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「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(その8)【ひとまずこの稿終わり】
http://www.asyura2.com/0403/bd34/msg/967.html
投稿者 なるほど 日時 2004 年 4 月 14 日 07:41:04:dfhdU2/i2Qkk2
 

(回答先: 「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(その7)[古川利明の同時代ウォッチング] 投稿者 なるほど 日時 2004 年 4 月 14 日 07:36:55)

「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する――「三井環不当逮捕」は「現代のドレフュス事件」である(その8)04・3・16

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 さて、前回まで、三井氏が検察に不当逮捕される“容疑事実”となった曰く付きの裁


判所競売物件の購入を端著とする、“暴力団との交際”ということ書いてきたのですが


、じつは、前回、この原稿を書き終えてから、ふと、思い浮かんだのですが、じつは、


これは、最初から、原田明夫の法務・検察が、極道と結託し、三井氏を陥れるためのワ


ナではなかったかと、ふと、そういうことが直観的に浮かんだのです(#でも、ワシの


カンは最近、冴えまくっとるからな)。


 というのは、01年1月10日発売の「噂の真相」(01年2月号)で、三井氏が「


ある検察OB」として、当時、大阪地検検事正だった加納駿亮の、高知地検検事正時代


(95年〜96年)の調活費流用による裏金づくりの実態を告発しましたが、そこで、


大阪高検公安部長だった三井氏が、そのヤクザ絡み(=亀谷直人、渡真利忠光)の曰く


付きの競売物件を落札したのが、その直後の同年2月のことです。


 

 んで、三井氏自身が月刊誌のインタビューや手記でも10数件の不動産を持っていた


ことから、例の逮捕の検察側のリークによって、「不動産物件をしこたま持って転がそ


うとしている(実際は、三井氏の手記にも出ているように、転売は1度もしておらず、


生命保険等の類には入っていない代わりに、老後の生活保障のために購入していた)“


三井不動産の悪徳検事”」という、人格攻撃を行いました。


 ただ、おそらく、検察内部であれば、三井氏がそれだけの不動産を持っていたという


ことは間違いなく把握していたはずです。


 私もちょうどバブルの真っ只中の時代だった高知支局のころ、三井氏本人から、雑談


の中で、もちろん冗談で、「神戸にマンションを持っとるんやけど、いま、もし、転売


すれば、すごい値段になるわな(笑)」という話は聞いていたんで、別に、三井氏が普


通の検事よりは、そういうふうに不動産を多めに購入していたということなど、内部の


人間であれば、たぶん、知っていたはずですから。


 

 そこで、01年1月10日発売のウワシンで、この加納の調活費流用の件が明るみな


ると、内部では、“犯人”(=ネタ元)が三井氏であることはわかりまくっていて、そ


の後、三井氏が01年6月に元大阪高検検事長の逢坂貞夫と会ったときも、「松尾君が


心配して、何回も何回も電話がかかってくる。今日も電話があった」と言うくだりが出


てきます。


 んで、この「松尾君」とは、「東大法卒・原田一派」の松尾邦弘(当時、法務省事務


次官、現・最高検次長検事)だったわけですから、既にこの時点で法務・検察の中枢で


のうのうとしている連中は、「これはヤバイ。何とかしなければ」ということで、じつ


は既にこの時点で、キナ臭い動きをしていたのではないかと思います。


 

 そこで、「裁判所の競売物件」というのは、一般的には、きちんと権利関係を調べた


うえで、今回、三井氏が掴まされたようなヤクザ絡みのややこしい物件というのは、は


じかれているはずなのですが、そこは日本の伝統ともいえる「判検癒着」ですから、い


くらでも細工はできます(笑)。


 たまたま、その頃、三井氏は01年の4月から息子さんが高校に通うということもあ


って、それで物件を探していたということですから、それを知っていて、法務・検察は


最初から、亀谷、渡真利を“刺客”として、三井氏に接近させていったのではないか。


んで、「三井が、この毒まんじゅうにパクついてきたら、そのときは不動産の不実記載


で挙げてやれ」――と。


 というより、そう考えないことには、話の辻褄が合わないのです。


 で、「ヤクザ絡みの競売物件」という、「毒まんじゅう」をポイと実際に投げてみた


ら、うまく、向こうの方から食いついてきた。


 あとは、デート嬢を侍らせて脅すという「美人局作戦」というのは、ヤクザの典型的


な脅しの手法ですから(笑)(#ま、ワシが法務省大臣官房の官僚だったら、それぐら


いのシナリオを書くぐらいのサル知恵は働くがな)。


 

 考えてみると、落札物件の交渉をめぐり、三井氏が亀谷、渡真利との接触を深めてい


ったのと、三井氏が、四国タイムズの川上社長と連携して、加納を刑事告発し、とりあ


えずは、高松高検検事長就任を阻止した(01年4月〜5月)の時期が、ピタリを重な


るのです。


 つまり、法務・検察としては、いわゆるヤーサンの亀谷、渡真利を使って、「三井の


弱みを握っておいて、いつでも三井を抹殺する」ということだったのだと思います。


 三井氏は、逮捕されるにあたり、「もし、私が逮捕されるとすれば、国家公務員法の


守秘義務違反ぐらいのもので、それ以外にはない」という考えでいたので、「まさか、


あんな別件というか、微罪で口封じのために不当逮捕されるとは思っていなかった」と


いうことですが、そこは、やはり「権力中枢の意志の強さ」を見誤っていたのだと思い


ます。やっぱり、ヤツらはやる時は、何でもやる。目的のためには手段を選ばない。


 三井氏は「現職の大阪高検公安部長」という、“体制の側”にいたんで、油断してい


たのかもしれませんが、ウワシンのネタ元と目され、加納駿亮に対する刑事告発までや


ってのけていたわけです。既に、その状況下では、実際には「警視庁公安部VS過激派


(orオウム真理教)」のような対立構図が構築されていたことになりますから、その


意味で、三井氏の方にも、そういった自覚が足りなかったのかもしれません。


 

 んで、そういうことも含めて、一般には「ワキが甘い」と言うことなのかもしれませ


んが、ただ、私自身も似たりよったりなので(というより、もっとワキが甘い)、あん


まりどころか、全然、人のことを言えた義理ではありません(笑)。


 特に自分もこういうコトに足を突っ込んでいる以上は、サラ金などからカネは借りな


い、あやしい風俗の店には出入りしない、なるべく満員電車には乗らないようにする(


痴漢にデッチ上げられかねない)、特定の人間(特にワケ有り系人物)から一方的な接


待を受けない――といった程度のことは日常の動作として心掛けていますが、やはり、


どこかいつも「権力と対峙しているんだ」という緊張感は必要だと思います(それでも


やられる時はありますが、それはもう仕方ないと諦めています)。


 ただ、ワキの甘さと、人間としての豪放磊落さはたぶん、コインの裏表ですので、私


はそのことをことさら、責めたてる気にはなれません(繰り返しますが、私自身が、じ


つにワキが甘く、しょっちゅう両脇にモロ差しを許してしまう人間ですので)。


 

 ただ、こうして三井氏の事件を振り返ってみてびっくりすることは、今やケーサツで


はなく、法務・検察までもが、極道という「闇社会の帝王」とここまで癒着というか、


結託していたのか、ということです。日本も、ついにイタリアやアメリカを笑えなくな


ったというところまで来たって感じですね。


 ケーサツが暴力団を結託して、例えば、風俗店に捜査情報を流す見返りにオンナや酒


を接待してもらうとか、拳銃の摘発するため、ヤクザと一緒に「演出」することで、ス


バラシイ成績を出すとか、その類は日常茶飯事というか、腐るほどあるんで、私などは


「ああ、またか…」という感じで、既に感覚が麻痺してしまっている部分があります。

 つい先日も、週刊金曜日の最新号(3月12日号)に、ジャーナリストの野田峯雄氏


が「第三書館事件」について書いています。


 「第三書館事件」とは、この年末年始に、「キクラ」と名乗る50代のヤクザ風の男


が第三書館を占拠し、立てこもって現金10万円などを奪った逃げた事件です。


 そこで、同社側が新宿署に被害届を出そうとすると、ぬあんと、ギャグではなく、マ


ジな顔で、担当刑事は「そのカネがもともと第三書館にあったという証拠を出してくれ


」などと言って、被害届を受理しないで、ほったらかしにしているという『事件』です

 

 その「キクラ」は、占拠中、「ワシは新宿警察署刑事課の馬場係長と話がついている


」とわめいていました。そうすると、110番通報で駆けつけた警官が、何もしないで


、そのままスゴスゴと退散してしまいました(笑)。


 実際、新宿署の刑事課に馬場という係長は存在しており、新宿署はこうしたヤクザ風


の人間の意向を受けて、被害届すら受理しないのです。


 まあ、ケーサツとヤクザが「一体」となっているのは、今や、ジョーシキですから(


笑)(#野田さんは、実際にその占拠現場にもいて、このキクラの犯行を一部始終、現


認していて、この目撃者が他にケーサツ以外に約10人はおるんや。ワシんところにも


、北川明社長から“召集”がかかっとったんやけど、年末年始で帰省していて、自宅を


留守にしとったから、ワシは現場に行けなかったんや)。


 

 んで、じつに面白いのは、ヤクザ風の男による再度の第三書館の占拠が、この2月5


日にも起こったのですが(正確には3度目で、年末年始に襲撃したのとは別の中年のヤ


クザ風の男ら2人組)、ぬあんと、その2日前の2月3日の午後4時から、私はその現


場となった新大久保の第三書館で、北川明社長と会い、今度出す私の書き下ろし本につ


いて、「最終的にタイトルはどうするか」という打ち合わせをしていたのです。


 「また」ともいうべき、この何とも言えないグッド・タイミングに、ケーサツと同様


に、暴力団とは昔からチョー仲良しの「大カルト結社」の本丸が、そこからそんなに遠


くないところにありますので、もしやしたら、ウラでは、まさか、じつはそこのグル様


の差し金だったってことはないのかと、あまりのタイミングのよさに、要らぬ勘繰りを


してしまうのです(笑)。


 

 ただ、このように、ケーサツがヤクザと一体となっていること自体には、大して、オ


ドロキはありませんでしたが、三井氏不当逮捕を巡って噴出した「法務・検察と暴力団


の結託」ということは、本当にプリミティブで、新鮮な驚きが隠せませんでした。


 というのは、ケーサツというのは、暴対課(最近では、組織犯罪対策課っていうふう


に名前を変えてきていますが)とか、防犯課(これも同様に、生活安全課に最近は名前


を変えてきています)というふうに、捜査や許認可をめぐり、日常的にそういう極道と


接触して、ネタを取ったり、取引したりするセクションを抱えていますから、そこから


、癒着、結託が起こってくるのも、それはそれでわかるのです。


 

 ところが、法務・検察というのは、基本的にヤクザ絡みの犯罪については、警察が逮


捕して、送致してきた身柄を裁判所に送って、そこで公判を維持するということの方に


ウェートを置くので、少なくとも、日常的に極道とくっついたり、つるむような組織で


はない(はず)なのです(もっとも、これは単に私の無知で、じつはそういう癒着の地


下水脈はこんこんと流れていたのかもしれませんが)。


 それを考えると、亀谷、渡真利というチンピラを使って、三井氏をたらし込もうとし


た、「法務・検察&ヤクザ」という「悪の結託」の根の深さというものを感じるのです

 

 つまり、原田明夫(=法務・検察)は、99年体制の成立において、まず、マルハム


(=池田大センセイ)に盗聴法で「借り」を作り、続く、加納駿亮の高検検事長昇任問


題(01年10月)では、小泉純一郎に弱みを握られ、果ては、山健組の桑田兼吉組長


の保釈を巡る「2億円問題」(02年8月〜10月)で、ついには極道にまで弱みを握


られてしまったのです。


 ただ、史上かつて、これだけのキンタマ(=弱み)を握られまくった法務・検察が、


この世に存在したでしょうか(笑)。それとも合わせて、この三井氏の不当逮捕に象徴


される「国策捜査」を連発しまくる、いまの「極道極悪・原田明夫の検察」の頽廃、堕


落ぶりを改めて、感じるのです。


 

 さて、そこで、これから全体を締めくくる形で、本連載のサブタイトルにある「現代


のドレフュス事件としての三井環氏不当逮捕」ということに入っていきます。


 この「ドレフュス事件」といっても、一般にはあまり馴染みがないかもしれませんの


で、簡単にざーっと説明いたしますと、19世紀末の第3共和制下のフランスで、当時


の反ユダヤの世論をバックに、軍部がユダヤ人将校・ドレフュスを「国家反逆罪」とい


うスパイ容疑をデッチ上げて逮捕し、刑務所にブチ込むという、まさに、三井氏のケー


スとまったくウリ二つの「暗黒的権力犯罪」をやらかしたものです。


 

 当時のフランスの時代背景を説明いたしますと、ナポレオン3世の第2帝政崩壊の引


きがねになった、1870年の普仏戦争でのプロシアに対する敗北に際し、プロシアの


勝因の一つに「スパイ網の整備」があったといわれています。


 それゆえ、煮え湯を飲まされた当時のフランス軍部は、プロシアに対抗するためにス


パイ活動に力を入れる一方で、「敵のスパイ狩り」にも血道を挙げることになります。


 さらには、第2帝政の崩壊により、曲がりなりにも民主政治が息を吹き返し、事前検


閲が廃止されて、言論、出版の自由が認められたり、大幅な地方自治権の拡大を保障し


たり、さらにはカトリックの政治介入を禁止する政教分離法の制定など、「大革命の精


神」が、ようやく、1世紀以上のストラグルを経て、民衆のものとして「血肉化」され


ていったのが、1871年以降の第3共和制の時代なのです。


 

 しかし、例によって、これを面白くないと思っている連中も、まだ、フランスの社会


にはゴマンといて、それが、軍部、王党派、右翼、カトリックという、俗に「アンシャ


ン・レジーム」と呼ばれている勢力です。


 とりわけ、プロシア(ドイツ)を国境を接する東部のアルザス・ロレーヌ地域は、普


仏戦争の敗北でプロシアに割譲され(それで、有名なのが「フランス語を教室で学べる


のが今日が最後です」というストーリーである、ドーデの『最後の授業』です)、そこ


に居住していた多くのユダヤ人はパリなどの大都市に流入してきました。


 それゆえ、1880年代に入った頃から、そうしたアンシャンレジームが、いわば“


攘夷”を煽る形で(このあたりの手口は、北朝鮮の拉致問題をネタに敵愾心と恐怖を煽


りまくる、極東亡国の現政権のやり方とクリソツですが)、反ユダヤキャンペーンに血


道を挙げました。そうした格好のターゲットになったのが、ドレフュスだったのです。


 

 アルザス出身の、将来を属望されていたエリートユダヤ人将校、アレフレッド・ドレ


フュスが突如、ドイツのスパイ容疑で逮捕されたのは、1894年10月のことです。


 というのは、ある日、フランス情報部に持ち込まれた紙くずの中に、「120ミリ砲


」や「砲兵部隊の構成」など5種類の文書をドイツに手渡すと書かれた手紙がありまし


た。「これはドイツと通じているスパイがいる」と、軍部で大騒ぎになり、その犯人に


、参謀本部に配属されたばかりの砲兵大尉・ドレフュスが、その犯人として、デッチ上


げられるのです(その最大の理由が、彼がユダヤ人であるということでした)。


 そして、軍法会議は、本人も否認し、彼が犯人であるという物的証拠がないにもかか


わらず、当時のアンシャンレジーム勢力によるメディアの「反ユダヤキャンペーン」で


世論が過熱していたこともあって、そのわずか2カ月後にはドレフュスに有罪の宣告を


下し、南米の仏植民地・ギアナへの流刑を言い渡します。


 

 もちろん、当初から、「ドレフュス事件はデッチ上げである」という声はあり、軍部


の中にさえ、「こんな証拠不十分では、釈放すべきだ」という意見がありました。

 しかし、コトがスパイ事件であること、最大の敵である隣国・ドイツとの関係にも関


わることもあって、「事件の真相解明」よりも、「自分たちのメンツ」を何よりも重ん


じた当時の軍部、さらにフランス政府は「事件の捜査は、もう済んでしまったこと」と


シカトを続け、フタをしようとします。


 しかし、そこで敢然と立ち上がり、ペンの力で、軍部、そして、政府の堕落、腐敗を


追及し、弾劾していったのが、エミール・ゾラ(1840−1902)です。

 ゾラは、今や「フランスの文豪」としての地位を確立し、パリはカルチェ・ラタンの


奥にあるパンテオン(=共和国廟)に、ジャン・ジャック・ルソー、ミラボー、ヴィク


トル・ユゴー、ジャン・ムーラン、アンドレ・マルローといった錚々たる人物たちとと


もに埋葬されていますが、当時、既に彼は20年来のベストセラー作家であり、日本で


いえば「日本ペン・クラブ」の会長にあたるフランス文芸協会の会長でもありました。


 こうして、その時点で、『居酒屋』や『ナナ』、『大地』や『獣人』といった自然主


義文学の傑作を多数、世に送り出し、既に「功なり名を遂げていた文豪」であったゾラ


は、この「ドレフュス不当逮捕」が、軍部によるデッチ上げであることを見抜き、18


98年1月13日付け日刊紙「オーロール」の1面トップに、「J’accuse…!


」(=私は弾劾する)と題する、当時の共和国大統領、フェリックス・フォールに宛て


た手紙形式の論文を掲載します。


 

 ゾラは、この公開書簡の中で、ドレフュス事件の陰謀に関わった軍部のデュ・パティ


・ド・クラン中佐を皮切りに、メルシェ、ビヨ、ボワッデフル、ゴンスの四将軍に対し


ても、「意志薄弱者」「厚顔無恥」「最も悪辣」「犯罪の共犯者」という形容をつけて


、その権力にカサにきた「悪事」を徹底的に暴露します。


 これに怒り狂った軍部は、ゾラを名誉棄損罪で起訴に持ち込みますが、これはゾラに


とって「待ってました、飛んで火に入る夏の虫」といったところでした。


 つまり、このドレフュス事件がいかに「不当かつ破廉恥」であるかを世に知らしめる


ためには、通常のやり方では到底、無理で、敢えて自らを、自らの名声を生贄にして、


真実を炸裂させる意外にないと、判断したわけです。


 軍部や政府にとっては、「もはやドレフュス事件は終わったこと」というより、「そ


もそもドレフュス事件は存在しない」とシラを切ることで、事件の風化を狙っていたの


ですが、そこに全身全霊をもって切り込んでいったのが、このゾラだったのです。


 ゾラは前出の公開書簡「私は弾劾する!」の中で、次のように述べています。


 

 La verite est en marche et rien ne l’a


rretera.(真実は前進する。いかなるものも、それを遮り、止めることはでき


ない)。


 

 この三井氏不当逮捕が「現代のドレフュス事件」であるとするなら、私は「現代のエ


ミール・ゾラ」でありたい。


 残念ながら、私にはゾラのような名声も社会的評価もほとんどないに等しいが、「悪


の検事総長・原田明夫」は、三井氏ともとども、私を名誉棄損でも、誣告罪でも、また


、“池田大作保護法”(=個人情報保護法)違反でも、早く、警視庁でも東京地検特捜


部にでも命じて、パクればいい。こっちは、喜んで、ブタ箱でも刑務所でも入ってやる


(#これは、じつを言うと、ワシの名前を売る最大のチャンスなんや。タダで大新聞が


ワシの名前を垂れ流してくれるんで、ワシの本も売れるし、このサイトのアクセスも爆


発的に増えるし、んでもって、また、そこで獄中記を書けば、連載にして、さらに単行


本にもなって、印税を稼げるしな)。


 

 そこで、この三井氏不当逮捕で思うのは、ウワシンなど一部の雑誌を除くと、「検察


批判」ということで、大新聞やテレビをはじめとするマスメディアが、例によって、「


見ざる、言わざる、聞かざる」ってのは、相変わらずどうしようもないですが、それ以


上に、これだけの「大人権侵害、大謀略事件」に対して、「文化人」や「作家」と称す


る連中(あと、ゾラ研究のフランス文学者も含めて)が、いっさい、沈黙しているのは


、ほんと、この国も「末期症状」であるという思いを強くします(#特にキツネ目の「


自称・平成の大文豪」は、この件では、いっさい発言しとらんしな)。


 ゾラが、ドレフュス事件に関心を抱き、ドレフュス擁護に立ち上がったのは、そもそ


も、物書きとしての出自が、ジャーナリスト(=新聞記者)にあった側面も大きいです


が、より根底にあるのは、彼の不正を許さない正義感であり、さらには、人間という存


在に対して、包み込むような愛情だと思います。


 ゾラの小説『居酒屋』や『ナナ』を読んでいると、そこに出てくるのは、第二帝政下


におけるパリの場末に住む底辺の人間たちです。とりわけ、ゾラが力を込めて描くのは


、悲惨のうちに生涯を閉じる人間たちです。


 しかし、そこから読んで取れるのは、そうした悲惨や荒廃に至るのは、「貧困」や「


差別」という「社会悪」であるというメッセージです。それゆえ、そうした人間たちを


描く眼差しにも、確かにあけすけではあるけれども、どこか愛情がある。


 そこから、少しでも社会をマシな方向に持っていくためには、何ができるかというモ


チベーションが生まれ、それが、おそらく、ドレフュス事件の告発に彼を向かわせたの


だと思います。


 もう少し、歴史的な文脈からドレフュス事件を捉えてみますと、フランスの国論を真


っ二つに分けた同事件は、「ユダヤ人のドイツスパイ、ドレフュスを抹殺せよ」とわめ


く勢力(=軍部、右翼、王党派、カトリック)と、「真実を求め、ドレフュス事件を徹


底解明し、彼の冤罪を晴らせ」と主張する勢力(=共和派)が、正面からぶつかったも


のでした。


 ドレフュス事件は、最終的には1906年に彼の無罪が確定することとなるのですが


、その根底にあるものとは、フランス革命の理念である「自由、平等、友愛」と、それ


を真っ向から否定するアンシャンレジームとの、思想的対決の場でもありました。


 そして、最終的にドレフュスの無罪が確定した時期とは、第三共和制で試みたさまざ


まの民主的な改革が実現した時期とほぼ一致します。ドレフュス事件の無罪確定は、フ


ランス革命が、あの限りない陣痛の中から生み出した「近代デモクラシー」が、100


年以上もの歳月を経て、「もはや、それが逆行することはない」という潮流を決定づけ


たものといえます。

 それを「現代のドレフュス事件」である、「三井氏の不当逮捕」と合わせると、不思


議なことに(というより、至極当然の結果として)、その本質において、まさにピタリ


と一致するものがあります。


 つまり、私がこれまでに縷々述べてきたように、自・自・公(=自・公・保)ファッ


ショというアンシャン・レジームが跋扈してきたがゆえに、三井氏の不当逮捕は起こっ


たのであり、その背後にあるのは、「革命の精神」を真っ向から抹殺しようとする、「


暗黒勢力の謀略」です。


 「自・自・公とは何か」ということについて、加藤紘一氏が『現代』の04年2月号


で、面白い分析をしていて、98年秋の金融国会において、民主党の菅直人との協議で


、「これは政局にしてはいかん。だから、政策のわかる新人類を動かそう」という話に


なって、自民、民主から若手議員がはじけ出す形で、国会を動かした。


 しかし、そうなると、古い役所や自民党の政策決定機構、さらには国対政治も棚上げ


になって、動けなくなる。そうした“アンシャン・レジーム”が息を吹き返すためにや


った「禁じ手」が、まさしく「自・自・公」である――と。


 その後、加藤氏が議員辞職後、渡米した際に、コロンビア大学のジェラルド・カーテ


ィス教授がニューヨークでの講義で、次のように語っていたといいます。


 「ここ10年の日本政治を分析すると、自自公連立(による政策新人類の消滅)が近


代化の分かれ目で、それ以来、日本の政治は後退してしまった。あれほど残念なことは


ない」(#だったら、加藤サン、その現実認識に基づいて、行動を起さなアカンでっせ


 その意味では、「悪の検事総長・原田明夫」の差し金によって、調活費流用による裏


金づくりの実態を内部告発しようとした「大阪高検公安部長・三井環」を不当に逮捕し


た事件は、「現代のドレフュス事件」以外の何物でもありません。


 もちろん、三井氏の裁判がドレフュスと同様に、無罪を確定させなければならないの


は言うまでもありませんが、さらには、三井氏の存在を「現代のドレフュス」として、


闇に葬り去ることで、厚顔無恥にも、自分たちの「悪行」をももみ消そうとする、原田


明夫を筆頭とするアンシャン・レジーム(+それと癒着しまくっている、小泉純一郎&


池田大作というオモテ、ウラの総理大臣)を叩きつぶさなければなりません。


 そのために、「真実」と「真理」に目覚めた、マトモな人たちが声を挙げ、それによ


って政治や社会をよりマシな方向に動かしていく不断の努力が必要なのです。(とりあ


えず、ひとまずこの稿終わり)

http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/article/2004/316-8.html
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