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http://www.asyura2.com/0403/ishihara8/msg/658.html
投稿者 ぷち熟女 日時 2005 年 1 月 12 日 19:07:38:WgkZZjZT3HifU
 

(回答先: もとは『農地』口実だった干拓計画、後にレジャーランド建設目的にすり替わり 投稿者 ぷち熟女 日時 2005 年 1 月 12 日 18:28:30)

投げ込み失礼いたします。
古い資料ですが、それなりに興味深いです。

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斜陽都市・長崎スレッド
http://ebi.2ch.net/chiri/kako/976/976099176.html
244 名前: 長崎県遷都希望! 投稿日: 2001/01/26(金) 20:12
話の筋とは関係ないけど、今話題の「諫早湾干拓事業」って
なぜ、あんなにかたくなに水門の開放を拒み続けるんだ?
あれってそこまでして完成させなければならないものなのかな。
地元の皆さんの利権や感情的対立は分かるけどさ、もうそろそろ潮時だと思わない?
地元長崎県民としての意見を求む!

245 名前: 長崎市民 投稿日: 2001/01/26(金) 20:55
諫早市の事はよく分からないので諫早市民に聴いて。
でも、テレビ見てると最初小さなニュースだったのにね〜
西日本新聞のサイトで見たけど全国ニュースなっちゃって。

地元テレビ局が燃えてきている・・・(ウザ

246 名前: 長崎市民 投稿日: 2001/01/26(金) 21:00
>>244
NIBのニュースで見たけど、あさっての日曜日に4県合同で
海上抗議デモするんだけど、長崎県だけは「自主参加」だっ
ってさ。長崎のせいにされそうやね。筑後川のせいだと思うけど・・・。

247 名前: 長崎県遷都希望! 投稿日: 2001/01/26(金) 21:03
諌干についてはニュース速報板でスレが建ってた。
なんか、長崎人らしき奴が暴れてたが・・・・
でも、長崎人ってみんな諌干に賛成なのか?
オレは無関心派で、どちらか選択しろと言われれば「やめれば」
と言う感じだけどな。本当に潮時だと思うんだけどな。
利害関係者はそうも言ってられないのか?

「海苔ヲタ絶叫スレ」
http://saki.2ch.net/test/read.cgi?bbs=news&key=979886837&ls=50

248 名前: 長崎県遷都希望! 投稿日: 2001/01/26(金) 21:08
>246
つまり、有明海の汚染は複合要因があるのに、
全ての責任が長崎に押し付けられそうだと・・・

うーん、あの水門の閉鎖の時の映像が強烈だったからな。

249 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/26(金) 23:11
金子漁業の息子(現知事の源次郎君)はびびってんじゃないのか?
もし諌干を拒絶すれば、その後の公共事業で冷たくあしらわれるのが怖いから、
諌干が失敗で悪い公共事業の見本であっても、沈黙するしかない。
そもそも、源次郎君は自民党出身(国会議員当選5回)、やり方は熟知している。
諫早は久間章生(第一次森内閣の防衛庁長官)の選挙区に入っているしな。

でも、今こそが、長崎が国に依存せずに自立するチャンスだと思う。
「何かやってくれるさ」と呑気に構えてちゃ、かつての栄光にすがっただけの都市で終わる。
佐世保も同じ、「長崎は嫌い!」なんて言ってる場合じゃねぇだろ。
年末になっても致命的に閑散としている夜店通りが、佐世保の経済を如実に表現している。

本当の火種は、高田勇県政時代に既に出来上がっていたんだけどね。
随分と面白い置き土産を残してくれたものだよ>諌干・石木ダムなど

250 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 00:11
>249
>本当の火種は、高田勇県政時代に既に出来上がっていたんだけどね。
>随分と面白い置き土産を残してくれたものだよ>諌干・石木ダムなど

長崎のタブーを見事に遠慮なく書きこんでくれたね!
こういう問題を聞くたびに、長崎の病巣の深刻さに気を滅入らされる。
このまま低空飛行を続けるより、一度ご破算にするくらいの覚悟がないと駄目だな。

金子漁業のバカ息子痴痔のお手並み拝見といこう。(むなしい・・・)
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252 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 00:59
諫早湾干拓事業については、小学校の頃(70年代になるが)、
「南部総合開発事業(南総)」とか言って社会で習ったなぁ・・・
「南総」という言葉は、当時のニュースにもよく出てきていた
ような記憶がある。高田知事の前の久保知事も政治生命を賭けてやっていたようだ。
いったい何十年の因縁があるんだろう。。

253 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 01:49
南総か・・・
懐かしい響きだな。久しぶりにその呼び方を思い出したよ。
確か最初は農地開拓が目的で始まって、それが苦しくなって
治水対策も加えたもんで「南部総合開発事業」ではおかしいってんで
諫早湾干拓事業になったんじゃなかったっけ?
(うろ覚えなので、間違えてたらスマン。)

かなり無理やりだよなァ。無駄公共事業の鏡と評されるはずだよ。

254 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 02:00
>>250
高田勇・金子源次郎最大最強の汚点は『ながさき阿蘭陀年』だと思う。
長崎県は以前、長崎旅博覧会という無駄なイベントを開催し、大幅な赤字を抱えた。
その教訓を全く生かさず、逆に繰り返した救いがたい馬鹿行為としか思えない。

一体、全国のどれだけの人間が『ながさき阿蘭陀年』を知っていたであろうか?
膨大な経費を使い、さしたる観光効果すらなかったこの忌まわしきイベントは、
まさに新世紀長崎の没落と衰退の象徴的イベントであったと言わざるを得ない。

二度あることは三度ある、今度はどんなイベントで没落を加速させていくのか。
既に佐世保は光武顕の号令一下、自殺的公共事業が次々と乱発されている・・・

255 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 02:17
フフフ・・・ 諫早湾干拓事業は長崎の議員だけの問題だけと思っているようだが
実は農業振興を旗印に他県の議員も利権をむさぼってるとゆう事実を知らないようだな
否・・・知ってると思うがもう利権の虫食い状態であるので
反対 水門を開けると言うのは全く無意味、あくまで板違いなりので
あまり言わないが海苔問題だの色々言ってる奴に限って裏で干拓支援をしているのですよ。

256 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 投稿日: 2001/01/27(土) 02:28
>254
またまた、なつかしい〜!!

足袋破苦は凄かったな。あの糞狭い「松ヶ枝埠頭」がメイン会場の
史上最低、「逝って良し」の博覧会!
期間中、結局松ヶ枝埠頭以外では何もやってなかったもんな。
あれで長崎は観光客を何人失ったことか(藁)

「阿蘭陀年」は、でも結構それに関連した文化イベントなんかも
あったから、必ずしもマイナスばかりではなかったんじゃないかな?
こんなことでもなきゃ、文化にはカネを一銭も出さないという方針を
見事に貫いている長崎県や市がそう言う物を誘致する筈がないしな。
問題は、その大半が「阿蘭陀と何の関係があるんだ?」というような
便乗犯的イベントだったこと!(藁)
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↑ぷち熟女注:
249 諫早選挙区の久間は迂回献金で逮捕されたが金子知事はまだ。
253 そうそう、最初は農地開拓目的。後に治水対策という目的が加わったと
    検索中にあちこちで読んだのを憶えております。
    何がレジャーランドだよ。関係ないでしょ。

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アサート 271号(2000年6月17日)
【投稿】 諫早干拓を訪ねて----ムツゴロウはどこへ----
http://www.assert.jp/data/2000/27102.htm

<諫早干拓事業とは>
諫早干拓について、世間の注目を集めたのが、ギロチン風景。1997年4月14日のことだ。あのギロチン風景は、諫早湾を横切る「潮受け堤防」建設のため、最終的に、湾の内と外を遮った工事であり、排水門による調整を残して、諫早干潟と諌早湾は切り離されたのである。その後、諫早干潟は、完全に死の潟となり、ムツゴロウは屍を晒し、干潟は完全に干上がってしまった。
長良川河口堰と同様に、諫早干拓事業も、当初の目的はすでに根拠を失い、新たな事業目的に変えられて、公共事業が続けられている。1952年(昭和27年)当時の長崎県知事が、諫早湾全体(約10.000ha)の大干拓事業を表明したことが、この事業の始まりだ。
元々、江戸時代から諫早湾は少しすつ埋め立てが進められ、農業用地を拡大してきたのだが、諫早湾は独特の干潟を形成していたので、干満格差6mにより独特の漁業が営まれており、農業と漁業は共存してきていた。
しかし、この大干拓事業は、諫早干潟を完全に死滅させることで、広大な農地を生み出す計画となった。1969年には国が水田開発抑制に方針転換し、漁協の反対もあり、埋め立て面積は現計画では、3.550haとなり、1986年に事業計画が決定されているのだ。事業計画は、諫早湾奥部3550haの海を、約7kmの潮受け堤防で閉切り、さらにその内部に約17kmの堤防を築き、1795haの農地を作り出し、そして1710haの調整池水位を-1mに管理することで水害を防ぐとともに、淡水化した水を灌漑用水として利用するというものである。
そして、総務庁が1997年「土地利用・営農計画の確実性」及び「環境への十分な配慮」を求めて、事業計画の変更を求め、1997年4月14日を迎えたわけだ。
すでにギロチンから3年、「潮受け堤防」工事は1999年7月に完成していた。
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<干拓見物観光??>
JR諫早駅に着いたのは、午後2時ごろ、8時には帰路のため長崎空港にいなければならない。その日、急に思い付いた行動だったので、何の準備もしていない。ただ、長崎県の地図が一枚だけだ。JRのレンターカーを3時間だけということで「まけて」もらい、市内地図を頼りに出発した。
地方都市ということで、駅前を抜けると閑散とした風景が続いた。まずめざしたのは、「干拓資料館」。ここで、資料を手に入れて、現地に向かおうというわけだ。国道207号線から右折し、資料館を探す。しかしあったのは「ゆうゆうランド干拓の里」という「観光施設」だった。遊園地みたいな施設で、「ムツゴロウ水族館」もある。もちろん見に行く時間はない。受付の女性に聞くと、この中に資料館があるという。入場料300円を払い中へ。資料館は平日ということもあり閑散としている、というより見学は私ひとりだ。
聞けば、「干拓の里」は、諫早市の第3セクターの経営とのこと。おそらく国の資金が入っていることだろう。資料館には、干拓地や潮受け堤防ウォッチングパンフレット(後で騙されたが分かるが)もあり、干拓観光を目指しているらしいが、悲しい限りだ。
資料館の展示は、結構見ごたえがあり、諫早湾の自然、漁業、歴史はよく理解できた。干潟特有の漁法、魚種など現地に来ないとなかなか理解できないものだ。そして、案の定、干拓事業による環境問題への影響という部分は、まったく展示されていなかった。
そこで、いよいよ潮受け堤防を見に出発した。観光パンフレットによれば、251号線を走れば、吾妻町付近で堤防を間近にみることができると書いてある。地図を頼りに30分ばかり走り、目的の場所についた。ところが、騙されたというのは、「関係者以外立ち入り禁止」の看板があり、近寄ることができない(!)。そこで、何とか地道を探して、湾の外側の海岸線に出て、外側から堤防をみることができたわけだ。
そこから、完成した堤防を遠く眺めることができた。この堤防により、堤防の中は「調整池」そして外は諫早湾ということになる。私は湾の外側から見た。全長7kmは本当に長い。どこまでも続くという感じだ。
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<現地の雰囲気はどうか>
長良川河口堰反対運動の経験から見ると、諫早の場合は、反対運動がなかなか現地的に困難な雰囲気がああるように感じた。長良川の場合は、漁師は完全に漁業権を放棄したわけではなく、シジミや鮎など堰運用に伴って反対が強まった。しかし、諫早の場合は、干拓工事そのものが「ゼネコン」の仕事というより、町の土木業者が埋め立てている。ユンボ1台あれば仕事はもらえそうである。閑散とした町の風景と重ねあわせると干拓事業の恩恵は、事業目的よりも工事が地元に落ちるという点でも、土木業者を潤す。漁師を止めた土木業者も多いのではないか。
自然破壊という点では、都市のわれわれは、都会から見て、貴重な自然を壊すと批判するのは簡単だが、地元からの運動は、厳しいものがあるな、というのが素朴な感想である。
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<問題ある環境アセス>
と、ここまで書いたところで、今日の新聞(6/11)によると、この「調整池」の水質汚濁問題で、農水省の委員会事務局が委員5名の意見を掲載しない議事録を作成したと委員5名が抗議しているとの報道である。
「諫早湾は1997年に閉め切られたが、その後調整池の水質が悪化。汚れを示す化学的酸素要求量(COD)や窒素、リンなどは、農水省が環境アセスメントで予測した目標値を1.5―2倍上回っている。このため同省は専門家による「諫早湾干拓調整池等水質委員会」(委員長・戸原義男九大名誉教授)を設置、審議していた。」(朝日新聞より)
官庁の環境アセス委員会など、もともとあてにできるものではないが、この諫早湾の委員会の場合、委員11名の内5名が、水質調査をめぐり、水質予測と対策を求めた。委員会では承認されたのに、農水省の事務局がこれを削除し、正反対の議事録が作られたという。
この報道が象徴するように、諫早の調整池でおこっているのは、急速な水質の悪化なのである。数年前の福井で起こったロシアタンカーの重油流失問題が、ボランティアによる汚染除去作業の上に、まさに海水の浄化作用によって日本海は救われた。諫早湾でも10000haにおよぶ干潟自身が、都市から流れ込む汚水を浄化していたのである。あさりは1時間に1tの水を浄化し、ムツゴロウは泥の中を1.5mももぐって有機物を食べるという。まさに諫早干潟は天然の浄化層であった。それが、死の潟となり、浄化作用は停止し、急速な「調整池」の水質悪化とい汚濁が進行しているのだ。
さらに諫早干潟は野鳥の休息地、世界で有数の渡り鳥の中継地でもある。これに気を遣ってか、干拓資料館には「諫早干拓環境モニタリング」なるパンフがおかれていた。有明海に飛来する渡り鳥の実態を調査したものだ。その結論は、潮受け堤防完成後も、諫早湾の渡り鳥は増えているとしている。しかし、よく見ると、調査地点は、干拓地付近と有明海周辺の4個所計5個所で、その総数は増えているのだが、諫早湾のデータは、明らかに堤防閉鎖後渡り鳥の数は激減しているのだ。1998年秋の諫早湾の野鳥は、前年の1/2に減っている。きれいなパンフだが、ウソだらけであった。
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