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ありがとうございました!長くなりました。
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投稿者 律 日時 2004 年 7 月 26 日 18:55:45:yVvnimQRLLslo
 

(回答先: 女性の呪いと言った方が正しいです(笑)。 投稿者 朧月夜 日時 2004 年 7 月 26 日 17:51:19)

朧月夜様、レスをありがとうございました。

あっしら様に絡むのは迷惑かなあと思っていたので、良い機会かと・・・
すみません。でもこのレスの内容は前にあっしら様に書いて出しそびれたものとほぼ同じになりました。朧月夜様に隠れてひそかに反論です(卑怯)。


朧月夜様*****
伊田広行氏の事、了解しました。
フェミニズムの分野では有名な方なのでしょうか?
*********


有名かどうかわかりませんが、何冊か本を書いています。
世帯単位の社会から、個人単位の社会へというコンセプトで知られているかと思います。『性差別と資本制』『シングル単位の恋愛論』『シングル単位の社会論』など。


朧月夜さま********
えっと、わたくしが言うのもなんなのですが、あっしら様は「脅し」てはいないと思いますよ。言い方は乱暴ですけど(笑)。
「善意の人」を、愛憎ぐちゃぐちゃの思いでみているけれども、理解して欲しい、知識を持って欲しい、考えて欲しい、対話して(聞く耳を持って)欲しいとおっしゃってるだけのような気がします。
***************

ええ、そうなんですが、つまり、その、「脅し」というのは一種の比ゆです。
左翼やフェミニズムでは「支配される」だけなのだから良く考えよう、というのは呼びかけとして別に良いですが、「悪」とか「カス」とかと糾弾することが先に立つというアプローチは、旧来型の方法と似通っているので、本当に「支配−被支配関係構造」の解消を考えるのなら、弊害になるのじゃないかと思っているだけです。
「こっちのほうが楽しいだろう」という提案をしているだけだ、といいつつも、楽しくなさそうな生活を呼び込みそうなことを言っている人びと(もちろん、この人たちは自分たちは楽しい生活を呼ぶとおもってそれを唱えているので、あっしら様は警告を発しておられるのだろうと思いますが)を「悪」として叩く、というのでは、そのようなことを主張することを事実上、「封じる」(別に言っているだけで強制力はない、というのなら、左翼やフェミニズムの言説だって同じ)ということであるので、完全なる「ダブル・バインド」状況に陥ります。
致し方ないとは思うのですが、そういうジレンマについてあっしら様があまり気にかけておられないように(愛憎ぐちゃぐちゃとはいっていますが)思われるので、私としては気になっていました。

あっしら様が、本当のところは自分の説が最も良いものであると思っていなかったとしても(もっとほかに良い案があるのなら、それを取り入れようという姿勢を持って望んでいたにしても)、表面上に現れている言葉や姿勢が「自分の意に沿わないものは排除」というような意味に受け取られかねないものだったら、ただマイナスだろうと思うのです。
糾弾することが悪いといっているのではありません。方法論の問題です。
対話相手やその言葉にシンパシーを感じている人たちを逆方向に振り向けるような可能性が高いアプローチの仕方はあまり有効とは思えません。
あっしら様は、単に反発を持つような人たちを「思考怠惰」としてしまうのかもしれませんが、反発を呼び起こした張本人はあっしら様なわけです。対抗心はかたくなさをよびます。かたくなさを呼び寄せているのはほかならぬあっしら様である可能性もあるわけです。馴れ合えといっているわけではなくて、せっかくすばらしい構想をお持ちなのだから、違った考えを持っている相手の考えを変えさせるような手法で論じてくださってもよいのに、というないものねだりですね。
でも、あんまり強硬な態度をあっしら様がおとりになるので、「支配−被支配関係構造」の解消を目指す、とおっしゃりながら、実はその解消の道を妨害しようというゲンロン活動なのでは?とたまにかんぐっても見たくなります。
内容ではなくて、対話の手法の話です。


朧月夜さま************
あと題名の「男女の対立?」についてもレスさせていただきたいのですが、よろしいですか(それについての言及があるかな、と思ったのですがなかったので)?
***************

すみません。
ちょっと書ききってなかったですね。伊田氏の反省につながる話だったんです。
一体、「ジェンダー」や「フェミニズム」や、逆に「反フェミニズム」の人たちはどのような「立場」で論じているというのか?「フェミニズム」はまだわかりやすいかもしれない。「女性」の立場といえなくもない。でも、「反フェミニズム」は?「男性」の立場なのでしょうか?そうとはいえないと私は思っています。そもそも「フェミニズム」も朧月夜様が書いてくださったように、女性の置かれた不利な立場から自然にうちからわきあがってくるような怨念がその原動力となったというところはあるだろうけれども、すべての「女」がそれに賛同したわけじゃない。むしろ「反フェミニズム」的なところに「女」としての立場を見出す人も少なくないわけです。
ついでにいえば「フェミニズム」の言い分だって、エリート女と庶民(?)女の言い分じゃあずいぶん違う。あっしら様が「フェミニズム」区分に入れなかった、夫の稼ぎで家族が十分養える給料を出せという主張だってフェミニズムの一派にあったわけですしねえ。エリート女内、庶民女内でも違う意見は出てくる。
だから、「男女の対立」といいながら、それはほとんど虚構のものであるということです。「男性」全体や「女性」全体を代表する人や団体などどこにもいない。個々の女性、男性はそれぞれもちろん「女性」「男性」ゆえの抑圧や弊害や苦しみを受けてきているのだけれども、それは「女性」総体、「男性」総体の苦しみではない。それぞれ男女以外のさまざまな制約の絡み合いの中で、共通点は持ちながらも、それぞれ違った苦しみや抑圧や弊害(またその逆の幸福)を受け取ってきているということです。
単なる「女性」の立場を代弁するような「フェミニズム」などありえない。

だから「男女の対立」などという枠組みはそもそも欺瞞であるし、これにかかずりあっていては、女性も男性もより良き状態にはなるわけがない。対立とか思っている時点でだめです。女性は不利な状態に置かれて言うに尽くせないつらい目にあってきた人も少なくないけど、優位とされる男性の立場も別にそんなにいいことばかりでもないはずです。たとえば、ホームレスといわれる人たちは圧倒的に男性が多い(この暮らしが一概に悪いとは言えないけど、男性はこのような選択を女性よりもしやすい立場ということ)、自殺者も男性のほうが多い。
でも、「性差」規定がもたらしているさまざまな問題は、個々の問題を具体的に解決しようと一人ひとりが試みるときには、それが根本的な原因ではないにせよ、考慮しなければならない要点だろうと思っています。すでに出来上がってしまっている枠組みである「人種」や「民族」や「階級」やなんだかんだというカテゴリも同様ですが。
この点について、言及することすら「支配層のいいなりになる」言説だから危険、というのもまた潔癖症すぎて「危険」ではないのかと思うのです。具体的には、私たちはそういった差別と差異が重なり合った網の目のなかに住んでいて、そのなかでの「支配−被支配関係構造」に拘束されているのだから、それを無視はできないでしょう?という程度の疑問なのです。
あっしら様はよくわかっていらっしゃるはずなのに、あえて「軽視」しようとしているのではないかと疑われるので、気になっていたのです。
それならそれで、「観念」など知ったことか、という態度を貫いてくだされば(経済状態の改善のほうが大事だということを前に言っていた)納得しようというものなのに、左翼やフェミニズムを激しく糾弾なさる。これは彼らがとなえる「観念」が強い力を持っていることを懸念しているからこそでしょう。合理性が主観的なものだという主張もまた、あっしら様が観念の力を重視していることを意味してます。
あっしら様のいう、「経済状況の改善が大事だ」「家族という生活の場・実体を基盤にする」ことが大事だということもまた結局は「実体」という名の「観念」でしょう。
それならそれで、じぶんの「観念」のほうが良いのだ、という風に言ってくれればいいのに、そうは言わないといっているように聞こえる(理解力がないので間違っているかも)。そこんところが、なんだかすっきりしないなあ、という感じだったのです。
ああ、あっしら様に言おうと思ったことを愚痴のように書いてしまった。
許してください。

人間の能力には限界があるので、いくら血反吐をはくような思いで考えてやってきたことでも穴はたくさんあって、たとえば、フェミニズム運動のような中途半端な成果しか生み出さなかったりするかもしれません。でも、それは朧月夜様のおっしゃるように一人ひとりには何らかのパワーをえるきっかけになっていたり、社会を変革に導いたりする力はあった。私はフェミニズムがすべて「支配層」の仕組んだものとは思いません。朧月夜さんのおっしゃるように、女性たちが望んでいたこと、感じていたことの受け皿になったからこそ力を持ったのであろうと思います。ここのところが実は大事です。ひとりひとりを動かす原動力となるのは、日々生きている「現実」から「実感」していることであろうと思うからです。
そこのところを「左翼・フェミニズム」と十把ひとからげにくくりつけるのはあまりにも乱暴ではないかという危惧がありますよ。
ともかく、なにもかも完璧に理想状態に書き換えられるというのはありえないので、紆余曲折(余計に支配されてしまったり、時々は抜け出してみたり)を繰り返して行く道筋でもいいのではないかと。左翼・フェミニズムその他の「主張」に人を動かす力があるのならば、それをしたたかに利用して、「支配されない」方向に差し向けることも可能なんではないだろうかと思ったりしているのです。


「働く」ってことにかんしていえば、たいていの国では女性のほうが働き者ですよね。
賃金労働という点では価格は低いかもしれませんが。おしなべて。
経済的には男性に頼らざるを得なくても、実生活面ではそんなに頼っていない人も結構いるようには思います。
また、私の予感では、男性は(というか男性に限らず女性もたいていの人間は)古代の昔から、たくましい部分はたくましく、ひ弱な部分はひ弱でいたんじゃないかと思ったりしています。結局ひとはひとという生き物ですし。
ところで、「男」というのは一つの「思想」なので(笑)、そういうの鎧を身に着けていた人は、武士道がはやっていた時代は今よりも多かったかもしれませんが、それがいいことなのかどうなのかはよくわからないですよね。
「観念」の力は諸刃の剣ということでしょう。

「男の子らしく、女の子らしくっていっちゃいけない」とかいうのがアホなのです。
ふりーせる教育とやらで、慎吾ママの歌詞にママが料理を作るとかいうのがあったからジェンダー・フリーに反するとかあほなことを行った人がいて、バッシング対象になったりしていますが、それはジェンダー・フリー(この言葉はあまり好きではない)とかフェミニズムの話ではなくて、官僚主義(?)の賜物でしょう。
そんなこといちいち言わなくたって、その人なりに「女」になったり、「男」になった利していけばいい話で、「らしくといっちゃいけない」は「らしくしろ」とほとんどうらっかえしの同じことです。
そのような形のフェミニズムであれば、フェミニズムという名前の以前の構造の焼き直しでしかないということになります。
先のレスで書いた伊田氏の「気づき」はそのようなジレンマ克服の一つの道筋なのかなという期待を感じたので書きました。
「男女の対立?」というタイトルもそういう意味でつけたものです。
つまり、男女の対立など本当はどこにもないのです。あるのは一人ひとりの人間同士、一つ一つの集団同士の利害のぶつかり合いだけです。


なんだかまたも乱暴な書き方をしてしまいました。
議論じゃなくてほんとに雑談ですね。すみません。
ではまたー。

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