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改めて「米仏間の亀裂」の淵源にあるものは何かを考える [同時代ウォッチング]
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投稿者 なるほど 日時 2004 年 5 月 13 日 01:41:55:dfhdU2/i2Qkk2
 

(04・5・4)

さて、しばらく本サイトの更新をサボッている間に、世の中は目まぐるしく何やらワケのワカらない出来事が、次々と起こっています。

 真紀子の文春差し止め問題に、イラクでの日本人人質(+その解放された人質に対する猛バッシング)、さらには江角マキコをきっかけに、与野党問わず、国怪議員の連中も軒並み国民年金を払っていないことが発覚したにもかかわらず、例の年金“改悪”法案がだまし討ちの形で、衆院を通過するなど、相変わらず、極東亡国にふさわしい展開を見せています(笑)。

 その一つ一つを取り上げて論破するのは、ちょっとアホらしいところもあるので、私にとって、大事なテーマだけ言わせてもらいますと、真紀子の文春差し止め問題です。

 結局、文春問題は、地裁での差し止め決定を東京高裁が、世論の猛反発もあって、あっさりと引っ繰り返したことでカタがつきましたが、これは私にとっても大きな問題でした。

 既に「言論の自由」との関係から、こうした司法当局の“暴挙”はまさに戦前の暗黒状況を彷彿とさせる由々しき事態であり、これも例によって、「言論出版妨害」が3度のメシより大好きなわが国のウラの総理大臣(=大センセイ)の意向に沿ったというか、媚びたものであるということもさることながら、真紀子がこういうことをやらかしてくれたことに、私は何ともいえないショックを受けました。

 もちろん、記事は真紀子の長女の離婚を扱ったもので、直接的な差し止め請求を行ったのは、長女の真奈子とその代理人である弁護士ということになっていますが、これは真紀子の意思なしにありえない。

 確かに、こうした話題を彼女が書かれたくないという気持ちはわかるし、特にこれまで一昨年の秘書給与流用問題をきっかけに、すさまじいほどの「人格攻撃」が、文春をはじめとする週刊誌等で炸裂したことを思えば、その傷に、今回の文春記事がサーッと触れたことで、あまり深く考えずに、反射的に彼女はそういう行動を取ったんだろうなあ、ということはわかります。

 しかし、デモクラシーの根幹にある「言論、出版、報道、表現の自由」をこういう形で踏みにじる政治家を、私は支持することは到底できない。

 確かに、秘書給与問題を契機に、元秘書らの内部告発や、いかに真紀子が人格上、問題であるかという記事が、これでもかと掲載されました。

 でも、そうした夥しいほどの報道を目にしても、私は彼女に対する期待というか、一政治家として、日本の将来のために賭ける気持ちに何ら変化はありませんでした(ですから、去年の秋の総選挙では、彼女の復活をサポートすべく、本サイトでキャンペーンを張ったのです)。

 ですが、今回の彼女の行動は、こうした私の彼女に対する信頼、期待をすべて瓦解させてしまいました。こういうことを平気でやる政治家を私は自らの信念に照らし合わせてみたとき、絶対に許すことはできません。

 正直、私は「政界再編の第三極の軸」として、真紀子に多大なる期待をかけ、そのためにはこれからいくらでも知恵を貸し、場合によっては泥もかぶることも厭わない覚悟でいましたが、それもこれですべてリセットです。

 あとは勝手に彼女が何でもやればいいでしょう。この際、小泉純一郎と池田大作にアタマを下げて、もう一度、雑巾掛けから出直すもよいですし。

 少なくとも、彼女自身の言葉で、今回の問題の明確な総括がない限り、私が政治家としての彼女を支持することは、もう、二度とないでしょう。

 閑話休題ということで、タイトルにある本題に戻ります。


 国内はもとより、イラク問題に目を向けても、米英の占領統治の崩壊ぶりがいっそう明らかになって、もはやニッチもサッチもいかない状況になっています。それを見据えて、スペインのサパテロ新政権は、選挙公約を前倒しして、さっそくイラクから軍隊を引き揚げる決定を行いました。

 そこで、既に本サイトでは繰り返し書いてきていますが、今回はもう一度、図らずもイラク戦争を機に浮かび上がった「米仏間の亀裂」の淵源にあるものは何かを考えてみたいと思います。

 この問題について論じた去年の8月16日付けの本サイトで、こうした「米仏間の亀裂」の淵源にある思想的なバックグラウンドとして、「コミュニタリズムVSユニヴァーサリズム」という対立があることに触れました。

 コミュニタリズムとは、あまり日本では馴染みのない言葉ですが、しいて訳せば、「共同体主義」とか、「共同体原理」とされ、ひとことでで言ってしまうと、社会の中にある一つのワクを囲い、そのワクの中にいる人間たちの利益を最大限、保障するという考え方です。

 その「ワク」が、例えば、「ピューリタン」であったり、「WASP」であったり、「白人」(もしくは「黒人」や「ヒスパニック系」)というふうに、人種や民族、宗教によって線引きされることが専らです。
 

 それに対し、フランス大統領、ジャック・シラクが「イラク戦争に反対する根拠」として、「なぜなら、フランスはユニヴァーサリズムの国だからだ」とはっきりと言っているように、この「ユニヴァーサリズム」とは、ある意味、有史以来、フランスが築き上げてきた普遍的な価値観といえると思います(そもそも「ユニヴァーサル」という単語は、「宇宙」であるとか、「普遍性」という意味を持っていますし)。

 一般にわかりやすい、具体的な言葉でかみ砕いて表現すると、この「ユニヴァーサリズム」とは、何よりまず、「真実(=真理)の追求」ということが根底にあって、そこから、「個人の尊重」「差異や多様性を認める」ということに展開していきます。

 フランスがアメリカ(+イギリス)に対して、しつこく要求していたことは、「なぜ、いま、あなたがたはイラクに軍事攻撃をしなければならないのか」という理由でした。

 それに対し、米英は「イラクは大量破壊兵器を保有しているからだ」と言い張りましたが、その「大量破壊兵器の存在」自体が、大ウソであったことは、既に明らかになっています。

 つまり、何よりもまず、米英の「目的のためには手段を選ばない。それゆえ、平気でウソをついてもいい」というのは、「ユニヴァーサリズム」にまったく反しています。
 

 そこで、フランスの歴史を繙いていきますと、古代ローマ時代に、現在のフランスの一帯は「ガリア」(もしくは「ゴール」)と呼ばれ、そこには先住民族であるケルトが住んでいました。

 ところが、紀元前52年、カエサルの時代にガリアはローマの支配下に入り、ラテン語をはじめ、ローマの文化、文明(それとともにローマが受け継いだギリシア文明も)が入り、さらに紀元後はキリスト教(カトリック)が広がっていきました。

 つまり、フランスとは、その根底に森や霊魂の不滅を信じるケルトの文化を下敷きにしたうえ、ラテン・ローマがそこに融合していくことで成り立っています。

 で、じつはイラク戦争で図らずも噴出してしまった「米仏間の亀裂」の淵源にあるものについて、細密に考察した本が既にあって、それがフランスの人口学者、エマニュエル・トッドが1994年に刊行した『移民の運命』(邦訳は99年、藤原書店刊)です


 トッドは最近、世界的にも脚光を浴びており、同じ藤原書店から邦訳が出ている近著の『帝国以後――アメリカ・システムの崩壊』で、イラク戦争へと突き進むアメリカ社会の「強さ」というより、その「脆弱さ」を興味深く分析していますが、この『移民の運命』とは、そうした論点につながっていく「米仏間の亀裂」というよりも、むしろ、「アングロサクソンVSラテン・ローマ」という巨視的な“文明の衝突”ということを見据えて、論旨を展開しています。

 この『移民の運命』とは、もともと「西欧民主主義国において、移民の同化はいかにしてなされているか」というのがテーマなのですが、トッドの視点はそこでいやがうえでも、アメリカを構成している「アングロサクソン」のメンタリティーにも向けられています。

 トッドは、その人口学者という足場から、人類学や民族学(家族親族論)というパースペクティブも援用しながら、次のように述べています。
 

 <平等主義的個人主義の人類学的基層を持つフランス型の普遍主義(※つまり、これが「ユニヴァーサリズム」ということですが)は、イングランドやアメリカ合衆国より、習俗の差異を受け入れる能力があることを認めざるを得ない。地方的習俗のそれだろうと、個人的風俗習慣のそれだろうと、フランスの現実に存在する多様性、これを理解させてくれるものこそ、個人主義的普遍主義の論理にほかならない。共通の本質への先験的確信が、感覚で知覚される無数の差異を副次的なものとして受け入れることを可能にするわけである。住居の型、食事やセックスのやり方、皮膚の色、宗教的信仰、こうしたものは、現実の生活に刺激を与えるが、決して人間の普遍性に対する基本的信念を揺るがすことのない、小さな差異になってしまう。それらの差異は一々、カテゴリーだとか、本質とかに仕立てあげる必要はないわけだし、そのまま受け入れられる。真面目なカトリック信者であろうが、ユダヤ人だろうが、黒人、同性愛者、共産主義者であろうが、エスカルゴが大好きであろうが、人はまず第一に人間であることに変わりはない。(略)アングロサクソン的文脈では、「差異」という語は、本質にかかわるものである。ところが、フランス的文脈では、それは大抵は、意識的、下意識的、無意識的に、副次的なものとして知覚される特徴を意味するにすぎない。>

 つまり、トッドの主張の核心はこういうことです。

 ――フランスのユニヴァーサリズムは、「同じ人間である」という共通の基盤に立って、ものごとを考え、その違いを認めたうえで、それらによって「人間であること」の基盤が揺るがされることはないけど、アングロサクソンでは、それとはまったく逆に、そうしたさまざまな「違い」が、ものすごく重い意味を持っていて、そのことが物事を見ていく「本質」ですらある、と。

 そこから見ていくと、そうした「差異」をことさらあげつらうことから、「コミュニタリズム」、すなわち、「共同体主義」という発想が生まれてきます。

 肌の色や目の色、宗教、出自によって、一つの「ワク」に囲い込み、そのワクの中のおける「共同体」の利益こそが彼らにとっては最大の関心事で、それぞれのワクが「WASP」であったり、「白人」であったり、「アメリカ合衆国の国民」だったりするわけです。
 

 こうした「差異」に対する知覚として、トッドは「移民の同化」という視点から見た場合、民族や出自が異なる者同士の婚姻というところに着目し、分析を試みています。

 例えば、フランスは旧植民地だった北アフリカのマグレブ3国(モロッコ、チュニジア、アルジェリア)からの移民が多い(その多くはイスラム教徒である)ですが、その父親がマグレブ3国からの移民で、母親がフランス人から子供が生まれたケースは、1975年以降、全体のほぼ10%―15%を占めています。

 で、まったく単純には比較できないかもしれませんが、アメリカ合衆国内において、黒人女性が白人男性と結婚した割合(人口1万人あたり)をみると、1970年が0・5%、1980年が0・8%、1992年が1・2%と、その差は歴然としています。
 

 もちろん、フランスにも有色人種に対する差別や偏見は存在しますし、「攘夷」を叫ぶ“フランスの石原慎太郎”こと、ルペン率いる極右のFN(国民戦線)が、選挙で軒並み10%を越える得票率を獲得するなど、確かに、すべてのフランス人がこの「ユニヴァーサリズム」という価値観に与しているというわけでもありません。

 しかし、フランスという国は、そうしたルペンのような“異物”の存在も認めたうえで、そうした危険な政治勢力を「政権与党」の中には絶対に入れない、という常識と良識だけは、まだ、抱え持っています(これもユニヴァーサリズムの一つでしょう)。
 

 そして、トッドはこうした「差異」に対して、フランス人がアングロサクソンよりもはるかに寛容である理由に、その源流にある「ラテン・ローマ」の存在に触れています

 つまり、ラテン人においては、黒人のような身体的な差異にやがれ慣れてしまい、そうした違いがどうでもよくなってしまうのに対して、アングロサクソンでは、それとはまったく逆に、接触が長くなるにつれて、敵意が増幅していく、というのです。

 で、その根源にあるものを見たとき、トッドは「家族制度」(より正確には、その中でも「遺産の相続」という部分ですが)に着目しています。
 

 ローマ時代においては、その共和国時代から帝政末期に至る過程で、核家族化が進んだことに伴い、遺産も男女を区別せずに平等に相続するシステムができ上がっていきますが、こうした形態をダイレクトに受け継いだのが、フランスの中でも政治、経済、文化の中心であったパリ盆地だったといいます(このあたりから、「権利としての平等」という考え方が出てきます)。

 トッドは人口学者という立場から、こうした婚姻や家族制度の文脈から、「ユニヴァーサリズム」を読み解いていきますが、私はこれに「キリスト教(カトリック)」というファクターを加えていいと思います。

 まあ、キリスト教ももちろんそのルーツは「ラテン・ローマ」に遡りますが、そうした差異を越えて、個人と個人が連帯していくという発想は、もともとキリスト教の中にあったものですから。
 

 こうした側面からアングロサクソンを見ていくと、じつに野蛮な民族だという思いを強くします。その最もタチの悪い部分を集約したのが、おそらく、ジョージ・ブッシュという存在なのでしょう(#その昔、「鬼畜米英」とはよく言ったもんやで)。

 そうした差異による人間存在の多様性を認めようとせず、逆にその「差異」に畏怖し、征服しようとする発想は、アングロサクソンのルーツにある北方ヴァイキングの「食うか食われるか」「オール・オア・ナッシング」そのものです。そうした野蛮な民族が打ち立てた国であるがゆえに、その“獲物”を求めて、侵略戦争を繰り返すということになるのでしょうか。
 

 最近、ある知り合いのフランス人と話したとき、こう言っていました。

 「でも、短絡的にはコミュニタリズムは必ず勝つ。なぜなら、コニュニタリズムに『真実』は関係ないからだ。だから、アメリカは平気で『大量破壊兵器があるから、戦争をした』といい、その雲行きが怪しくなってくると、またケロッと『もともと大量兵器はなくて、イラクに自由と民主主義をもたらすための戦争だったんだ』と言うからね」

 しかし、より重要なのは「短絡的に勝った負けた」で大騒ぎする皮相なメンタリティーではなく、もっとより長い根源的な歴史の流れで見たとき、「あのイラク戦争は何だったのか。本当に正しかったのか」と考えることでしょう。

 ようやくですが、私なりに、「米仏間の亀裂」に淵源に存在するものが、だいぶ見えてきました。また、時間を置いて、このテーマについて考えてみたいと思います。
 

 ちなみに、1951年生まれのエマニュエル・トッドは、ポール・ニザンの孫です。

 ニザンは、アンドレ・マルロー、アントワーヌ・サンテクジュペリらとともに、1930年代に活躍したフランス知識人の一人です。彼らは皆、「不条理な生」に対する抵抗の中に、人間存在の根源的な意味を見いだそうとしました。

 ニザンは1940年にダンケルクでわずか34歳の若さで戦死しましたが、彼の作品の中でも私が最も好きな『アデン・アラビア』の冒頭の部分(邦訳・晶文社刊)を引用して、締めくくります。
 

 <ぼくは二十歳だった。それがひとの一生でいちばん美しい年齢だなどとは、誰にも言わせまい。

 一歩、道を踏み外せば、一切が若者をだめにしてしまうのだ。恋愛も思想も家族を失うことも、地位ある人々のある仲間に入ることも。世の中で己がどんな役割を果たしているかを知るのは、辛いことだ。

 ぼくらの世界は何に似ていただろうか。この世界はギリシア人が、雲のかたちにできあがりつつあった、宇宙に起源にあったとする混沌に似ていた。わずかに違っていたのは、その混沌が終わりの、真の終わりの始まりであって、この終わりから何かがまた始まろうとする端著ではないと思われたことだ……。>

http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/article/2004/54.html
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