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富士通、ソニーはアメリカ式経営で負け組となり、トヨタ、キャノンは日本式経営で勝ち組となった。
http://www.asyura2.com/0502/hasan39/msg/419.html
投稿者 TORA 日時 2005 年 3 月 09 日 16:04:05: CP1Vgnax47n1s

株式日記と経済展望
http://www5.plala.or.jp/kabusiki/kabu90.htm
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富士通、ソニーはアメリカ式経営で負け組となり、
トヨタ、キャノンは日本式経営で勝ち組となった。

2005年3月9日 水曜日

◆シリコンバレー回顧録、そして福岡展望 水口 啓(みなくちあきら)
http://www.vbl.kyushu-u.ac.jp/edu/yorujuku/topics/7.html

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
   昨年は4回も中国を訪れたこともあり、産業、経済、社会、大学、そして個人の生き方のいずれにおいても「中国」を参照点として日本のありかたを考えざるを得ない、そんな思いをずっといだき続けた一年でした。彼我における、「個のパワー」と「未来への自信」の差異がどこからくるのか ─ 。

   自信が回復されない限り景気がよくなるわけもありません。でも、閉塞感にとらわれがちであった日本でも少しずつ変化の兆しが見えてきたようです。

   一つは、トヨタ、キャノン、シャープをはじめ日本企業が切り開いてきた「モノづくり」の文化的基盤について、「現場主義」「チームワーク」「複合要素のすり合わせ」等の視点からの再評価が進み、「日本はこれだ」との思いが社会的な広がりをみせていることがあります。昨年、上海でお会いしたシャープの中国事業統括責任者であるA氏は、中国シフトを推進する一方で、「日本的なモノづくりの神髄は、欧米人・韓国人・中国人ではなかなか理解できない」との認識で、経営の根幹はこれからも日本式でいくと力説されていたのが印象的でした。

   自信回復のもう一つの流れとして、「ジャパン・クール」論があります。科学と文化、利便性とデザイン性を巧みに調和させた商品・サービスを開発していく日本の独自性を、文化力として概念化し、企業戦略の面からももっと注目すべきであるとの議論が、アメリカの28歳のフリー・ジャーナリスト、ダグラス・マッグレイ氏が論文『日本のグロス・ナショナル・クール(GNC)』で投げかけたものです(論文の邦訳が中央公論の2003年6月号に掲載されています)。20世紀を牽引してきた産業にとって、1990年代は確かに「失われた10年」であったけれども、アニメ、家電製品、ファッション、アート、そして食文化と、日本の文化が影響力を拡大していった領域は「磨かれた10年」であり、日本が文化面では新たなスーパー・パワーに躍り出たというものです。(*下記に関連する新聞記事を添えています。興味のある方はお読み下さい)。

   この2つの流れが今後の日本の企業と社会の展開にどう作用していくのか、まだなんとも言えません。しかし、私はこの1年しっかりとした思考を重ねていくべきキーワードを、昨年の「中国」にかえて一つあげるとすると、それは「日本」ではないかと考えています。もちろん、これまでの「日本ブーム」においてみられたような浮薄の舞い上がりでなく、しっかりとした基盤の上に足場を固め、改めるべきところは大胆に改めて、普遍性を有する価値として世界に発信していくべきと考えます。

   九州大学もこの春にいよいよ法人化を迎え、自立・開放・戦略系への転換が待ったなしで求められます。変化の流れを読み、 革新を実現する推進力となるのはベンチャーであり、起業家精神です。本年も「起業家よる塾」へのご参加・ご支援をよろしくお願いいたします。「起業家よる塾」は独立・異質・多様のホット・ピープルが世代を超えて集まる「クール・サロン」を目指します。

◆[西論風発]文化力 「クール・ローカル」の視点を=池田知隆・論説委員
 2003/11/23, , 毎日新聞(大阪)

ちょっと視点を変えれば、世界が新鮮に見え、元気が出てくることがある。日本にとって「クール・ジャパン」という言葉がいま、そんな役割を果たしている。クールとは、ここでは「冷たい」ではなく、「かっこいい」という意味だ。

 ファッションやアニメーション、ゲームソフト、音楽、料理などの分野で、日本の文化が世界を席巻している。いまや経済成長だけが豊かさの基準とはいえない。世界は国民総生産(GNP)からグロス・ナショナル・クール(GNC)、つまり「国民総文化力(かっこよさ)」をみる時代になり、日本の文化力が突出しているそうだ。

 この文化力を指標に新しい国力を提唱した米国人ジャーナリスト、ダグラス・マッグレイ氏を招いたシンポジウムが先日、大阪国際会議場で開かれた。経済が低迷し「失われた10年」といわれている間、世界的に広がったスシ、ポケモン、セーラームーンをめぐって熱っぽく語られた。ちょうど浮世絵の価値を逆輸入で知らされたように、海外の目で日本文化を見つめ直すいい機会でもあった。

 欧州にある日本貿易振興機構(ジェトロ)に勤める友人からもこんなメールが届いた。
 「ナショナル・クールは文化的な概念のようだけど、日本の生活スタイルやそれを支える品質管理、美的感覚なども含めたものに広げて、PRしたい。これまで日本は閉鎖的だとか、高コストだと英米系マスコミに否定的に喧伝(けんでん)されているが、ジャパニーズ・クールは長い目で国益にかかわる問題ですよ」

 21世紀の世界では軍事力、生産力などのハード・パワーから知力、文化力、情報力などのソフト・パワーが重視される時代へ移りつつある。そんな中でナショナル・クールは国のイメージを形成するブランドになる。

 だが、海外で「日本はクール」とほめられて、どれだけの日本人が日本文化を語れるだろうか。素晴らしいものをもっていても、その価値を認識し、説明できなければ、どうしようもない。ましてその評価を外国に任せるだけでは、自らの芸術や文化を育てることもできない。

 クールという見方は、国力にとどまらず、「クール関西」「クール・ローカル」と地域力にも広げられる。自らが暮らしている地域文化の魅力、豊かさとは何なのか、問い直すきっかけになるはずだ。

 「クール・ジャパン」から「クール・ローカル」へ。自らの歴史と伝統を探りながら地域の文化を再評価し、それを核に新たな地域づくりを進めたい。

◆ダグラス・マッグレイ氏――日本の文化力(ブームを語る)
2003/11/11, , 日経流通新聞

日本の文化力に、賞味期限はない
科学との融合が「クール」
美しさ、米を圧倒

 ゲームから商業デザインまで日本の文化を「クール」(かっこいい)とみなし、日本ブームの火付け役となった米国のジャーナリスト、ダグラス・マッグレイ氏が2年ぶりに来日した。日本の文化競争力をどう分析し、どこに魅力を感じるのか、語ってもらった。

 【ゲーム世代】私は小学生のころから日本のビデオゲームにはまった世代だ。大学時代にはインターネットが本格的に普及し、画面を通じて入手したアニメなど日本の素材や情報は「クール」だと思っていた。しかし、日本から発信されてくる当時の報道はいつも暗いニュースばかり。自分がものを書く立場になって初めて、昔から「クール」だと思っていた日本を取材するようになった。

 私が言う「クール」は、欧米では対立的な関係にあるとされる科学と文化を融合させ、人を引きつける力のある物を指している。AIBOのようなロボット犬などはまさにそうで、こうした製品を商品として市場に出すこと自体が「クール」だと思う。

 しかし、当時これを見た旧世代の米国のジャーナリストや知識層は「おかしな日本人」という切り口でしか取り上げなかった。同時に、日本といえば、「経済が破たんした」というワンパターンな報道が主流となっていた。

 日本発のゲームや科学技術情報への需要は高い。これらの読者は主に「nerd(オタク)」な細かい知識を求める厳しい消費者たちでもある。今ではいいかげんな日本報道も許されなくなっているので、おのずと正しい日本像が描かれるようになっている。

 【デザイン力】日本人が自国製品の強みを語る場合、「品質の高さ」を挙げるが、実は圧倒的な優位性を持つのが「デザイン性の高さ」だ。米国製品もかつてデザインを重視していた時代もあったが、利便性や低価格性を軸に製品開発をするようになり、視覚的美しさをいつの間にか放棄したような気がする。

 例えば日本では、欧米が重視する継続性を覆して、常に新しいデザインに挑戦している建築物が多い。食べ物は、どんな安い店に入っても、米国では見られないような視覚的な美しさがある。雑誌も米国では「読みやすさ」を重視するが故に字体を大きくしてデザイン性を低下させてしまったが、日本ではデザイン性と利便性を融合させ、ますます進化しているように見える。

 来日する前に友達に頼まれたのが、英語が書いてあるTシャツ。日本では書かれている意味よりもデザインを重視しているロゴや文章が多いので、つづりが間違っている場合があるが、それがかえって「クール」。なぜなら、それを着ることによって自分は視覚的美しさを優先して「意味はどうでもいい」と思っていることを表現することができる。

 商品のさらなる付加価値が何かと考えた場合、たどり着くのがデザイン性。日本は古くからモノ作りでデザイン力を強化し、米国が手放した価値観を育(はぐく)んできたのかもしれない。

 【普遍性】日本アニメに影響された「マトリックス」をはじめ、「キル・ビル」「ロスト・イン・トランスレーション」「ラスト・サムライ」。今、日本のポップカルチャーを題材にしたハリウッド映画の公開が相次いでいる。「侍」などかつてエキゾチックにとらえられていたものが、普遍的なカッコよさを持ち、大きなビジネスチャンスのある素材になったのだ。

 しかし、私以外にも海外から取材に来ているジャーナリストが日本のエンターテインメント企業に取材を申し込むと、「海外向けのお話がないので」と断られたりする。日本情報に関する需要と供給の認識ギャップでチャンスを逃しているかもしれない。

 2年前に取材して書いたことが今もなお米国で“旬”に受け止められていることには、驚いている。それだけ日本の文化力に賞味期限がないということだと思う。(聞き手は飯田美穂子)


(私のコメント)
ソニーの出井会長が業績不振で退任しましたが、これでソニーは立ち直れるのだろうか。一昔前はオーディオ・ビジュアルでトップメーカーだったのに、今のソニー製品には昔のブランド力はない。特にテレビはカメラから受像機に到るまでトップのブランド力を持っていたのに、大型平面テレビの分野では松下やシャープに水をあけられている。

ついには液晶も韓国のサムスン製品を輸入して販売している始末だ。パソコンにしてもソニーのバイオはよく壊れると言う評判で、見た目にもSONYらしさがなく、安いのはいいが品質が落ちてブランド力も落ちる一方だった。一時はプレイステーションでマスコミでは勝ち組と持てはやされましたが、ゲーム機はSONYのブランド力を落としただけではないのか。

同じように富士通もITブームの頃は株価も5000円を越えて日本の代表的企業でしたが、これもSONYと同じく、富士通のノートパソコンは壊れやすいと言う評判が立った。これもたしかに安いが富士通のブランド力はNECに比べると確実に落ちた。

二つの企業に共通しているのは成果主義などアメリカ式の経営手法を取り入れた企業だと言うことだ。富士通では本になったくらいだから成果主義の導入は明らかに失敗だったし、ソニーは2003年に成果主義を取り入れているのは、かなり経営感覚がずれている。むしろ富士通やソニーがやるべき事はキャノンが実施したような物作り企業への徹底した意識改革だ。

富士通やソニーのノートパソコンは壊れやすいといったん評判が立つと客は逃げてしまい、その客が戻るまではかなりの期間とコストがかかるだろう。たしかに製品を中国で作らせれば安く出来てよく売れる。しかし壊れやすいと言う評判をとりIBMや松下といったノートパソコンにブランド力で落ちる結果となった。成果主義を取り入れれば安いコストで売れば一番成果を出しやすい。しかしそれは危険な罠であり不良品を出しては逆効果をもたらす。

ネットによるとソニーのPSPは不良品がたくさんあって問題になっている。以前のソニーにはなかったことだ。アメリカ式の経営手法を取り入れてソニーはただの二流の家電メーカーになった。もちろんトヨタやキャノンも草木がなびくように中国へ工場を移してソニーや富士通の後を追っている。しかしそこで日本式の経営は根付くのだろうか。

トヨタやキャノンの日本式経営は日本でしか長所を発揮できないのではないかと思う。アメリカや中国では年功序列や終身雇用は上手く機能しないだろう。むしろ成果主義のほうが上手く機能しているようだ。だからといって日本で成果主義を取り入れれば富士通と同じ結果をもたらす。だからマスコミが囃したグローバルスタンダードなるものは最初からない。

アメリカ人から見れば日本人も中国人も韓国人も同じに見えるから、中国や韓国で成功した方法で日本人を管理しようとする。日本のマスコミも躍進する中国や韓国を見習え式のプロパガンダを流していますが日本文化と中国韓国とは文化がまるで違う。日本企業は日本式経営を守ってこそ強みを発揮するのであり、下手にアメリカ式経営を取り入れれば富士通やソニーの二の舞になる。

◆優秀企業ベスト経営者の能力 新原浩朗
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/niihara/01.html

この数年間、日本の企業は長期不況での生き残りを賭けて、さまざまな経営改革の「形」を導入してきた。多くは日本で言われる「アメリカ式」の導入とでも言うべきもので、たとえば執行役員制、カンパニー制の導入による企業統治方法の変更、成果主義に基づいた従業員評価、といった企業の形式の改革に大きなエネルギーが注がれた。

その結果、日本企業は形の上では変革を遂げたように見えるかもしれない。しかしそれで企業の競争力は本当に強化されたのだろうか。経済は依然として低迷を続け、日本全体を覆う閉塞感が払われるきざしは見えない。「まずは形から」とアメリカ式経営を導入してみたものの、それは上っ面の変革にとどまり、企業の本質を変えるには至っていないのではないか――。(中略)

優秀企業から浮かび上がるのは、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の要諦は「使命感」なのであって「制度」ではない、というシンプルな信念だ。社外取締役制や執行役員制の導入などの形式で会社が回っているわけではない。社員の使命感、倫理観といったお金以外の規律があって初めて人は動き、会社も動く。そういう会社では、少々事業が傾いても、給料カットを行なっても、優秀な人材が雪崩を打って逃げるようなことはないから、危機の際の復元力に優れる。運命共同体的な意識を持った社員が集まっている企業こそ持続性に優れている。(中略)

ここまで優秀企業に共通する六つの要素について考察してきた。その結果見出された優秀企業の条件はいかなるものか、筆者なりの結論をひと言で言えばこうなる。
「自分たちが分かる事業をやたら広げずに、愚直に、真面目に自分たちの頭できちんと考え抜き、情熱をもって取り組んでいる企業」

至極シンプルで当たり前すぎる結論と言われるかもしれない。しかし、戦後、企業が大きくなるに従い、あるいはバブルの時代を通過して、この原点が見えにくくなったのではないか。戦中、戦後、まだ貧しかった頃、キヤノン、ホンダ、ソニーといった企業がうぶ声をあげたが、かつて創業者たちはこのような考えを持っていた。一九四六年、東京通信工業(後のソニー)を設立するにあたり、井深大氏が書いた設立趣意書には次の一文がある。

「不当なる儲け主義を排し、あくまで内容の充実、実質的な活動に重点をおき、いたずらに規模の大を追わず、極力、製品の選択に努め、独自なる製品化を行う」

日本企業に経営戦略がない、というのは間違いである。アメリカ式であれ日本式であれ、いかなる経営形態、どのような制度をとるにしろ、要は今一度原点に立ち戻ればよい。分かりやすい話ではないか。「社長ぶらず社長らしく」と言った人がいる。社長だけではない。「取締役ぶらず取締役らしく」、もっと言えば、「議員ぶらず議員らしく」、「官僚ぶらず官僚らしく」。各々が自らの心の中に内なる規律を呼び起こして、原点に立ち戻って考えれば、日本社会に光明が差してくるに違いない。

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