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ファルージャの廃墟の中から人々は現れる【Fallujah April 2004-the Book 益岡 訳】
http://www.asyura2.com/0411/war63/msg/981.html
投稿者 木田貴常 日時 2004 年 11 月 27 日 10:41:48:RlhpPT16qKgB2
 

http://humphrey.blogtribe.org/entry-9ebb6c5fe264783b4638a33ae968cf41.html

ファルージャの廃墟の中から現れる人々
アルジャジーラ26日から、ようやくファルージャに入った赤新月社をめぐる記事を紹介します。
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ファルージャの廃墟の中から人々は現れる
2004年11月26日(金)

アルジャジーラ原文
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/55321BD7-F45A-41AB-987B-7DA96B9D7D3A.htm

ようやくファルージャに到達した援助組織は、街が廃墟となっており、残された人々が包囲されたまま空腹を抱えていたことを発見した。

ムハマド・チビブは米国海兵隊の大佐に懇願し、彼を説得して、少し道を進んで別の家にたどりついた。

彼の後ろの家の門には、7人の家族が断っており、ここ何日かではじめての新鮮な食べ物と水を手につかんだ。

「大佐、お願いです。ここのへんにはもう一家族いるのです」とチビブは言った。彼はイラク赤新月社のスタッフで、赤新月社は24日にようやく、破壊されたファルージャに事務所を設置することができた。

ファルージャに対する大規模な米軍の攻撃が11月8日に始まって以来はじめて、攻撃の前に逃げ出せずに二週間あまりファルージャに留まって家々に閉じ込められた人々に、赤新月社の援助が届けられた。

AFPのカメラマンによると、6軒先で、妻と3人の子どもとともに一人の男が現れた。さらに援助ボックスが手渡され、男は近くにある別に家を指さした。

即席援助ミッション

最初の家族に遭遇し、赤新月社を予備に行ったクライグ・タッカー大佐は、立ち止まった。この即席援助ミッションは計画に入っていないもので、海兵隊員たちはファルージャの今も危険な道に散らばっていた。

「わかった、わかった。今いく」と彼は言った。

海兵隊員たちが先をすすみ、赤新月社の救急車が少し先に進む前に道の安全を確保した。道の先で、年老いた男性が一人、寒さの中ぼろぼろのバスローブを羽織っただけで現れた。

「一人っきりなのです。お願いです。食べるものがありません。何もありません。とても辛いのです」。車列が近づいたとき、彼はこう叫んだ。


家から出ない

彼の前に出会った人々と同様、この老人は、自分たちの町が投げ込まれた戦闘が終わるのを待つイラク人が集まっている別の家を知っていた。

二人の若い兄弟が、門に白旗を下げていた。「ファルージャで戦闘が起こったとき、家の中にいなくてはならないことがわかっていました。動くことはできませんでした。死ぬとしても、家の中で死んでいたでしょう」と若者の一人が言う。

「皆さんがきれくれてとても嬉しい。というのも、水でこねた小麦粉しか残っていないのです」。

赤新月社のファルージャ調整官ジョティアル・ナファーは、人口30万人を擁したこのファルージャで、150家族から175家族が残されているのではないかと推定している。

住民の多くは、武装戦士たちと米軍との間での紛争が勃発する際、バグダードや周囲の田舎に避難した。

イラク暫定政権の国家安全保障顧問カシム・ダウードによると、2000人以上がこのファルージャ攻撃で死んだという。そのうちどれだけが民間人かは、わかっていない。

即時アクセスを要求して

ナファーは、25日(木)に行われた米軍海兵隊のギャリー・モントゴメリー大佐----赤新月社の活動支援連絡担当として米軍に指名された士官----との最初の会合で、遺体をすぐに確認することが必要だと述べた。

「バグダードの赤新月社事務所には沢山の人々が訪れ、行方不明になっている人々について問い合わせていた。〔・・・・・・〕10分か15分ごとに様々な場所からの電話が鳴り」状況について問い合わせてきた、と彼は言う。

ナファーは25日(木)に町中に入ることを求めた。スタッフは、米軍が何もしないことにフラストレーションを感じていると。モントゴメリーはその提案を却下しなかったが、実現はしそうになかった。町では今でも、散発的に狙撃者の攻撃が起きている。

モスクにある援助物資配給センターに行く途中の住民が銃撃を受けたのは、たった2日前のことである。米軍当局はそのため、24時間の外出禁止令を敷いた。銃撃が誰によってなされたかははっきりしていない。

モントゴメリーは、外出禁止令は近いうちに解除されるだろうと確約した。ナファーはさらなる支援コンボイを町中に入れることについて交渉しようとした。

会合後、大佐は、赤新月社は軍に苛立っていることを認めたが、会合では前進があったと述べた。

連絡の確立

双方とも、少なくとも一日に二回会談をもつことで合意した。また、米軍の連絡担当を一本化したことで混乱が避けられることが期待されている。

「事態は良くなるに違いない。赤新月社から必要な回答をもらっていないし赤新月社は我々から必要な返事をもらっていなくて、それで彼らはいらいらしているが」と大佐は言う。

ファルージャの路上では、怒りを露わにしたチビブが、赤新月社は町の中に隠れている人々を捜し出すのにあらゆる可能性を試さなくてはならないと言う。というのも、「誰も路上に出てきて、我々に助けを求めることができないからだ」と。

「何一つ持っていない人々がいることはわかっている」と彼は言う。そして赤新月社が見つけだした家族の一つに向かって叫んだ。「心配しないで下さい。すぐに戻ります」。


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「我々は警告を発した。それでも町に残っている者たちは武装勢力と見なす」。米軍は、このように言い放ちました。その後の無差別攻撃を正当化するかのように。

もちろん、そんな警告により民間人に対する無差別攻撃が正当化されるわけではありませんし、また、米軍が民間人の無差別殺害という国際法違反をしないよう留意していたかというと、その前から無差別な空襲を繰り返していたことからもわかるように、全く意に介していませんでした。

早川和男著『居住福祉』(岩波新書)という本があります。神戸震災時の避難所生活における様々な困難。外から見ていたり、自分が「健康」であるときには、教えて貰わないと気づけないような困難が、いくつか明晰に書かれています。

ファルージャに残された人。残らざるを得なかった人。逃れることができなかった人。逃れることをよしとしなかった人。自分が生まれ馴染んだ町が、侵略軍により瓦礫の山とされていく音を聞きながら、家の中に留まっていた人々。

「町に残っている者たちは武装勢力だ」というわめき声で押し潰されてしまってよいものでは決してない、と思います。


投稿者:益岡


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