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フォーディズムとナチズム(永井俊哉講義録 第129号)
http://www.asyura2.com/0502/war66/msg/1067.html
投稿者 竹中半兵衛 日時 2005 年 2 月 04 日 12:11:14: 0iYhrg5rK5QpI

(回答先: アメリカ-CIA-ナチ 投稿者 外野 日時 2005 年 2 月 03 日 23:19:49)

永井俊哉講義録 第129号

http://www.nagaitosiya.com/lecture/0129.htm

世界で初めて、デフレから脱却するために公共事業を行って成功したのは、アドルフ・ヒトラーであると言われている。ヒトラーが首相に就任して、これを実行し始めたのは、1933年1月で、これはフランクリン・ルーズベルトがニューディール政策を開始した 1933年3月よりも、またケインズが『雇用・利子および貨幣の一般理論』を出版した1936年よりも早い時期にあたる。そのため、ヒトラーを経済政策の天才と言う人もいるが、これは正しくない。ヒトラーのナチズムは、純粋に独創的な思想ではなく、フォーディズムの模倣だからだ。

フォーディズムという言葉は、フォード自動車会社の創設者、ヘンリー・フォード(1863-1947)の名前に由来する。フォーディズムを、アセンブリー・ライン・標準部品・労働節約的機械の使用によって特徴付けられる大量生産の哲学と理解する人もいるが、こうした皮相な理解では、なぜアメリカが、フォーディズムのおかげで、イギリスに代わって世界最大の工業国になれたかがわからない。分業と機械化による作業の効率化と製品の規格化なら、イギリスが繊維産業の分野で既にその方向性を打ち出していたのだから、この点に関してはイギリスの繊維産業とアメリカの自動車産業の間には程度の差しかない。

フォーディズムの画期的な側面は、生産効率の上昇に伴う利潤の増大を、労働者賃金の上昇に反映させた点にある。フォードが、労働者に高い賃金を払った背景には、アメリカの特殊事情がある。アメリカでは、広大な土地と豊富な木材資源を安い価格で手に入れることができたので、アメリカの農民はイギリスの農民よりも豊かであった。特に、第1次世界大戦中は、戦場となったヨーロッパへの輸出が好調だったので、農業は儲かるビジネスだった。だから、労働者に農民となることを断念させて、工場で働いてもらうには、高い賃金を払わなければならなかった。そして人件費が高いからこそ、機械化による合理化が求められた。

もっとも、フォードは、しぶしぶ高い賃金を払ったわけではなかった。晩年、私財の多くを慈善活動に寄付したことからわかるように、彼は、決して私利私欲のために起業したのではなかった。フォードの経営は、今日私たちが「日本的経営」と呼んでいるものに近く、株主や銀行家のために利潤を追求するのではなく、消費者に安くて良い製品を提供し、労働者に高い賃金を支払って、社会に奉仕することを経営の目標とした。このため、フォードは、外部資本が経営に介入することがないように、自己金融による経営にこだわった。

このフォードの経営方針は成功した。高い賃金をもらった労働者たちが、その金でフォードの安価なT型自動車を買ったからだ。こうして、労働者の収入が増える→自動車の需要が増える→大量生産により自動車製造のコストが下がる→自動車の価格が下がり、労働者の賃金がさらに増える→自動車がさらに売れるという循環のおかげで、ヨーロッパでは一部の金持ちの贅沢品であった自動車が、アメリカでは大衆向けに大量生産される商品となった。自動車が普及すると、郊外に大きな家を建てて都心に勤務するという中産階級のライフスタイルが広まり、マイホームの建設とそこに設置する家電製品の需要が増大する。フォーディズムは、家屋、洗濯機、冷蔵庫、電話、ラジオなど他の分野にも取り入れられ、アメリカは、世界で最初の大衆消費社会となった。

アメリカが、イギリスに先んじて大衆消費社会に移行できたもう一つの原因として、イギリスのように広大な植民地を持っていなかったことを挙げることができる。イギリスは、海外に植民地をたくさん持っていたので、国内の労働者の賃金を上げて有効需要を増やす必要がなかった。マルクスが糾弾したように、イギリスの資本家は、イギリスの労働者を徹底的に搾取した。この搾取は、一見するとイギリスの資本家に恩恵を与えるかのように見えるが、国内においても、植民地においても、消費者の大多数を極貧状態に追いやったために、イギリスの工業は、衣類のような、貧乏人でも買うような製品しか大量生産できない段階で停滞した。植民地は、大英帝国に繁栄をもたらしたのではなく、没落をもたらしたのだ。

ヘンリー・フォードは、利潤の追求ではなく、社会奉仕を企業の使命と考える理想主義者であった。それだけに、暴利を貪るユダヤの高利貸しには反感を持っていたようである。1920年に出版された著作『国際ユダヤ人』で、彼は次のように、自分とユダヤの高利貸しを対比させながら、ユダヤ人を批判している。「ユダヤ人の考えは、営業とはすなわち金であるというものだ。やつらが金儲けにとりかかっている間は、理想も何もあったものではない。ただ儲ければよいのである。ゆえに、金儲けの邪魔になるような理想家のたわごとなどには耳を貸さない。ユダヤ人以外は自発的に労働者の待遇改善に努力するが、ユダヤ人は自発的改革によって、決してびた一文たりとも支払うようなことはない」云々。フォードは、フォーディズム的な労使の協調を推し進めるために、企業間および国民経済間の境界上に存在するユダヤ国際金融という両義的存在をスケープゴートとして排除しようとしたのだ。

このフォーディズムをドイツに移植しようとした人物がいた。アドルフ・ヒトラーである。ヘンリー・フォードは、ナチス党の運動を賞賛し、1922年という早い時期から、外国人としては初めて、ナチスに資金援助をした。一方、ヒトラーもフォードを崇拝し、事務所にフォードの肖像写真を飾っていた。フォードの『国際ユダヤ人』は、ナチス党員の間で聖典のように読まれ、ナチスの手で数ヶ国語に翻訳された。ヒトラーも、『我が闘争』で『国際ユダヤ人』を引用している。

1929年の世界経済恐慌の波がドイツに押し寄せてくると、失業者数は600万近くになり、社会不安を背景に、ナチスが党勢を拡大していった。1933年、首相に就任したヒトラーに国民が求めたことは、失業率45%という深刻な雇用問題の解決であった。そして、ここでヒトラーは、フォードのまねをした。一方で、高速道路(アウトバーン)の建設という公共事業を行い、他方で、安価な大衆車の大量生産を帝国自動車工業会に命じた。ドイツの労働者は、公共事業で職を得、稼いだ金で、T型フォードのドイツ版とも言うべき国民車、フォルクスワーゲン・ビートルを購入した。そして自動車の普及が消費と生産を拡大していった。ドイツの不況は克服され、1939年には失業者数も30万人に激減し、それは当時ヒトラーの奇蹟と呼ばれた。ヒトラーは、1938年に、感謝の意を表して、ヘンリー・フォードに勲章を贈っている。その後、熱狂的な大衆の支持を背景に、ヒトラーが、フォードの提起した「ユダヤ人問題」に「最終的解決」を与えるために、どういうことをしたかは、いまさら書くまでもない。

読者の中には、「アメリカのフォーディズムがドイツのナチズムの原型だったなどという話は初耳だ」という人も多いにちがいない。これには、わけがある。アメリカは、ナチスドイツとの戦争を美化するために、自由を愛する善の民主主義国家=アメリカと自由を抑圧する悪の全体主義国家=ナチスドイツとの違いを強調しなければならなかった。したがって、ナチズムがアメリカのフォーディズムの模倣であったということは、知られたくない事実だったのだ。事実、ワシントンからの圧力のおかげで、ニュルンベルク裁判においてフォードがナチズムを支援した罪が裁かれることはなかった。アメリカの学者はフォーディズムとナチズムの深い関係を歴史の闇に葬り、アメリカ追従を得意とする日本の学者も、敢えて指摘しようとしないのが現状である。

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