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サーカシビリ大統領の経歴 [対外情報調査部]
http://www.asyura2.com/0502/war66/msg/1200.html
投稿者 white 日時 2005 年 2 月 07 日 18:56:50: QYBiAyr6jr5Ac

(回答先: グルジア首相謀殺か ロシア政府系テレビ報道 共同 投稿者 倉田佳典 日時 2005 年 2 月 07 日 18:45:34)

□サーカシビリ大統領の経歴 [対外情報調査部]

 http://www2.odn.ne.jp/~cae02800/georgia/person/saakashvili.htm

1967年、トビリシに生まれた。学校を優秀で卒業した。1992年、キエフ国際関係大学国際法学部を卒業。2年後、コロンビア大学法学部学士課程を卒業。ジョージ・ワシントン大学で学位審査にパス。また、ストラスブール人権大学の卒業証書も授与。

ノルウェー人権大学、グルジア国家人権擁護委員会、ニューヨーク最大の弁護士事務所の1つで働いた。

グルジア議会代議員(1995〜1999、1999〜2000)。

1995年12月から、議会憲法・法務問題・適法性委員会委員長。

1998年8月、エドゥアルド・シェワルナゼの支持のために創設された連合党「市民連合」党首に選出。

2000年10月、グルジア法務相に任命。

2000年1月、欧州会議議会総会副議長。

2002年、政治組織「国民運動」を創設。同年6月、トビリシ市立法院議長となる。

「国民運動」が現政権の敵対派となった2003年11月1日の議会選挙後、サーカシュヴィリは、シェワルナゼ体制に対する大衆抗議デモの発議者の1人となった。野党は、政府退陣と新選挙の実施を要求した。抗議行動は、いわゆる「バラ革命」(2003年11月20〜23日)で終わった。

シェワルナゼ退陣後、サーカシュヴィリは、期限前の大統領選挙に立候補した。選挙は、2004年1月4日に行われ、サーカシュヴィリの勝利で終わった。

妻帯、妻はサンドラ・ルロフス(1968年生まれ)、息子はエドゥアルド(1995年生まれ)。

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