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Re:カントのスウェーデンボルグに対する最後の本音
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投稿者 一刀 日時 2004 年 10 月 26 日 14:53:30:MeO6VtvT5OOD2
 

(回答先: Re: 水木しげる『神秘家列伝』とカントの『視霊者の夢』 投稿者 バルタン星人 日時 2004 年 10 月 11 日 01:33:27)

フォーフォフォフォフォッ(挨拶)
こんにちわ。
 カントは「視霊者の夢」でスウェーデンボルグに対して
暴言の様な言葉を吐いている様なので、後々まで彼がそう思っていたか、
そうでないのか、証明するために絶版になっている本から
文章を一部分引用します。

(絶版になっているので入手困難につき勝手に引用させていただきます)
「スウェーデンボルグの思想」1995年
高橋和夫
講談社現代新書1235番   第一刷発行
P200-P206

2 カントによる千里眼批判

超能カ者スウェーデンボルグ
 スウェーデンボルグの心霊的な能力は社会生活においてもしばしば発揮され、多くの逸
話を生んだ。霊媒として故人の消息を家族に伝えるとか、ちょっとした未来予知とか、現
在PSI(超常現象)として知られている出来事が、彼に関して報告されている。
 彼自身はこうした異常な出来事に好奇の目で関心を示す態度を、人間の健全な精神生活
にとって有害かつ危険なものと考え、他人から頼まれ、それが正当な理由を持つ場合以外
は、こうした超常能力を行使することはなかった。
 友人ロブサーム(82ぺージ参照)があるときスウェーデンボルグに、一般の人々も他界と交
流できるかどうかを尋ねた。その際スウェーデンボルグは、断固としてこう答えている。
「こうした交流は狂気へ直通する遺ですから、注意してください。というのは、人間に隠さ
れている霊的な事柄を注視する状態において、人間は地獄の妄想から自らを引き離してお
く方法を知らないうえ、そうした妄想は、人間が自分の把握を超えた天界の事柄をひとり
よがりの思索によって発見しようとすると、その人間を混乱させてしまうからです。あな
たは、不必要な探究によって自分を見失ってしまう神学生や、とりわけそうしたことをし
たがる神学者たちが、どれほどしばしば理解力を損なうことになったかを、十分ご存知で
しょう」(ターフェル、前掲書1)。

ストックホルム大火災を見通した千里眼
 スウェーデンボルグのPSI能力に深い関心を示した同時代者のひとりが、ドイツの哲
学者、若きカントだった。批判哲学を確立し後世の哲学や神学に強力な影響を及ぼしたカ
ントの、スウェーデンボルグヘの接近は興味深い問題なので、ここで取り上げてみたい。
『天界の秘義』の出版完了後わずか二年して、スウェーデンボルグは第七次外国旅行に発
ちロンドンヘ行った。そこで一年間に五冊の著作(「ロンドン五部作」と言われる)を出版して、
一七五九年に帰国した。「スウェーデンボルグの千里眼」として後世の語り種となった事件
は、この帰国の途次に起こったのである。
 七月一九日、土曜の夕方のことであった。スウェーデンボルグはイギリスから帆船に乗
って、スウェーデン西海岸の都市イェーテボリに到着した。そして同市の商人だった友人、
ウィリアム・カーステルの夕食会に招かれた。現在もサールグレン家として残っているカ
ーステルの家には、ほかにも一五人の客が招かれていた。
 食事中、スウェーデンボルグは極度に興奮し、顔面が蒼白となった。不安と焦燥に満ち
た様子で、彼は幾度となく食卓を離れた。そして、騒然となった一同に向かって、
「今、ストックホルムで大火災が猛威を振るっている」
と、告げたのである。そして落ち着きを失ったまま再び外へ出て行き、戻つて来ると、ひ
とりの友人に向かって言った。
「あなたの家は灰になった。私の家も危険だ」
 その晩八時頃、もう一度外へ出て戻って来た彼は、大声で叫んだ。
「ありがたい!火は私の家から三軒目で消えた」
 同夜、来客のひとりが州知事にこの話をしたため、知事の依頼に応じて翌日、スウェー
デンボルグは火事の詳細を話した。火事のあった二日後、通商局の使者がストックホルム
からイェーテボリに到着した。両都市は約四八○キロメートルも離れていたが、この使者
の火災報告とスウェーデンボルグの語った内容とは、薄気味悪いほど一致していたのであ
る。

カントによる批判と評価
 ヨーロッパ中に知れ渡ったこの出来事に深い関心を抱いたカントは、かなり大がかりな
調査を姶めた。三九歳のカントが、その後援者の娘クノープロッホ嬢宛の手紙でこの事件
の詳細な調査報告をしたのは、大火の四年後である。彼はその中で、スウェーデンボルグ
の千里眼は「何よりも強力な証明力を持ち、およそ考えられる一切の疑念を一掃してしま
うように思われる」(『視霊者の夢。B版収録のカントの手紙)と述べている。
 この手紙の中でカントはまた、スウェーデンボルグに手紙を書き、自分の質間事項にス
ウェーデンボルグが新刊書の中で答えるという約束をとりつけた、とも述べている。カン
トの依頼を受け実際にスウェーデンボルグに会った友人の伝えるところによると、スウェ
ーデンボルグは「理性的で、親切で、率直な」人物であったという。
 ところが二年経っても、スウェーデンボルグが新刊書の中でカントの質問に答えた形跡
もなく(おそらく単純な失念と思われる)、またスウェーデンボルグの著作を送るという前述の
友人の約束も果たされなかった。苛立った(いらだった)カントは八巻もの分厚い『天界の秘義』を自ら
買い込んで読み、一七六六年にスウェーデンボルグヘの枇判書『視霊者の夢』の出版に踏み切ったのである。
 カントの批判の痛烈さは、次のような言葉に反映している。「この著者の大著はナンセン
スに満ち」「完全に空で理性の一滴も含まない」。実際、カント学者K・フィッシャーは『視
霊者の夢』を評して、カントにとって形而上学とスウェーデンボルグは「一撃でぴしゃり
と殺されるべき二匹のハエ」だった、と述べている。
 しかしカントは、表面上はともかく、スウェーデンボルグの心霊能力や思想に対しての
みならず、霊的な存在一般に対して終始、両面価値的(アンビヴアレント)な態度を見せている。すなわち、カ
ント自身、超自然的なものをどう処理してよいか、まだ確信が持てなかったのである。だ
からこそカントは、スウェーデンボルグの「大著は理性の一滴も含まない。それにもかか
わらず、その中には、同様の対象に関して理性の最も精細な思弁がなしうる思考との、驚
くべき一致が見られる」(『視霊者の夢』B版)と述べざるをえなかったのである。この批判書
において彼はまた、スウェーデンボルグの千里眼に関して、「真実であるという完全な証明
が容易に与えられるに違いない種類」の出来事である、と明言している。
 その思索の方法は異なるものの、カントの哲学とスウェーデンボルグの思想には、英知
界と感性界(スウェーデンボルグでは霊界と自然界)というニ世界の分立、時間と空間の観念性、
霊魂の不死に関する思索、宗教における道徳性の強調などの点で、本質的に共通している
部分がある。
 カントは『視霊者の夢』出版の四年後、ケーニヒスベルク大学の教授になり、そののち
一〇年以上の長い沈黙期間を経て『純粋理性批判』を出版し、不動の名声を確立した。こ
の沈黙の期間の講義で彼が再びスウェーデンボルグに言及し、次のように評したことは注
目に値しよう。
「スウェーデンボルグの思想は崇高である。霊界は特別な、実在的宇宙を構成しており、
この実在的宇宙は感性界から区別されねばならない英知界である、と彼は述べている」(K・
ぺーリツ編『カントの形而上学講義』)。
 
 
 
ユングの「共時性」による千里眼理解
 今世紀に入ると、C・G・ユングがスウェーデンボルグの千里眼に注目した。医学生の
頃にスウェーデンボルグの分厚い七巻の書物を読んだユングは、彼を「偉大な科学者にし
て神秘家」と称えた。また、物理学者W・パウリとの共著『自然の解明と精神』(1952)
において、自分の「共時性(シンクロニシテイ)」の理論の例証として、前述のスト
ックホルムの大火の件を引き合いに出し、こう述べている。
〔前喀〕ストックホルムにおいて火事が起こっているという幻視がスウェーデンボルグの内
に起こったとき、名の二者間に何も証明できるようなもの、あるいは考えられるような
つながりすらもないのに、その時そこで実際に火事がいかり狂っていた。
〔中略〕彼を「絶対知識」に接近させた意識閾の低下が存在したと、われわれは想像する。
ある意味で、ストックホルムにおける火事は、彼の心の内でも燃えていた。無意識の精
神にとって空間と時間は相対的であるように思われる。つまり、空間はもはや空間でな
く、また時間はもはや時間でないような時-空連続体の中で、知識はそれ自身を見出すの
である。それゆえ、無意識が、意識の方向にポテンシャルを保ち、発展させるならば、
そのとき、並行事象が知覚されたり「知られ」たりすることは可能である。
        (河合隼雄・村上陽一郎共訳司自然現象と心の構造』海鳴社、一九七六年)
 ユングは因果律の原理を認めながらも、意味深い偶然の一致という現象を説明するため
に、「非因果的」でしかも「同時的な」二事象間を関連づける原理、すなわち「共時性」を
導入した。「共時性」は一つの仮説だが、スウェーデンボルグの千里眼を容認しつつも結局
その説明ができなかったカントと違い、ともかくこの千里眼の学問的な説明を試みたとい
う意義は大きい。

 余談ですが、岩波哲学・思想事典にもスウェーデンボリ(Swedenborg)に関する坂部 恵氏の記述があります。
 私はスウェーデンボルグがいなければカントは「純粋理性批判」の一行も書けなかった
と思います。
 W.ブレイクも彼の作品の中で歌っているそうです。
「おお、スウェーデンボルグよ!人間の中で最強の者!教会によって髪を切られた
サムソンよ!」
では失礼します。

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