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自由と実践理性の葛藤、その現代的意味
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投稿者 鷹眼乃見物 日時 2004 年 9 月 21 日 21:52:16:YqqS.BdzuYk56
 

 西垣通氏(東京大学大学院・情報学環教授)によると、人間の知能については次のとおり二つの立場の異なる見方があるそうです。(2004.9.16付・朝日新聞、文化<知能というもの>)
(1)絶対知仮説
・・・この根本にあるものは、我われ人間を含めた生物と環境世界は一体不可分だという関係論的な考え方。また、この仮説に従うと、人間の「知能」は論理操作能力と記憶力の組み合わせだということになる。別に言えば、大宇宙には「絶対的な真理の大陸」、更に言い換えれば「神の知」(絶対的知から成る神の世界)の領域があるとする立場である。そして、我われ人間は、そのほんの一部を分有している存在に過ぎないことになり、その「知」は、「神の領域」(まさにプラトンのイディアの世界)、「人間の自由意志」及び「人間が操る抽象論理」の三要素で構成されるということになる。
(2)相対知仮説(暗黙知仮説)
・・・知能は人間という生物種に特有なもの、つまり相対的な存在だという考え方。この立場によると、我われは、人間という生物種に特有の知覚器官と脳神経系を媒介にして周辺の環境世界に対処していることになる。我われ人間の知は生物進化の結果として偶然に得られたものであり、それが絶対的に正しいという根拠は存在しないこことになる。つまり、この場合における我われ人間の知能は、我われ人間にとってのみ役に立つ存在に過ぎないということになる。別に言えば、人間は、人間だけのための「相対知」を超えた「暗黙知」(異なる生物種の立場からすれば、多くの相対知が存在し得ることになり、またメタ次元の暗黙知も想定できる)にも支配されていることになる。
 そこで、この「二つの知」に関する認識論的に異なった立場を代表する典型的な視座を歴史の中で探してみると、前者(1)が13世紀スコットランドの神学者、その緻密な論証態度から「精妙博士」と称されたヨハネス・ドウンス・スコトウス(Johanes Duns Scotus/ca.1265-1308)の「人間意志の神学」に、後者(2)が20世紀前半のアメリカの認知心理学者ジェームズ・ギブソン(James J. Gibson/1904-79)の「アフォーダンス理論」(ギブソンがafford(供給する)から派生させた造語/生物が、周辺環境に働きかけることで環境から情報を与えられながらリアリティを創造して行くというイメージが込められている)の考え方にほぼ対応することがわかります。
 プラトン主義に染まっていた、13世紀頃までのスコラ神学(哲学)の考えでは、「人間の意志の力」は「神の理性による真理認識に従属する力」だと見なされていました。つまり「絶対的・超越的な神の知」が森羅万象の手本であり、人間の存在も含めたあらゆる自然的・人工的存在は、この「絶対的・超越的な神の知」を忠実に模倣するように努めなければならないとされていたのです。ところで、13世紀のスコットランドに、聖フランチェスコ(Francesco D'Assisi/1182-1126/清貧・貞潔・奉仕と花や小鳥に至る森羅万象とのアニミズム的な愛の交流を実践したフランチェスコ会の創始者/当初、そのアニミズム的な愛の実践とアウグスティヌス批判が異端視された)の実践を理論的に説明する神学者、ヨハネス・ドウンス・スコトウスが現れます。彼は、フランチェスコ派のスコラ神学者で、後にパリ大学教授となる人物です。スコトウスの立場を端的にいえば、プラトン哲学の大きな影響を受けたアウグスティヌス神学とキリスト教の融合を徹底的に批判したということです。また、スコトウスは「絶対超越的な神の存在」を論理的に証明しようとした最初の神学者だとされており、これ以降のスコラ神学では、このような立場が伝統となるのです。
 スコトウスの説明によると、「絶対的に正しい自由意志」を持っている神は純粋にその意志のみから世界を創造し、その生まれた世界を見て「神の理性に照らして“善し”と判断した」というのです。それ以前のプラトンの影響を受けた考えでは、天界には様々な絶対善なるイデアが既に存在しており、神(デミウルゴス)がこのイデアを模倣して世界を創ったとされていました。そして、アウグスティヌス(Aurelius Augustinus/354-430/初期キリスト教西方教会で最大の教父/著書『神の国』)は、このようなプラトンの世界創造説をキリスト教のなかに取り入れたのです。アウグスティヌスによると、神は自分の「知性」が元々持っていたイデアを見て、この世界を自らの「意志」で創ったということになります。つまり、この場合にイデアが意味するのは「神の絶対的な知的理解」が前提となっているということです。
 ところが、スコトウスは、この「神の知性の絶対的先行性」を無視して、神の「自由意志」は神の「知性」の判断とは無関係に世界を創ったと考えたのです。また、スコトウスは、人間の「自由意志」も「絶対的な善」ではあり得ないから、人間の「理性」の善悪にかかわる判断を抜きにして、その人間の「自由意志」が正しい判断をすることはあり得ないと考えました。しかし、同時にスコトウスは、「意志」は「理性」の判断力のおかげで自由なのではなく、神の「自由意志」と同様に人間の「意志」それ自身が持つ力ゆえに自由なのだとも考えました。それまでの中世ヨーロッパの伝統的な考え方は、古代ギリシアの奴隷制と対比される自由市民の立場が原点であったので、「自由」であるためには、まず正しい「理性」の判断が必要だ(奴隷には正しい理性がないと考えられていた)ということになっていましたが、スコトウスは「理性」に従属しない人間の「自由意志の力」を認めるという立場を取ったのです。即ち、初めてこの時に近・現代的な意味での「人間の絶対的な自由意志」の概念が誕生したのです。
 しかし、このスコトウスの「人間の絶対的な自由意志」の概念には、ある厳しい条件が付いていたのです。スコトウスは、「理性」に従属しない「意志」の働きにこそ「自由」の根拠があるのだと考えた訳ですが、同時に、スコトウスは「理性」の働きには「論理の罠」という本性的な必然が纏わり付くと主張していたのです。また、スコトウスは“「意志」は主要な原因であるが、「理性」は副次的な原因である。なぜなら「意志」は自由に動き、その運動によって他のものを動かすからである。一方、対象を認識する「理性」は本性的に一定の場でだけ働くものだから方向性を示す意志との協働がなければ、決して「一定の方向へ向かう意欲的な働き」という意味での十分な能力は持つことができない。だから、「意志」こそが第一義的な主要原因なのだ。”と主張しました。スコトウスは、人間の「自我」の根拠としての「自由意志の能力」と「理性による善悪についての論理的・合理的判断能力」を切り離して見せたのです。そのため、これ以降の人間は「善」と「悪」の両方向のベクトルを併せ持つ「自己分裂」的存在であるということになったのです。
 次に、スコトウスは「三位」、つまり『神』と『子』と『聖霊』のなかの『聖霊』の重要な役割に注目します。スコトウスは、「聖霊」は人間の「自由意志」を指導する力、つまり「実践理性」の働き(倫理的な働き)をするものだと説明したのです。人間の「自由意志」は、その「意志」を「正しく導く認識」を与えてくれる「聖霊」の助けが必要なのであって、それなしに人間の「自由意志」は正しく作用することができないと主張したのです。つまり、スコトウスは、人間の自由意志を導くために「神がもたらす理性」ともいうべき「聖霊の能力」(正しい方向性を示す作用)を「人間の理性」より高い次元に位置づけたのです。結局、神の恩寵を享受するというキリスト教を信仰する人間にとっての究極の目的は、このような「人間を導く聖霊の力」を謙虚に受け入れる敬虔な心と中庸な精神環境を整えながら、誠実な信仰生活を実践することで漸く達成できるものだというのです。これが、スコトウスの「人間の絶対的な自由意志」に付帯する厳しい条件だったのです。
 ところが、それにもかかわらずスコトウスがせっかく導き出してくれた「人間の自由意志」についてのこのような正しい理解と認識は、主に次の三つの方向に沿って、その後の歴史の展開とともに甚だしく誤解されることになるのです。(詳細はBlog[現代人が原理主義に取り憑かれる謎(自由意志についての誤解)](1/2)http://takaya.blogtribe.org/archive-200406.html、参照)
(a)王権神授説の誤解(近世ヨーロッパ絶対王権の成立)
(b)「暗黒の中世」への単純なアンチ・テーゼとしての誤解(近代合理主義精神と近・現代科学の発達)
(c)自然法についての誤解(自由主義から新自由主義への暴走)
 特に、(b)に関する誤解は、現代の我われにとって功罪相伴う両義的な大きな意味をもたらすことになります。フランシスコ派のスコラ哲学者で、その博識により「驚異博士」と呼ばれたイギリスのロジャー・ベーコン(Roger Bacon/ca1219-92)の経験主義的な科学研究の態度は近代科学の源とされるほど重要なものですが、この頃からスコトウスの“人間の意志は、その意志のみで自由である”という側面だけが強調されるようになったのです。つまり、人間の意志の自由という側面だけが、スコトウスのもう一つの条件である“人間の意志は実践理性の助けが必要であること”(正しい目的や方向を示してくれる聖霊の働き/森羅万象のなかに偏在(ユビキタス)する聖霊が与えてくれるものとしての理性の力)から切り離されてしまったのです。アウグスティヌス的な「絶対知を持つ神の世界」、つまりキリスト教の絶対的な支配がもたらした「暗黒の中世」へのアンチ・テーゼの役割をスコトウスの神学が担わされることになったため、ある意味で、それは仕方のないことでもあります。しかし、人間の自由意志についてのこのような側面を、その後の哲学者や科学者たちが余りにも持て囃し過ぎたため、人間の思想は、次第に「善」であり続けるための根拠を見失ってゆくのです。やがて、人間の思想は「神をも畏れぬ傲慢さ」を身につけるようになり、このようなスコトウスへの決定的な誤解は後の時代になるほど拡大され、遂にはパスカル(Blaise Pascal/1623-62/フランスの科学者、思想家)の思想の中に見られるように、我われ人間は、近・現代人に特有な底知れぬ「不安の意識」を持つことになります。つまり、パスカルは近代合理主義(聖霊から切り離された自由意志と人間の理性だけが支配する精神環境)と人間中心主義が行き着く先は“人間が生きる意味の喪失”(神の死)であることを予感していたのです。
 要するに、このようなスコトウスの「人間意志の神学」の根本的な誤解が近代合理主義、科学合理主義の発達を促してきたことになる訳です。つまり、スコトウスの「人間の自由意志」についての誤解の中で、特に(b)の方向性から生まれた近代合理主義精神と近・現代科学の発達は「絶対知仮説」を前提としていた訳です。「神の絶対知」のほんの一部を分有する人間の「知」の働きを構成するのは、「人間の自由意志」と「人間が操る抽象論理」の二大要素です。我われ人間は、このような仮説の下で実験をし、理論を構成して科学法則という絶対的な神の「知」にかかわる新しい領域を手に入れることが出来るようになったのです。現在進みつつある破格の大容量コンピュータの開発や人口知能の研究なども、このような方向性の延長上に足場を固めているのです。しかし、その合理的な世界を見下ろす天空には絶えず「絶対的な真理の大陸」(絶対的な神の知の領域)が聳え立っています。
 ところで、このようなスコトウスの「人間の自由意志」についての誤解の上に築かれてきた「絶対知」と対照的なのが「相対知」の立場です。西垣氏によれば、「相対知」を支えるのは、人間など生物の行動と環境世界とが一体不可分であるという関係論的な思考だということになります。例えば、我われがある環境の中で行動すると、人間特有の環境世界が身体を介して「立ち現れて」くるというのです。これは、まさにジェームズ・ギブソンが唱えた「アフォーダンス理論」の考え方に重なります。このような「相対知仮説」では、絶対・永遠の真理と思われる科学的法則でさえも、たまたま人間の知覚器官と脳神経系でとらえられた環境世界とうまく適合する一種のルールだということになるのです。
 米・コーネル大学の認知心理学者ジェームズ・ギブソンの最初の著書『視覚世界の知覚』(1950)の刊行で「アフォーダンス理論」が誕生しますが、それはユニークな新しい認知心理学の誕生で、この理論は「生態実在論」(エコロジカル・リアリズム)と呼ばれています。ギブソンは空軍の依頼を受けて“戦闘機パイロットの離着陸時における視覚の研究”に取り組み、それが「アフォーダンス理論」の発表に結びついたのです。動物が周囲にある出来事やモノについて知るためには、自分と周辺環境との間の相対的な変化、つまり運動(動き)の中にありながらも不変でありつづける性質(特徴)を探しあてなければならないと考えられます。逆に言えば、これは動きがなければ見えないものでもあるのです。「生態光学」(エコロジカル・オプティックス)と呼ばれるアフォーダンスの考え方によると、動物が動くことによって、例えば、個々の対象物上の各点ごとに存在する包囲光(ある一点に降りそそぐ、あらゆる方面からの放射光と反射光のすべて)が身体の上下・左右への移動に伴って包囲光配列の構造(包囲光配列を構成する立体角)を変化させるにもかかわらず、光源との間で包囲光が形成する角度に「一定の対応関係」を発見することになり、ギブソンはこれを「視覚の不変項」と呼びました。
 この「視覚の不変項」について、佐々木正人著『アフォーダンス、新しい認知の理論』(岩波書店)は次のように説明しています。・・・例えば、我われ知覚者がある机の周囲をゆっくり動きながら移動するとした場合、立体角(放射光に沿って視線が机の形をなぞってできる角度)の変化を通して知覚されるその机の姿は様々な形の台形に変形します。しかし、それにもかかわらず、我われは、そこに“同じ一つの机”を意識(知覚)するのです。それはなぜか? 机の形は知覚者の視点の移動によって様々な台形に変形するが、そこで次々と現れる台形の四隅の角度と辺の関係には常に変化しない一定の比率があります。すなわち、この不変の比率が、その机がどのような「姿」であるかを特定するのです。このように、見るという動作で観察者が行っていることは包囲光の配列から不変項を取り出すことなのです。そして、決定的に重要なことは、何かを見ている人の頭、眼、首、胴体、下肢、つまり全身が微妙に、あるいはよく動いているという“現実”です。もし、我われ人間が動かない存在であったとするなら、固定された一つの包囲光配列に表現された立体角だけから対象が何であるかを推論しなければなりません。しかし、我われは動くことが可能なので、そのような不十分な情報から推論する必要がないのです。もし情報が足りないならば、視点を変えることで、十分な情報を光の中に探せばよいのですから・・・
 これは、眼を感覚器、脳を情報処理&蓄積装置とするケプラー以来の視覚理論を覆すものです。つまり、「不変項」は“アフォーダンスを知るための情報”ということになるのです。そして、このアフォーダンスは“環境の性質”であるとともに“動物行動の性質”でもあるのです。言い換えると、アフォーダンスは“環境と動物が一体的な存在であること”を表していることになるのです。具体例をもう一つ挙げると、例えば“曲げたり、捻ったり、巻きつけたりできることが紐の一般的な性質”ですが、それらの性質こそが紐のアフォーダンスです。また、我々を取り囲む大気は“重力・熱・光・音(振動)及び各種のガス類(酸素・炭酸ガス)など揮発性の物質”で満たされていますが、これら多様なエネルギー流動の中にもアフォーダンスを特定する「情報」が存在していると、ギブソンは考えました。つまり、アフォーダンスはシニフィアン(意味するもの)としての「情報」に対応する、シニフィエ(意味されるもの)としての「意味」であり、我われ人間にとって重要な「価値」でもあるということになるのです。
 この理論の特徴は、動物が環境世界から「不変項」という『情報』を受け取り、その中に「アフォーダンス」という、動物が生きていくために必要な『意味』(価値)を認知するという点にあるのです。動物(生物)たちは、環境の中で行動することで動物(生物)としての経験(成長史・発達史)を積み重ねてこそ環境世界の中で生きられるということであり、その過程で得る「情報」と『意味』は、ある程度の長い時間をかけるほど有意義性が高まるとも考えられるのです。このように「相対知」を前提とするアフォーダンス理論の考え方は、従来の「絶対知」を前提とした認知心理学に対して、まさに“コペルニクス的転換”とも言えるほど画期的なものであると見做されています。そして、近年は、ますますその再評価の声が高まりつつあり、マッハ(Ernst Mach/1838-1916/オーストリアの物理学者・哲学者/ニュートン力学の時間・空間の概念を批判的に検討し、また実証主義的経験批判論の先駆者でもある)の「現象学的物理学」とともに新しい世界観・科学観・倫理観などへの突破口となる可能性があると考えられています。
 これら二つの「知の仮説」に関して、もう一つ注意しなければならない観点があります。それは「狂信的なカルト」の問題です。リアリズム認識の混乱、つまり抽象的観念の世界を堂々巡りする罠に嵌るという意味では「宗教原理主義」も「科学原理主義」も似たような精神環境であると思われます。そして、特に「絶対知仮説」における「絶対的な神の領域」と「相対知仮説」における「暗黙知の領域」がカルトへ短絡する陥穽を仕掛けてくると考えられます。例えば「絶対知仮説」の主要素である「自由意志」と「抽象論理」は合理的思考・科学的思考の必須の手段ですが、同時に人間が自らの進むべき方向性を見失った場合に、それは容易に「カルト」への入り口と化し得るのです。このような意味で、我われ一般市民は、近年、社会的大事件を引き起こした我が国の某カルト教団のメンバーに理工系の優れた頭脳たちが多数参加していたという事実を忘れるべきではないようです。ここで想起すべきは、スコトウスが説いた“堂々巡りの「論理の罠」(カルトへの誘い)から逃れるために必要なものは「実践理性」(倫理)の働き”だということです。また、「絶対知仮説」がもたらす原理主義の代表が「自由原理主義」と「人間が操る抽象論理」の暴走ですが、今、米国の一国主義を支えるパワーとして特に問題視すべきなのが「自由原理主義」(際限なく人間の自由意志をもて囃す立場)です。その具体的な姿は「新自由主義」思想に基づく「グローバル市場原理主義」となって現れています。
 西垣通氏(東京大学大学院・情報学環教授)によると、今まで見てきた「絶対知仮説」と「相対知仮説」のいずれが正しいか?の答えは簡単に見つかりそうもありません。ただ、一つ言えることは、現代の科学全般と合理的・論理的思考方法、つまり「絶対知仮説」が例えばアフォーダンス理論のような「相対知仮説」によって少しづつ修正されつつあるということが言えるようです。また、「相対知仮説」から導かれる「暗黙知」の役割も根本的に見直すべきなのかもしれません。ただ、人間を含めた生物によって自覚的に意識されにくい「暗黙的な身体知」がかかわる領域、例えば、遺伝子治療などの先端医療技術、生態系と地球環境問題、貧困問題、戦争と平和の問題、公共善と正義論などの問題については、「相対知仮説」の前提がないと説明しにくいことが次第にわかりつつあります。なぜなら、人間も含めた地球上の生物たちは、本来は自覚的な意識など殆ど持たずに日常生活を生きている存在だからです。
 ところで、この「人間の自由意志」についての誤解は、1991年のソ連邦崩壊を契機にアメリカ発のグローバリズムの流れに乗って急速に地球上を駆け巡ることになりました。現在、アメリカのブッシュ政権は世界の殆どの市民社会から批判を受けながらも(http://www.mochida.net/report04/7apkn.html)、世界最強の軍事力と政治権力を威圧のための武器としながら、強力な「ユニラテラリズム」(米国一国主義)政策を強引に推し進めており、日本・英国など先進諸国政府の一角が率先して歩調を合わせています。グローバル市場原理主義や現在の日本の「構造改革路線」を支える根本思想は「新自由主義(ネオリベラリズム)」です。そのルーツは、シカゴ学派のマネタリストと呼ばれる反ケインズ論の祖・F.A.ハイエク(1899-1992)及び、それを引き継ぐミルトン・フリードマン(1912- )らで、彼らの主張の最大の特徴は“物価や名目所得の変動をもたらす最大の要因が貨幣量(マネーサプライ)の変動である”ことを強調する点です。また、彼らは政府の財政的な介入を認めるケインズ主義や“公平な富の分配”を強調する福祉国家論など、いわゆる制度論的な発想を「社会科学的な無知」であるとして厳しく批判します。その代わり、彼らが提唱する価値観は“自由と市場主義”です。それは、国民の一人ひとりが自己責任の原則に基づいて自由に“市場”へ参加するようになれば、市場における経済活動を通じて自ずから最も適切な調整と分配が達成できるという真に素朴で狂信的(カルト的)とさえ思える“原理主義的”な考え方です。
 1993年、IMF・世界銀行・米国政府関係者がワシントンに集まり、このような考え方を一つの戦略として取りまとめたのが「ワシントン・コンセンサス」です。このコンセンサスは「8つの基本合意内容」から成っており、それは「W.C.に拠点を置く金融機関サイドに偏重した財産権の保護・政府主導の規制緩和・政府予算規模の縮小・資本市場の徹底自由化・為替市場の徹底開放・関税と輸入障壁の引き下げ・基幹産業の徹底的な民営化・外国資本による国内企業の吸収と合併の促進」です。実は、これには1991年のソ連邦崩壊後(ポスト冷戦構造)の全世界を、米国が再び経済面で強力に支配してゆくための“新戦略”の意味があったのです。このようなアメリカの“新自由主義を基本に据えた新戦略”のシナリオに従って現在の「グローバル市場原理主義」が世界的に進みつつあり、日本における「小泉構造改革」も米国のこのような要望に応じる形で、その一環として進められているのです。しかも、不幸なことに、この「グローバル市場原理主義」とプロテスタント右派(一説ではアメリカ国民の4割を占める大勢力)を中心とする「宗教原理主義」の二大勢力が融合した形でブッシュ政権を支えているという現実があるのです。
 そして、このようなアメリカの一国主義的な傾向は、「テロとの戦い」の口実とされた「先制攻撃論」(予防戦争論)と「イラク戦争の混迷状態」に象徴される不安の種を次々と世界中にバラ撒きつつあります。従って、今や世界第二位の“経済大国”となった日本にとって最も重要なことは、「絶対知仮説」に偏重して常軌を失い(カルト化)つつあるアメリカの政治権力機構に対して自信を持って修正を迫る(実践理性的な意味での説得を試みる)ことです。
 因みに、2004・9・19付の朝日新聞・記事『同盟経済、スティグリッツ・コロンビア大教授に聞く』で、ジョセフ・スティグリッツ教授は、今、日本が世界で果たすべき役割に関して次のような点を指摘しています。(同記事より、要点を抽出、聞き手=N.Y.尾形聡彦・記者)
<米国主導のグローバル市場原理主義の現状>
●WTO(世界貿易機関)等が推進する世界経済のルールが不公平なため怒りを呼び、特に発展途上国で多くの問題を引き起こしている。
●国際金融システムが、米ドルを機軸通貨としているのに、米国の巨額の財政赤字などを背景に非常に無責任な状態に陥っている。
●国際的な相互依存が進み、米国の経済運営の失敗に伴う米国の弱体化が他の地域にも波及している。
<日米同盟国としての日本の役割>
●英国など米国を指示する多くの国々では、政治的指導者と国民の間の乖離が増大しているが、小泉首相などのリーダーたちは『首脳クラブ』の仲間であることを大切にしており、自国民が求めることより米国の利益を優先するという間違いを犯している。
●経済の面でも、各国の中央銀行総裁たちが、自国民よりもIMF(国際通貨基金)や米国財務省の意向を気にするという誤りを犯している。
<日米経済の一心同体化について>
●世界最大の経済国である米国と相互依存が進展するのは必然だが、日本は米国の言うことを聞きすぎである。例えば、アジア通貨危機(1997)の際に日本が提唱したAMF(アジア通貨基金)は非常に優れた構想だったが、米国がアジアでの影響力低下を恐れて反対した。しかし、米財務省の分析は誤りだったので、この時、日本政府は米国の圧力に屈するべきではなかった。
●日本政府は日本国民に対して責任を負っているのであり、米国に対してではない。米国債を売れば米国が報復しないだろうかという不安もあるだろうが、現行のWTOルールのもとでそれは不可能だ。
<望ましい日米関係の姿について>
●グローバルな経済・社会の安定のためには、最強の国に皆が従うのではなく「チェック・アンド・バランス」を機能させる必要がある。現在はこの機能が不十分なので、日本は、もっと自らの方向性(一般国民の大多数の意志に基づく)に自信を持って、米国をチェックできる存在になる必要がある。
●京都議定書採択のときの日本の役割は非常に大きかった。科学的証拠は圧倒的だったのに、ブッシュ大統領は“証拠はない”と言い切った。証拠に向き合おうとしない人間がいるのは、世界にとって非常に危険なことだ。
●非常に大きな力が一極(米国)に集中している現在の状況は、米国にとっても世界にとっても危険だ。米国に圧力がかかって、米国を国際基準に引き戻すことが非常に重要なのだ。米国が正しいとこもあれば、間違っているときもある。米国に対しては自らの判断で望むべきだ。それこそが成熟した民主主義である。
<アジアのリーダーとしての日本について>
●日本の役割は、米国、中国、ロシア、東アジアの国々と話し合う姿勢を明確にして、いろいろな問題に対して最善の解決策を目指すことである。
●日本は発展途上国への政府援助の対国内生産(GDP)比で米国よりもずっと大きな割合で貢献している。日本は、米国に言われたとおりにしているのではなく、自らが正しいと思うことを主張する必要がある。日本国民の利益のため、そして望むらくはグローバルなレベルでの「社会正義の原則」のためにそうした声を発信して行く必要がある。
 また、日本国内に目を向けても、論理的・合理的思考のフレームの中で正しい方向性を見失い一種の「原理主義の罠」に嵌ったまま抜け出せなくなったような、拗れて深刻化した社会・経済問題が次々と噴出しています。例えば、それは以下のような問題点です。日本の政治指導者たちは一刻も早く「知的覚醒」(実践理性(倫理観)の重要性についての自覚)の必要性を理解すべきだと思われる所以が、このような直近の現実の中から明確に浮かび上がってきます。これらの記述を一瞥しただけで、いかに彼ら日本のリーダーたちの目が国民一般へ向けられていないかがわかります。彼らの眼差しは、忠犬ハチ公よろしくシッカリと米国ブッシュ大統領の方へ向けられているのです。
▲総合科学技術会議(内閣設置法に基づく総理大臣の諮問機関)が、今夏、来るべき再生医療の鍵になり得る「ヒトクローン胚研究」にゴーサインを出した。これは生命倫理の軽視ではないか?
・・・最低限の倫理規範を明示してから、公共化したオープンな研究環境のなかで、そこで定められた規範に抵触しない範囲で自由に研究できるという体制整備が不十分のまま、研究着手のゴーサインだけが出されてしまった。
▲「家計の金融資産に関する世論調査」(金融広報中央委員会、事務局・日銀)の発表内容(6/25〜7/5調査実施)により、日本国民の『家計が火の車状態である』ことが明らかになった。
・・・家庭の金融資産の平均保有額は1,052万円で、前年より47万円も減少した。逆に借金は38万円増加している。ここには、賃金抑制やリストラで定期収入が減り、貯蓄を取り崩してやりくりする火の車状態の苦しい家計の状態が表れている。しかも、貯蓄のない世帯の割合は全体の20%を超えており、昭和30年代後半の水準まで落ち込んだ。また「十分な貯蓄や保険がない」ために、老後の生活に不安を覚える世帯の割合が8割を超えていることが分かった。
▲7月22日に警察庁が発表したデータによると、昨年1年間に自殺した人は前年より2,284人増えて34,427人となった。これは、1978年以降の自殺者数では最多の記録である。
・・・自殺者数が3万人を超えるのは6年連続である。負債や事業不振、生活苦などの経済・生活問題が動機とみられる自殺者数が初めて8,000人のラインを突破して8,889人となった。これは、過去最高だった昨年を大きく更新しており、それは動機別の割合の25.8%を占めており、1994年(11.2%)の2倍以上という異常な数字となっている。しかも、年齢別で見ると50代以上の中高年がほぼ60%で、長引く不況の深刻な影響が窺える。また、9月初旬に発表されたWHO(世界保健機構)の調査結果によると、人口10万人あたりの日本の自殺者数は世界第10位で、これは主要先進国(旧ソ連と東欧圏を除く)の中ではトップであることが判明した。なお、前回(1999年)の調査では日本(同指標16.8人)は先進諸国の中で第23位であったが、今回は、特に45〜64歳の中高年男子の自殺者数が急増した。ここも、日本における近年の構造改革関連政策や過度のリストラと合理化のシワ寄せが暗い影を落としている。
▲「政府税調」(総理大臣の諮問機関)が「退職金課税強化」と「特別減税(一律20%)廃止」の検討に入った。
・・・現在、政府税調はサラリーマンの退職金所得への課税を強化する方針について具体的な検討に入っている。また、平成10年以降、景気対策のためという名目で続けられてきたサラリーマン所得に対する一率20%の特別減税の廃止についても検討が開始された。
▲「年金担保融資制度」の悪用による被害が拡大しつつある。
・・・「福祉医療機構」(独立行政法人)にだけ認められている「年金担保融資制度」を悪用した、貸金業者による詐欺事件が全国的に多発している。この制度は、国内で唯一認められている公的年金担保の融資制度であるが、高齢者の無知につけこんで手続きに仲介した貸金業者が違法な仲介手数料などを奪い取る悪質な事件が多発している。この事件は、ここ数年の間に全国に広がっているので貸金業法に年金担保融資の禁止を取り入れるなど緊急の対策が必要だが、国会がこの問題へ真剣に取り組む気配が見られない。
▲「連帯保証人制度の廃止」と「悪徳貸金業への規制強化」が放置状態となっている。
・・・この二つの問題はコインの裏腹の関係にあり、これらの問題は近年の自殺者数の異常な増加にもかかわっている。個人に無限の責任を押しつける(催告の抗弁権も検索の抗弁権もない)連帯保証人制度は日本独特の非人道的な制度であり、日本における法制(法整備)の後進性の象徴である。事業主のための「信用保証協会」の制度も、最終的には連帯保証人を求めているので、我が国の「信用保証協会」は何のためにあるのか理解ができない不思議な存在となっている。欧米にも連帯保証人に近い制度はあるが、一定の限定条件がついており、日本のように無限責任ということはない。ごく最近、会社ぐるみの盗聴事件を起こした業界ナンバーワンの貸金業者による「盗聴事件裁判」で、直接その事件にかかわった会長に懲役刑(3年)の実刑判決が出たり、企業に関する根保障制度の改革が検討されたりしているが、根本的な問題解決への歩みは遅々としている。
▲郵政民営化に限らず、「日本の構造改革」路線は“米国企業→米国政府→日本政府”という、いわば不可逆システムの流れに沿った《年次改革要望書》(米国通商代表部・作成)のシナリオに忠実に従ったものであることが明らかにされた。
・・・・この問題はノンフィクション作家・関岡英之氏が雑誌『正論』(10月号)の記事「ここまで進んでいるアメリカの日本改造」で取り上げたため急に注目を浴びることになった。関岡氏によると、実に不可思議なことだが未だかつて日本の新聞・テレビ等の主要マスコミは、この『年次改革要望書』の存在自体を一度も取り上げたことがないとのことである。なお、この日本語版『年次改革要望書』はアメリカ大使館のHP(下記URL)に掲載されている。
http://japan.usembassy.gov/j/p/tpj-j20031024d1.html
<参考URL>
http://www1.odn.ne.jp/rembrandt200306/
http://blog.goo.ne.jp/remb/
<注>スコトウスについては、下記を参考にとりまとめた。
八木雄二著『中世哲学への招待』(平凡社新書)


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