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言論の公正・中立原則について−NHK番組改変問題から考える(辺境通信)
http://www.asyura2.com/0502/war66/msg/430.html
投稿者 竹中半兵衛 日時 2005 年 1 月 21 日 14:27:20:0iYhrg5rK5QpI

(回答先: 「週刊新潮」を開いた。記事の中身は薄っぺらだった・・・(「辺境通信」ブログ)---これは「週間新潮」批判です、悪しからず 投稿者 竹中半兵衛 日時 2005 年 1 月 21 日 14:24:31)

言論の公正・中立原則について−NHK番組改変問題から考える

辺境通信 2005.1.17
http://www.nanzo.net/henkyo/hrmedia/f_and_i.html

はじめに

 2001年1月30日にNHK教育テレビで放送された、「戦争をどう裁くか」4回シリーズの第2回「問われる戦時性暴力」をめぐる番組改変(改ざん)問題は、05年1月12日、朝日新聞が『01年1月、旧日本軍慰安婦制度の責任者を裁く民衆法廷を扱ったNHKの特集番組で、中川昭一・現経産相、安倍晋三・現自民党幹事長代理が放送前日にNHK幹部を呼んで「偏った内容だ」などと指摘していたことが分かった』などと報道し、その翌日に、番組制作にかかわったNHKのチーフ・プロデューサーが記者会見したことで、事態が急展開した。

 この問題の経緯をウェブログ「辺境通信」に列挙したが(該当記事)、番組放映以降、主にこの問題に取り組んできたのは、民衆法廷「女性国際戦犯法廷」(00年12月開催)の実行委員会構成団体のひとつ、「VAWW-NETジャパン」のほか、「メディアの危機を訴える市民ネットワーク MEKIKI-net」などだった。

 改変が発覚したきっかけは、『NHKに対する「見解と要望」』というページに詳しいが、まず、放映の「不自然さ」に気がついたVAWW-NETジャパンが早速、NHKに対して説明を要求する公開質問状を提出した。次いで、番組の出演者たち(高橋哲哉、米山リサ、内海愛子の各氏と第4回に出演した鵜飼哲氏)が告発を始めた。

 その後、VAWW-NETジャパンと松井やより代表(当時、故人)がNHK、NHKエンタープライズ21と制作会社を相手取って提訴し、米山氏が放送と人権等権利に関する委員会(BRC)に権利侵害救済の申立てをしたことは、「辺境通信」に書いたとおりだ。

 改変の詳細についてはかなり分析が進んでいるが(MEKIKI-netに公開されているメールニュースを参照)、放映前日の1月29日に「異例の局長試写」が行われ、放映直前までの間にさらなる「編集」が行われた段階で実際に何が起こったのかについては、不明な点があった。NHKチーフ・プロデューサーの告発が真実ならば、この段階で起こった極めて重大な事実――政治家による「介入」――が明かされたことになる。
政治家の言動の検討

 この問題は発覚当初から、言論(とりわけ放送)の自由と公正・中立の原則にかかわる、極めて重大な問題を内包している。

 なおここで、あらかじめお断りしておきたいことがある。言論の問題を取り扱うときに、法律を検討することは重要といえる。しかし、よくありがちな失敗(そして、議論を挫折させるずる賢い方法)は、言論の問題を法学論争に矮小化することだ。

 表現者は、自ら決定した倫理原則に基づき、法の原則に従う。このことは、表現者が自ら決定した倫理原則の範囲内で個別の法律を批判したり、特定の視点で解釈することを妨げない。(ただし表現者は、基本的な倫理原則として、合理主義を必ず採用しなければならない。なぜなら合理主義に従わなければ議論など成り立たないからだ。)

 中川氏のような閣僚や、安倍氏のような国会議員も「表現者」には違いないのだが、厳しい制約がある。まず彼らは憲法を尊重し擁護するする義務を負い(憲法第99条)、憲法やそれが示す法条で定める手続きに従わなければならない。ただし議院内では言論の自律は保障されている(憲法第51条)。

 さて、番組の放送前、中川氏と安倍氏(当時、官房副長官)がNHKに何をしたかはともかくとして、朝日新聞の「政治介入」報道以降、両者は番組について共通の主張をしている。それは、“番組の内容が公平・公正を欠くと聞いていたので、NHK幹部に公平・公正にしてほしいと言及した”というものだ。

【中川氏】

『中川氏によると、放送3日後の01年2月2日、NHK幹部が恒例の予算説明に来た際、人づてに聞いた番組の内容について「公平性を欠くのではないか」とその幹部に伝えた。中川氏自身は放送を見ていなかったが、番組の内容は市民団体の事前宣伝や議員仲間の話から知っていたという』(朝日新聞、1月14日)

【安倍氏】

『〔安倍氏は〕同日〔13日〕夜のテレビ朝日系列の「報道ステーション」に出演し、「(番組が)ひどい内容になっていると側聞していたので、NHKだから公平公正にちゃんとやって下さいねと言った」と述べた』(朝日新聞、1月14日)

『自民党の安倍晋三幹事長代理は16日、・・・番組放送前日の2001年1月29日にNHK幹部と面会したことに関し「放送法は、議論がある問題は多角的に論じなくてはならないとしている。意見を求められて『公正公平に』と放送法にのっとったことを言うのは当然だ」と強調した』(共同通信、1月16日)

 上に掲げる各々の報道が真実であるという前提で話を進める。

 両者は放送の公正・公平原則を具体的に述べたわけではない。しかし特定の政治党派に所属する権力者である両者が「公平性を欠くのではないか」とか「公平公正に」といえば、それだけで放送事業者が政治的なメッセージとして受け取るものと考えるのが当然ではないか。

 放送法は次のように定めている。

(放送番組編成の自由)

第3条 放送番組は、法律に定める権限に基く場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。

(国内放送の放送番組の編集等)

第3条の2 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。

1.公安及び善良な風俗を害しないこと。

2.政治的に公平であること。

3.報道は事実をまげないですること。

4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。

 しかし、放送法も放送の公正・公平原則には触れていない。なぜなら、表現の自由(憲法第21条)の見地から、放送の公正・公平原則を決めるのはあくまでも放送事業者自身だからだ。「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という規定についても、その座標軸の原点を決めるのは、放送事業者自身なのだ。

 以上のことから、中川氏と安倍氏がNHK幹部に「公平性を欠くのではないか」「公平公正に」などと言ったこと自体、放送法第3条に違反するのではないか。

 加えて、安倍氏は番組放送前日にNHK幹部と面会して「公正公平に」と言ったことを認めた。「(番組が)ひどい内容になっていると側聞していた」とも認めた。番組が「ひどい内容」らしいことを知ってから、「公正公平に」と言ったのだ。このこと自体が「政治介入」であり、憲法第21条が禁止する「検閲」の一種であるとみられてもおかしくないのではないか。
本サイトが定義する言論の公正・中立原則

 NHK番組改変問題で、筆者は言論機関を含むいくつかのサイトや掲示板を探ってみた。その結果、「偏向」とか、「公平」「公正」「中立」という言葉を数多く発見したが、残念ながら、それらの言葉の基準となるべき原則を明示しているものはほとんどなかった。

 代表的なのが、読売新聞05年1月15日の社説だろう。

 『「女性国際戦犯法廷」では、昭和天皇が「強姦(ごうかん)」の罪などで起訴され、有罪が言い渡された。

 このような性格の「法廷」の趣旨に沿った番組が、「制作現場の自由」としてもしそのまま放送されたとすれば、NHKの上層部はあまりに無責任、ということになる』

 だが、女性蔑視、性差別と性暴力を許さないという見方に基づき、戦時に既に国際法として確立されていたハーグ条約(1907年)や奴隷条約(1926年)など各種条約に違反したとして、昭和天皇を「起訴」し、「有罪」を言い渡し、東京裁判が果たせなかったことを果たした民衆法廷の趣旨に沿った番組をNHKが放送したら、なぜその上層部が「無責任」になるのか、「読売」社説は一切説明していない。また「公正」「偏向」という言葉が出てくるが、その理由となるべき原則についても一切触れていない。

 「読売」はその後で、「そもそも」という言葉を使って読者の目をくらませたあとで、『従軍慰安婦問題は、戦時勤労動員の女子挺身(ていしん)隊を「慰安婦狩り」だったとして、歴史を偽造するような一部のマスコミや市民グループが偽情報を振りまいたことから、国際社会の誤解を招いた経緯がある』と述べているが、日本軍性奴隷制(慰安婦制)自体が存在したことは、「女性国際戦犯法廷」で立証されたとおり、被害者証言や証拠に基づく歴史的事実ななのだから、「読売」社説は「法廷」への反証になり得ない。

 結局のところ、言論の公正に言及しておきながら、その原則を明示しない「読売」社説は、それ自身、公正性が疑われるといえる。

 ならば、本サイトも自らの言論の公正・中立原則について言及しなければ、やはり不公正ということになる。そこで、以下、本サイトが定義する言論の公正・中立原則を掲げる。

 筆者の公正・中立原則は、一言でいえば「過去の誤りから学び、それらの誤りを批判し、排除することにより、よりよい人類社会を追求する」ということだ。その具体的方法は、自由主義と人権に基づく。これらの思想自体が、人類が過去犯してきた大きな誤りから学んで得られたものだからだ。完全な公正・中立の実現は無理かもしれないが、そこへできるだけ近づくことはできるだろう。

 人なら誰でも誤りからは逃れ得ない。しかし、権力者やの犯す誤りの影響は計り知れないものになりかねない。実際、太平洋戦争で日本が犯した誤りの影響はまことに大きかった。そこで、権力者の犯す誤りを優先的に批判することにする。

 この考え方は、渡辺武達・同志社大学教授の提唱する「積極的公正・中立主義」に近いかもしれないと筆者は思っている。渡辺氏は「報道における積極的公正・中立主義」を、『これまでの人類社会がよりのぞましいものとして社会の健全な維持のための普遍的プラス価値、常識としてきたことを中心基準としてマスメディアの創出情報を制作、編集・編成するという考え方』と定義している(「メディア・トリックの社会学」世界思想社、1995年、225ページ。「メディア・リテラシー」ダイヤモンド社、1997 年、116ページ。または「マスコミの英語」ノヴァ、2003年、22ページ)。さらに渡辺ゼミのサイトには、「積極的公正・中立主義」のより詳細な説明を記したページがある。

 渡辺教授による議論の特に優れているところは、これまでの公正・公平・中立論をいくつかの類型に分け、とりわけ、『左右の両極端を排し、その他の異なった意見をできるだけ多く並列的に列挙する、いわゆるNHK的公平』や、『さまざまな意見の真ん中をとることを中立と考える、いわゆる中道』に批判を加えていることだ。要するに、無色無味無臭の公正・中立など存在しない。われわれは特定の思想やものの見方に基づいて事実を知るのであって、事実を知ってから特定の思想やものの見方を形成するのではないのだ。

 『NHK的公平では、意見や立場であれば何でもとりあげねばならないという悪弊を招いたり、はずされた左右のいずれかに正答がある場合には重大な誤りをおかす』(渡辺氏)。これは今のNHKに対する適切な批判であり、今回の番組改変問題にも当てはまるだろう。

 以上の公正・中立原則から考えれば、日本の最高権力者であった昭和天皇の過去の誤りを追及した「女性国際戦犯法廷」の趣旨に沿った番組の制作・編集は、公正・中立であると推察できる。

 なお、渡辺氏が批判する類型のうち、『権力を悪と考え、忌憚のない権力批判をジャーナリズムの使命とするウオッチドッグ機能』『少数異見をも尊重し、出来るだけ多くの多様な意見を価値評価を加えることなく紹介すること』については、ちょっとした補足が必要だろう。

 筆者は権力すなわち悪とは決めつけていない。実際、警察官の多くは悪い仕事をしていないだろう。しかし権力は誤りうるのであり、権力による誤りの影響は大きいのである。そのため、権力に対するウオッチドッグ機能は必要と筆者は考えている。

 また筆者は少数異見だからというだけで必ずしもそれらを支持することはないし、当然ながら人の数だけある意見を本サイトで全て紹介できるわけがない。

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