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聖域のかたち【Naaga's Voice】『アマテラス』の漫画家:10数年も丹生川上神社とスピリチュアルに繋がっている。
http://www.asyura2.com/0403/ishihara8/msg/302.html
投稿者 エイドリアン 日時 2004 年 6 月 26 日 20:29:28:SoCnfA7pPD5s2
 

(回答先: リアルとしての神話〜祈りの脈動【Naaga's Voice】「川上村のダムは多くの家屋・畑・1万年の聖地を水底に沈める」 投稿者 エイドリアン 日時 2004 年 6 月 26 日 20:16:03)

 先日、東京で漫画家の美内すずえさんにお会いした。
 僕が、旧丹生川上神社上社の水没についてこのNaaga`s Voiceで書いているのを読んでくださり、わざわざコンタクトをとってくださったのである。
 僕が川上村と関わるようになり、丹生川上神社上社を訪れるようになったのは今から10年ほど前のことだが、美内さんはそれよりもずっと前、80年代半ばからその地と個人的に関わっておられたようだった。
 美内すずえさんといえば、『ガラスの仮面』や『アマテラス』などの人気漫画を通してあまりにも有名である。そして、彼女が卓越したシャーマンであることも、もしかしたら有名な事実なのかも知れない。彼女はその鋭敏な霊的知性によって、10数年ものあいだ、丹生川上神社と繋がっているのである。
 美内さんはさまざまな体験と、もはや冒険とすら呼び得るようなスピリチュアルな探求を続けてこられた。いずれ美内さん御本人の了解を得たうえで、ここでも紹介したいと思うのだが、ともあれ彼女の語り口は知性的で品性に満ちており、素晴らしいお人柄がそのまま現れていた。
 改めて、美内さんに感謝したい。どうもありがとう、美内さん。


 さて、美内さんとお会いした時は龍村さん【注】も一緒におられたのだが、丹生川上神社の話を3人でするうちに、話題はいつしか御神木の中から現れた人頭大の石についてのことになった。
【注】『地球交響曲第四番』の映画監督。

 樹齢数百年の御神木から出てきたその石については、前々回のNaaga`s Voiceでも書いたので、詳しくは、『リアルとしての神話〜祈りの脈動』を読んでいただきたいと思うのだが、概説すると、旧丹生川上神社上社がダムに水没するに先立って、御神木が切られた時、その胎内から来歴不明の石が姿を現わしたのである。来歴不明、というのは、その石が川上村あたりで採れる石ではないということで、遥か昔に誰かがこの地までわざわざ運んできたようなのだ。
 そして、その石をこの聖地に安置しているうちに数百年の歳月が経ち、やがて御神木がそれを抱き込んでしまった、というのが、一般 に考えられていたその石の経緯であった。僕個人としても、当然のようにそう考えていた。
 ところが、である。話がそのことに及ぶと、龍村さんが、「いや、それは違う」と言ったのだった。
「あの石ね、わざと樹に抱き込ませるようにされたんだよ」龍村さんは言った。
「わざと、ですか?」
「そう、わざと。睦稔が言ってたんだけど、沖縄のウタキなんかにあるガジュマルの樹なんかは、よく石を抱き込んでいるらしいんだ。わざと抱き込ませるんだって。そうしておいて、初めてその樹は御神木になるんだって。まあガジュマルとか向こうの樹は成長も早いだろうけどね」
「じゃあ、丹生川上神社の御神木もそうなんですかね?」
「そうだと思うよ。南方モンゴロイドの聖地の作り方のベースが、あそこの神社にも受け継がれていると考えたほうがいいんじゃないか」
「そりゃあ、すごい」
「ああ」
 こういうのを目からウロコ、というのだろうか。僕はすっかり偶然に樹が石を抱き込んだと思い込んでいたのだが、そういう聖域の作り方があるなんて、まるで知らなかった。沖縄でもそんな話は聞いたことがなかったし、読んだこともなかったのだ。
 ただ、充分にあり得る話だとは思った。沖縄の聖域のデザインであるウタキは、内地の神社の原型のひとつであることは間違いないし、おそらくそれは少なくとも数千年の由来を持っている。聖域ではないが、縄文時代早期の石器について言えば、南九州と八ヶ岳では同じデザインのものが発掘されているし、そのデザインの広がりは東北にまで及んでいるのである。また、さらにいえば、ベーリング海峡を越えて遥か北米大陸にまで及んでいるワタリガラスの伝承もあるのだ。聖域のデザインが沖縄と吉野で酷似していても、何ら不思議はないのである。


 樹と石による聖域のデザイン。
 八ヶ岳西麓に広がる諏訪湖には、諏訪大社と呼ばれる神社が4つあるが、それぞれの神社には古事記などに現れている有名な神が祭祀されている。
 例えば、4つの諏訪大社のうちで最も壮麗な諏訪大社上社本宮には、建御名方(タケミナカタ)という神が祀られているが、古事記には、この神が高天原から出雲に降りてきたタケミカヅチによって腕をひきちぎられ、諏訪の地まで逃げていったという神話が語られている。
 タケミカヅチは、諏訪で建御名方を追い詰め、そこで殺そうとした。すると、建御名方は、
「恐し。我をな殺したまひそ。此地を除きては、他処に行かじ」
と言って、命乞いをし、その代わりに諏訪から外へは出ない約束をしたのである。
 ところで当の諏訪地方には、この神話の別ヴァージョンとも呼べるものがあって、それが語るところによれば、出雲から追われてきた建御名方は諏訪に入ろうとして、諏訪土着の部族である洩矢(モレヤ)と戦うことになっている。
 建御名方は藤の蔓を武器とし、一方の洩矢は鉄輪を武器として、天竜川をはさんで戦った。そうして戦いは建御名方の勝利に終わり、以降、諏訪大社にはこの神が祀られるようになったのである。つまり逆にいえば、建御名方が祀られる以前、この地には洩矢によって、別の神が祀られていたということでもある。
 さて、前置きが長くなったが、この建御名方の流入以前に祀られていた神を、ミシャグチ、といい、ミシャグチの神が降りてくる聖域が、まさに樹と石でつくられていたのである。
 それは、どんな聖域だったのか。
 ミシャグチを降ろす儀式は、土着部族の祭祀を司る守矢(モリヤ)家の者によって、建御名方の現人神である大祝(おおほうり)と呼ばれる幼童に対して行なわれた。この儀式の行なわれた聖域は、現在の諏訪大社上社前宮のすぐ近くに、小さな神社として残っているが、かつてそこには、大きなヒイラギの樹と大きく平らな石があったのだという。大祝と呼ばれる子供はその石の上に座り、彼の頭上は大きな樹影によって覆われていたのだろう。そして、守矢の者はこの儀式のすべてを取り仕切り、大祝にミシャグチを憑依させた。
 ここで大切なのは、子供の座っている石、そして天に向かってそそり立つ一本の樹である。なぜなら、ここに神の通 る道があるからだ。
 ミシャグチの神は、天からその樹をめがけて、まず降りてくる。そして樹を伝い、石に籠る。そうして石に籠った神が、最後に子供に憑依するのである。
 これは大祝と呼ばれる子供を現人神にする儀式だが、この子供という要素を外せば、神は石に籠ってとどまることにもなる。つまり原型的には、樹を伝って降りてきた神が、石に宿る、ということになるのである。

「宮地直一博士は、ヒイラギの木を『勧請木』、石を『降臨石』とされており、至当の解釈のように思われる。日本の古代信仰を多く留めている沖縄でも、ウタキと呼ばれる神域には、ぬ きんでた大きな古木がたち、その下に石がおかれている。『木』を伝って天降る神霊が『石』に宿り給うという古代観念は、山国諏訪も、海の彼方の南島においても共通 しているようである。『石』と『木』は、日本の古代信仰の原基でもあったといえるであろう。」
 (『古代諏訪とミシャグジ祭政体の研究』古部族研究会編)

 樹と石による聖域のデザインの姿が、こうして垣間見えてきた。
 樹を伝って、石に籠る、ということ。そして、この樹が石を抱き込めば、もはや石に籠った神は樹によって完全に庇護されるだろう。神の籠った石が、神の道である樹から遠退いてしまうことは以降、絶対にあり得ないからである。
 石を樹に抱き込ませる、という信仰は、こうして作られたのではないだろうか。
 諏訪をはじめ、八ヶ岳周辺は縄文時代にもっとも多く人が住み着いていた場所であり、ミシャグチ信仰もあるいは縄文の神であるかも知れない。もしそうだとすれば、この樹と石の信仰は数千年前、いや、数万年前からのものかも知れない。そして、旧丹生川上神社上社の御神木の石も、こうした信仰の大きな海流のひとつの支流であるに違いないのである。
 沖縄の石と樹。吉野の石と樹。そして八ヶ岳の石と樹。
 それらすべてが、一つの世界観によって深く繋がっているのだ。


 八ヶ岳も先日、いよいよ梅雨入りして、ここ数日、雨や曇りの日々が続いている。
 しかし、梅雨入りする前日だったろうか、前々日頃だったろうか、まるで冬場のように空は美しく晴れわたり、八ヶ岳も甲斐駒ヶ岳も、くっきりと姿を現わした。
 雪はほとんどなくなっていたが、久しぶりに見るその壮麗な姿は、僕のすべてに沁み込むようだった。

「私は青空を見た。青空は私に沁みた。」(『ふるさとに寄する讃歌』坂口安吾著)

 そう書いたのは坂口安吾だが、僕はその時ふと、その言葉を思い出した。
 何かが突然、炎のごとく、沁み込むことがある。まるで、天から降りてきた神に打たれるように、霊感のようなものが全身を貫くことがある。それは一体、何なのか。
 僕は車をとめて、外に出た。
 初夏の緩やかな風が心地よかった。そして、僕の眼前には、甲斐駒ヶ岳があった。その山が、ふと、とてつもなく大きな海の波のように見えた。何かが、僕を貫いている。何かとてつもなく大きなうねりが、やって来ている。
 山はその時、あらゆる予感そのものになって、立ちすくしていた。
 そしてやっぱり、壮麗だった。

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