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メディアの裏側 序章「裏支配」の崩壊 [国会TVマガジン]
http://www.asyura2.com/0411/senkyo7/msg/486.html
投稿者 なるほど 日時 2005 年 1 月 10 日 07:45:47:dfhdU2/i2Qkk2
 

国会TVマガジン 号外
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テレビ界に不祥事が相次いでいます。経営者たちは特殊な個人の
犯罪として片付けようとしていますが、多くの国民はこれらの事
件は「氷山の一角」だと思っています。つまり構造的な問題だと
感じているのです。しかしどのような構造があってこのような事
件が起こるのかは誰も知りません。メデイアの世界の内部を報道
するメデイアが無いからです。メデイアの恥部を明るみに出す事
はこの国ではタブーです。その掟を破ると社会から村八部にされ
相手にされなくなります。私はこの国の問題は政治家や官僚にあ
るのではなく、ジャーナリズムが存在していない事だと思ってき
ました。そこで誰も語らないメデイアの実像を、私が見てきたま
ま記録にとどめようと思い、現在「メデイアの裏側」(仮題)
を執筆中です。せっかくですから会員の皆様方にも原稿をご覧頂
きご批判を賜ろうと思いました。勝手ながらこれから週刊で連載
をさせていただこうと思います。迷惑だという方がいらっしゃれ
ばその旨お申し出下さい。対応を考えます。


メディアの裏側(第1回)

 序章 「裏支配」の崩壊

 野中元幹事長の政界引退
 二OO三年九月三日(水)夕方、晴天のまま暑い夏の一日を
終えようとしていた東京地方に、突如として猛烈な雷雨が襲い
かかった。古代人ならばおそらく天の怒りとひざまずいたであ
ろう、空全体が揺れ動くような激しい雷雨だった。午後六時半、
千代田区永田町一丁目にある国会議事堂に雷が落ちた。雷で破
壊された外壁が中央食堂の天窓に落下し破片が散乱した。まる
で日本政治が天の怒りに触れたかのようであった。
 それから六日後、自由民主党の野中広務元幹事長が突然政界
引退を表明した。記者会見で野中氏は国会に落ちた雷の事を
「国政に竹下さんが鞭を打っている思いがした」と語り、この
落雷が政界引退を決意させたと述べた。
 野中広務元幹事長の政界引退は、四半世紀に渡って我が国を
呪縛してきた二つの「裏支配」構造が崩れ始めた事を意味した。
 一つは政治の裏支配である。
 一九七六年、ロッキード事件で逮捕され、一審で有罪判決を
受けた田中角栄元総理は、自らの無罪を勝ち取るために、最高
権力者である内閣総理大臣を裏から操る「裏支配」の構造を作
り上げた。田中元総理が率いる最大派閥は、自らは決して総裁
候補を立てず、キングメーカーに徹する事で、自民党総裁選挙
で決定的な力を発揮した。田中派が支持しない限り自民党総裁
=内閣総理大臣にはなれない仕組みが出来上がった。一九七六
年に誕生した福田赳夫内閣は「角影内閣」と呼ばれ、以来、大
平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘と続く内閣はいずれも「直角内
閣」、「田中曽根内閣」などと呼ばれて田中角栄元総理の影響
下にあった。田中角栄氏の政界支配を脱して権力を奪おうとし
た中曽根康弘、金丸信、竹下登氏らと田中角栄氏の暗闘は、
拙著「裏支配−今明かされる田中角栄の真実」(廣済堂出版)
に詳述したが、田中元総理が病に倒れ、政界から姿を消した後
も最大派閥は生き続け、宇野宗佑、海部俊樹、宮沢喜一と続く
政権を裏からコントロールした。そして一九九三年の自民党分
裂によって非自民の細川護煕政権が誕生すると、今度は社会党
の村山富市氏を総理に担いで復権を果たすなど、「裏支配」は
その後も変わる事がなかった。
 その「裏支配」に変化が訪れたのは二OO一年四月の自民党
総裁選挙である。最大派閥と真正面から戦った小泉純一郎氏が
総理の座に着き、初めて最大派閥が敗北した。しかしその瞬間
から、最高権力者としてリーダーシップを発揮しようとする小
泉総理と、総理大臣を只の「シャッポ」として裏からコントロ
ールしてきた自民党最大派閥との間で熾烈な主導権争いが始ま
った。その中で小泉総理が「抵抗勢力」と呼ぶ反小泉の先頭に
立ったのが野中広務元幹事長である。小泉総理が持論の「郵政
民営化」をことさらに強調して郵政族のドンである野中元幹事
長を挑発すると、野中氏は小泉総理を「独裁者」と批判して、
両者の対立は抜き差しならないものとなった。二OO三年九月
の自民党総裁選挙はその雌雄を決する決戦の場と位置づけられ、
野中氏は小泉総理の再選阻止に全力を挙げた。自民党内の派閥
分布で小泉総理を支持するのは依然として少数であり、地方票
の大半も最大派閥の影響下にあった。これに対して小泉総理は、
自民党総裁選直後に衆議院選挙を設定する事で求心力を維持し
ようとした。自民党員ではなく国民を相手にする選挙で勝てる
「顔」は自分しかいない。そうした自負が小泉総理を支えてい
た。「嫌ならいつでも私を変えれば良いんです」と開き直る小
泉総理に自民党は沈黙した。最大派閥の中も一枚岩ではなくな
った。青木幹雄自民党参議院幹事長(当時)や村岡兼造元官房
長官らは国政選挙を考えて小泉支持にまわり、野中氏と対立し
た。最大派閥は分裂状態となり、総裁選挙が告示された翌日に
野中広務元幹事長は政界引退を表明したのである。
 
金権VSメディア
 田中角栄氏が最大派閥を作り得た力の源泉は何であったろう
か。「人たらし」と言われた角栄氏の個人的な魅力もさること
ながら、それは豊富な資金力と「総合病院」と呼ばれるほどあ
らゆる問題に対応出来る幅広い人脈を駆使する組織力にあった。
 博労の子として生まれ、学歴もない田中角栄氏が、一介の土
建屋から身を起こし、日本の最高権力者に上り詰めるには、ま
ず金を集め、人を養い、組織を作り、それを拡大していかねば
ならなかった。そのようにして田中角栄氏は階段を上り詰めて
いった。結果として最高権力者の地位を勝ち得る事が出来たの
は戦後民主主義のなせる業である。
 それでは最大派閥を打ち破った小泉総理の力の源泉とは何か。
小泉純一郎という政治家には他の政治家と比べても驚くほどに
金と人脈はない。その意味で田中角栄氏とは対極に位置する政
治家である。それが何故最大派閥に勝つことが出来たのか。金
と人脈に代わるもの、それはメディアの力である。
 小泉政権が誕生することになった二OO一年四月の自民党総
裁選挙は、「密室の談合」から生まれた森喜朗政権が国民に不
人気であった事から、自民党のイメージを一新する必要があっ
た。自民党執行部は開かれた政党をアピールするため予備選挙
を実施することにした。それまで予備選挙が行われたのは、党
改革の必要が叫ばれたロッキード事件後の一九七八年と、鈴木
善幸元総理が政権を投げ出した後の一九八二年の二回だけであ
る。いずれの場合も最大派閥の田中派が予備選挙で圧倒的な強
さを見せ、田中派が応援する候補(七八年は大平正芳氏、八二
年は中曽根康弘氏)が勝利を収めた。
 二OO一年四月の総裁選挙には橋本龍太郎、亀井静香、麻生
太郎、小泉純一郎の四氏が立候補した。小泉氏が初めから抜け
出ていたわけではない。最大派閥は前例から見て予備選挙が自
分たちに有利に働くと判断していた。しかし最大派閥の橋本龍
太郎氏が野中広務氏を後ろ盾としていたのに対して、小泉氏は
田中角栄氏の一人娘である田中真紀子氏の応援を得て、自民党
員よりも国民を相手に選挙をする戦術をとった。小泉氏は街頭
演説で「私が首相になれば派閥が無意味になる人材登用をする
」、「自民党は国民の声を聞かなくなったから嫌われている。
私なら国民に首相を選ばせる」と訴えて聴衆の喝采を浴びた。
小泉氏よりさらに強烈だったのは田中真紀子氏の自民党批判だ
った。それはテレビのワイドショーにとって格好の素材となっ
た。野村沙知代、浅香光代の両氏がバトルを繰り広げた「サッ
チー騒動」でもわかるように、「猛女の喧嘩」ほど視聴率を稼
げるものはない。デヴィ夫人や細木数子氏など大の男をバッサ
バッサと切り捨てる「猛女の存在」はいつの時代もテレビ視聴
率にとって神様なのだ。この選挙で田中真紀子氏が、故小渕総
理を「お陀仏さん」と表現して自民党執行部から謹慎を迫られ
ると、ワイドショーはヒートアップした。テレビは田中真紀子
氏の応援演説から目が離せなくなった。こうしてマスコミ各社
の世論調査では小泉氏がダントツの支持率を獲得した。自民党
の内輪の選挙がメディアによってあっという間に国民的イベン
トに拡大され、自民党員は国民と相反する投票結果を出すわけ
にはいかなくなった。予備選挙で小泉氏は地方代表票の九割近
い百二十三票を獲得した。この投票結果は続いて行われた国会
議員の投票行動にも影響を与え、派閥としては自民党議員の二
割に満たなかった森派の小泉氏が国会議員票の半数を獲得した
のである。
 テレビで連日報道される小泉新総理の姿に国民は熱狂した。
小泉内閣発足直後の内閣支持率は八O%を越える驚異的な数字
となった。小泉総理の登場で二%程度だった国会中継の視聴率
は七%に跳ね上がった。自民党本部の売店には、小泉総理のポ
スターや関連グッズを求めて自民党とは無縁の女性や若者が連
日行列を作り、自民党本部は東京の観光名所となった。小泉総
理の誕生は、メディアの力によって、政治を越えた「小泉現象」
ともいうべき社会状況を作りだしたのである。(続く)

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国会TVマガジン 号外 12/28
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メディアの裏側(第二回)

 序章 「裏支配」の崩壊

 総理のパフォーマンス
 民主主義政治において、政治家が国民に自らをアピールするのは
当然であり、国民の支持を得るためのパフォーマンスは重要な仕事
の一つである。メディアを意識して効果的にパフォーマンスをして
みせた総理がいなかった訳ではない。中曽根総理はカメラの前で水
泳をして若さをアピールし、また座禅を組む姿を撮影させた。アメ
リカのレーガン大統領が来日した時には、自らの山荘に招いて囲炉
裏を囲み、法螺貝を吹くパフォーマンスを見せた。中曽根総理には
演出家の浅利慶太氏という専門のアドバイザーがついていた。政治
家にとってのパフォーマンスの重要さを中曽根総理は熟知していた。 
 小泉総理と同様に国民の期待を背負って登場した細川護煕総理も
メディアを重視した。外国の政治家に倣って、原稿を見ないで演説
できるようにプロンプターを導入したり、会見場で記者を指名する
際にペンを小道具に使ったりした。テニスプレーを撮影させてスポ
ーツマンであることをアピールもした。
 しかし小泉総理のパフォーマンスはこの二人とは全く質が異なる。
小泉政権が誕生した時、自民党長老の松野頼三氏が「小泉には横町
のあんちゃんのような親しみやすさがある」と語っていたが、小泉
総理はそのことを充分意識している。前の二人があくまでも「総理
=殿様」としてのパフォーマンスを演じていたとすれば、小泉総理
の場合は殿様が城下町に降りてきて、町人姿に変身し「横町のあん
ちゃん」として振る舞っているのだ。だから「なんてったってアー
イドールって歌、知ってる?」とカメラの前で小泉今日子の歌を口
ずさんでみせたりする。テレビのワイドショーがそれを必ず繰り返
し放送することを計算し、国民が親近感を抱くことを狙っている。
 「ワンフレーズ・ポリティックス」と言われるように短い言葉を
発するのも極めてテレビ的である。テレビは時間の制約を受けるメ
ディアだ。テレビCMは十五秒でメッセージの全てを表現してみせ
る。そんな世界では、長々しい説明は退屈なだけで説得力が無くな
る。長々しい説明をせずに結論の一言だけを繰り返す話法はまさに
テレビ的なのだ。
 小泉総理は、就任すると官邸の日常の中に、カメラの前で記者の
質問を受けるという日程を組み入れた。それまでの総理は何か特別
な出来事がなければカメラの前には立たなかった。その代わりに官
房長官が毎日二度も記者会見を行っている。ところが小泉総理は官
房長官の会見に加えて自らも毎日カメラの前に立つようにした。
そのことによってテレビのニュースには、それが政治問題ではなく
ともしばしば小泉総理のコメントが挿入されるようになった。マラ
ソンの高橋尚子選手が五輪候補から外れても、野球の長嶋監督が病
に倒れても、テレビコメンテーターの役割を果たしているのは総理
自身である。そんな事はこれまでの総理にはなかった。小泉総理は
メディア、とりわけ影響力の大きいテレビメディアの効用を計算し
尽くしているのである。
 小泉総理の登場によって日本の政治はこれまでになくテレビメデ
ィアと密着するようになった。主婦向けのワイドショー番組のテー
マは芸能から政治ニュースへと代わり、お笑いタレントが司会をす
る芸能番組にも政治家が続々出演するようになった。
 こうした状況に、反小泉勢力からは一斉に批判の声が上がった。
小泉政治に対して「ワイドショー政治」、「劇場型政治」、「ポピ
ュリズム政治」というレッテルが貼られ、衆愚政治に陥る危険性が
指摘された。しかし小泉政権の誕生直前までは、権力内部の「密室
談合」によって政治の方向が決められてきたことに国民の強い批判
があった。「先進国の政治はどこでも劇場型政治だ。密室政治に戻
れと言うのか」という反論もある。どうやら我々は政治とメディア
の関係を吟味して考えなければならない時に来ている。

 メディアクラシー
 「メディアクラシー」という言葉がある。デモクラシーとメディ
アを合わせた造語だが、デモクラシー(民主主義)社会において、
メディアが国民を動かす巨大な力を持つようになったため、メディ
アの取り上げ方によって政治の方向性が決まってしまう事を意味す
る。既にメディアによる国民の洗脳が始まっていて、民主主義を支
えるべきメディアが社会の支配者として君臨していると言う人もい
る。
 国民は往々にしてメディアに登場する人物が一流で、その言論が
正論であるという錯覚に陥る。それは新聞やテレビが常に公平中立
で正しい報道をしているという顔をするからだ。大ベストセラーと
なった「バカの壁」(新潮新書)で、著者の養老孟司氏はNHKが
「公平・客観・中立」を報道のモットーとしていることについて、
神でもなければ「ありえない」話で、それを「信じる姿勢があると
いうのは、実は非常に怖いこと」だと述べている。しかし国民はメ
ディアで語られる「正論」を否定する材料を持ち合わせていない。
だから信ずる。メディアが多様な見方を提示してくれれば、何が本
当か考えることもできるのだが、どこを見ても同じような意見だと
信じるしかなくなる。
 民主主義社会において政治権力、司法権力、行政権力の三つの権
力は、制度的に三権分立という仕組みの中で、お互いに監視と抑制
を行うことになっている。ところがメディアという第四の権力は民
主主義の根幹である言論・表現の自由を保証する必要から、あらゆ
る権力から自由でなければならないとされる。そのためメディアは
自らが自らを律しなければならない存在なのである。しかしメディ
アが自らを律する厳しさを持たず、メディア同士が相互批判を行わ
なければ、メデイアによって民主主義が揺らぐ危険性が出てくる。
 我が国で問題なのは、メディアについてほとんどその実態が知ら
されていない事だ。司法、立法、行政の三つの権力についてはメデ
ィアが克明に報道してくれる。しかしメディアの実態についてメデ
ィア同士の報道は殆どないのが実状だ。それは新聞とテレビが「記
者クラブ」という「ムラ社会」の構成員で、お互いに都合の悪いこ
とを明るみに出さない談合体質があること、また他の先進諸国では
見られないことだが新聞とテレビが全て系列化されているという我
が国の特殊事情による。
 メディアクラシーに陥らないためにはメディを分散させることが
必要である。多くのメディアが多様な物の見方を国民に提供し、相
互批判を行えば国民がメディアに洗脳されることはない。そのため
に民主主義国家ではメディアの集中を排除する措置がとられている。
ところが我が国では一九五三年に開局した初の民間放送局が読売新
聞社の系列下にある日本テレビだった。一九七O年代半ばには朝日
新聞社が教育専門放送局のNET(現テレビ朝日)を傘下に収めて
放送事業に乗り出した事から、全ての民放が新聞社と系列関係を結
ぶようになった。以来、新聞とテレビの相互批判はなくなり、メデ
ィアのもたれ合い体質が強化された。
 世界の民主主義国で新聞とテレビが全て系列化されている国など
ない。ワシントン・ポストもニューヨーク・タイムズも、ル・モン
ドもザ・タイムズも、クオリティ・ペーパーと言われる新聞はテレ
ビ局など経営してはいない。一方でアメリカの三大ネットワークを
始め主要テレビ局で新聞社の系列下にあるテレビ局などない。それ
ぞれが自立して相互批判を行える体制になっている。そう考えると
日本にはクオリティ・ペーパーは一紙もなく、商業ジャーナリズム
だけが存在していることになる。だから発行部数を競い合い、テレ
ビ局を持ちたがる。読売新聞は一千万部という世界一の発行部数を
誇っているが、ワシントン・ボストは百万部にも満たない。しかし
その社説はおそらく世界中の政治指導者が目にしている。記事が世
界を動かすこともある。テレビの視聴率と同じで数を競えば質が落
ちるのは当たり前だ。ビジネスを追求すればするほど至る所に利害
関係が生じ、自由な言論を展開しにくくなる事も自明である。
 二OO四年十一月五日、わが国の新聞・テレビ業界に衝撃が走っ
た。
 日本テレビが、同社の大株主である読売新聞グループ本社の渡辺
恒雄会長名義の株式が実質的には読売本社保有のものだったとして、
関東財務局に有価証券報告書の訂正を提出、それを受けて東京証券
取引所は日本テレビ株が上場廃止基準に抵触する可能性があるとし
て監理ポストに割り当てたからである。日本テレビは、堤義明氏が
君臨してきた西武グループの有価証券報告書虚偽記載が重大な「犯
罪」に問われる恐れがあることを知り、慌てて訂正したものである
が、そのことを知った他の新聞・テレビ各社もまた大慌てに慌てた。
記事を書く前に自分たちの会社に同じ問題がないかどうかを確認せ
ざるを得なかった。それほどに新聞・テレビ業界では第三者名義で
地方テレビ局やラジオ局の株式を保有することが常態化していたの
である。その結果、読売新聞だけではなかった。朝日も、毎日も、
日経も、産経も、中日新聞も名義借りの事実を認めざるをえなくな
った。テレビ界ではテレビ東京以外のキー局がすべて地方局の株式
を第三者名義で保有していることが明らかになった。他人名義で株
を保有していたのは民主主義の基本であるメディアの集中排除の原
則に反すると非難されることを恐れたからである。有価証券報告書
の虚偽記載は資本主義社会の基本ルールを無視した犯罪である。
しかしそうしてまでも弱小メディアを大マスコミが系列支配する様
は、いかに我が国のメディアが民主主義と資本主義の基本から逸脱
した存在であるかを物語っている。(続く)
 
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国会TVマガジン 号外 1/4
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メディアの裏側(第三回)

 序章 「裏支配」の崩壊

 田中角栄のメディア「裏支配」
 新聞とテレビがすべて系列化される構造を作り上げたのは田中角
栄氏である。一九五七年七月、三十九歳の若さで郵政大臣に就任し
た田中角栄氏は、就任するやテレビの大量免許を実現する。同年十
月、三十四社に一括して予備免許が交付され、テレビ局が全国に続
々と開局する。その際、多くの事業者から出された免許の申請を一
本化する調整が必要となった。その調整を一人で行ったのが田中角
栄氏である。本来、電波は国民の共有財産であるから、国民の目に
見えるところで調整が行われなければならないが、この国では国民
の知らないところで田中角栄氏が調整を行った。そのことで田中角
栄氏は放送業界に絶大な影響力を持つようになる。
 一方でテレビ時代の到来を迎え、日本の新聞社は地方テレビ局を
自社の系列下に収めようとした。幹部が目白(田中角栄邸)詣でを
繰り返すようになる。
 許認可事業のテレビ局を系列下に収める事は、新聞社も間接的に
行政の許認可の影響を受けることになり、自由な言論は制約され、
社会の木鐸としての地位を放棄することにつながるのだが、この国
の新聞はひたすら放送局の系列化を求め、ついには全ての民放が新
聞社の系列下に押し込められる事になった。新聞社は系列のテレビ
局に人を送り込む。たいていの場合、社長か重役になる。要は天下
りである。官僚の天下りを批判する新聞が大同小異の事をやってい
るのである。
 アメリカの放送界は三大ネットワークから出発したが、日本でも
民放は実は三つのネットワークから出発した。一九五三年に日本テ
レビが開局し、続いてTBSが、その後フジテレビが開局したが、
総合放送局として認可されたのはこの三つだけである。日テレは野
球とプロレス、TBSは報道とドラマ、フジテレビはアニメとバラ
エティに力を入れる放送局としてスタートした。その後に免許され
た日本教育テレビ(NET)と12チャンネル(現テレビ東京)は、
いずれも教育専門チャンネルであった。日本では公共放送局が一つ、
総合放送局が三つ、教育専門放送局が二つという体制でテレビ放送
がスタートしたのである。ところが田中角栄氏が総理大臣の頃、日
本テレビを系列にしている読売新聞のように、自分も全国放送のテ
レビ局を持ちたいとする朝日新聞社の意向を受けて、角栄氏はNE
Tを朝日新聞系列の総合放送局に変えた。その結果、どの新聞社の
系列でもなかったTBSが毎日新聞社の系列にされた。もともとT
BSは電通を中心に朝日、毎日、読売の三社が均等に出資し、どの
新聞社の系列にも属さない放送局として免許された。大阪地区では
朝日放送とネットワークを組んでいた。ところが毎日新聞社の系列
になったことで、腸捻転の解消が必要だとされ、一九七五年四月一
日、一夜にしてTBS系のネットワークで大阪朝日放送と毎日放送
とが入れ替わった。その後12チャンネルも日本経済新聞社の系列
になるが、すべては田中角栄氏の調整によるもので、これに産経新
聞とフジテレビの系列を加えると、日本では全ての民放が新聞社と
系列関係を結ぶことになった。
 公共放送NHKだけは新聞社の系列に属していないが、この放送
局は予算の承認を国会に握られているため、与党とりわけ最大派閥
の影響から逃れられない。ロッキード事件で逮捕された田中角栄氏
が保釈されたとき、当時のNHK会長がお見舞いに駆けつけた話は
有名だが、NHK会長人事は田中角栄氏と自民党最大派閥の手中に
あったのである。
 このように田中角栄氏は放送電波の許認可権を握り続けることで、
政治の裏支配だけでなく、新聞も含めた日本のメディアを間接、直
接に支配する構造を作り出した。
 田中角栄氏が自らの権力基盤として影響力を行使していたのは旧
建設省、旧自治省、旧郵政省の三つの役所で、これらの役所には最
大派閥から多くの大臣が送り込まれ、役所も最大派閥の族議員の力
を頼りに政策遂行を行ってきた。中でも郵政族議員にはドンと呼ば
れる強力な政治家が存在した。田中角栄氏が病に倒れた後、ドンと
なったのは金丸信氏である。その金丸氏が政界を引退した後、郵政
族のドンと呼ばれたのが野中広務元幹事長であった。
 地上波放送における電波の割り当てを行ったのは田中角栄氏だが、
放送が地上波から衛星放送の時代を迎える中、衛星電波の割り当て
を求めて、新聞社の幹部達は目白詣でならぬ野中詣でを繰り返した
と言われている。
 その野中広務元幹事長が政界を引退した。それは初めて電波の調
整を行う政治家が不在となった事を意味する。今後、誰が野中氏の
後を継いで電波の世界を牛耳ることになるのか。それとももはや田
中角栄氏や野中広務氏のように電波の許認可権を我がものにする政
治家はいなくなるのか。今、派閥主導の政治構造が崩れていくよう
に、もう一つの「裏支配」、メディアをコントロールしてきた電波
利権の構造も崩れつつある。

 CNNとC―SPAN
 一九九一年一月一七日(木)現地時間午前三時、イラクの首都バ
グダッドの上空に閃光が走った。湾岸戦争の始まりである。史上初
めてテレビによる戦争の実況生中継が行われた。アメリカ三大ネッ
トワークをはじめ各国のテレビ局は現地からの衛星回線によってリ
アルタイムで戦争を伝えた。その中でひときわ注目されたのがアメ
リカのニュース専門局CNNである。CNNはニュース専門局の特
性を活かし二十四時間体制でニュースを送り続けた。世界中がCN
Nの存在を知り、その映像を見続けることになった。精密誘導兵器
によるピンポイント爆撃の映像は、まるでテレビゲームを見るよう
に血も汗の臭いも感じさせないものであった。CNNは湾岸戦争の
報道によって一躍三大ネットワークと肩を並べる大放送局になった
が、その報道姿勢はアメリカ国内では厳しく批判された。映像の大
半が軍の検閲を受けたもので軍のプロパガンダに協力しただけでは
ないか、またサダム・フセイン政権が油田を破壊したための犠牲と
された油まみれの水鳥の姿が、実は全く戦争とは関係のない映像で
意図的に挿入されたことなどが批判の対象となった。
 その時、CNNと対比されて評価を高めた放送局がある。C―S
PAN(シー・スパン)というケーブルテレビ向けの小さな放送局
である。C―SPANは連邦議会の審議やシンクタンクの議論を無
編集で放送するユニークな放送局だが、とても湾岸にまで特派員を
派遣して中継する資金力はない。そこで考えられたのが週刊誌「タ
イム」の編集会議の生中継であった。C―SPANは空爆の翌日か
ら一週間、「タイム」の編集会議を連日生中継した。湾岸戦争を巡
ってどのような誌面作りをするか、一線の編集者達が連日侃々諤々
の議論を繰り広げている。C―SPANはそれをそのまま中継した
。戦闘シーンはワンカットも無かったが、これも立派な戦争報道で
あった。この報道によって国民はメディアの内側を初めて見ること
が出来た。この企画を考えたC―SPANも偉いが、取材をさせた
「タイム」も偉い。メディア批評家たちはこれを高く評価した。
 C―SPANが何故このような企画を考えたか、その理由はC―
SPAN創立の原点にある。一九七O代半ばのアメリカは大きな転
機を迎えていた。ベトナム戦争の敗北とニクソン大統領の秘密工作
が暴露されたウォーターゲート事件の影響で国民の政治不信が頂点
に達していた。国民の政治不信を解消するためには情報公開を徹底
する必要があった。連邦議会は議会自身が審議映像を撮影し、それ
をテレビ局に無料で提供することにした。テレビ局はその素材を編
集してニュースに使うだけだったが、議会映像を編集せずに放送し
て政治の実像を見せることが民主主義にとって必要だと考えた男が
いた。ケーブルテレビ業界の雑誌の編集をしていたブライアン・ラ
ムという男である。彼はたった四人でC―SPANを設立し、ある
がままのものをあるがままに見せるテレビ、視聴率を追求しないテ
レビを放送し始めた。C―SPANは議会だけでなく、裁判の中継
を行って司法の実像も国民に見せようとした。同じように絶大な影
響力を持ちながら国民には知り得ないメディアの実像を見せること
も自らの使命と考えている。そうした事の一つ一つがアメリカの民
主主義を強くする、それがC―SPANの放送哲学である。(続く)


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