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『from 911/USAレポート』 「法の支配」 冷泉彰彦
http://www.asyura2.com/0406/bd37/msg/190.html
投稿者 愚民党 日時 2004 年 9 月 27 日 05:55:55:ogcGl0q1DMbpk
 

                             2004年9月25日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.289 Saturday Edition
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■ 『from 911/USAレポート』 第164回
   「法の支配」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)

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 ■ 『from 911/USAレポート』 第164回
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「法の支配」

国連総会での演説では、さすがに「イラク攻撃の違法性」という表現は使いませんで
した。ですが、コフィ・アナン事務総長は、その代わりに「法の支配」を訴えて暗に
アメリカを非難したと報道されています。国連といえども、政治がうごめく世界には
変わりはなく、言葉の綾として批判をにじませる判断になった、そのように受け止め
る向きが多いのでしょう。

ですが、この「法の支配」という問題は2004年秋という現状では、実に重要な問
題だと思うのです。アナン事務総長の一連の発言は、国連憲章(国際法の一部と言っ
て良いでしょう)に従え、という主旨なのですが、国際社会における「国際法の支配」
だけでなく、世界各国の国内法もからんだ「法の支配」が揺らいでいる、それが現状
だからです。

問題は大きく分ければ、テロリズムの問題と、先制攻撃の問題ということになるので
しょう。まず、テロリズムに関して言えば、例えばチェイニー大統領の発言(共和党
大会翌週の遊説中)のように「テロが刑事犯というのは、プレ911のファンタジー。
我々はテロリストと戦争をしている」というのが、現在のブッシュ政権の立場とされ
ています。

この欄でも再三お話したのですが、確かに911以前の状況では、テロは刑事犯でし
た。もっと言えば、殺人罪や傷害罪、その未遂や計画という罪名で警察組織が捜査を
し、起訴をして刑事裁判で有罪無罪の判定と有罪の場合の量刑を決める、それが国際
ルールでした。

警察組織というのは各国の国内法に基づいて設置されています。ですから、犯人が国
を越えて活動している時は、基本的に犯罪が発生して立件できそうな国が国際刑事警
察機構を通じて、犯人を国際手配し、各国が協力して検挙することになっています。

ですが、911以降のアメリカは、このルールを否定してしまっています。「刑事事
件ではなく、戦争だ」というのは一体何を意味するのでしょう。改めて整理してみた
いと思います。何よりも、この「反テロ戦争」では警察組織ではなく、正規軍を投入
しています。そして、他国の領土内で、テロリストの拘束と暗殺を繰り返しています。

仮に容疑者を拘束した場合も、民間の刑事裁判にはかけずに、軍の施設に収容して軍
事裁判にかけることとされています。実際は、911以降そこで量刑の決定を見た例
は少なく、今でも多くの「テロ容疑者」が例えばキューバのグアンタナモ湾などに拘
束されています。

どうして民間の刑事裁判にかけないかというと、取り調べの過程で出てくる情報が、
仮に将来のテロ計画などに関するものであったら「軍事機密」として扱わなければい
けないというのが理由とされています。また、腕利きの弁護士を雇って堂々と無罪を
主張されたり、あるいは証拠不十分や無罪になった場合に「疑わしくは罰せず」とい
う原則から容疑者が釈放され、「一事不再理」の原則から無罪が確定してしまうのも
「気に入らない」のでしょう。

その前に、どうして「正規軍」投入なのかというと、警察組織は基本的に主権の及ぶ
領土内での活動に限られているからです。仮に主権の及ばない他国に警察組織を派遣
すれば、それは超法規になります。警察とは主権国家の領土の中で犯罪捜査と治安維
持を担当する国内組織だからです。だから、他国領土に侵入して活動するには、正規
軍でないとダメというわけです。

それだけではありません。警察組織による殺人に関しては殺人罪が無条件には免責さ
れないのです。個別の事例で正当防衛ないし、現行犯での犯罪防止ということが証明
できないと、警察の場合は人を殺せば殺人になります。ですが、正規軍の戦闘行為中
の殺人に関しては殺人罪が適用されないのです。

ですが、これも無条件ではありません。国際法に基づく「合法的」な戦闘でなくては、
この殺人免責という軍の特権はないのです。例えば、真珠湾に至るはるかに前、日独
伊三国同盟に反対していた若き日の山本五十六は「正式な宣戦布告がされて国際法上
の合法な戦闘状態にならなければ、たとえ大日本帝国陸海軍の軍人であっても人を殺
せば殺人である」と部下に厳命していたそうです。

勿論、宣戦布告をすれば合法だからと、ドンドン戦争が行われては困るわけで、その
ために第二次大戦の終結と同時に国連が設立されたのですが、それはさておき、「国
際法上の戦争」であるかどうか、というのは極めて重要なのです。それは、違法な戦
争であるのなら、その戦闘における殺傷行為は免責されないからです。

そう考えると、今回のアナン発言というのは重たい意味があると思うのです。勿論、
事務総長の言う「法の秩序」というのは、イラクでの先制攻撃のことをまずは指して
いると思いますが、同時に「反テロ戦争」への「正規軍投入」という問題の違法性も、
同時に考える必要があると思うからです。

イラクの問題は「先制攻撃」の正当性問題に他なりません。戦争をどちらが始めたか、
というのは現代では極めて重要な問題だと思います。古代から19世紀までの歴史を
振り返りますと、勢いのある新興国が自ら進んで他国に攻め入って、その国を乗っ取
り、歴史をどんどん塗り替えて行ったのは事実です。その際に、多くの流血があって
も、とにかく勝者の統治が正統性を得たのでした。

ですが、20世紀に入り、二度の世界大戦を経た人類は、近代兵器を使った戦争が余
りに多くの犠牲を伴うことに恐れおののいて「できるだけ戦争を回避」することを模
索し始めたのです。国連という機関は、そのような「恐れ」の成せる業ということが
できるのでしょう。

20世紀の後半以降は、先制攻撃を行った側には「開戦の責任」があるのだというこ
とになりました。これに、勝者が敗者を裁いて名誉を奪い、戦後世界の正統性を法的
に確定する作業が加わると、「開戦の責任」イコール「人道に対する罪」ということ
になり、先制攻撃をして負ければ戦犯、という束縛ができました。

20世紀の中期以降の大きな戦争を振り返ると、先制して勝ったケースはほとんどあ
りません。第二次大戦では、欧州戦線でも太平洋戦線でも開戦に踏み切った側が敗北
しましたし、朝鮮戦争はあいまいな休戦という形になってはいますが、やはり南進に
よって戦端を開いた北側の非は世界中が認めるところとなっています。アメリカのベ
トナム介入では、きっかけになったトンキン湾事件は実はデッチ上げと言われていま
すが、いずれにしても北爆という形で積極的に介入したアメリカは最後には撤退を余
儀なくされました。

では、逆に戦闘に勝った場合の「開戦の責任」はどうなるのでしょう。今回のイラク
がそうです。長い目で見ればアメリカの敗北というストーリーになっていく可能性も
ありますが、現時点では、宣言した通りアメリカ軍は確かにフセイン政権の正規軍を
打倒し、フセイン本人の捕縛にも成功して、首都を中心にイラクの過半の地域を支配
しています。更にアラウィ氏を首班とするイラク人による暫定政権に政権委譲もして
います。

この「自分から戦端を開いて、一応勝った状態」というのは、要するに全責任を引き
受けたということになるのです。イラクがどうなろうと、例えば今週あたりから言わ
れ始めている本格的な内戦状態になったとしても、その責任は「開戦」をしたアメリ
カにある、そこで民心が得られずにテロリストの活動を結果的に助けることになって
も、全てはアメリカに責任がある、ということになってしまうのです。

では、どうして国連憲章では安保理決議を受けない開戦が禁じられているのか、とい
うと、それは同じ国連憲章の中にある戦後処理の手続きが関係しています。国連憲章
の後半は、戦闘終結後に地域の秩序を回復する際の国連の権限について、細かく取り
決めがされています。一言で言えば、PKF、PKO、信託統治や選挙監視など、一
連の「国家の体裁を回復する治療手段」です。

つまり、不幸にも戦争が起きてしまった場合は、国連はその後の処理をする権限があ
るということです。この条項に基づいて、国連は専門家集団を養成し、何度も事例を
積み重ねてきました。そして、現在では、あらゆる戦後処理は国連が担当する、とい
うことが基本的に国連憲章によって、従って国際法によって取り決められているので
す。

ところが、理由は何であれ、仮に加盟国の一つが国連決議なしで先制攻撃(開戦)に
踏み切ってしまうと、こうした国連憲章上の治安回復手続きが難しくなるのです。そ
れは「勝った場合」でも開戦した国が事実上の治安回復責任を負ってしまうからです。

いずれにしても、アナン事務総長の「法の支配」という問題提起は真剣に受け止める
必要があると思います。日本をはじめとする「国連改革」の提唱者たちも、自分たち
の安保理入りを考える前に、こうした「国際法の枠組み」が危機に瀕しているという
ことを認識し、「法の支配」をどう回復するのかを研究し、提案すべきだと思います。

ふと気づくと、アメリカが自ら強みだと思っていた「法の支配」を様々な形で崩しに
かかっている、そんな時代になりました。国際法だけではありません。国内において
も、「法の支配」は激しく揺れています。今月に入って「強襲用銃器規制法」が失効
し「セミオートマチック銃」が合法化されてしまいました。NPRラジオでは、リベ
ラル派の論客アル・フランケンが「テロリストにセミオートマチックを買えというよ
うなもの」とこき下ろしていましたが、選挙を前にして、一歩も譲らない共和党の前
に、民主党は手も足も出ない有様でした。

今週の木曜、9月23日には、往年のフォークシンガーで日本でも有名なキャット・
スチーブンス(英国在住)が、アメリカに入国しようとしたところ、フライト中に入
国拒否にあうという事件がありました。スチーブンスは、結核療養などの経験を経て
アメリカ文化に絶望、その後イスラム教に改宗してイスラムという名前を名乗ってい
るのです。

そのスチーブンスは「テロリストのウォッチリスト」に載っていたのだそうです。で
すが、搭乗したUA919便というロンドン(ヒースロー)発のワシントンDC(ダ
レス)行きのチェックインの際には、氏名の照合に失敗して、搭乗を許してしまった
のだと言います。その「ミス」に気づいた「国土保安省」が大西洋上のボーイング7
47−400機に連絡を取り、結局この機は米国領土に入ると直ちにメイン州の空軍
施設に着陸させられました。

スチーブンスは、その場でFBI職員に取り囲まれてそのままロンドンへ強制送還と
いうことになりました。どうしてチェックにひっかからなかったかというと、スチー
ブンスがファーストクラスの客であったために、監視リストとの照合は航空会社の職
員が行って、その際にタイプを打ち間違えたために「通ってしまった」というのです。

スチーブンス本人は「全くのデッチアゲでバカバカしい限りだ」と言っていますが、
肝心の「容疑」はヤブの中であって、どうして入国拒否されたのかは不明です。ただ、
この事件、多くのTV局は「ファーストクラスにはチェックが甘いというのは、危険」
という切り口で放送していました。どうしても、テロ防止という大義があると、思考
停止になる傾向は変わりません。

そんな中、大統領選は残るところ約40日、共和党大会後のブッシュの支持率上昇も
一巡して、現在は両陣営拮抗したというところでしょうか。私の州ニュージャージー
は、元来は強固なリベラル州だったのですが、今回は民主党知事の同性愛スキャンダ
ルや、製薬や医療関係業界の共和党組織選挙などの影響で、拮抗した選挙戦になって
います。各州も週替わりで支持率が動く流動的な情勢が続いています。

来週からはいよいよ候補者によるTV討論が始まります。日程を申し上げておきます
と、9月30日(木)が大統領候補の第一回(フロリダ州マイアミ郊外)、10月5
日(火)がエドワーズがチェイニーに挑む注目の副大統領候補同士の討論(これ一回
のみ、オハイオ州クリーブランドで)、その週の10月8日(金)が大統領候補の第
二回(ミシシッピ州、セントルイス)、更に最終の大統領候補討論第三回がその翌週
10月13日の水曜日(アリゾナ州テンペ)という予定です。

こうした討論を通じて、単なる情念や嫌悪の応酬になるのか、それともこれまで通り
の政策の並べ立てに終始するのか、あるいは悪どい非難合戦になるのか、いずれにし
ても泣いても笑っても中間層の最終的な投票行動は、このTV討論で相当に固まって
くると思います。

その際に、「法の支配」というようなことが語られる可能性は、現時点では余りあり
ません。ブッシュ続投となっても、ケリー就任となっても、時代は簡単には変わって
いかないように思います。激情に流されて理念的なもの、厳密で客観的なものを崩し
てしまった結果、社会は分裂し、英米法の強みである不文律が機能しなくなってきて
います。その意味で、アメリカは世界を指導する能力を喪失しつつあるとも言えるの
でしょう。

この大統領候補の討論については、両陣営がそれぞれ弁護士を立てて試合(ディベー
ト)のルールを決めるのですが、今回はそのルールが極めて厳格で、何でも分厚い冊
子になっているのだそうです。内容としては「討論中に演壇から離れて歩き回るのは
禁止」とか「その場でアドリブで相手候補に質問をするのは禁止」などに始まって、
討論が「ガチンコ」で白熱しないよう様々な「べからず」が設定されているのだそう
です。

MSNBCのクリス・マシューズは、24日朝のNBC『トゥディ』で、「要するに
お互いを全く信用していないから、バカみたいに細かく取り決めないとダメというこ
とになってしまったんです」と言っていました。今回の討論における「取り決め」そ
れ自体はバカバカしいと言っても良いのでしょう。アメリカという社会が、共通の価
値観を失い、暗黙の合意形成能力を失った結果だからです。

ですが、人間の常識として、お互いが信用できなければ、あるいは利害が鋭く対立し
ているときには、細かな取り決めをしてそれをお互いが守るようにするのが文明とい
うものです。その意味では、この「討論ルール」は理にかなっています。こうした最
低限の「法の支配」という流れを国際社会において取り戻すこと、今この問題は緊急
の課題だと言えるでしょう。

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冷泉彰彦:
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