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投稿者 あっしら 日時 2004 年 9 月 17 日 23:09:58:Mo7ApAlflbQ6s
 

(回答先: 「あっしらさんへ」恥ずかしながらさらに質問を。 投稿者 オニオン 日時 2004 年 9 月 17 日 03:51:37)


オニオンさん、どうもです。


【オニオンさん】
「だからという訳でなく寧ろ一読者の要望になるのですが、あっしらさんが「マンキュー、スティグリッツ、伊藤元重各氏」の本の気になる部分を抜き出し反論を試みるというのも相当興味をそそられます。恐らくですが「近代経済学」と「あっしら的経済解釈」の相互比較が出来て話がとても見えやすくなると思います。いかがでしょう?(ちょっと悪ノリが過ぎましたかね、、)」


この間あれこれ考えるなかで、経済学者とは「経済社会観」が違うんだなと実感しています。

部分的に抜き出して批判することも可能ですが、それをきちんと行うためには、「経済社会観」レベルで新しい見方を提示する必要があると考えています。

ぽつぽつと議論板に投稿している「輸出論」や「GDP算定問題」は、その前提的なものだと受け止めていただければと思っています。

【オニオンさん】
「「他者も自然も自己も同一存在であり内的連関性によって動いていると理解すると、主−客の対立は消え去り、感性的には外であるものの存在性もよく見えるようになると思っています。生と死の違いは、内的連関性の在り方が変わるだけの話かもしれません。」

 この辺りは一体どの様な意味なのでしょうか?何度か考えてみたのですが何となくしかイメージが掴めなかったので、、宜しければまたお願いします。」

意味というより実感や認識に関わることなので説明が難しいのですが...

自分は確かに独立的に自存し、他者や外的存在も確かに独立的に存在しているものだけれども、自分が何かをやろうとしたとき、そのような主(自分)−客(外的世界)では物事があまり見えないし、やろうとしたことを実現することもできないという思いに由来するものです。

自分が他者関係性の一要素であり、それと外的世界の相互関係活動が現実を動かしていると考えると、いろいろなものが見えやすくなり、やりたいこともできるのではないかと考えています。

生においてはそのようなことを考える存在であり、死(生の前)においてはそのようなことを考えない存在として、そのような関係的世界にいるのではないかと...

【オニオンさん】
「 ボールを投げることに話を限定すれば、数式と言葉で表せるような力学理論を知っていても(大いに参考になることもありますが)直接的にボールを上手く投げれるようにはなりませんね。ですが、ボール投げの方法(理論)を身体感覚として記憶しているなら上手にボールを投げれると思います。
 この事から「想像力」について考えを膨らますと、(人間関係的なものを除いて)行動を目的とした想像は物と自己の身体に対する感性(感覚)的なイメージを必要とすると考えられそうな気がします。人間が外に向かって活動をするならどの様な形であれ身体を経由しなければならないからです。」

「理論→体得」というより「体得→理論」の流れであり、理論化することで蓄積や利用がスムーズになるものだと思っています。
あることをうまく成し遂げることについては、理論よりも、その“コツ”を体得しそれをうまく言語表現できる親方やコーチのほうがうまく誘導(指導)できると思っています。
近代の進展とともに、「身体性を伴う認識」が徐々に欠落してきたように思えます。
IT化バンザイで進んでいけば、IT化の前提である「身体性を伴う認識」が喪失し壁にぶつかるだろうなと考えています。


【オニオンさん】
「 恋愛論の方でも「理論の感性化(身体認識化)」ができれば幾らかは役にたつ気もしますが、そもそも完璧な恋愛論なんて、、、多分無さそうです。
 なぜ力学論なら良くて恋愛論はだめかといえば対象の複雑も然ることながら、人間の認識の限界性も関係あると思います。ボールと違って見えないし確かめようもない(相手の)心を恋愛論は扱わねばなりませんが、もちろん直接確かめることは出来ません。とすると相手の心の内を探るには相手の様子から判断するしかない訳です。じゃあここで判断するための基準は何かといえば自分自身の精神に対する内省しかないと思うのです。人が笑ってるのや泣いてるのを見て「楽しいんだな」「悲しいんだな」と想像するには自分が笑ったり泣いたりしている時の感情を基にするしかありません。しかしここであっしらさんの説を借りるなら「私は(生きてる間は)永久に私にたどり着けない」という事になります(観測者である私が観測者である私を観測することは出来ないというのがその理由でしたよね。とすると案外死んだ後なら私は私にたどり着けるかも、、、)。自分を基に相手を知るしかないのに自分自身すら知り切ることが出来ないのなら、やはり完璧な恋愛論は無いと思います。
 余談ですが、同じ理屈で友情も家族もそして結局は人間関係である政治も畢竟政治の一部である経済、軍事、どれも完璧な理論などないと言えそうです。」


ボールは思ったところに投げられればいいモノですが、他者関係性はそうじゃないから面白し大変なことだと思っています。

自己認識さえ不可能という自覚が、「他者も自然も自己も同一存在であり内的連関性によって動いている」という思いにつながっていくかもしれません。


【オニオンさん】
「 さてやや話が飛ぶのですが以前出させてもらった「遠さ」について、何とかまとめられましたので、、
 理論が完全であれ不完全であれ、そして思考の対象が人であれ物であれ、有用な想像力を働かせるためにはそれらに対する感覚的、感性的なイメージを相互の連関によって動かすしかないと思います(ボールを投げるときの(自分の)力加減や、「あの人にこんなこと言ったらどう感じるだろう」と具体的に想像するなど)。ならば、具体的な人、物にたいするイメージがなければ考えようが無いことなります。
 とするとです。結局近代人は、例えそれが自分に多大な影響を及ぼすものであっても(環境問題とか原発問題とか経済問題とか)、考えられない、考えようがない状況なのですね。だって様々な問題があることは知っているし、人によっては幾らかなの知識も持っているでしょうが、問題の現場が余りにも遠いため考えるのに必要な生の認識を持つことが出来ないのですから。
(逆に言うと問題の「現場」が生活の近くにくれば、人は色々と考え出すものなのかな?)」


ひとは自身が解決に関与できないと判断したことについては、あまりあれこれ考えないという健全な身構えを持っているように思えます。

たぶん、自分自身が解決しなければならない状況に置かれたら、問題が起きると“面倒なこと”や“危ないこと”は避ける選択をする人が多いのではないでしょうか。

「遠さ」の問題は、一般庶民だけではなく支配層にとっても同じなのに、その立場ゆえに手におえないこともやってしまっているような気がします。
誰も制御できないことなののに、こうやるとあることはいい結果が出るとか、こうやらなければドツボにはまるからやるしかないということで、物事が動いていっているような気がします。(経済問題や環境問題をイメージしていただければと思っています)

「遠さ」の溝を埋めるために、理念や理論という“空虚”にすがって動いているのではないでしょうか。(ひとがつくったシステム・制度がひとから遠いものになり、そのような状況になんとか対応するために理論に依存してもがいている)

恒常的生活圏は、できるだけ「生の認識」が可能な範囲にすべきだと思っています。
(ある場所に貼り付くという意味ではなく、どうなるのかどうなっているかを把握できるという意味)

【オニオンさん】
「 政治家の方々と想像力について
 考えたり、想像したりするためには人や物や事に対する「具体的」なイメージが必要だと先ほど仮定しましたが、これが一般に通用するとすると一つ不安なことが。
 今の政治家や官僚の方々は本当に国民生活について考えてくれているのかということです。僕自身はごくごく普通の一般人ですが、その一般人には政治家の人たちは余り身近に感じられません。別に全部の家を見て回れなどとは言いませんが、このような状態で政治家の皆さんは本当に考えるのに必要なイメージを持つことが出来るのでしょうか?
 少なくともテレビに映っている政治家の方々の言説は余りに空虚で、一般人の生活からは乖離しきっているように感じます。
 あっしらさんは以前、「支配者(エリート)は地に降りるべきだ」と仰っていましたが、それは地に降りなければ考えるのに必要な生の認識を得ることが出来ないから、というように受け取っても構わないのでしょうか。」


どんなに良心的な政治家や官僚であっても、国民という存在は“客体”でしかないはずです。
国民は国家社会のために働いてもらう“客体”であり、面倒をみたり何かをしてあげる“客体”です。

エリートを自認している人たちが他者を“客体”と見る立場から降りて“主体”の一員にならなければ、「支配−被支配関係構造」は解消できないし、エリートたちも“豊かな”ひとにはなれないと思っています。

(「地に降りなければ考えるのに必要な生の認識を得ることが出来ない」と受けとっていただいてけっこうです)


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