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秀吉の朝鮮出兵の動機はス ペインやポルトガルのシナ征服への対抗策であった。繰り返す朝鮮出兵の歴史
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投稿者 TORA 日時 2004 年 6 月 01 日 18:14:41:CP1Vgnax47n1s
 

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu72.htm

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秀吉の朝鮮出兵の動機はス ペインやポルトガルの
シナ征服への対抗策であった。繰り返す朝鮮出兵の歴史

2004年6月1日 火曜日

■1.日本布教は最も重要な事業のひとつ■

 イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノ は日本に3年近く滞在した後、1582年12月14日付けでマカ オからフィリッピン総督フランシスコ・デ・サンデに次のよう な手紙を出した。  

私は閣下に対し、霊魂の改宗に関しては、日本布教は、 神の教会の中で最も重要な事業のひとつである旨、断言することができる。何故なら、国民は非常に高貴且つ有能に して、理性によく従うからである。 尤も、日本は何らかの征服事業を企てる対象としては不 向きである。何故なら、日本は、私がこれまで見てきた中で、最も国土が不毛且つ貧しい故に、求めるべきものは何 もなく、また国民は非常に勇敢で、しかも絶えず軍事訓練を積んでいるので、征服が可能な国土ではないからである。  しかしながら、シナにおいて陛下が行いたいと思っていることのために、日本は時とともに、非常に益することに なるだろう。それ故日本の地を極めて重視する必要がある。 [1,p83]  

「シナにおいて陛下が行いたいと思っていること」とは、ス ペイン国王によるシナの植民地化である。日本は豊かでなく、 強すぎるので征服の対象としては不向きだが、その武力はシナ 征服に使えるから、キリスト教の日本布教を重視する必要があ る、というのである。

■2.シナ征服の6つの利益■  

スペインの勢力はアメリカ大陸を経て、16世紀半ばには太 平洋を横断してフィリピンに達し、そこを足場にしてシナを始めとする極東各地に対し、積極的な貿易と布教を行っていた。  宣教師達はその後もスペイン国王にシナ征服の献策を続ける。 1570年から81年まで、10年以上も日本に留まってイエズス会 日本布教長を努めたフランシスコ・カブラルは、1584年6月27日付けで、スペイン国王あてに、シナ征服には次の6つの利 益があると説いている。 

第1に、シナ人全体をキリスト教徒に改宗させる事は、主へ の大きな奉仕であり、第2にそれによって全世界的に陛下の名誉が高揚される。第3に、シナとの自由な貿易により王国に多 額の利益がもたらされ、第4にその関税により王室への莫大な収入をあげることができる。第5に、シナの厖大な財宝を手に 入れる事ができ、第6にそれを用いて、すべての敵をうち破り短期間で世界の帝王となることができよう、と。  

このようにスペイン帝国主義と、イエズス会の布教活動とは、 車の両輪として聖俗両面での世界征服をめざしていた。

■3.日本人キリスト教徒の「ご奉公」■  

さらにカブラルはシナ人が逸楽にふけり、臆病であるので征 服は容易であると述べ、その例証に、13人の日本人がマカオに渡来した時に、2〜3千人のシナ人に包囲されたが、その囲 みを破り、シナ人の船を奪って脱出した事件があり、その際に多数のシナ人が殺されたが、日本人は一人も殺されなかった事 件をあげている。  

私の考えでは、この政府事業を行うのに、最初は7千乃 至8千、多くても1万人の軍勢と適当な規模の艦隊で十分であろう。・・・日本に駐在しているイエズス会のパード レ(神父)達が容易に2〜3千人の日本人キリスト教徒を送ることができるだろう。彼等は打ち続く戦争に従軍して いるので、陸、海の戦闘に大変勇敢な兵隊であり、月に1 エスクード半または2エスクードの給料で、ンンとしてこ の征服事業に馳せ参じ、陛下にご奉公するであろう。 [1,p95]  

日本に10年以上も滞在したイエズス会日本布教長は、日本 人を傭兵の如くに見ていたのである。

■4.人類の救済者■  

宣教師は教会のほか、学校や病院、孤児院を立てた。地 球が球形であることを伝え、一夫一妻制を守りるよう説いた。これらにより、キリスト教の信者が西日本を中心に増 えた。この当時、キリスト教とその信者をキリシタンといった。[2,p117]  

中学歴史教科書の一節である。同じページにはザビエルの肖 像画があり、そこに記されたIHSという文字について、「イ エズス会の標識で『耶蘇、人類の救済者』の略字」と説明され る。キリシタン宣教師達は、まさに未開の民に科学と道徳を教 え、社会事業を進める「救済者」として描かれている。  数ページ後には家康によるキリシタン弾圧が次のように描か れている。  

家康は貿易のために、はじめキリシタンを黙認していた が、やがて禁教の方針をとった。信者に信仰を捨てるように命じ、従わない者は死刑にした。[1,p130]  

さらに家光が、「キリシタンを密告した者に賞金を出すなど して、キリシタンを完全になくさせようとした」事を述べ、厳しいキリシタン取り締まりに島原・天草で約4万人の農民が一 揆を起こして、「全滅」した事を述べている。 この教科書を読んだ中学生は、「救済者」達に対するなんと 野蛮な宗教弾圧かと思うであろう。しかし、なぜ家康は黙認から禁教へと方針を変えたのか、については一言も説明がない。

秀吉も同様に、初めのうちはキリシタンを奨励していたのに、 急に宣教師追放令を出している。いずれもキリシタン勢力から国の独立を守ろうとする秀吉や家康の防衛政策なのである。

■5.日本準管区長コエリョの秀吉への申し出■  

キリシタン宣教師の中で、イエズス会日本準管区長ガスパ ル・コエリョは、最も行動的であった。当時の日本は準管区で あったので、コエリョはイエズス会の日本での活動の最高責任 者にあたる。  

天正13(1585)年、コエリョは当時キリシタンに好意的であ った豊臣秀吉に会い、九州平定を勧めた。その際に、大友宗麟、有馬晴信などのキリシタン大名を全員結束させて、秀吉に味方 させようと約束した。さらに秀吉が「日本を平定した後は、シナに渡るつもりだ」と述べると、その時には2艘の船を提供し よう、と申し出た。当時、日本には外航用の大艦を作る技術はなかったのである。  

秀吉は、表面はコエリョの申し出に満足したように見せかけ ながらも、イエズス会がそれほどの力を持っているなら、メキシコやフィリピンのように、我が国を侵略する野望を持ってい るのではないかと疑い始めた。

■6.コエリョの画策とバテレン追放令■  

翌々年、天正15年(1587)に秀吉が九州平定のために博多に 下ると、コエリョは自ら作らせた平底の軍艦に乗って、大提督のような格好をして出迎えた。日本にはまったくない軍艦なの で、秀吉の軍をおおいに驚かせたという。 

その前に秀吉は九州を一巡し、キリシタン大名によって無数 の神社やお寺が焼かれているのを見て激怒していた。秀吉は軍事力を誇示するコエリョに、キリシタンの野望が事実であると 確信し、その日のうちに宣教師追放令を出した。  

コエリョはただちに、有馬晴信のもとに走り、キリシタン大 名達を結集して秀吉に敵対するよう働きかけた。そして自分は金と武器弾薬を提供すると約束し、軍需品を準備した。しかし、 この企ては有馬晴信が応じずに実現されなかった。 

コエリョは次の策として、2,3百人のスペイン兵の派兵が あれば、要塞を築いて、秀吉の武力から教界を守れるとフィリ ピンに要請したが、その能力がないと断られた。コエリョの集 めた武器弾薬は秘密裏に売却され、これらの企ては秀吉に知ら れずに済んだ。[1,p109-114]

■7.秀吉のキリシタンとの対決■  

秀吉の朝鮮出兵の動機については諸説あるが、最近では、ス ペインやポルトガルのシナ征服への対抗策であったという説が 出されている。スペインがメキシコやフィリピンのように明を 征服したら、その武力と大陸の経済力が結びついて、次は元寇 の時を上回る強力な大艦隊で日本を侵略してくるだろう。  

そこで、はじめはコエリョの提案のように、スペインに船を 出させ、共同で明を征服して機先を制しよう、と考えた。しかし、コエリョが逆に秀吉を恫喝するような態度に出たので、独 力での大陸征服に乗り出した。その際、シナ海を一気に渡る大船がないので、朝鮮半島経由で行かざるをえなかったのである。  

文禄3(1593)年、朝鮮出兵中の秀吉は、マニラ総督府あてに 手紙を送り、日本軍が「シナに至ればルソンはすぐ近く予の指下にある」と脅している。[3,p372]  慶長2(1597)年、秀吉は追放令に従わずに京都で布教活動を行っていたフランシスコ会の宣教師と日本人信徒26名をわざ わざ長崎に連れて行って処刑した。これはキリシタン勢力に対するデモンストレーションであった。一方、イエズス会とマニ ラ総督府も、すかさずこの26人を聖人にする、という対抗手段をとった。丁々発止の外交戦である。

■8.天草をスペイン艦隊の基地に■  

全国統一をほぼ完成した秀吉との対立が決定的になると、キ リシタン勢力の中では、布教を成功させるためには軍事力に頼るべきだという意見が強く訴えられるようになった。1590年か ら1605年頃まで、15年間も日本にいたペドロ・デ・ラ・クルスは、1599年2月25日付けで次のような手紙を、イエズス会 総会長に出している。要点のみを記すと、 

日本人は海軍力が弱く、兵器が不足している。そこでも しも国王陛下が決意されるなら、わが軍は大挙してこの国 を襲うことが出来よう。この地は島国なので、主としてそ の内の一島、即ち下(JOG注:九州のこと)又は四国を包 囲することは容易であろう。そして敵対する者に対して海 上を制して行動の自由を奪い、さらに塩田その他日本人の 生存を不可能にするようなものを奪うことも出来るであろ う。・・・  

このような軍隊を送る以前に、誰かキリスト教の領主と 協定を結び、その領海内の港を艦隊の基地に使用出来るようにする。このためには、天草島、即ち志岐が非常に適し ている。なぜならその島は小さく、軽快な船でそこを取り囲んで守るのが容易であり、また艦隊の航海にとって格好 な位置にある。・・・ 

(日本国内に防備を固めたスペイン人の都市を建設する ことの利点について)日本人は、教俗(教会と政治と)共にキリスト教的な統治を経験することになる。・・・多く の日本の貴人はスペイン人と生活を共にし、子弟をスペイン人の間で育てることになるだろう。・・・  

スペイン人はその征服事業、殊に機会あり次第敢行すべ きシナ征服のために、非常にそれに向いた兵隊を安価に日 本から調達することが出来る。[1,p147-150]  

キリシタン勢力が武力をもって、アジアの港を手に入れ、そ こを拠点にして、通商と布教、そしてさらなる征服を進める、というのは、すでにポルトガルがゴア、マラッカ、マカオで進 めてきた常套手段であった。 また大村純忠は軍資金調達のために、長崎の領地をイエズス 会に寄進しており、ここにスペインの艦隊が入るだけでクルスの計画は実現する。秀吉はこの前年に亡くなっており、キリシ タンとの戦いは、徳川家康に引き継がれた。

■9.国家の独立を守る戦い■  

家康が何よりも恐れていたのは、秀吉の遺児秀頼が大のキリ シタンびいきで、大阪城にこもって、スペインの支援を受けて徳川と戦うという事態であった。当時の大阪城内には、宣教師 までいた。大阪攻めに先立って、家康はキリシタン禁令を出し、キリシタン大名の中心人物の高山右近をフィリピンに追放して いる。  

1624年には江戸幕府はスペイン人の渡航を禁じ、さらに1637 〜38年のキリシタン勢力による島原の乱をようやく平定した翌 39年に、ポルトガル人の渡航を禁じた。これは鎖国と言うより、 朝鮮やオランダとの通商はその後も続けられたので、正確にはキリシタン勢力との絶縁と言うべきである。[4]  

キリシタン宣教師達にとっては、学校や病院、孤児院を立て ることと、日本やシナを軍事征服し、神社仏閣を破壊して唯一 絶対のキリスト教を広めることは、ともに「人類の救済者」 としての疑いのない「善行」であった。その独善性を見破った 秀吉や家康の反キリシタン政策は、国家の独立を守る戦いだっ た。これが成功したからこそ、我が国はメキシコやフィリピン のように、スペインの植民地とならずに済んだのである。


地球史探訪:キリシタン宣教師の野望  国際派日本人養成講座
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html


(私のコメント)
現代の極東情勢は明治維新の頃と似ていると同時に、戦国末期の国際情勢とも似ている。戦国末期はスペイン・ポルトガル勢力が極東へやってきて、フィリピンやマカオを植民地として拡大し、中国全土もスペイン・ポルトガルの植民地になるのは時間の問題だった。秀吉が危機感を感ずるのは明治維新の頃の日本人と同じである。

そこで秀吉は先手を打って朝鮮から明を窺がった。歴史教科書やNHKの歴史番組などでは秀吉の個人的野望から朝鮮出兵に踏み切ったと解説しているが、朝鮮出兵の動機は明治維新の時と同じく、中国(当時は明)がスペイン・ポルトガルの勢力下に入るのを恐れたのである。幸いしペインの無敵艦隊がイギリスに敗れる事によりスペイン・ポルトガルの勢力は衰えた。

明治維新の時は英国がアヘン戦争の勝利で中国(当時は清)を植民地化して、次は日本を窺がっていた。しかし当時の英国はボーア戦争やクリミア戦争などで日本の植民地化どころではなくむしろ、戦国のスペインのように英国も日本人を使って極東を支配しようと考えたようだ。明治の朝鮮出兵も清との戦争になりましたが、英国の意向で日清戦争は仕掛けられた。

現代も朝鮮半島を巡って米中の対立が続いている。アメリカは韓国に軍を駐留させて中国に睨みを利かせていましたが、どうやらアメリカは韓国から撤退するようだ。そうなると韓国は中国の支配下に入り対馬海峡の通過にアメリカ海軍も脅威を感ずるようになるだろう。ロシアの海軍も太平洋への出口が出来ることになる。

アメリカはどのように考えるだろうか。おそらく戦国時代のスペインや明治維新の英国のように、現代のアメリカも日本を使って朝鮮や中国を統治させようと考えるのが常識だ。おそらく再軍備をした日本の軍隊が韓国に駐留することになるのだろう。歴史を学べばこのような事が想定できる。

戦国時代のスペインの宣教師達が中国を弱いと見たごとく、中国は絶えず欧州の帝国の支配下に屈して来た。やがて中国はアメリカ帝国に屈して再び植民地となるだろう。しかし中国は広大だからアメリカ軍だけでは統治しきれないからまたしても日本軍が中国に駆り出される事も考えられる。朝鮮にしても中国にしても自国民の統治が行えず絶えず北方民族の武力に屈してきた歴史がある。

日本は戦国時代も明治維新もなんとか欧州の帝国主義の支配を受けずに済んできた。ところが現代はアメリカ帝国の植民地となって半世紀が経つのにいまだに独立できないでいる。安保と憲法9条が有る限り日本は独立国とは言えない。スペインの宣教師も天草に基地を置いて中国支配を考えていたわけだから、アメリカが今やっていることもそれと同じ事なのだ。

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