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トルクメニスタンの情報機関 [対外情報調査第一部]
http://www.asyura2.com/0502/war66/msg/506.html
投稿者 white 日時 2005 年 1 月 22 日 22:35:10:QYBiAyr6jr5Ac

(回答先: 経済成長はもろ刃の剣 独裁続くトルクメン 共同 投稿者 倉田佳典 日時 2005 年 1 月 22 日 20:50:23)

□トルクメニスタンの情報機関 [対外情報調査第一部]

http://www2.odn.ne.jp/~cae02800/turkmen/intell.htm

国家保安委員会:議長ポラン・ベルドゥイエフ
 トルクメンの強力な特務機関についての噂は、過大評価である。国内では、実際に強力な防諜体制を創設することができたが、主として、敵対派に対する監督に向けられている。その外、トルクメンでは、事実上、組織犯罪が壊滅した。ここでは、かつて、法の下で泥棒の射殺に関する作戦が行われた。しかし、以前の犯罪リーダーの支配下にあった分野は、腐敗官僚の支配下に移った。

 そしてこの全ては、特務機関ではなく、NKVDの権限とのみ比較できる無制限の権限を防諜部に与えた体制の功績である。この際、トルクメンのチェキストのプロ意識の水準について、真剣に語れないだろう。彼らは、捜査業務及び取調よりも、不満者の捜索により大きな注意を払っている公算が大きい。例えば、2000年12月、国家保安委員会職員が、アシュハバードのジャーナリスト、ニコライ・ゲラシモフを逮捕した。アゼルバイジャンの通信社「アゼリタジ」と協力していた通信員は、ゲイダル・アリエフの肖像画を掲げて、アシュハバードでの祝賀デモに参加したという事由で、アゼルバイジャンのためのスパイ行為を疑われた。実際、彼には、何故だか、詐欺で刑期が言い渡された。

 文字通り今年の夏、国家保安委員会がNKVDの運命を詳細に繰り返していることが明らかになった。敵対派をこっぴどく片付けた弾圧機構自身が、弾圧されている。その上、 スターリンの最良の伝統として、一番上から首が飛ばされた。

■粛清

 2002年3月4日、サパルムラト・ニヤゾフは、国家保安委員会議長、並びに彼の法務問題と法保護及び軍事機関の活動調整担当顧問ムハメト・ナザレフが、全てのポストから解任されたと発表した。当初、ナザレフは、「業務で犯された不備」に対して中将まで降格され、その後、彼は自宅軟禁された。

 つまり、トルクメンの主要特務機関で、その機構がKGB時代から変わっていない国家保安委員会において、粛清が始まった。彼の2人の副議長、国家保安委員会首都局を指揮するハイウイト・カカエフ大佐と、オラズムハメッド・ベルドゥイエフ中佐が、ナザレフに引き続いた。彼らは、機関から解雇され、全ての階級、勲章及び許された特典が剥奪された。ナザレフの地位には、内務相ポラン・ベルドゥイエフが任命され、機関の粛清を行うことも委任された。

 クルバンドゥルイ・ベゲンジョフ国防相も、自分の職を失った。今、2012年まで、彼は、今年3月に解任された食品産業協会会長カカジャン・オヴェゾフと共に、小麦を栽培するだろう。トルクメンバシの指摘によれば、「このことが自分の罪を償うことを可能にする」。新しい国防相、並びに全法保護機構の活動調整官には、これまでトルクメン議会議長だったレジェプバイ・アラゾフが任命された。

 3月5日、内務省、検察総庁及び最高裁判所の指導者は、国営テレビで、「民警及び検察庁の取調行為、並びに司法審理への干渉」において、国家保安委員会を非難した。ベルドゥイエフが語った主な非難はこうだった。「最近、国家保安委員会が誰に対しても報告を行っていない」。翌日、更に3人の国家保安委員会職員が解雇され、勲章と階級を剥奪され、その中には、国家保安委員会バルカン州局長グルバン・アンナドゥルドゥイエフ大佐と、国家保安委員会マルィ州局長バイラムクリ・フダイクリエフ大佐がいた。

 「アル-イッチハド」紙(アラブ首長国連邦)の情報によれば、3月だけで、より地味な職務を占めていた国家保安委員会職員4人が処刑された。4月1日までに、既に60人の国家保安委員会職員が拘禁された。今日、国家保安委員会指導部の80%が弾圧された。結果は完全に理解できるものであり、国家保安委員会指導部は、「古き兄弟」の歴史を良く研究すべきだった。

■その原因

 2002年春までに、ニヤゾフは、スターリンがエジョフを厄介払いすることに決めた時と同じ問題に直面した。エジョフの解任時までに、NKVD出身者は、余りに多くの官庁を支配し、事実上、影の権力ラインを創出した。1938年までに、チェキストは、国家保安機関を指導しただけではなく、通信及び運輸人民委員部(現代風に言えば、省)も統制し、兵器の生産、鉱物資源の採掘、新兵器の開発等を監督した。

 トルクメンでは、同一の状況が創出した。国家保安委員会出身者、今日、非常に多くの官庁を指導している。検事次長は、元国家保安委員会取調局長ベグムラド・オトゥゾフ、内務次官は、元国家保安委員会副議長ハジムラト・オジャロフである。国防相ですら、今回の弾圧まで、軍事防諜局を指揮していた国家保安委員会出身者クルバンドゥルイ・ベゲンジョフだった。

 国家保安委員会議長ナザロフ自身は、大統領顧問に任命された昨年6月、事実上、全戦力官庁の監督者となった。同年秋、 国家保安委員会は、外務省、何よりも、全ての駐外トルクメン大使館を破壊した。トルクメン代表部が 以前からアフガニスタンからトルクメンを経由した欧州への麻薬取引の保障に従事しているとプレスが多く書いていることを考慮すれば、実際、そのような破壊は、国家保安委員会がもう1つの金の流れを支配下に置いたことを意味した。

 昨年9月10日、国家保安委員会職員を前にして、ニヤゾフは、昨年、1万人の外国市民が逮捕され、国外追放され、「我々の信仰と一致しない」35万冊の宗教本と、約8万本のカセットが押収されたと 満足して指摘した。しかしながら、彼は、これらの措置を不十分とみなし、国家保安委員会の定員を1,500人から2,500人に増加するよう命令した。数ヶ月が経過し、国家保安委員会の増大する影響力がトルクメンバシをかなり不安にさせたことは驚くに値しない。

■カラー

 それにも拘らず、国家保安委員会粛清の原因は、国内状況に対する支配を喪失する懸念だけに潜んでいるわけではない。トルクメンはやはりアジアの国で、氏族関係が、国内の政治生命において大きな役割を演じている。

 国家保安委員会の外、国内には、もう1つの誰にも監督されない特務機関、トルクメンバシ個人警護庁が存在する。その員数はほぼ2千人で、アクムラド・レジェポフが指揮している。最近まで、レジェポフとナザロフは一体と考えられていた。問題は、両者が同じチャルジョウ氏族(エルサルイン人)の代表者であり、その非公式の長がレジョポフと考えられたことにある。彼の基盤は、レバプ州出身者であり、ムハメト・ナザロフもそこの部族だった。

 しかし、両者は、そのようなレベルが窮屈になった。今年春、ナザロフが レジェポフを更迭しようとしたという噂が現れた。体に触れられる者が、ナザロフがニヤゾフ打倒計画を暖めていることを大統領に信じ込ませた。

 逮捕2ヵ月後の2002年6月15日、ナザロフと彼の同僚、副議長Kh.カカオフ及び国家保安委員会独立部署の長アラムイラト・アラクルイエフに対する裁判が結審した。結局、3人の被告は、懲役58年を受けた。ナザロフとカカエフは20年ずつで、その内3年は禁固であり、アラクルイエフは18年だった。彼らの財産は没収された。

  恐らく、見せしめのために、逮捕された国家保安委員会職員全員は、最高刑が執行されていたアシュハバード近郊の国家保安機関の建物に収容された。ニヤゾフは、逮捕者の護送をペジェポフ将軍の官庁の職員に委任した。

■ロシア連邦特務機関との関係

 ロシア特務機関とトルクメンの同僚の関係は複雑である。一方で、ロシア連邦対外情報庁は、1994年12月、アシュハバードにおいて、トルクメン国家保安委員会議長S.サイドフと諜報活動における協力に関する協定に署名した。他方、トルクメンは、SVRが類似協定に署名した10番目のCIS国家になっただけだった。

 国家保安委員会議長は、麻薬及びテロ対策に充てられたCIS特務機関のあらゆる会議に参加している。しかし、しばしば、オブザーバーの役割にのみ限定されている。例えば、トルクメンのチェキストは、CIS対テロリズム・センターの業務に参加していない。同じ理由により、ロシアに情報が欠如しているため、トルクメン特務機関の特殊部隊については何も書けない( トルクメン自体でそれを得ることは、分かりきった理由により可能ではない。)。

 国境防護領域におけるロシアとトルクメンの接触は、事実上停止された。1999年12月、最後のロシア国境警備隊が同国を離れた。ニヤゾフは、トルクメンで2千人以上のロシア国境警備隊が勤務する条約を破棄した。マルィには独立航空群が位置し、独立海上群がトルクメンバシ(旧クラスノヴォツク)に駐屯していた。

 2001年2月、トルクメン国境警備隊は、バクーで行われたCIS加盟国国境軍司令官会議第40回会議のような儀式にすら来なかった。9月の事件後ですら、状況は変わらなかった。昨年12月、ロシア連邦連邦国境庁参謀総長ニコライ・レズニチェンコは、ロシアが国境警備隊のトルクメン配置を計画していないことを確認した。

活動

 1999年1月21日、「中央アジア人権遵守協力協会」の報道によれば、クラスノヴォツクにおいて、トルクメン国家保安委員会職員により、ロシア国家会議附属邦人会議議員ヴィャチェスラフ・マメドフが逮捕された。トルクメン当局は、国内状況に対する誹謗捏造とロシア語会話住民中における移民感情の扇動で彼を起訴している。マメドフの訴追は、12月18日、トルクメニスタンのロシア人共同体の活動に関する彼のインタビューのラジオ局「マヤーク」による放送後に始まった。

 2001年1月29日、トルクメニスタン国家保安委員会は、向精神剤を含む麻薬の拡散及び密輸対策に従事する課を著しく強化することを計画している。特務機関が1千人増加され、増加は内務機関職員で行われるものと予想される。国営テレビに出演し、大統領サパルムラト・ニヤゾフが表明したところによれば、「麻薬と闘うグループ、並びに国家の分裂を欲し、国外から来て、我々の中に不和の種を蒔こうとし、政策、宗教に干渉し、私的目的を追求し、我々を互いに争わせようとする者達に従事するグループが強化されるだろう」。

 国家保安委員会の情報によれば、昨年、トルクメンにおいて、220kgのヘロインを含む2,200tの麻薬が発見され、押収された。その外、2000年中、ムスリムの信仰と一致しない約35万冊の宗教本と、約8万本のビデオカセットをトルクメン領内に持ち込む試みが阻止された。

 2001年6月、新しいトルクメン国防相には、元国家保安委員会副議長/軍事防諜局長グルバンベルドゥイ・ベゲンジョフがなった。RIA「ノーヴォスチ」通信員によれば、水曜日、サパルムラト・ニヤゾフ大統領のしかるべき命令が公布された。前トルクメン国防相バトゥイル・サルジャエフは、国家「トルクメンデミレラルイ」(トルクメン鉄道)局長に任命された。

 グルバンベルドゥイ・ベゲンジョフは、1956年、トルクメンのマルィ州に生まれ、トルクメン人である。高等教育は、1970年にトルクメン農業大学を卒業した。1978年から、バイラマル獣医中東専門学校の講師として働いた。1981年から1983年まで、コムソモール・バイラマル市委員会の第二書記、後に第一書記として働いた。1985年、トルクメニスタンLKSM労働・農村青年課を指揮した。1985年から、トルクメン・ソビエト社会主義共和国国家保安委員会システム、後にトルクメン国家保安委員会で働いている。大佐の階級を有する。最近まで、国家保安委員会軍事防諜局を指揮し、トルクメン国家保安委員会副議長だった。

 2001年9月10日、トルクメン国家保安委員会職員を前にして、大統領サパルムラト・ニヤゾフは、昨年、1万人の外国市民が逮捕され、国外追放され、「我々の信仰と一致しない」35万冊の宗教本と、約8万本のカセットが押収されたと満足して指摘した。しかしながら、彼は、これらの措置を不十分とみなし、国家保安委員会の定員を1,500人から2,500人に増加するよう命令した。

 2001年10月31日、トルクメン国家保安委員会は、共和国外務省と共同で、全駐外代表部の監査を行っている。これについては、トルクメン大統領サパルムラト・ニヤゾフが表明した。

 2002年2月18日、トルクメンバシ(そして玉座)のボディーガードとして、単純かつ誠実で、良心の苦しみを負担とせず、敵対する受難者の懇願に冷淡な人物、現地国家保安委員会の長であると同時に、(2001年6月から) 法務問題及び法保護・軍事機関活動調整担当大統領顧問ムハメッド・ナザロフが抜擢された。マメドフの弁護士を個人的に尋問して、「何人にも、我がトルクメニスタンを揺るがせ、我が祖国を害することを許さない」と約束した。元外務相ボリス・シフムラドフのモスクワ亡命後、特にナザロフは、悶々と険悪化したセルダルをどうにか宥め、「ユダ」を処罰する約束で最初のストレスを解消することができた。シフムラドフ(正確には、シフムラドヴイ)は、ボリスと同時に、トルクメンバシ及び彼の弟コンスタンチンと絶縁し、大変時期を外して逃亡した。国内状況は、このようにして、最善を期待させ、2000〜2001年、セルダルは、残った潜在的に危険な大人物を引退させるか、逮捕して、今回の全面的人事粛清を行った。


最終更新日:2003/12/06

 

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