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20世紀社会主義の実験は失敗、研究者はそこから学べる   岩田昌征 
http://www.asyura2.com/0502/senkyo8/msg/1019.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 3 月 19 日 05:48:11: ogcGl0q1DMbpk

【社会主義とは何だったのか 岩田昌征さんに聞く】上

20世紀社会主義の実験は失敗、研究者はそこから学べる

ロシア人やユーゴ人は失敗したが、もっと優れた知性と倫理の持ち主がやれば成功できるなんて不誠実。


http://www.bund.org/interview/20050325-1.htm

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いわた まさゆき

1938年生まれ。東京大学卒業後ユーゴスラヴィアに留学。以降30年以上にわたって現地をたびたび訪れ、社会主義の建設と崩壊に関する独自の考察を続けている。現在、東京国際大学経済学部教授。『社会主義崩壊から多民族戦争へ』『現代社会主義 形成と崩壊の論理』『ユーゴスラヴィア多民族戦争の情報像』など著書多数。

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デザイン主義の限界

――ソ連東欧社会主義国が崩壊して10年以上の年月がたちました。いまだに「崩壊したのはロシア・マルクス主義、スターリン主義であって、『本当のマルクス主義』の実験はこれからだ」と言い続けている人々がいます。アソシエーション社会主義だとか……。

★そうした人々もいるようですね。「アソシエーション社会主義」自体、その名の通りにユーゴスラヴィアで試行されたのに、その現実分析もしないでそう言っているようですね。

 マルクス主義では、上部構造・下部構造というように「建築アナロジー」がよく出てきます。同様に、20世紀社会主義建設の方法論もまた「建築家のデザイン論」とパラレルだというのが、処女作『比較社会主義経済論』(1968年執筆、1971年刊行、日本評論社)以来の私の考え方です。

 同書の「あとがき」で私は次のように書きました。  「建築家・菊竹清訓氏の論文『デザインの方法論』(菊竹清訓『代謝建築論か・かた・かたち』彰国社、1969年所収)に〈か・かた・かたち〉論と呼ばれるデザイン(設計)方法論が展開されており、筆者の社会主義・共産主義の過渡期理解に通ずるものが多く見られる」「建築デザインと過渡期社会主義経済論のあいだにこのような同型の方法論が成立する根拠は、どこにあるのだろうか。既存の形あるものではなく、未存のつくられてはじめて存在しうるものを、その創造(形成)主体を含めて、考察の対象とするところに、両者における方法論的反省の共通性があるからである」

 1993年2月私は、この『比較社会主義経済論』の「無改訂・増補版」を、『現代社会主義・形成と崩壊の論理』として書名を新たに同じ出版社から刊行しました。他者が私の処女作の有効性を検証できるために、社会主義崩壊という大事件があったにもかかわらず、『比較社会主義経済論』をあえて無修正・無改訂のまま「第一章、第二章」として再録し、「第三章、党社会主義の終焉」でデザイン主義的社会主義建設論の限界について新たに論じました。第三章は社会主義の崩壊を受けて新たに論じたものですが、社会主義建設を「建設家のデザイン」のアナロジーに見るという考え方自体は、処女作執筆当時の問題意識をそのまま受け継ぐものです。

 私の言う「理念像(S=Socialist concept)→法制体系化(I=Institutionalization)→運用・操作(O=Operation)→現実分析(A=Analysis)→理念像(S)」というS→I→O→A→Sの社会主義建設の循環図式は、菊竹清訓氏の〈か・かた・かたち〉論と同じことを言っているわけです。こうしたことは社会主義建設の「デザイン主義的、構成主義的、幾何学的性格」を、また、歴史的・社会的実験=巨大な人体実験の性格を顕著に示すものです。それは、nonK(資本主義否定)→S0、S1、S2、S3(社会主義の諸改革)→S&K(社会主義的遺産と資本主義肯定)という20世紀の大実験だったのです。(図1)

 私は、建築家の場合は、こうしたデザイン論は正しいと思う。20世紀に入る頃の社会主義者もまた、こうしたデザイン論で社会主義建設を展望していくしかなかった。デザイン主義的社会主義建設の生命力と妥当性は、やってみてはじめてわかったことなのです。

 社会主義に反対の人々は、「反社会主義」という思想的・イデオロギー的立場から社会主義のデザイン論を批判しました。それはそれで当然です。しかし、社会主義に未来を見た人たちは、自分たちが実現しようとする社会主義が、放っておいても自然に自分たちの前に出現しない以上、まずはデザイン主義的にやっていくしか手がなかった。

――社会主義は自然発生的には生まれない、ということですね。

★社会主義社会は目的意識的にしか建設できない」という考え方は、コミュニスト系であろうとなかろうと、20世紀初頭の社会主義者が共有する通念でした。ラジカルな社会主義者であればあるほど、目的意識性を強調したように思います。

 そうしたデザイン主義的な党社会主義――ソ連「党」の計画経済型社会主義も、ユーゴスラヴィア「党」の自主管理社会主義も――の実験が資本主義肯定で「終わった」ということは、やはり確認しなければなりません。しかもデザイン主義であるが故に、ナチスの悲劇に匹敵する大悲劇を生みだして、実験は終焉しました。

 20世紀の社会主義実験は、「ロシア人がやったから」あるいは「ユーゴ人がやったから」失敗した。「われわれ日本人がやれば」、あるいは「もっと優れた知性と倫理の持ち主がやれば、社会主義は成功できる」とは言えない。そうした言い方はあまりに傲慢だと思いますね。

社会主義への「幻想」

――社会主義はもう無理だと?

★一個独立の社会経済体制としてはそう思います。S→I→O→A→Sのプロセス図(図1)は、共産主義社会を主体的・実践的に建設しようとしたマルクス・レーニン主義者たちが生きた世界を描いたものです。それに対して、認識者としてそれを外側から観察してきた私は、自らの現代社会主義論の輪郭を明らかにするために、1983年の『現代社会主義の新地平』や1991年の論文「現代社会主義の終焉」において図を描いてきました。その図を総合すると図2のようになります。

 1983年の時点では、「現代」という時点(縦の太線のところ)で区切られた未来に開かれた図を描きました。現代社会主義の将来もクエスチョンでした。ところが1989年を経て、「今代」まで延長した現時点の図では、現代社会社会主義の未来が閉じた図を描きました。「もう終わった」という意味です。

 しかし、社会主義者の人たちが実行した「社会主義の実験」は全く無意味だったのかと言えば、そんなことはないでしょう。実験を経るしかなかったのです。現在、本紙『SENKI』紙上で共産主義を否定する論陣を張っている荒岱介さんにしても、実際に実践してみたから、「共産主義は無理だ」と言えるわけでしょう? やってみたけれどダメだったということですね。

 ところで、「社会主義的デザイン主義がダメだった」という人たちの弱点は、もう社会主義については研究しないとなってしまいがちなところです。せっかくの「社会主義の世界史的な大実験」だったのですから、失敗であれ、社会認識の重要な材料・素材として有効に使うべきです。社会主義は失敗したからもう忘れていいというものではありません。自然科学の実験だったら当然そうですね。ところが社会科学の場合、自分たちも歴史的責任も問われる可能性があると、逃げる研究者がいます。それは知的に誠実でないと思います。

 しかし、その一方で、社会主義認識から離れないけれども、「マルクス主義にはまだ未来がある」という「幻想」を持とうとする人たちもいるようです。自分の過去の研究に対して誠実になる根拠としてならば、そうした「幻想」も必要なのかもしれません。

 だけど私は別に「幻想」なんて持たなくても、過去に対して誠実になれるはずだと思う。東大法学部の塩川伸明さんたちのように、清算主義に陥らず客観的なソビエト史研究を一生懸命やっている人たちもいます。しかし、そういう人は非常に少ない。

 マルクス主義に対する「幻想」をもって将来を見るのではなく、社会主義の実験は失敗したと認める。その上で、やはり現代資本主義に対してなにがしかの批判的な立場を持っている人たちが、「社会主義の実験の失敗」を客観的に、誠実に総括していくことが必要なのです。それは忘れないでいただきたい。

党社会主義から党資本主義へ

――社会主義の実験は失敗したと考える、一番大きな理由・根拠はなんですか。

★それは、まさに私の「トリアーデ体系論」の中に、まとめられていることです。私のトリアーデ体系論というのは、20世紀の社会主義の実験を客観的に観察し研究した私が導き出した総括・結論なのです。その内容は後で詳しくお話ししましょう。

 しかし、実際に、ソ連・東欧で実践した人々の総括・結論は違います。実際に社会主義社会で生きた多くの人たちは今、みんな一生懸命、資本家になりたがっています(笑)。社会主義社会でテクノクラートであったりインテリクチュアルであったりした体制人の圧倒的多数は今、社会主義を全否定して、資本家になるため、有産者になるために一生懸命努力をしています。私をそれを「党社会主義から党資本主義へ」と呼んでいます。

 東欧の社会主義社会には、党社会主義を批判していた人たちもいました。西ヨーロッパやアメリカの立場に立ち、彼等に支援されてアンチ社会主義を掲げて、体制の暗部を批判していた人たちです。より人間的な社会として自由主義的資本主義の実現を主張していました。ところが彼らは資本主義化の中で今「より人間的な社会」実現の面は全く失念しているようです。そんなことよりも、自分が資本家・有産者になることに一生懸命になっています。一般の大衆は全くの置き去りです。例えば、ポーランドでは1989年に旧共産党レジーム打倒における最大の功績者である独立労組『連帯』について、彼等は、「『連帯』の圧倒的貢献は認める。しかし幻想をもってはならない。『連帯』は反共産党ではあったが、反社会主義ではなかった」と公言しております。

 これはロシア研究者の袴田茂樹教授が言っていたことですが、90年代ロシアの民衆に「一番よかった時代はいつか」と世論調査をすると、「ブレジネフ時代」という結果がでるというのです。当時の方が生活が安定していたと。私の個人的な経験から言っても、例えばポーランドにも同じような空気があります。『社会主義崩壊から多民族戦争へ』のあとがきに書きましたので引用しましょう。

 「この(平成15年)3月下旬と4月下旬の2週間ばかり旧ユーゴスラヴィアのベオグラード(セルビア)、ザブレグ(クロアチア)、サライェヴォ(ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)、そしてポーランドのワルシャワを旅して来た。社会主義崩壊後の資本主義化の一番の優等生は、四都市の中ではワルシャワであるが、そのワルシャワでさえも少数の成功者層(高々20%)を除いて、中下層(少なくとも40%)に全く希望がなくなっている。1999年8月に訪問した時、何人もの人々から『1970年代のギエレク(当時の党第一書記)の時代が一番よかった』、『お先真っ暗だ』と言われて、驚いたものであった」

 99年時は本当に「何人かの人たち」だったのです。それ以前はそんな言葉は聞いたこともありませんでした。ところが、「今回は人に会うたびに開口一番同じ発言が飛び出してきた感じだ。この印象は、『私有化のわな』を読んで確認された。例外はワルシャワ大学日本学科の若い講師ぐらいだった。要するに、20余年昔、アンチ・ギエレクの『連帯』運動に心から希望を見いだし、党社会主義体制の自崩の契機を創った当時の青年労働者層、現在の中高年層の相当に多くが1990年代階級形成闘争で敗者となり、更に資本賃労働関係において弱者となっている」。

階級「形成」闘争の結末

★社会主義の実験は失敗で終わった。社会主義的な「社会有」や「国有」はすべて否定され、私的所有に基づく社会をつくろうということになった。では、誰が所有者になるのか。所有者といってもそれは、自分の額に汗した労働によって築く所有ではありません。社会有だったり国有だったりしたものを分捕ってきて私有者になるのです。私はそれを「階級闘争」とは呼ばず、階級「形成」闘争と呼んでます。

 この過程が一般大衆にとって一番しんどい。階級形成闘争の結果、私的に「雇う者」と「雇われる者」という資本・賃労働関係が生まれます。しかし階級形成闘争の敗者は、階級闘争を経た先進資本主義諸国の労働者と比べると、はるかに弱い立場におかれています。頼りになるのは社会主義時代の遺産だけです。だからポーランドの一般大衆は次のように言います。「『ワレンサは?』『王様のような暮らしをしているよ!』『それなら、資本主義と社会主義のどちらが良いと思うか』と聞き返してみると、『うーん』と答えが返ってこない」

 悲劇の主人公は、「連帯」運動を担った基幹産業の労働者層です。彼らは今、中高年労働者になっていますが、凄まじいリストラの憂き目にあっています。その反対に、当時、ポーランドの反体制運動のなかで大した働きをしなかった人々がいい目を見ています。例えば、アメリカ帰りの若いインテリクチュアルとか、あるいは、当時、党テクノクラート世界で、真ん中から中の上ぐらいにいた人々が、党官僚のトップと違って責任を問われることなく、資本家に転身しているのです。

 10年前、まさに党社会主義体制を打倒した主力の人たちが、社会主義崩壊後の階級形成闘争に敗れ、今度は「ギエレクの時代はよかった」なんて言っている。確かに社会主義は失敗しましたが、社会主義社会のすべてが地獄だったわけではないのです。

 社会というのは、「社会主義の革命家」のためにあるわけではないし、「資本主義の革命家」のためにあるわけでもありません。人は誰であれ、たまたまその社会に生まれたわけです。別に意図して、意識して、主体的に選択して生まれたわけではない。それはいつの時代のどの社会でも同じです。たまたまその社会に生を受けた平凡・非凡の民衆が、平均的に「生きやすい」「働きやすい」ような社会でなければならないのです。

 デザイン主義の党社会主義は、そうした民衆にとって「生きやすくない」と判断されて崩壊しました。しかし、党社会主義が崩壊したからといって、それだけで平凡・非凡な個人が「生きやすく」なったわけでは全くないのです。

 ところが今の日本では、かって社会主義を肯定した人々はおしなべてみな、「資本主義化万歳」の大合唱に飲み込まれてしまっているような感じがします。旧社会主義国の資本主義化の暗部について言及するのは、「今でも社会主義に幻想を持つ人々」ぐらいになってしまっています。これは困りものですね。別に社会主義への幻想をもっていなくても、旧社会主義国の資本主義移行におけるひどい側面を見ることはできるんじゃないでしょうか。実際の民衆の困窮を見ることはできるはずですし、見なければならない。「どうすればいいのか」を考えることだって、できると思います。

己の理念を相対化する必要

★私は別にデザイン主義一般がいけないと言っているわけではありません。例えば、建築の場合でしたら、一つの建築物を建造するためには、一人の建築家がきちんと建築プロセスにおける「権力」を握らなければできないわけです。東京都庁なら、丹下健三さんという一人の建築家が建築プロセスを統括したわけです。

 しかし、都市計画=都市全体のデザインということになれば、一人が全部デザインするわけにはいきません。都市それぞれの伝統もあるし、独立デザインに基づいて作られた様々な構築物が、ある種のたくまざる調和をもたらすような形で、都市の景観というものは作られていくものです。「社会の建設」となると、都市以上に「たくまざる」性が強く濃くなるのではないでしょうか。おだやかなデザインは必要ですが、単一のデザインで押し通すのには無理がある。

 ところが、マルクス・レーニン主義は、歴史と社会をトータルにデザインしようとしたわけです。様々なデザインがせめぎあって、結果として「より好ましい、よりリアリティのある全体」が生み出されるということにはならなかった。あったのは唯一の、単一の全社会的・全歴史的デザインだけでした。その点は、ロシアの集権的社会主義も、デザイン内容ははるかに良質であっても、ユーゴの自主管理社会主義も同じです。そうしたデザイン主義的党社会主義の無理が今や明らかになったわけです。

――それでも社会主義に幻想を持ち続ける人々もいます。

★社会主義の将来に幻想を持ちたい人たちは、別に幻想を持っても構わないと思う。もし「幻想」というのも、理念のあり方の一つだとするならば。20世紀の党社会主義の最大のマイナスは、「デザイン主体が唯一、デザインが唯一だった」ことです。ですから、幻想を持つ人々も、他の人々の幻想=理念を許容すればいいわけです。

 動物は幻想がなくても生きられるけれども、仮に人間は幻想がなければ生きられないとするならば、幻想をもつのもいいでしょう。私は受動的認識者ですから、幻想が無くても認識できるように努力しますがね。しかし、能動的に運動したり、社会的にアクティブに行動するためには、ある種の幻想が必要なのでしょう。右翼ナショナリストであれ、左翼コミュニストであれ、その幻想に従って、社会を自分の思う方向に持っていきたいと思うわけですね。

 問題は、自分の幻想を相対化しなくてはならない、ということです。例えば、いわゆるコスモポリタニズム幻想を持っている人にとって、民族主義者が自分の持てない民族主義の幻想をもってくれることが、コスモポリタニズム暴走の「制御弁」になるということはあると思います。逆に、「天皇陛下万歳」の幻想しか持てない日本ナショナリストにしても、マルクス主義者が自分にはもてない幻想を持って一生懸命実践してくれることが、もしかしたら日本ナショナリストが暴走する場合の「制御弁」になるかもしれないわけじゃないですか。

 だから私は、何かを全否定するつもりはありません。自分を自分で肯定するのはいいわけですよ。己の幻想を含めて肯定してかまわない。だけどそれが、イコール他者の否定であってはならない。そういう関係が相互に作られればいいというのが、私の考えです。

 今の日本だったら、自由民主党と平等民主党と友愛民主党の三つが必要だろうと思いますね。「市場メカニズムの自由」を擁護する自由民主党はすでに存在します。「計画システムによる平等」を主張する「平等民主党」的な存在は、日本では少なくなってしまった。社民党とか、今の日本共産党とかが、それに近い存在かもしれません。「協議ネットワークによる友愛」を掲げる「友愛民主党」は存在しませんが、日本社会にはそうした要素が相当に埋もれて在るように思います。

 自由・平等・友愛というのは、まさに「近代社会の理念」なわけですから、現代社会における「幻想」もまた、自由・平等・友愛に引き寄せられた「幻想」にならざるをえない。誰かがそれを引き受けなければなりません。

 私の主張するトリアーデ体系は、自由・平等・友愛という近代社会の理念(幻想)を、それぞれ100%実現しようとするバイアス(先入観・偏見)をもつ人たちが存在することを肯定します。それが拮抗しあい、うまくドッキングし、アーティキュレートしコンビネートしていく社会のあり方を想定します。そうした社会こそ、平凡・非凡な人々にとって一番「生きやすい」社会なのです。

 マルクス・レーニン主義の失敗は、そうした諸々の理念や様々な幻想をすべて超越した造物主的「ウルトラ理念像」に基づいて社会経済トータルを創造しようとしたことに根拠があるのではないか。それが「20世紀社会主義の大実験の失敗」を省察した私のひとまずの結論なのです。     

(次号につづく)


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(2005年3月25日発行 『SENKI』 1173号4面から)

http://www.bund.org/interview/20050325-1.htm

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