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地下鉄脱線事故の真因を探る (鉄道・交通機械工学(永瀬)研究室)
http://www.asyura2.com/0502/nihon16/msg/773.html
投稿者 外野 日時 2005 年 5 月 12 日 19:48:49: XZP4hFjFHTtWY

(回答先: 技術欠損事故の可能性を探る!? (青山貞一) 投稿者 外野 日時 2005 年 5 月 12 日 19:18:47)

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「脱線した車両に使われていた台車は、'00年3月に地下鉄日比谷線で脱線事故を起こした車両のものと同じです。低スピードで走行していても、カーブにさしかかると脱線しやすいという問題がある。このマイナス面は、業界のオフレコとなっているほどの致命的な欠点なのです」(『週刊現代』2005.05.21号の記事中の鉄道アナリスト・川島令三の言葉)
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鉄道・交通機械工学(永瀬)研究室
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/index.html


■地下鉄脱線事故の真因を探る─ No.1 空気バネがパンクしたらどうなる─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment10.html
■地下鉄脱線事故の真因を探る─ No.2 のり上がり脱線とは ?─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment11.html
■地下鉄脱線事故の真因を探る─ No.3 のり上がり脱線のメカニズムに迫る─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment12.html
■地下鉄脱線事故の真因を探る─ No.4 車両サイドにおける問題点は─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment13.html
■地下鉄脱線事故の真因を探る─ No.5 地上側の問題点は何か─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment14.html
■地下鉄脱線の真因を探る─ No.6 営団地下鉄事故原因調査中間報告を見る─
http://www2.kanazawa-it.ac.jp/knl/nagase/comment15.html

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地下鉄脱線事故の真因を探る
- No.1 空気バネがパンクしたらどうなる -

 日本の鉄道は統計的に見ても、世界で図抜けて安全な鉄道である。とりわけ、営団地下鉄は開業以来この種の事故は皆無であり、都営も約10年程前に浅草駅で扉にはさまれた女性乗客が線路に転落し亡くなられて以降は人身事故を経験していない。さらに、営業電車の脱線事故も戦後は、昭和50年代初期に新橋駅構内で台車破損により起きた事故以来起きていないのである。
 このような事態になったことは本当に残念なことである。そこで、浅学のみではあるがその原因について私なりの愚見をのべさせて頂くことにしたい。

○ 脱線の原因で考えられるものは
 鉄道に脱線が起きるときの原因は大きく分けて4つある。それを挙げれば
・車両側の原因 〜 車両自体の欠陥や調整不具合によるもの
・地上側の原因 〜 軌道等地上設備を原因とするもの
・運転取扱によるもの 〜 操縦ミスによる速度超過など
・悪条件の競合 〜 これら3要素の個々には不具合点はないが、競合して事故に至ったもの。

 今回の事故は急曲線、それもいわゆる「Sカーブ」と呼ぶレール取り付けが非常に難しい反向曲線区間で、しかも、地下から地上に出る部分のために勾配も激変するという線路条件としては非常に厳しい区間で起きている。このような区間では、いわゆる「のりあがり脱線」の発生も否定できない。しかし、現時点までの運輸省の発表、「具体的に異常が発見された箇所は最後部車両『空気バネのパンク』だけである」との話を一応、信頼して話を進めてみよう。もっとも、そのパンクは事実ではなく、事故処理を行う為に行った処置との営団側の発表も行なわれている。となると、本来、公平・中立で高い当事者能力が求められるべき「事故検討委員会」の本質論にも議論が及びかねない深刻な事態になってしまうのであるが・・・・・。

○空気バネのパンクは実際にあるのか?
 先ず今回は空気バネがパンクした場合、脱線する可能性はあるのだろうとの点に的を絞って見よう。鉄道に空気バネが本格的に導入されたのは昭和20年代の末期で、先駆けは私の記憶に誤りがなければ京都〜大阪間を走る京阪電鉄である。そのから実に半世紀の歴史があり、その間にパンクしたケースが幾つか起きている。国鉄の労使間が険悪であった昭和50年代の初期に車両の整備が思うにまかせぬためだったのだろうか、私が乗車した秋田発上野行の特急「いなほ」が空気バネパンクのまま使われていたのに驚いたことがある。ひどい乗り心地ではあったが、勿論、遅れもなく無事に走り抜けて上野に着いた。「長野行き」新幹線開業と同時に廃止になった信越線の列車は、横川〜軽井沢間を通過する時に限っては「特殊事情」で空気バネの空気を抜いて走っていたのを記憶している方もおありと思う。このことからお分かりのように、空気バネのパンクは実際に過去にしばしば起きていたことでなのである。

○空気バネがパンクすると
 ところで、運輸省の発表によると、事故電車は進行左側の空気バネがパンクしていたという。そのような事態がおきると、先ず、車体が傾くので、そのままでは危険がある。なぜなら、車体が傾くと車輪がレールを踏む力(これを「輪重」と呼ぶ)の左右の振り分けがアンバランスとなる。というのは、輪重の通常は1:1 の割合で左右に振り分けられているからである。この振り分けのバランスが崩れた(アンバランスが起きた)ことをを「『輪重差』が起きた」という。ところで、車両や軌道が正常に整備されていても、車両は走行中に揺れによって左右の車輪に2〜3割程度の差が常におきる。だから、車両を整備するとき、停止中は左右の輪重に差がないように細心の注意を払って調整をする。これを怠り、輪重差がある状態で車両を走行させると、走行中に輪重差が顕著になって、片方の車輪がレールを踏む力が殆どゼロになる事態が起きかねない。このような事態がおきると、電車はいとも簡単に脱線する。
 今回は空気バネのパンクが事故以前に起きていてパンクした状態のまま走っていたなら、著大な輪重差が起きて脱線する事態が発生しかねない。そこで、このような事態がおきても車体が傾いて輪重差が起きないような装置が電車には付いているのである。

図.鉄道車両の空気バネの構造概念図
         作図 : 金沢工業大学 永瀬研究室 坂原 (2000.3.9)

図をご覧頂きたい。図に示すように台車には、「差圧弁」という装置が左右二つの空気バネの間に付けられて、この二つの空気バネは「差圧弁」を介してパイフで結ばれている。この弁は左右の空気バネ圧力が僅かの差圧である場合は特に動作しない。しかし、一方の空気バネがパンクするような事態がおきて差圧が顕著になるとツーツーとなって、パンクしていない方の空気バネの圧を差圧弁を介してパンクした空気バネの方に落としてしまう。その結果として、輪重差が起きないような仕組みになっているのである。
 ところで、この差圧弁は空気バネが登場した当初にこそは、その重要性が十分に認識されてはいたが、空気バネについての信頼性が高まるにつれ、皮肉なことに、その重要性は次第に認識されなくなってしまった。事実、空気バネか原因で事故が起きたのは、先に述べた「横川〜軽井沢間の特殊事情」以外になかったことを踏まえれば、判らない話ではない。そのためであろうか、私が鉄道在職中の若輩の時に、この大切な「差圧弁」の重要性について全く認識がなく、「盲腸論」を吐く幹部がいたのを見てびっくりした記憶もある。だから、この弁について、常用性の認識がなく検査の手法等を定めていない鉄道があっても不思議ではない。本来ならば、パンク等の事態が起きたときに備えて、どの程度の差圧になったら弁が機能して「ツーツー」なったらよいかなどの機能の基準を決めて置かなければならないのにである。
 特に地下鉄の車両はトンネル内部空気汚損の影響で空気弁類の機能劣化が通常の鉄道車両より著しいのであるから、このような重要な弁をどのように保守していたか気になるところである。

地下鉄脱線事故の真因を探る
−  No.2 のり上がり脱線とは ?  −

〇脱線はどのような状態の下で起きるのか
 最初から専門的な話で恐縮であるが、脱線には以下のような種類がある。

1)飛び上がり脱線 高速走行時に車輪が飛び上がって脱線する現象
2)のりあがり脱線 低速で急曲線通過時に車輪がせり上がって脱線する現象
3)すべり上がり脱線 車輪が非常にすべりやすい状態で滑り上がって脱線する現象

 このうち、1番目は車輪に急激な横方向の力が作用することによって車輪がレールから飛び出してしまう現象である。高速走行時に車輪が蛇行動と呼ぶ異常振動が起きたとき又は線路の整備不具合等で発生する脱線である。最近発生した例はほとんど報告されていないが、あえて挙げれば、阪神大震災のときに起きた脱線の列車の大半はこの範疇の現象によって脱線したと見られる。3番目は理論的にはあり得る脱線現象ではあるが、私の知る限り、このような発生事例は聞いたことがない。
 最も多いのが、2番目に挙げた「のりあがり脱線」である。のりあがり脱線は急曲線や駅や車両基地構内に多くある急な分岐器の上で、車輪が後に述べる「のりあがり現象」を起こして発生する現象で、最近起きた脱線事故のほとんどはこの種の現象に起因していると見て差し支えない。

○のり上がり脱線現象とは
 のり上がり脱線とはどのような現象なのか、簡単に説明してみよう。車輪は直線区間ではレールにほぼ平行に位置して回転する。ところが、曲線に入るとレールに対し若干ではあるが斜めに位置して走行する。その状況を示したものが図1で、図では車輪が曲線部を通過した状態をややオーバーに描いたものである。


図1 アタック角(左)とレール・車輪間の接触点(右)
         作図 : 金沢工業大学 永瀬研究室 今井良嗣 (2000.3.10)

曲線では、このように車輪が角度αだけ斜めに位置した状態で走行する。この角度をアタック角と呼ぶ。この角度は急曲線でも極めて小さく、1度を越えることはまずない。地下鉄内などにある急曲線を通過する場合のアタック角はおおむね0.7度を越えない範囲内にあると見られる。
 しかし、このような僅かなアタック角がある状態で車輪が走行すると、車輪の先の「フランジ」と呼ぶ尖った部分が絶えず接触しながら走行することになる。電車が急曲線を通過するとき、車輪からのキーキーと騒がしい音の出る音源の主体はこの場所にあると見られている。このキーキー音は公害源として忌みきらわれているが、これが悪化すると、騒音程度の話では済まなくなってしまう。というのは、キーキーと騒音が出るのは車輪先端フランジとレールとの接触点で、車輪がレールに引っ掛かることなく、滑ってくれるからである。
 むしろ、恐ろしいのは車輪先端のフランジ部分のレールとの接触点での滑り現象が止まって、引っ掛かってしまうことにある。その場合でも車輪は回転を持続しているので、この引っ掛かった接触点を中心にして車輪が乗り上がってゆく。これが「車輪ののりあがり」とよばれる現象である。のりあがり現象がどのような状況の下で発生するかは残念ながら今でもよく判らない点が多いが、いままで経験などから

・レールや車輪の接触面に油が塗ってあって滑りやすいところでは起きにくく、逆にレールや車輪がザラザラしてすべりにくいところでは起きやすい。

・車輪のレールへの引っ掛かりを助長するような力(車輪横方向の力、これ「横圧」という)が大きいと発生しやすい。

・車輪がのり上がりやすい力が作用する状態、具体的には車輪がレールを踏みしめる力(これを「輪重」という)が小さいと起きやすい。

 などとなっている。
 以上は一般論であるが、具体的にどのような箇所で起きやすいかを述べてみよう。

○車両側から見た時、何処でのり上がり脱線が起きやすいか
1)車輪のレールとの接触面がザラザラした状態
 車輪のレールとの接触面、特にフランジ部分がザラザラしていると、車輪がレールとの接触点で引っ掛かりを起こして乗り上がりやすい。実際、乗り上がり脱線が起きた車両の中には車輪を削正した直後に脱線した事例が少なくからずある。

2)整備不良などにより車輪の輪重差が多いとき。
 一本の車軸に取りつけられた左右の車輪がレールを踏みしめる力(輪重)は平坦、直線上では均等(5対5)でなければならない。なぜなら、走行中には動揺などによって、左右の輪重は必ずしも5対5ではなく、一時的には6対4や7対3になった状態で走るからである。本来、均等であるべき左右の輪重が台車のバネ調整を誤って、均等で無い場合がある。このように左右の輪重に顕著な輪重差がある状態の車両では、曲線通過などの際に動揺などで左右の輪重のバランス崩れが一層助長されて、極端は場合には9対1位にもなってしまう。このような時に、曲線通過に伴う遠心力の作用によって車輪に大きな横方向の力「横圧」がかかると輪重の少ない方の車輪はのり上がりを起こしやすくなる。事実、事故を起こした車両では輪重差が大きい例が多い。

○地上側からみた場合、どこで起こしやすいか
1)急曲線部分
 急曲線部分を車両が通過すると、遠心力により横圧が増大する。その結果、一般的には急曲線部分はのり上がり脱線の多発しやすい場所となっている。

2)緩和曲線が充分に確保出来ない箇所
 曲線では曲線の外側レールを内側レールより数十ミリ嵩上げしている。この嵩上げ値を「カント」量と呼ぶ。カントは曲線通過時に起きる遠心力による横圧や乗り心地低下を防止するために付けられる。しかし、曲線部でいきなりカントを付けたのでは、いろいろと不都合が起きる。このため、曲線の出入口には「緩和曲線」とよぶ直線と曲線との「合いの子」的な曲線が必ず設置され、この間でカント量のスムースな増減が行われる。
 1両の車両長さは日比谷線の場合、約18メートルある。このように長い車両が直線から緩和曲線に入った場合を考えて見よう。その場合に、この緩和曲線が短いと、車両最前部の車輪の曲線外側にかかる車輪はカントの影響で早めに嵩上げされてしまい、前の車輪と後の車輪との間に大きな水平差が発生する.すると、嵩上げされた車輪はバネが縮むのでバネ作用でレールを強く踏みしめ、その結果、輪重が増える。他方、車輪が嵩上げされていない後の方の車輪の輪重の値は、前車輪の輪重増加分だけ逆に現象して、いわゆる「輪重抜け」現象が発生し、のりあがりが起きやすい状態になる。
 Sカーブと呼ぶ反向曲線のつなぎ部分では緩和曲線を充分確保しにくい場合が多い。このようなところでは短い距離でカントを左右で急激に振り替えなければならないからてある。特にビルの谷間を縫って走る大都市地下鉄には急なSカーブが散在しており、このようなカーブでは適正な緩和曲線を確保するのが困難な区間が少なくない。図2は日比谷線現場付近の線路平面図を示す。


図2 地下鉄日比谷線現場の線路平面図
         作図 : 金沢工業大学 永瀬研究室 坂原洋行 (2000.3.10) 図3 地下鉄日比谷線現場の線路縦断面
         作図 : 金沢工業大学 永瀬研究室 坂原洋行 (2000.3.10)

ご覧の通り現場は急なSカーブで、保線担当者は緩和曲線を所定状態に維持するのに苦心されているであろうことは想像に難くない。
 なお、緩和曲線は平面的にだけでなく、縦断面の面からも設置しなければならない。現場は千分の35ミリの上り勾配から千分の12ミリの下り勾配に変化する地点でもある。このような地点では、いきなり勾配を変化させると曲線とおなじような問題が出る。そこで、縦緩和曲線とよぶ緩和曲線を設置しているが、やはり地形の関係でこの値を十分に確保できない場合がある。

○悪条件が競合した場合には?
 今まで述べたのは、原因が車両又は地上のいずれかの一方に帰するケースである。しかし、車両・地上側の双方に直接には悪いと決めつける程の原因はないが、結果として、のり上がり脱線が起きる場合がある。そのような状態で起きる脱線を「悪条件が競合して起きる脱線」という。国鉄時代に貨車で頻発したこの種の脱線を「競合脱線」と呼んだ。そのルーツはこの用語にある。
 悪条件競合による脱線はケース・バイ・ケースであり、一般論としては大変論じにくい問題である。国鉄時代、これが原因で発生した有名な脱線事故に、昭和40年に中央線初狩駅構内で貨物列車が約25[km/h]の低速で進入した際に起きたタンク車ののり上がり脱線事故がある。現場を調査した結果、車両・地上ともに異常はなかったが、結果的には「Sカーブにおける緩和曲線挿入の方法」と、脱線した車両が「剛性の非常に高い(しなやかでない)タンク車」であったことと、その車両のタンク部分を含む車体部を台車が受ける部分(これを「側受」とよぶ)のスキマが狭小であった、つまり「側受のスキマが狭かった」ことの、3者間のミス・マッチにより起きたことがわかった。通常の車両なら緩和曲線に若干の不具合があっても、車体のしなやかさ(撓み)でこれを吸収して前後及び左右の輪重差が起きなかったと推定されたのに、剛性が高い車両で、特に台車の側受スキマが少ない場合、車体が充分に撓まないため、緩和曲線上でモロに輪重差が起きてしまうことが判明したのである。同じような事故が車体剛性が高い車両を投入したある民鉄で、新車投入の直後にSカーブ上でも起きている。

○今回の事故での問題点は。
 現在までの調査結果では、レール及び車両に顕著な欠陥を見当たらないと報じられている。しかし、開通を急ぐあまり、急いで現場を復旧してしまったのではと心配である。事故調査担当の方々の心労は想像に難くない。しかし、専門家なら簡単にわかる空気バネのパンクを見誤るという初歩的なミスを冒したことからも判るように、調査に拙速な側面があったのではとの懸念が残る。というのは、この種の脱線の原因を解明しようとすれば、軌道及び車両の双方の現場での状況を相当詳細に調査しておかなければならないからである。そのためには、現場にいろいろな機器を持参して詳細な測定を行なうことが不可欠である。しかし、事故の直後にそのような作業が行なわれたとの報道は見当たらない。それでも、車両についての調査は復旧作業を行なった後でも車両がそのままの姿で残る場合が多いので問題が起きるケースは少ない。ところが、軌道側の場合には現場を復旧してしまうと、事故当時のカント付け方や緩和曲線挿入の状況の詳細など、のり上がり現象に支配的な影響を及ぼす因子が大きく変わってしまう可能性が極めて高いからである。

なお、この問題については、このページ上で車輪が乗り上がる際のメカニズムの詳細を調べた研究結果、たとえば、車輪がせりあがる際の挙動を調べたデータや、線路状態の差異により、車輪のり上がりの状況がどのように変わるかなどの研究結果の紹介を行なって行きたい。

地下鉄脱線事故の真因を探る
- No.3 のり上がり脱線のメカニズムに迫る -

○のり上がり脱線はどのような状況で起きやすいか.
 今でも急カーブで稀に起きる「のり上がり脱線」がどのような状況の下で起きるかの概要を先の第2報で述べた.その要点をのべれば

 ・低速走行時に急カーブ(アタック角が大きい)で起きる.
 ・車輪やレールがすべりにくい状態にあると,起きやすい.
 ・車輪のレールを踏みしめる力(輪重)が減少したり,車輪がレールを横方向に押す力(横圧)が大きいと起きやすい.

などと,いうことが判っている.しかし,どの程度の急カーブで,何キロの速度で,車輪 やレールがどの程度の滑りやすさなら危険であるか,さらに輪重の変動率や横圧の強さは幾らまで安全か,などどいうことになるとよく判らない点があまりに多い.
 なぜ,そのようなことになるのかと言えば,のり上がり脱線についいての詳細なメカニ ズムが全くといってよい程判っていないからなのである.その理由について,簡単に述べてみよう.

○のり上がり脱線のメカニズム解明はなぜ難しいのか.
 前号の「鉄道を斬る.NO.11」でも述べたように,急カーブ通過の際に車輪がレールに平行とな らずに少し斜めに位置しながら(アタック角をもって)走行すると,フランジと呼ぶ車輪 外周にある突起部がレールに接触する.そして,その点(以下,この点を「接触点」とい う)を中心にして引っ掛かった状態になりながら車輪の回転に応じ車輪が乗り上がる現象 である.しかし,実際に判っているのは,この程度のことだけなのである.
 では,現象解明のために何がわかれば良いのか,知りたい主な項目を並べてみよう.

1) のり上がり現象が起きたとき,フランジとレールとの接触点はどこにあるのか?
 のり上がり現象の原点となる極めて重要なポイントであるが,考えただけでも「ウーン 」と唸ってしまうほど難解な課題である.この問題解明のため,世界各国の技術者,研究者がいろいろと研究を試みてきたが,最近まで,この位置を高い精度で求めることは困難視されてきた.しかし,昨年,手前味噌を申し上げることになって大変恐縮なのだが,当研究室でようやくこの点の位置を正確に求めることができるようになった.しかし,これはのり上がり脱線のホンの糸口が掴めたに過ぎないのである.

2) 接触点の滑りやすさ(摩擦係数)の値をどのようにしてはかったらよいのか.
 接触点で車輪が引っ掛かるか,あるいは,引っ掛からないで済むかの分かれ目を決める キー・ポイントは接触点の摩擦係数である.この値が低い,つまり,滑りやすければ車輪 は乗り上がらないし,この値が高ければ車輪は引っ掛かって,のり上がりを開始する.しかし,この値を求めるのは,接触点を求めるよりはるかに難しく,実際にこれを求めるのは出 来ないのではないかと筆者は考えている.

3) 車輪の回転・移動に応じて移動する接触点の軌跡はどうなっているか?
 この問題も大変な難解である.しかし,接触点の位置が正確にわかるようになったので ,軌跡を求めることは理論的には差ほど難しくはないと思われる.

○のり上がり脱線について行われた主な研究
 このように考えただけでもため息が出るような難解な問題に挑戦して研究を行うのは容易ではない.このため,特定の部分に限ってではあっても,この問題に積極的に取り組ん だ研究はあまり多くはない.過去の代表的な研究成果を挙げてみよう.

1) アタック角及び摩擦係数等が脱線に及ぼす影響等の研究 〔横瀬景司,-一軸車輪の脱線- ,鉄道研究所報告第 504号,1965.]
 旧鉄道技研の横瀬氏は模型車輪及び軌道を用いてアタック角,つまりカーブの強さ及び レール・車輪間の滑りやすさ(摩擦係数)が脱線に及ぼす危険性について調べた.つまり,どの程度の急カーブや摩擦係数なら脱線しやすいかを調べた研究である.それによれば,アタック角が0.5度(今回事故が起きた地下鉄の半径160メートル程度の急カーブではこれに近い値になる)以上のカーブでは,カーブの強さは脱線の発生に影響を及ぼさないなどの結論を得ている.

2) 狩勝実験線における脱線実験等の研究 [小山正直他,-狩勝実験線における貨車の脱線実験- ,JREA,Vol11, No.3, 1968-3.]
 貨車の競合脱線を防止するため,一大プロジェクトとして国鉄が取り組んだ研究で,ご承知のように,貨車を実際に脱線させる実験も行った.その結果,2軸貨車向けの脱線しにくい車輪形状(この踏面形状をN踏面といい,貨車に使われている)などが提案され, さらに,脱線に対する危険性はレールを踏みしめる力(輪重・P)に対する横圧Qの比( Q/P,この値を「脱線係数」という)が概ね日本でそれまで採用されていた0.8以下 なら問題ないこと等を明らかにした.

3) 輪重差の危険性に関する研究 [国枝正春,-輪重抜けによる脱線-,JREA,Vol11, No.3,1968-3.]
 旧鉄道技研の国枝氏の研究で,左右輪重差があった時の脱線の危険性を特定の摩擦係数及び車輪形状の下で求めている.その結果によれば,一方の輪重が輪重平均値の35%程度にまで減少したとき脱線の危険があることを明らかにした.

4) 米国の実験線における横圧が脱線に及ぼす影響の研究 [AAR Newsletter,"Wheel climb derailment test using AAR's Track Loading Vehicle ",Railway Age,Vol196,No.6,1995-6.]
 米国では貨物列車の脱線による可燃物質積載車両の大爆発や有毒物質を搭載した貨車の水道水源地への転落ににる水質汚染などで深刻な社会問題を引き起こした.このため,大規模な脱線実験が米国鉄道協会の手で行われている.研究では実験車両の床下に脱線実験用台車を装備し,この台車に無理やりに横圧を加えで車輪フランジがレールに乗り上がる 状況を調べた.その結果によれば,脱線係数は今まで,0.8を越えると危険と考えられ ていたが,実際に脱線するのはこれよりはるかに高いことを明らかにした.

5) 車輪フランジとレールとの接触点解明の研究 [金原弘道他,‐鉄道車両のレール/車輪間接触位置の現車測定-,日本機械学会第8回交通・物流部門大会講演論文集,p227‐230,1999‐12]
 のり上がり脱線の解明に不可欠なこの位置を解明するために,JR東日本,東京大学及び 住友金属が3 年間にわたって行った貴重な研究で,車輪に広く歪ケージを取り付け,横圧 をかけた時の車輪の微小な歪から接触点を推定する方法である.概ねの接触点は推定する ことが出来たが,高い精度で位置を求めることは今後の課題とされた.

6) 分岐器上での脱線についての研究 [石田弘明他,- 脱線に対する安全性評価指標の研究 -, 機械学会講演論文集,Vol.940 No.75, 1995-12.]
 JR総合研究所の石田氏等の研究グループの力作である.本研究では駅や車両基地構内 分岐器上で散発する脱線事故の主な原因は輪重差や分岐器の平面狂いにあることをを明らかにした.なお,石田氏等はこの問題について,同様の研究論文を多数発表している.

7) 走行中の車輪アタック角の挙動を求める研究 [山下祐史他,‐車輪アタック角測定装置の開発‐,鉄道技術連合シンポジウム講演論文集,J‐RAIL’98,p347‐p350,1999‐10]
 のり上がり脱線解明に際してその位置を知ることが不可欠なアタック角の走行中の挙動を求めるために,JR東日本が実際の車両に光学的装置を取り付けて,いろいろな地点におけるアタック角を求めるために実施した地味ではあるが,大変貴重な研究である.研究の結果,直線で比較的安定した走行状態の下でもこの値は多様に変化していることなどを明らかにした.

8) のり上がり現象の挙動解明の研究 [永瀬和彦他, - 低速域におけるのり上がり脱線現象解明の一研究 -, J-RAIL’96 土木学会講演論文集, 平成8- 7.]
 当研究室では模型車両を,油塗布等により摩擦係数を多様に変化させた模型レール上を走行させ,のり上がり脱線時の車輪の挙動を詳細に解析した結果,のり上がり現象発生時には車輪に「すべり下がる現象」が同時に発生していることを確認した.そして「車輪の すべり下がり」が「車輪のり上がり」より小さい場合に車輪がせり上がることと,その状態が連続して起きたとき,のり上がり脱線がおきることを明らかにした.このような現象を踏まえれば,車輪が「すべり下がる現象」を解明しなければ,のり上がり脱線の本 質的な解明は難しいことを述べている.

9) のり上がり現象発生時の「車輪のり上がり量」を求める研究 [若林雄介他, - 電気的方法によるのり上がり現象発生時のレール・車輪間接触点解明 の一研究 -,J-RAIL’99 土木学会講演論文集,1999-12./ 坂原洋行他,- のり上がり脱 線時のすべり下がり量算出法の研究 -, 掲載論文集は前に同じ]
 のり上がり現象が起きたときのフランジとレールとの接触点を高い精度で求めた.この方法で求めた接触点を基準として理論的なのり上がり脱線現象発生時の「理論的な車輪のり上がり量」を求めた.さらに,脱線を防止するための重要な因子である「車輪のすべり 下がり量」を
  車輪のすべり下がり量=「車輪の競り上がり量」−「理論で求めた車輪のり上がり量」
なる関係から求めた.なお,車輪の競り上がり量はレーザ光により実測した.しかし,現時点までの研究結果によれば,測定機器の問題等にによって必ずしも整合性のとれたデータは未だ得られていない.

 以上の要旨からおわかりのように,この問題を本質から究明する研究はJR東日本等を中心として今でも営々と行われていはいるが,この現象を全面的に解明するのは容易ではな い.このような研究は「基礎研究」と呼ばれ,言うまでもなく鉄道の基本技術を支える大変重要な研究である.しかし,残念ながら鉄道で,このような研究を積極的に行うことを奨励する気風が盛んであるとは必ずしも言いがたい状況にある.なぜなら,このような基礎研究で成果を得ても,直ちに鉄道の経営に資する訳ではないからである.

地下鉄脱線事故の真因を探る
- No.4 車両サイドにおける問題点は -

○ のり上がり脱線に関与する因子

 今回の事故について,直接の原因をお尋ねになるマスメディアの方は実に多い.しかし,今までに事故に直接結びつく問題が見い出されない以上,事故には複雑な因子が関与して起きたと見るべきである.そこで,「のり上がり脱線」に関与する多くの因子のうちの代表的なものを紹介し,これについて浅学の身ながら脱線に及ぼす影響を,先ずは,車両側で起き得る因子を中心に論じて見よう.ただ,くれぐれも誤解のないようにお願いしたいのは,今回の事故は以下に列挙するいろいろな因子のうち,「只一の因子だけが関与して事故が起きた可能性は高くはない」ということを充分考慮に入れて頂きたいことである.
 従って,以下に列挙した諸因子のうちの二つか三つの因子を調べた結果,たまたま,これに該当したものを見つけたからといって,「事故の原因判明す!」等というような一方的に断定することは避けて頂ければと思う.

〇 軸重のアンバランス

 過去にのり上がり脱線した車両を調べると,レールを踏みしめる力である軸重が極端にアンバランスであった場合が少なくない.それでは,どの程度のアンバランスであったかといえば,概ね一方の輪重が他方の半分程度したなかったケースがほとんどである.一方,アンバランスの理論的な限界は先の本稿でも述べたようにレール・車輪間の摩擦係数及び車輪形状を常識的な値であると仮定したとき35%との値が出されている.一見,両者間に相違があるように見える.しかし,脱線の多くは曲線で発生しており,そのような場所では車両の動揺等により輪重の左右変動(これを「輪重抜け」という)が発生していることを考えれば,両者の結論に実質的な相違はないと考えてよいであろう.
 今回の事故では,この因子が関与している可能性がありうるので,先ず,検討しなければならない対象である.
 捜査当局は当然,事故車両の脱線した台車の輪重調査を検討しているであろうし,運輸省側もやや遅きに失した感もあるが,早急にこの調査を行うことを明らかにしている.

 それでは,輪重のアンバランスが何故起きるかを述べてみよう.
(イ) 軸バネ調整不良
 台車には走行中にレールから受ける衝撃を緩和するために「軸バネ」と称するスプリングが車軸と台車との間に挿入されている.このバネはレールからの衝撃を緩和する目的で設置されているのではあるが,車輪がレールを踏みしめる力である「輪重」のバランスを均等に保つ機能をも持たせている.電車新造の最終工程で組立作業を行うとき,同じ車軸の左右輪重のバランスを保つための調整は,この軸バネの上下に図1に示すようなライナーと呼ぶ厚みが多様に異なる薄い鉄板を挿入することにより行う.
 このときにバネ調整を行って輪重のバランスを取った車両は,その後,全般検査(自動車の車検に相当する)等で車両を分解した後の再組立てをする際,新造時に使っていたと同じバネや同じライナーを,それまでと同じ部位に挿入すれば,通常は輪重のバランスが狂うことはない.従って,全般検査等施行時にわざわざ輪重を検査する作業は通常は行っていないし,一般的にはその必要性もない.
 しかし,非常にまれではあるが組み立て作業の際にライナーの調整を誤ったり,車両改造などで車体重量配分が変ったときに輪重調整作業を怠ると,輪重のアンバランスが起きる.

(ロ) 車体又は台車台枠の歪み
 作業ミス以外で輪重のアンバランスが生じる事態は非常に少ないのであるが,車体や台車台枠が通常の使い方では考えられないような(事故等による)大きな衝撃をうけた時にこれが歪んで,まれに起きる場合がある.

(ハ) 空気バネの調整又は制御不整
 空気バネのパンクと差圧弁の動作不良が同時に起きると,輪重アンバランスが起きる可能性があることは先にのべた.空気バネに起因してのアンパラスは空気バネの高さを一定に保つ「高さ調整弁」のトラブルによっても起きる可能性があるが,その可能性は高くはない.むしろ,空気バネによるトラブルはこれの機能が正常であって,電車が急カーブ上で停止したときに起きる場合が多い.
 カーブでは左右のレールに高低差(カント)が設けられていることも先に述べた.このようなところで電車が止まると電車は傾き,傾いた側の空気バネに大きな荷重がかかる.その結果,傾いた側の空気バネは凹み,その反対側は逆に荷重が減るので空気バネは膨らむ.このような事態が起きると,図1の空気バネに付属する高さ調整弁は傾いた姿勢を修正しようとして凹んだ空気バネに圧縮空気をつぎ込み,膨らんだ側の空気を抜き,車体の傾斜を修復して水平に保とうとする.


図.1 鉄道車両の空気バネの構造概念図
作図:金沢工業大学 機械システム工学科 永瀬研究室
坂原 洋行
 空気バネのこのような機能は正しいのだが,停止した電車が再び動きだして曲線通過の遠心力で電車が外側に振られると,すこし面倒なことになる.カーブで車体が外側に傾いたまま走るので,輪重にアンバランスが起きる原因となるからである.今回事故のあった現場付近の急カーブは中目黒駅入口にある第1又は第2場内信号機が赤のときに(このようなケースはラッシュ時には時々ある),信号によって停止した電車最後部車両が停止する場所でもある.急カーブ上で停止して遠心力を失った電車が,半径160米の急曲線に付けられているカントの影響で傾き,更に,傾いた車体を修復するため空気バネの作用で車体を水平に戻した可能性も否定出来ない.
 ただ,このような現象によって輪重にアンバランスが起きても,その値はのり上がり脱線に直結するような大きな値になることはない.なぜなら,そのような事態が起きたときには左右の空気バネの間を結ぶ連通菅に設けられた差圧弁が動作して双方の空気バネの内圧差を縮小させるからである.もちろん,このプロセスは差圧弁の機能が所定であることを前提にした話ではあるが・・・.さらに,脱線現場の左カーブで「空気バネの誤動作」により発生する輪重のアンバランスは,どちらかと言えば,のり上がり脱線を防ぐ方向に作用するからである.

〇車輪踏面の形状不正

 のり上がり脱線は車輪形状の不正によっても起きる.のり上がり脱線には特に車輪フランジ形状が影響する.図2に示すフランジの斜面角度は垂直面に対し通常約60度程度である.

図.2 車輪形状概念図
作図:金沢工業大学 機械システム工学科 永瀬研究室
坂原 洋行
 しかし,線路や車両の走り具合により車輪が均等に磨耗せず,この角度が変化する場合がある.脱線が起きやすいのはフランジ角度がオリジナルの姿である60度より急になった場合である.フランジがこのような姿に「変身」する現象を「直磨」とよぶ.直磨がおきると,分岐器やレール継目等に,フランジ先端が引っ掛かってのり上がり脱線を起こしやすくなるからである.ただ,地下鉄日比谷線で過去に運用されていた3000系電車では,そのような傾向は全くなかったことからみて,今回事故が起きた03系電車に「直摩」起き,それが脱線の一因になった可能性は少ない.もし,そのような事態が起きていたなら目視により直ちにわかる.
 車輪の左右の直径差があった場合にも,車輪は真っ直ぐに走ることが出来ず,のり上がり脱線の一因となる.しかし,例えそのような事態になっていたとしても脱線の可能性はほとんどない.というのは,筆者が昔,国鉄の某現場に勤務していたとき,車輪を削るときの作業ミスによりとても信じられないような大きな左右車輪直径差がある状態のまま,長期間使われていたディーゼル機関車を,定期検査で見つけて大騒ぎになった経験がある.しかし,その時の車輪に直磨などの異常は全く見られなかったからである.

〇 地上サイド,競合及び取扱上の問題点

 以上,車両側の主要な因子について述べて見た.しかし,これ以外で,乗り上がり脱線に深く関与する因子も多い.次号はこれらについて,論じて見たい.

地下鉄脱線事故の真因を探る
- No.5 地上側の問題点は何か-

〇 はじめに
 脱線に関与する地上側の因子は少なくない.しかし,今回の事故で軌道に重大な欠陥があったとの報道は車両と同様に見当たらない.しかも,脱線は急カーブで起きた.とするならば,今まで仮定の上にたって進めてきた事故原因については,やはり「のり上がり脱線」である可能性が極めて高いことになる.そこで,のり上がり脱線に関与する地上側因子について,ここで再度,もう少し細かく述べてみよう.

〇 乗り上がり脱線に関与する地上側の因子

 のり上がり脱線が起きる原因の一つは急カーブでレールを踏みしめる力,すなわち,輪重にアンパランスが生じたときに発生する.この現象は,車両の8つの車輪の輪重値がバランス良く保たれていても,レール面が歪んでいれば起きる.というのは,レールの特定の箇所に凸凹があると8つの車輪はレールを均等の力で踏みしめることが出来ないからである.そして,このような凸凹(歪み)は曲線の出入口付近で起きやすいこと,さらに,事故が起きたSカーブ付近では,そのような現象が起きていた可能性が否定できないことを先の「鉄道を斬るNo.10」で述べるとともに,問題点を以下のように集約した.

  ・脱線が起きた地点の左急カーブでは右側レールがカントによって嵩上げされている.
  ・その先の右カーブでは反対に左側レールが嵩上げされていると推定される.
  ・これら二つのカーブの切返し地点には,緩和曲線と呼ぶカーブが設置されている.
  ・緩和曲線部でレールの嵩上げ(カント)の左右切返しも行っている.
  ・地下鉄のように急カーブの続く路線では所定の緩和曲線確保が困難な区間がある.
  ・左右カントの切返しが適正でないと,輪重アンバランスによる脱線の危険が起きる.

 このようなことをご理解頂ければ,Sカーブの中間に設置する緩和曲線の設定方法が非常に大切であることがおわかり頂けると思う.ところで,カーブは曲がりやすくするためにカントが付けられているのだが,カント量が多いほど,Sカーブでのカントの左右切り返しを慎重にしないとレールが歪み,輪重アンバランスが起きる.一方,カントがなければ,そのような心配は全く要らなくなる.
 従って,Sカーブ中間に設置する緩和曲線長さは前後のカーブに付けられたカントによって決まることになる.すなわち,Sカーブに付けられたカントの量が多ければ,カント切り返しのための緩和曲線は長くとらなければならないということになる.

〇 緩和曲線挿入の考え方

 Sカーブの中間に敷設する緩和曲線の長さや,この緩和曲線の部分でカントを切り返す方法を述べてみよう.曲線付近でレールが歪んだ場合に電車の8つの車輪がうまくレールを踏みしめることが出来ないのは,電車が軟体動物でない,つまり,電車の車体剛性が高く,レールの凸凹に応じ車体が撓んでくれないからである.
 もちろん,このように「車体のしなやかさ」がないことは車体が丈夫であることの証であるから本質的には好ましいことである.このような車体剛性がのり上がり脱線との関連で議論されるようになったのは昭和40年4月に中央線初狩駅でのタンク車脱線事故であり,それ以前にはこのようなことがあまり問題にならなかった.当時の車体剛性が今ほど高くはなかったからである.
 事故が起きた日比谷線が建設された昭和30年代末期のころ,既に国鉄には部内の規定ではあるがSカーブにおける緩和曲線やこの曲線上におけるカント切返しについて詳細な定めがあった.しかし,当時の民鉄の線路構造を定めた運輸省令では緩和曲線について,Sカーブの真ん中には「相当ノ長ヲ有スル直線ヲ挿入スベシ」なる大正時代制定の省令があっただけで,Sカーブ以外の曲線について緩和曲線等に関する定めはなかった.
 その理由は明らかではないが,省令制定当時の電車の多くは木造車であり,車体は非常にしなやかで,のり上がり脱線などは全く起きなかったのではと推定される.その後,電車の車体が鋼製になっても当時の車体は,現在のようないわゆる「モノコック構造」とは異なってやはり,しなやかであったことも,このような問題を起こさなかった原因の一つであったと思う.そして,民鉄におけるのり上がり脱線で電車の車体剛性がクローズアップされたのは,さきに述べた某民鉄ののり上がり脱線事故である.
 では,Sカーブの中間に挿入する緩和曲線の付け方は実際にはどのように行うのであろうか.現在の運輸省令は,それまで国鉄部内規定としてあった緩和曲線に関する規定を殆どそのままの形で採り入れた.その内容はカーブの種類や,通過する電車の速度に応じ多様であるが,事故現場のSカーブに該当すると考えられる主な規定を拾いだすと,

 ・Sカーブでは双方の曲線のカント量の和の300倍以上の長さの緩和曲線の確保
 ・双方のカント又はカント不足量の7倍に電車通過速度を乗じた長さの緩和曲線の確保(速度はkm/h,カント量はミリ)のいずれか大きい方を確保しなければならないとされている.つまり,緩和曲線の長さはカーブにおけるカントの付け方又は通過電車の速度で決まるのである.

 一方,カントの値自身はカーブの強さと,そのカーブを通過する電車の速度に応じて決まる.理想的なカントの設定はカーブを最高速度で通過したとき,遠心力で車体が外に振られないよう設定することである.この考え方に立てば,今回の事故地点の通過速度は約34km/hであるから,半径160m左カーブの所定カントは図示のように61ミリ,半径231m右カーブのカントは42ミリ必要となる.従って,この値でカントが設定されていると仮定するならば,先に述べた方法で所要の緩和曲線長さを求めると左カーブの緩和曲線長18.3m,右緩和曲線長12.6mであり,合計30.9mとなる.


図 現場の曲線と緩和曲線付与の方法
作図:金沢工業大学 機械システム工学科 永瀬研究室
坂原 洋行
 一方,Sカーブの中間にある実際の緩和曲線長さは営団側が事故の際に発表した資料から求めると47.9mとなる.従って,カントを不足なく所定に設定し,かつ,緩和曲線は当時の国鉄部内規定に準じた方法で設定したと仮定すれば,緩和曲線付近の線型は
 1番目半径160mの左カーブ
 2番目18.3mの左カーブに付帯する緩和曲線
 3番目17.0mの直線
 4番目12.6mの右カーブに付帯する緩和曲線
なる順序でレールが繋がっていることになる.
 日比谷線が建設された当時の省令にはSカーブの真ん中には「相当ノ長ヲ有スル直線ヲ挿入スべシ」なる規定があったが,具体的な直線長さについての規定は定められていない.日比谷線の建設記録をみると,この付近が当時の省令に抵触した線型であったことや,そのために運輸省に特認申請を行ったとの記録は見当たらない.一方,営団の当時の内部規定によれば,Sカーブ中間に直線を入れる場合,その直線長さは15m以上確保することになっている.当時の国鉄の規定は20mであり,この値は国鉄電車の標準長さ20mからきたものと推定される.日比谷線電車の長さが18mであることを踏まえれば,現場の直線はやや短い感じがするが,技術的には問題となるほどのことではない.

 当時の運輸省令で定めた上記方法でSカーブ付近におけるカント左右切返しを行う場合には,
 ・最初に左カーブ出口の緩和曲線上で先ず,嵩上げされている右レールを押し下げる
 ・次いで,短小(推定17m長の)直線区間では,左右のレールを水平に保つ.
 ・次の右カーブ手前の緩和曲線で次第に左側レールを嵩上げする.
という面倒な手法をとらなければならない.賢明な読者であるならば,このような方法をとらず,むしろ,左右カントの切返しを同時に行ったほうが,途中の直線分の長さをカント切返し長さとして有効に利用出来るので,切返しもスムーズにおこなわれることに気がつくであろう.
 つまり,最初の左カーブ出口に設けた緩和曲線で右レールをさげると同時に,次のカーブの準備のために左を上げ始めるのである.このような合理的な手法は日比谷線建設当時,既に国鉄の内部規定に明示され,多くのSカーブで使われていた.もちろん,現在の民鉄ではそのような手法の導入は省令によって認められている.しかし,当時の民鉄向の法令では,そのような手法を定めた規定は存在しなかった.
 従って,当時の国の定める規定に従った線路の整備が行なわれていたとするならば,現場は大変厄介な線型をしていたことになり,そのような線型の線路保守に現場がご苦労されていたと推定される.
 一方,当時の運輸省令には具体的な緩和曲線挿入の方法が指示されていなかったこともあり,さらに,営団がビルの谷間を縫って厳しい線型の線路を敷設しなければならない事情等もあったためであろうか,営団では内部規定によって曲線本体区間でカントを逓減することを認めていた.もちろん,このような方法は本来は好ましい手法ではない.だから,営団内部規定では曲線上でカント逓減する際は,カント量の600倍という通常の2倍の長い距離で緩やかな逓減を行わなければならないことを規定していた.今回の脱線が起きた地点は厳しい条件ながら曲線側でカントの逓減を行なう必要がない線型になってはいた.しかし,脱線地点がカーブ出口直前であったこと及び緩和曲線でのカント逓減を行なうことが厳しいなどのことを踏まえると,事故発生地点である急曲線出口付近でのカント逓減実施の有無を,事故直後に本来は調査すべきであったと思う.
 以上,述べたように,付近の線型は線路を歪みなく保守するには細心の注意を必要とする区間であり,保線関係者は付近の線路の保守に腐心されていたと思われ,その過程でレールに歪みがあった可能性も全く否定出来ないわけではない.しかし,残念なことに,現場のレールは証拠品として事故直後に取り外されため,このような重要な状況を調べる貴重なチャンスを逸してしまった.

  〇 特殊カーブ

 話は余談となるが,運輸省令に緩和曲線に関する詳細な規定がなかった昔は,多くの現場で「匠の技」によって作られた「○○カーブ」と呼ぶ特殊な緩和曲線が導入されていた.筆者もある構内で線路を敷設する計画に関与したとき,構内とはいっても相当のスピードで車両が通過する計画のあるカーブで,カントを所定に確保した場合は緩和曲線長さが足りないことが判明して困惑したことがある.その工事を担当した元国鉄某保線区出身のベテランの軌道工事会社責任者は「○○カーブ」で充分に対応できると明言し,その方法で敷設した線路で全く問題がなかったことに驚いたことがある.
 しかし,この曲線は現場の路盤の状況や,そこを通過する電車の構造などを知り尽くした高い技量をもつベテラン保線従事員が行う手法であって,機械保線が主体の近代鉄道で,このような手法で敷設された線路にどの程度対応できるかは議論のあるところであろう.事故現場でこのようなカーブが使われていた可能性は多分ないではあろうが,明治,大正時代に敷設された線型の厳しい線区には,本線といえども,その様な手法で敷設されたカーブが残っている可能性は否定できない.今後,機械化が一層進む状況の下で,このような匠の技により敷設された線路を適正に保守することも,考慮に入れなければならないであろう.
 レールを保守する保線の現場は,いわゆる3K職場であり,作業は深夜の終電が終わってから始発までのわずか数時間の間に作業を行なわなければならない.しかも,地下鉄の場合には作業現場までの往復時間の確保,レール等の材料搬送の難しさ等の多くの問題点に苦悩している現場は多い.今回の事故でもし現場の不手際が見いだされ,それが事故の一因であったとされる事態が万一にも起きるような場合があったとしても,関係者は事故の責任を追求する前に,先ず,高度の技量が要求される地味で過酷な作業現場の実態を理解すべきであろう.このような観点に立てば,今回の脱線防止レールについてのような一方的とも思われるような措置は,好ましいことではないと思う.

地下鉄脱線の真因を探る
−No.6 営団地下鉄事故原因調査中間報告を見る−

1. 衝撃的な内容

 早いもので,あの事故から5ケ月が経過した.警察による捜査に並行して運輸省事故調査検討会の手で行われてきた事故原因調査の中間報告が,この度,なされた.この調査は鉄道事故について「事故再発防止のために広い視点から調査する体制」が現存しない状況(このような状態を放置したこと自体も大きな問題なのではあるが)を改善するために,運輸省鉄道局長の「私的諮問機関」として最近設けられたものである.従って,調査について法的根拠があるわけではなく,調査メンバーに専任者がいるわけでもなく,更に限られた陣容で行われたものであるから,率直にいって内容や調査方法に問題があると思われる点も少なくない.とは言っても,従来に比べ鉄道事故についての行政のスタンスが大幅に改善されたことは評価すべきであろう.関係個所でろいろと論議を呼んでいる報告書の中身については,別の機会に論ずるとして,今回は,この報告書で指摘された事柄の裏に潜む問題を論じて見たい.というのは,報告では多くの鉄道を運営するために必要な技術水準が保たれているのかどうか疑わしくなるようなことが指摘されているからである.それらの問題のうち,車両及びレール・車輪間の問題二つについて述べて見よう.

2. 台車の旋回特性

 初っぱなから専門的な話になって恐縮であるが,脱線した台車の「回転特性」(報告書は「台車空気バネの台車転向に対する剛性」とあり,以前は「台車の旋回特性」と呼んでいたこともある)の悪さが,脱線の要因になった可能性を報告書は指摘している.先ずは,この問題について述べてみよう.

2.1 台車支持方法と旋回特性

 電車の長い車体が曲線を通過するとき,車軸が細長い車体と一体になっていると,急カーブは曲がれない.そこで,4つの車軸は2本づつ,前後二つの台車で束ねられ,カーブに入ると,図のように二つの台車で束ねられた車輪は曲線に沿って走れるように,通称「心皿」と呼ぶ台車中央部を中心として回転する.


ボギ-車の概念図(作図金沢工大永瀬研究室 坂原洋行)

 このような構造の車両をボギー車といい、 この時に台車が動く運動を旋回又は転向運動と名付け、 台車の回転しやすさを旋回,回転又は転向特性(以下には「旋回特性」なる用語を用いる)と呼ぶ.
 台車設計のポイントの一つは旋回特性を適正に保つこととされる.旋回特性が悪ければ,レールや車輪の磨耗が増加したり,極端な場合にはカーブを曲がりきれずに脱線する可能性がある.逆に旋回特性が良過ぎると,高速走行時には台車が踊りだして(激しい「ダ行動」を起こして),やはり脱線の危険がある.高速域で台車が踊らず,しかも,カーブで脱線などの問題が起きない適度な旋回特性を与えるは難しい.このため,適正な旋回特性を台車に与えるべく,台車と車体とを結ぶ方法(台車支持方式)について,いろいろな方法が提案されてきた.

 2.2 高速化以前の台車支持方式

 昭和20年代末までの日本の台車のほとんどは,心皿だけで支持する1点支持方式であった.この方式では,車体側の下部に取り付けた太い丸棒の形状をした「上心皿」を台車中央部の丸穴(下心皿)に嵌め込んで車体と台車を結合する.このような,構造の台車は高速時にはダ行動を大変起こしやすい.筆者は昔から高速運転で名を馳せた京阪神を走る電車を保守する工場に勤めていたとき,戦前に作られた特定の電車(その多くはクモハ54型)は高速で激しいダ行動を起こすことで有名で,乗客からの苦情も絶えなかった.乗務員の話では,極端な場合には乗っている乗客が怖くて隣の電車に逃げだすケースもあったとされる.八方手を尽くして原因を調べた結果,本来は底辺が円筒形状となっているべき上心皿が,長年の使用による磨耗で「すりこぎ棒」のように丸くなっていた.この上心皿を削り直した結果,激しいダ行動がピタリと納まった経験がある.ただ,このような現象を起こすほどに高速で走っていた鉄道は,当時は限られており,大きな問題になるケースは少なかった.

 2.3 阪神電鉄の3点支持方式についての研究

 昭和20年代の後半から鉄道の高速化が始まると,従来の台車支持方式の欠点があらわになった.この問題について先兵を切って研究を行ったのは,当時,電車について最高技術をもつとされた阪神電鉄である.当時の国鉄車両関係者は,電車を機関車より1ランク下の車両と見下す風習があり,電車に差ほど技術的な力を入れていなかった.多くの優秀な技術者を擁する同社では,戦前に米国ミルウオーキー鉄道が3点支持台車を同鉄道の看板である大陸横断列車「ハイアワッサ」に導入して成功を収めたことに着目し,自らの手で台車を改造して実験を行った.ここで得た成果を当時,画期的といわれた3000形特急電車に導入した.
 当時の記録を繙く(ひもとく)と,心皿及び左右の側受を使った「3点支持方式」について,側受にどの程度の荷重を与え又どのような材料を使えば,適正な台車の旋回を抑止する抵抗をつけることが出来るか,さらには,車輪フランジ磨耗,ダ行動及び乗り心地などとの関連ついて,多くの現車試験を踏まえて詳細に論じている.その成果は,現代の台車の設計や保守にそのまま通用する大変優れた内容である.
 その後,3点支持方式は日本の鉄道における台車支持方式の主流となり,国鉄の特急こだまや国鉄通勤電車さらには多くの民鉄で採用された.

 2.4 その後の台車支持方式

 昭和30年代の後半に各鉄道が高速化を競って推進するようになると,この方式に変わる適正な旋回抑止力を持つ新しい構造の台車が次々と提案された.その過程では,国鉄,メーカー,さらには一部の研究熱心な民鉄などをも加わって,実に多様な研究が行われている.その途上で提案された筆者の記憶に残る主な項目を挙げれば,以下の通りとなる.

 ○阪神電鉄提案のテフロン系側受支持材料の導入
 ○側受支持部へのバネ及び防振ゴムの導入
 ○ED60・61電気機関車でボルスタレス台車の採用
 ○汽車会社提案の大径心皿方式の試用(その後の国鉄特急,急行電車で全面採用)
 ○ED72電気機関車でバネ横剛性(3点支持全面廃止)台車の登場
 ○空気バネ横剛性を利用した住金ボルスタレス台車を営団半蔵門線で試用
 ○ダ行動抑止のために高速台車への旋回運動抑止ダンパ(ヨーダンパ)の導入

 この変遷をみても明らかなように,現代の電車台車の主流であり,今回の事故電車でも使われているボルスタレス台車開発の過程では,営団も住友金属と共同でいろいろな試験や研究を実施している.
 そして,この台車を含めての前述の新しい台車を開発するに際しては,当然,昭和20年代末期から30年代の始めにかけて阪神電鉄の技術者が心血を注いで研究した台車の旋回特性と同じような詳細な検討がなされていることであろう.

 2.5 事故台車の旋回特性

 今回の報告書では,台車旋回特性に深く関与する空気バネの横剛性について,事故電車の値は日比谷線に乗り入れる他社の電車のそれに比べ大きな値であることを明らかにした.そして,このように横剛性が固い空気バネでは恐らくは旋回特性も悪く,それがのり上がり脱線の一因となった可能性を示唆している.しかし,報告書では事故車の空気バネ横剛性の値や,対象とした他社電車の空気バネ横剛性の値については示してはおらず,さらに,台車の旋回抵抗や,これがのり上がり脱線に及ぼす影響までは言及していない.
 もっとも,空気バネ横剛性の固さを和らげるための仕組みが空気バネ上下取付部に挿入されている場合もあるので,今回指摘されたように空気バネの横剛性の固さが必ずしも台車旋回特性に比例するとは限らない.さらに,対象とされた他社の空気バネ横剛性や,台車旋回特性が逆に過少すぎる可能性も残されている.しかし,今回の指摘はこのような問題点について充分な検討をした後に発表したものであろう.
 とするならば,この台車の機能には根本的な問題があったことになりかねない.つまり,電車の基本的仕様の決定や製作に関与した多くの関係者が,長い間にいろいろな研究が行われてきた台車の基本的な機能について留意していなかったことになる.鉄道には多くの技術が導入されており,鉄道に関与する技術者の全てが,このような詳細な技術を知悉している必要はないけれども,少なくとも,電車の台車設計に関与する当事者は当然にそのことを心得て置かなければならないのにである.
 台車を製造した住友金属は,さきにも述べたように,空気バネを用いたボルスタレス台車の第一人者である.そして,営団はその過程でボルスタレス台車の優れた性能に着目して,その提案を積極的に取り入れ,多くの現車試験を実施している.つまり,営団はこの台車についてわが国で最も深い造詣を持つ鉄道である.だから,筆者も報告書の指摘が当を得たものかどうかは,実の所は半信半疑である.もし,指摘が当を得ないのであるならば,是非,積極的に意見をのべて頂きたいと思う.

3.輪重偏差

 車輪がレールを踏みしめる力(輪重)に左右車輪間で大きなアンバランスがあった場合は,のり上がり脱線脱線の可能性が高まることは、 先の「 鉄道を斬る.No.11」 の「 地下鉄脱線事故の真因を探る − 車両側の原因は何か −」 で述べた.非常に注目されるこの輪重値について,報告書では関係する輪重値は所定値に対して以下の値にあったことを明らかにした.

 ○最初に脱輪した8両目第1軸車輪の値は新製時に0.90であった.
 ○脱線した車両の最後部輪軸の左側(脱輪した車輪と反対側)の車輪)のそれは0.79であった。
 ○日比谷線営団車の全輪重を実測した結果,輪重の最小値は0.72であった.
 ○同線に乗り入れるA社電車の輪重を実測した結果,0.90以下のものはなかった.

過去の車両側に起因するのり上がり脱線の多くは著大な輪重差にあったことは先の「鉄道を斬る.No11」でも触れた.脱線の危険性が高まる輪重差の限界はレールや車輪の状態により多様に変化する.一般には0.65を下回った場合には,その可能性が極めて高いことが過去の研究や脱線事故調査の結果,明らかにされている.脱線した車両の実際の輪重は「闇の中」であるが,脱線した電車の新製時の輪重値データを調べた結果,一部ではあるが限界値と遠くない車両があったこと及び営団車全部の輪重を実測した結果によると,限界値に限りなく近い値の電車があったとされていることは注目に値する.そして,A社(東急のこと−筆者注)の電車については輪重偏差が非常に小さいことも又注目に値する。東急は過去に自社線で起きた乗り上がり脱線の一因は、顕著な輪重差にあったことから,工場出場車の全ての輪重管理を実施している.もっとも,今回,運輸省が実施した輪重測定法は止むを得ない理由で簡易な測定法によっているために,測定値に高い精度は期待ではないから,若干の誤差が含まれている可能性があることに留意する必要がある.
 ところで,車両の輪重偏差は車種,車両の構造及び車両の整備状態により大きく異なる.僅かな輪重差があっても牽引性能に顕著な影響が出る機関車は全般検査実施時に厳重な輪重測定を実施しているので,偏差は非常に小さい.輪重偏差が走行安定性に大きく影響する貨車も同様の管理が行われているので,同じであろう.しかし,それ以外の鉄道では新製時に行われる輪重測定以外に,積極的な輪重管理を行っている鉄道は多くはない.
 なぜ,このように電車などであまり輪重の管理を厳密に行っていないのかと言えば,輪重差が機関車のように走行性能に大きな影響を与えないこと及び軸バネにコイルバネを使った車両は所定の整備を実施しておれば,改造を行ったり,事故などで車体や台車が大きく変形しない限り軸重が変わる可能性は少ないからである.ここで言う「所定の整備」とは,さきの「鉄道を斬る」で述べたように,輪重に密接に関係する軸バネ,枕バネ及び側受の上下に挿入されている薄い鋼板(ライナ)を変えないこと,つまり,整備を行う際,これらの鋼板を従来通りに挿入することである.  もっとも,このような方法だけでは輪重に問題が出る可能性のある車両も実際には存在する.そのような車両の多くは軸バネに防振ゴムを使用している台車である.この種の台車では径年変化又は走行による発熱の影響でゴム硬度が変化し,これに応じて輪バネ定数も変動する場合があり得るからである.筆者もある鉄道工場勤務中に,軸バネにゴムを使った機関車の中には出場時に台車の水平調整を厳密に実施しても,試運転から戻ってくると台車が傾いているので困ったことがある.このような現象はゴムを使ったバネ系の管理が難しいことの証である.
 幸いなことに,今回の事故車は軸バネには金属バネを使っているので,事故で最初に脱輪した輪軸の輪重偏差は,特別の事情がない限り新製時と大きく変化している可能性は少ないと思う.ただ,ここで筆者が意外に思うのは,新製時に輪重差が2割を越えた状態で出場している車両や,測定誤差があり得るとは言え実測輪重値の偏差が非常に大きい車両が存在することである.特に実測輪重偏差が大きい車両については,新製時の偏差がどの程度であったか,さらには,車両を整備する際に特別な問題がなかったかどうか,気になる.

 4.鉄道技術及び技量のレベル低下の懸念
 本稿の前半で阪神電鉄の例を挙げてのべたように,昭和30年代には国鉄だけではなく,幾つかの技術に熱心な民鉄の手によっても鉄道の基礎的な研究が盛んに行われていた.ところが,近年はこのような気風が廃れ,のり上がり脱線現象やレール・車輪接触の問題などの鉄道固有の,しかも,重要な研究にどの鉄道もほとんど力を入れていないことが、今回の事故で明らかになってしまった.
 このような問題について筆者は「鉄道を斬る.No.5−ドイツ新幹線惨事の背景」の項で,日独両国の鉄道共々に鉄道固有の基礎研究が最近はなおざりにされていることを憂え,ドイツ新幹線事故にもこれが影を落としている可能性のあることを述べた.不幸にして筆者の杞憂は的中し,ドイツ新幹線事故について検察当局は,当時のドイツ国鉄の弾性タイヤに対する疲労強度の検討が不十分であったと断定し,近く関係者の刑事責任を問うとの報道がなされている.誠に残念なことである.
 今回の事故が起きた営団は今から70年以上も昔に地下鉄が日本で初めて開業した当初から,木造車両が巾を効かす当時にあって全金属製車体の採用及びATSの全面装備を行い,昭和28年丸の内線開通時に当時としては画期的なセルフラップ電磁直通ブレーキ及び平行カルダンの300系電車を導入し,さらに同じ線区で日本初の地上速度照査式信号機を採用し,そして,近年は電機子チョッパ制御方式の導入など,日本の鉄道技術史に残る多くの輝かしい実績を生み出した鉄道である.そして,注目すべきは,これらの画期的な技術の導入は高い見識を持つ当時の地下鉄首脳主導の下になされたものであって,単にメーカー側の提案を鵜呑みにして生まれたものではないことにある.
 このようなに伝統のある優れた技術を継承する営団地下鉄に対し今回のように、鉄道の基本的技術や技量に関わる問題について、指摘があったことを筆者は非常に残念に思っている.指摘に事実と違う点あるならば,是非,積極的に意見を述べて頂きたいと思う.

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