相談もなく、あっさりと議員を辞められたのではたまらないというわけだ。
 日本経団連会長の奥田碩は「この人事は国会議員を二人つぶすことになる」と不満をぶちまけたという。二人とは近藤と今度の選挙で改選期を迎える東京電力副社長から参院議員になった加納時男のことだ。日本経団連は今の段階ではどういう姿勢で参院選に臨むかの態度を明確にしていないが、少なくとも前回のような「総力を挙げて」という気分になれないことは間違いないだろう。
 このため青木は前回の舛添要一に匹敵するような集票力のある候補としてスキー・ノルディック競技の元世界チャンピオン荻原健司(三十三歳)、登山家の野口健(三十歳)ら、知名度があり若い候補に勝敗を託す。しかし、それがどこまで自民党全体の集票力につながるかは全くの未知数だ。参院選でも大きなテーマになる公明党との選挙協力問題も未だに手付かずと言っていい。〇三年九月の自民党総裁選では小泉再選阻止で動いた野中広務と激しく対立、激烈な死闘を制したあのころの求心力は今の青木にはない。
 十二月十五日夜。青木は東京・赤坂のTBSにほど近い場所にひっそりと佇む料亭「斎藤」で古賀誠と会談した。二人はそれぞれのグループの若手を同道していた。青木はもともと加藤紘一にシンパシーを寄せている。野中が退いた後、徐々にだが確実に自民党内の権力構造に地殻変動が起こっている。それがポスト小泉を睨んだ動きかどうかは今の段階では俄かに断定ができない。だが、後戻りできないイラクへの派兵という極めて大きなリスクを伴う政治決断をした小泉に、何が起きても不思議はないとの共通の思いをだれもが抱く。「重箱」の会談で問わず語りに集約された言葉が象徴的だ。
「すべては参院選後だ」
 受けて立つ小泉も同じ考えだ。政権にマイナスになるような問題はすべて参院選後に先送りする意向という。昨年は一月、一昨年は四月に行った靖国神社への参拝も夏以降にずれ込む見通しだ。その上で小泉は新たな手を打つ構えだ。参院選直後の内閣改造である。それも党内実力者を重要閣僚に配置する大幅改造案が小泉周辺から急浮上してきた。「〇四政局」はイラクへの自衛隊派遣で始まり、七月十一日投票の参院選までの短期決戦となるだろう。再び小泉に風が吹くのか@@。すべての鍵はイラク情勢が握る。そこから先は全くの予知不能である。(敬称略)

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