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なんだかわからない何かを知るために(asahi.com)
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投稿者 彗星 日時 2004 年 6 月 01 日 00:06:40:HZN1pv7x5vK0M
 

「ニュースDrag」 May  31, 2004

なんだかわからない何かを知るために

高成田 享

イラクで取材していたフリージャーナリストの橋田信介さんと小川功太郎さん、それに通訳のイラク人の3人を載せた車が武装グループに襲撃され、3人とも殺された。面識もなく、記事を読んだこともないので、この2人が立派なジャーナリストだったなどと語る資格はないが、文字通り死と隣り合わせの危険地帯で、自ら取材し、日本に向けて発信してきた2人に尊敬と哀悼の意を表するとともに、こころざし半ばで倒れた無念さを、記者のはしくれとして、心のなかに留めておきたい。

テレビ朝日の「朝まで生テレビ」が日本人の人質事件をめぐる問題を取り上げたときに、議論に引き込まれて見ていたのだが、橋田さんも出席していた。橋田さんは、イラクで武装グループに拉致され解放されたばかりのジャーナリスト、安田純平さんに対しては、取材の仕方が稚拙だと批判していた。

また、1999年にキルギスで日本人技師が誘拐された事件で、「現場で交渉に当たった」という政治家に対しては、「私は誘拐事件が起きた場所で取材したが、あなたのいた所は、現場から遠く離れたところで、現場などと言ってほしくない」といった歯に衣着せぬせぬ発言をしていた。

取材に対する自信、現場に対するこだわりが強く印象に残っている。

一方、小川さんが知人に送ったメールの一部が朝日新聞(29日付朝刊、同夕刊)に紹介されている。

「いのしし年なので、ときには理不尽な現場に突撃したい衝動にかられるけど、じっとこらえてチグリス川の川面を眺めています。きっといつか役に立てる日が来ると思いながら。なんだかわからない何かを知るために」

「(捕虜虐待事件で)米軍の信用は完全に失墜しました。私がイラクで感じるのは、イラク人は基本的にはとてもピースフルな人々だということ。しかし、同時にとても誇り高く、自分たちの尊厳が傷つけられたときは徹底的に戦います。不利だと分かっていても、死ぬかもしれないと思っていても戦います」

橋田さんに取材の作法を仕込まれていた小川さんが突撃取材をじっとこらえながら、懸命にイラク戦争とは何か、イラク人の心は何か、知ろうとしていたことがわかる。

「なんだかわからない何かを知るために」という言葉は、記者の原点だと思う。なにもわからないのに、わかったようなふりをした「社説」を書く場所にいると、よけいに、その言葉の重みがのしかかってくる。

ところで、この事件について論評した各社の社説を読むと、読売新聞の特異さが際だっているように思う。「イラク邦人襲撃/心が痛む戦場記者の受難」(産経新聞)、「記者襲撃/現場主義の重みを思う」(朝日新聞)といった見出しを見れば、まあ中身も想像できるが、読売新聞は「2邦人襲撃/人質事件の特異さが際だつ」というもので、見出しからは、主題は今回の事件ではなく、あの人質事件だと読める。

「今回の襲撃事件は、先の日本人人質事件とは、様相がまったく異なる。人質事件が極めて特異だったのである。政府に国民の生命を守る責任があるのは、当然だ。だが、家族が自衛隊のイラクからの撤退を掲げ、政府に政策変更を要求したことが、無用の混乱を招いたのである」

「戦場は、常に危険と隣り合わせだ。ジャーナリストは、時には、あえて危険を冒してでも、戦場や災害現場に赴く。それは職業的情熱であるともいえよう」

ジャーナリストが戦場に行くのは、職業的情熱だが、家族が政治的な動きをするのはおかしい、ということなのだろう。その主張にも私は異議があるが、それよりも変だと思うのは、ジャーナリスト論のほうである。読売新聞は前回の人質事件以来、一貫して、政府の退避勧告を無視するジャーナリズムを批判的に取り上げてきたからだ。

「昨年のイラク戦争の直前から、外務省は渡航情報の中で危険度の最も高い『退避勧告』を出していた。3人の行動はテロリストの本質を甘く見た軽率なものではなかったか」(4月9日付社説、3邦人人質/卑劣な脅しに屈してはならない)

「事件の再発防止には、外務省の『退避勧告』に従い、無謀な行動をとらないことが基本だ」(4月16日付社説、3邦人解放/喜ばしいが教訓も少なくない)

「先の3人の人質事件以前から、政府は事件の再発防止のために、再三、イラクからの『退避勧告』を出し、無謀な行動を取らないように国民に訴えてきた。2人は『日本で大騒ぎになっていることを知らなかった』という。危険でもあえて現場に行こうとしたのは、自己責任の覚悟があってのことかもしれない。だが、やはり甘かったのではないか」(4月18日付社説、イラク2邦人解放/同じ愚を繰り返してはならない)

社説ではないが、4月15日付夕刊では、「『今はイラクで稼げる』勧告後も続々入国 フリー記者、危険無視」というアンマン発の記事で、「外務省の退避勧告に応じて大手報道機関が記者を退避させるなか、存在感を示そうと隣国ヨルダンでは入国の機会をうかがう人もいる」と書いた。この記事では、読売をはじめイラクから退避したメディアの名前を列挙したが、残留したメディア(毎日、産経、NHK、共同通信、朝日など)には触れなかった。

独断と偏見かもしれないが、読売がこの間、もっとも声高に主張してきたのは、政府の退避勧告に従わないフリージャーナリストやボランティアはけしからんということではないか。それなら、大手報道機関はいいのかという反論を制する形で、自分たちは記者をイラクから退避させたのだろう。それはそれで論理が一貫していると思うが、それなら、今回の事件で、退避勧告にまったく触れていないのはなぜか。

死者をむち打つようなことはしないというのだろうか。それとも、イラク報道の重要性に鑑み、記者をイラクに戻すつもりなのだろうか。

またまた独断で言ってしまうと、もともと、政府の退避勧告にジャーナリズムも従うべきだという発想がどこかにあったとすれば、それ自体が無理だったのではないか。危険を覚悟で、その国の政府に完全に縛られることなくという意味では、NGOの人々もそうだろうが、イラクをみれば、世界中からジャーナリストやNGOが入り、それぞれの「自己責任」で、活動している。それがいまの世界のあり方だ。

くどくどと、他紙の揚げ足とりみたいなことを書いているのは、人質事件のときに、政府の退避勧告に従わないのは、けしからんという世論が形成され、それが人質になった人々に「救出にかかった費用を出せ」といった圧力になって、ふりかかったと思うからだ。事件が起きたときに、政府が「退避勧告を出しているのに」と言うのは当然かもしれないが、私たち「大手報道機関」も含めたジャーナリズムやNGOは、危険や使命感を考えながら、それぞれの厳しい選択をしてきたのではないか。

今になって、退避勧告の話は抜きにして、人質事件で問題だったのは、家族の対応だと言われると、「退避勧告」の世論形成を助けたことは、どう総括するのかと尋ねたくなる。

昔、新宿のゴールデン街に繰り出すと、いろいろなメディアの酔っぱらいがジャーナリズム論で口角泡を飛ばしていた。私たちができる橋田さん、小川さんの弔いは、そんな議論かもしれない。合掌。

http://www.asahi.com/column/aic/Mon/d_drag/20040531.html

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