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【ライブドア研究】(上)ライバル 社風への思い正反対 (産経新聞)
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 4 月 06 日 06:46:05: ogcGl0q1DMbpk

【ライブドア研究】(上)ライバル 社風への思い正反対
強引な買収「もう撤退を」


 平成十年八月、その年の春にインターネット広告仲介業「サイバーエージェント」を創業したばかりの藤田晋は、ネット広告に導入する新たな課金システムの開発業者を探して、東京・六本木の古びた雑居ビルを訪ねた。高速道路に近いためトラックが通るたびに揺れる狭い部屋で、藤田を出迎えたのは、Tシャツにジーンズ姿で長髪の青年、堀江貴文。そのころ無数に旗揚げしたIT(情報技術)ベンチャー企業の一つ、「オン・ザ・エッヂ」(現ライブドア)の社長兼プログラマーだった。

 堀江は、初対面の藤田に対し、商談そっちのけで、ネット業界の未来や日本経済の行く末について独演会のように言葉を繰り出した。「異様に頭が切れる彼はこちらが理解しているかどうかもお構いなく話し続けた」と、藤田は著書「渋谷ではたらく社長の告白」で回想している。

 このとき堀江は二十六歳、藤田は二十五歳。藤田は堀江に「とてもよくしゃべって頭のいい人」との第一印象を受けた。

 それは堀江にとっても運命的な出会いだった。自分より年下なのに「あと二年か三年で株式公開を目指す」と事業欲をみなぎらせる藤田に対し、堀江は「メラメラと闘志が燃えてきた」と振り返っている(著書「稼ぐが勝ち」より)。

 「それで、新しい広告システムは作れますか」と切り出した藤田に、「楽勝ですよ」と応じた堀江。わずか二週間で藤田の期待を上回るシステムを納品してみせた。

 それからは、藤田の会社のシステムが故障すれば、堀江がバイクで駆けつけて修理する−という蜜月関係が生まれた。やがて「技術のエッヂ、営業のサイバー」として全面的な事業提携に発展。ホームページやメールを使った広告の課金システムを中心に二人三脚で事業を次々に成功させていった。

 十二年三月、サイバーエージェントが東証マザーズに上場し、藤田は上場企業の最年少社長として脚光を浴びた。翌月にはオン・ザ・エッヂも同市場に上場を果たした。二十六歳になった藤田と、二十七歳の堀江は、それぞれ時価三百億円を超える富を手に入れた。

 ◆ITバブル

 それから間もなく、ITバブルが崩壊した。両社の株価は暴落し、市場の厳しい批判にさらされたが、直面した危機に対して二人の受け止め方はまったく違った。

 藤田は、株主の怒りに追い詰められていった。「最初は赤字でも、事業を拡大できればいい」と寛容だった世論は、「赤字は悪。株価下落は許されない」に一変。その上、元通産官僚の村上世彰(よしあき)が主宰する「村上ファンド」に株を買い進められ、他のIT企業にも買収を持ちかけられるなど四面楚歌(そか)に陥った。

 しかし、「信念を貫け」と諭した楽天社長の三木谷浩史ら起業家仲間に励まされ、苦境を耐え抜いた。三年間も続いた株価低迷の試練を乗り越え、「何があっても『怒らず、投げ出さず、信念を曲げない』という教訓をつかみ取った」と藤田は語る。

 一方、上場前にITバブルの異常さを「ある程度わかっていた」という堀江は、反対に「お金が集まりにくくなる前に株式公開しよう」と上場を急いだ。後に「バブルの最終列車に間に合った」と振り返り、「資金は集められる時期に一気に集めろ」との持論を披露している(前掲書)。

 ただ、上場の際には別の金銭的な試練に直面した。意見の食い違いで会社を離れた創業メンバーから、経営権を守るために出資額に応じた株を買い戻す必要に迫られたが、その株の時価が数億円に膨らんでいたのだ。

 堀江は銀行からの借り入れで何とか株を買い戻したが、当時の収入では融資の返済に苦労したという。株が会社の支配権を左右する資本主義の掟(おきて)を、このとき身をもって経験した。

 上場後、藤田と堀江は「自力で資金調達や事業が可能になった」として提携を解消し、それぞれの道を歩み始めた。

 ◆社名は芸名

 ライブドアの直近の年間売上高は三百八億円(平成十六年九月期)。サイバーエージェントも二百六十七億円(同)と互角の勢いだ。かつては「技術」と「営業」の住み分けがあったが、会社が拡大するにつれて事業分野も重なり合い、ライバルとしてぶつかることが多くなった。

 例えば、ライブドアが業界トップの座にあるブログ(日記風ホームページ)事業では、後発のサイバー側が「年内に追い抜く」と対抗心を燃やす。金融や出版の子会社でも張り合っている。

 しかし、両社の企業文化はまったく異なる。

 堀江は、他の企業にM&A(合併・買収)を仕掛けて事業を拡大してきた。最近は買収した金融部門の売上高や利益がグループ全体の大半を占め、IT企業の実態はかすみつつある。

 M&Aへの傾倒は社名の変遷にも表れている。オン・ザ・エッヂは「間違えやすい」という理由で、十五年四月に「エッジ」に変更。さらに、買収したインターネット接続業者「ライブドア」の方が知名度が高いとして、創業以来の呼び名も昨年二月に捨てた。

 「社名は芸能人の芸名と同じ。単に『売れる』ためにある」(前掲書)と考える堀江に、企業の看板や社風への思い入れはない。

 一方、藤田は「自分たちで事業を起こし、自分たちで育てる。それがサイバーエージェントの得意なこと」と胸を張る。M&Aには「お互いの社風を合わせるのが大変」と懐疑的で、参入を目指す証券事業も「買収ではなく、一から証券会社を興す」と明言する。日本グローバル証券を買収してライブドア証券を立ち上げた堀江とは対照的だ。藤田が「苦労が大きくても、それが社風だから」とこだわる起業家精神は、サイバーの社員にも浸透しつつある。

 そんな藤田が、ニッポン放送に強引な買収を仕掛けている堀江に苦言を呈した。

 「もうたたんでいいような気がする。撤退して、いい形でみなが納得する形があれば。愛される『ライブドアブランド』をつくらないといけない」。先月三十日、藤田は出演したテレビ番組で、堀江の立場を気遣いつつ、事態の収拾をやんわりと進言した。

 藤田は、かつて村上ファンドに株を買い進められた経験から「ニッポン放送側の気持ちもよくわかる」とも話している。

 親友として、またライバルとして、お互いに認め合う藤田の言葉は、堀江にどのように届いただろうか。

                  ◇ 

 ニッポン放送株の過半数を取得し、既存メディアとインターネットの融合を標榜(ひょうぼう)するライブドア。昨年はプロ野球進出をめぐる楽天との対決でも世間の注目を集めた。しかし、本業のIT事業よりもM&Aで業容拡大を進めるなど、世間に知られていない側面は多い。成長過程をよく知る関係者への取材などからライブドアの実像を追った。(文中敬称略)

http://www.sankei.co.jp/news/morning/06kei001.htm

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