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[アラブの声]小麦発祥の地メソポタミアから在来種小麦を滅ぼし去るアグリビジネスの戦略
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投稿者 bunbun 日時 2005 年 2 月 20 日 11:08:17: jcGf/Yn4vIzIU

小麦発祥の地メソポタミアから在来種小麦を滅ぼし去るアグリビジネスの戦略
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 英エコロジスト誌1月21日号をTUPが翻訳されたものです。長文ですが是非お読み下さい。

1月30日、イラクの選挙が終わった。今後議会において憲法が制定されれば、完

全に主権が回復するはずである。しかし、たとえ国民の名において憲法が制定されて
も主権の回復は実現しないだろう。イラクは合法的にアメリカに従属し続け、巨大資
本の末端に組み込まれる。 そのための法制度を、アメリカは占領中に周到に整備し
たのだ。暴力的支配の陰で、冷静沈着に何がなされたか。以下、2本の記事で農業を
例に何が起こったか見てみよう。
 種子を企業の専有物とすることを認める特許法の改正によって、イラク農民は先進
国企業の支配下におかれることになった。占領下で丸裸のまま企業に売り渡されたと
いっていい。
 このことの暴力性は、たとえば日本と比較するとよくわかる。日本でも、1998
年国際植物品種保護条約締結に伴う種苗法改正が行われた。しかし、農民団体の運動
があったので、農民の権利が一定程度守られた(注:育成者権の効力の及ばない範囲
を規定した第21条、先育成による通常利用権を規定した第27条など)。暫定占領
当局の残した法律は、イラク農民の権利についてはいっさい触れていない。 イラク
の経済のほとんどすべての領域で同様のことが起こった。国民生活のほとんどすべて
が巨大資本の支配に組み込まれてしまった。アメリカの戦争と占領の目的は達せられ
た。しかしまだ道はある。選挙で選出された議会が、暫定占領当局の残した法制度を
廃止あるいは改正すればよいのだが・・・。                

                           (TUP/池田真里)


 (以下「イラク:暫定占領当局指令81」(『エコロジスト』掲載)と「イラクの
新特許法:農民への宣戦布告」(フォーカス・オン・グローバル・サウスとグレイン
による報道発表)の2本の記事が続いています)。

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イラク:暫定占領当局指令81:在来種は消滅し農民は米企業の配下に

ジェレミー・スミス
『エコロジスト』
2005年1月21日

 イラク復興支援をよそおって、アメリカは、これまで広く行われてきた農法を完全
なアメリカ型企業農業に作り変えようとし始めている。ぬかりなく新法も制定した。
指令81である。
 ニューカースルに石炭を、エスキモーに氷を、中国に茶を買わせる。これぞ究極の
販売手腕。腕のある売り手は、買う必要がまったくない人々にさえ買わせることがで
きるというわけだ。いまやこれに「イラクに小麦を」と付け加えるといい。(訳注:
ニューカースル、イングランド北部の有名な石炭産地)

 イラクの国土は、メソポタミアの「肥沃な三日月地帯」にある。この地で、紀元前
8500年から8000年頃、人類が初めて小麦を栽培し、農業が誕生したのである
。ところが近年、農業誕生の地は窮地にある。小麦生産高は、1995年の123万
6千トンから、2000年のわずか38万4000トンまで落ち込んだ。なぜこのよ
うなことが起きたか、その答は訊く相手により大きく異なってくる。

 米軍司令部の報道発表によると、「過去10年間、当地域はイラクの小麦需要に対
応できなかった。サッダーム体制のもとでは、農民は休みなく小麦を作付けすること
とされ、耕地を休閑しなかった。そのため土壌は劣化し、翌年の作物のための栄養分
は無くなり、病害が発生しやすくなり、生産高は減少を続けるにいたった。米軍の見
方では、責めは「サッダーム体制」の「政策」に帰せられる。


 しかし、1997年の国連食糧農業機関の報告には、農作物生産高は、機械・設備
の不足、投入資材(農薬、肥料など)の不足、土壌と灌漑施設の劣化が原因の土壌条
件の不備のため、低水準にとどまっており」、また「家畜飼養頭数は、経済制裁期間
に飼料と医薬品が著しく不足したために、急激に減少した」と述べられている。国連
食糧農業機関は戦争のことはあまり言い立てたくないようだが、イラク農業の不振は
必要な生産資材の欠乏、それも「経済制裁期間」に輸入が遮断されていたための欠乏
と考えている。

 いや、実はもっと単純な理由があったのかもしれない。2003年の米農務省の報
告によると、「主要穀物総生産高は、現在、1990年から91年にかけての水準を
50%下回るとみられる。1999年から2001年にかけて3年間の干ばつが生産
減の大きな原因である」。どの説によろうと、イラクの小麦生産高は近年急落したこ
とは確かだ。 さて、次に考えるべきは、どのようにしてそれを元に戻すかである。

 近年不振であるとしても、イラク農業は長い歴史をもつ。つまり、これまで1万年
もの間、イラク農民は日々の営みの中で気候風土に最適の小麦の品種を選択しては植
え付けてきたのだ。毎年、一定の条件でよく育つ作物から種子を採取保存し、翌年作
付けして他の特長をもつ品種と交配してきた。こうして作物は年々品種改良されるの
である。
 2002年に国連食糧農業機関は、イラク農家の97%は自家採取した種子を使う
か、地域の市(いち)で購入していると報告している。今日(こんにち)世界に、分

かっているだけで20万を超える小麦の品種があるのは、まったくもってこのように
人知れず行われてきた農民の働きと、知識の共有と伝達の仕組みのおかげである。イ

ラクの多くの畑や穀物倉庫のどこかに、改良して国中に頒布すれば再び生産を向上さ
せられるような、強い在来品種があることは、大いに予想できる。

 また、アブグレイブが世界でもっとも悪名高い刑務所になるずっと以前、そこは人
を収容するところではなく種子を保存する場所だった。1970年代初頭、アブ・グ
レイブの町にある国立遺伝子銀行で、イラク農民が使用している多くの品種の標本の
保存が始まった。イラクでもっとも名の知られた小麦の在来品種は、「アブグレイブ
」と命名されているくらいだ。
 
 残念なことに、このイラク国民にとってなにものにも替えがたい伝統遺産や知の拠
点は、進行中の戦争とそれ以前の戦争の年月の犠牲となって、現在はなくなったと考
えられている。しかし、まだ有望な供給源がある。シリアの国際乾燥地域農業研究セ
ンター(ICARDA)には、イラクの品種標本がいくつか残されている。フォーカス・オ
ン・グローバル・サウスとグレインが発表した報告書(後掲のレポート「イラクの新
特許法:農民への宣戦布告」には、こう述べられている。「これらは、イラク農民に
帰属するイラクの農業遺産で、イラクに返還されるべきものである」。

 イラクの新政権が、イラク国民のために心からイラク農業の再建を望むなら、国民
の知識の成果を探すことだろう。国中くまなく優秀農家を探せばいいし、もし万が一
ひとつも見つからなかったとしても、ICARDAから種子をもらい、それを利用して、イ

ラクがかつて世界に与えてくれた農業というものを、再びイラクに取り戻すための農
業政策立案の基礎とすればいいのである。

 ところが、アメリカは1万年の歴史を無視して、イラク人は自分たちの風土に小麦
のどの品種が適しているか知らないだろうから、アメリカが持ち込む新品種で繁栄す
るだろうと判断した。イラク復興支援をよそおって、アメリカはこれまで広く行われ
てきた農法を完全なアメリカ型企業農業に作り変えようとし始めている。つまり、前

述の米軍司令部報道発表が言うとおり、「多国籍軍は、目下ニネベ州において農業再
建のための播種を行っている」のだ。

 まず最初に、アメリカはイラク農民の頭の中を入れ替えようとしている。新聞「耕
地と家畜」は、テキサス農工大学国際農業センターのプロジェクトのおかげで、イラ
ク全国に800エーカー(約324ヘクタール)の実験圃場があり、大麦、ひよこ豆
、レンズ豆、小麦などの「高収量品種」の栽培法を教えていると書いている。

 この1億7百万ドルのプロジェクトの推進者たちは、1年以内にイラク農家3万戸
の生産高を倍増すると目標をたてている。1年後には、農民は生産高の急増を体験す
ることになる。多くの農民が単純に喜んで、これまでのやり方を捨て、新技術を選ぶ
であろう。これまでの営農法は姿を消し、いたるところアメリカの種子を見ることに
なる――それも遺伝子組み換え種子だろう。テキサス農工大学農学部は、バイオテク
ノロジーにかけては世界一と自認しているのだから。新種子に続いてやってくるのは
、新しい農薬の数々である。殺虫剤、殺菌剤、除草剤が、モンサント、カーギル、ダ

ウなどの大企業によって、イラク人に売られることになる。

 また、「フェニックス・ビジネス・ジャーナル」の記事はこう述べている。「アリ

ゾナのある農業技術開発会社は、国産の食糧生産をなんとか増やしたいイラク農民に
小麦の種子を供給しようとしている」。この会社は、全世界小麦会社で、例のテキサ
ス農工大学など3大学と提携して「バグダード北部のイラク農民に使ってもらうため
、小麦種子1000ポンド(約450キログラム)を提供することになっている」。


 シードクエスト(「世界の種子産業の中心的情報源ウェブサイト」と銘うたれてい
る)によれば、全世界小麦会社は、穀物種子の特許登録品種開発の業界トップの一つ
である。特許登録品種とは、特定の企業が所有する品種をさす。同社のサイトには、
同社の種子を栽培したいと思う「顧客」(以前は農民と呼ばれていた人々のこと)は

、「品種ごとにライセンス料を支払うこと」とある。

 ここにいたって、全世界小麦会社の種子提供はあまりお人好しなものではないとい
うことがわかる。同社はイラク人に種子を与える。イラク人は栽培方法を習い、これ
が以前の種子に比べいかに「優れているか」教えられる。あげくにもっと欲しければ
、金を払えと言われるのである。
 ビジネス・ジャーナルの他の記事を読めば、アメリカの意図はさらにあやしいもの
であることがわかる。同誌によれば、「イラクでの事業のために、6種の小麦が開発
された。3種はパスタ用小麦で、3種はパン用小麦である」

 パスタだって? 2001年の世界食糧計画のイラクについての報告には、「食の

習慣と嗜好は、鶏肉を含む肉類、豆類、穀物、野菜、果物、乳製品を大量かつ多様に
摂取する傾向にある」とある。ラザーニャのことはどこにも書いていない。それに、
私の本棚の中東料理の本(イラクだけではないが)をざっと見ても、パスタ料理はま
ったくない。

 イラク用に開発された小麦品種の中でなぜ半分がパスタ用か、考えられる理由は二
つしかない。アメリカは将来、ひじょうに多くの兵士と商売人をイラクに派遣しよう
としているので、イラク農業を「飢えたイラク人」向けでなく「飽食のアメリカ人」
向けにしようとしているというのが一つ。あるいは、こちらの方がありそうなことだ
が、生産される食糧は、はなからイラク国内での消費を目的とはしていないというこ
とだ。

 イラク農民は、輸出用の作物を栽培するよう教育されることになる。そうして得た
金(もちろん翌年用の種子と農薬を買った残りの金だ)で、家族のための食糧を買え
る。援助をよそおいながら、アメリカはイラク農民を世界経済に組み込んだのだ。


 いま現在イラクでアメリカがやっていることには、ひじょうに重要な先例がある。
1950年代から60年代にかけての「緑の革命」は、途上国の農民にとって新たな
時代を告げるものとなるはずであった。ちょうど現在のイラクのように、欧米の研究
者や企業は「奇跡の品種」を手に零細農民の前に立ち現れ、この種子を使いさえすれ
ばたちまち金持ちになれると約束したのである。

 が、そううまくはいかなかった。ヴァンダナ・シバが「バイオパイラシ――グロー
バル化による生命と文化の略奪」(邦訳:緑風出版)で述べているように、「奇跡の
品種が多様な在来品種を駆逐した。そして、多様性が失われていくにともない、新品
種が害虫の発生源となった。在来品種は、その地域の病害虫に耐性をもっている。た

とえある病害が発生し、なかには弱い品種があっても、ほかの品種は耐性をもち病害
の被害を受けずにもちこたえるのである」

 世界中で、何千年もかけて培われた何千という在来品種が、ほんの一握りの多国籍
企業の所有するわずかの新品種のために見捨てられてしまった。こうしてメキシコは
、1930年からトウモロコシの品種の80%を失った。中国では、1949年以降
/少なく見積もって小麦9千品種が失われた。そして1970年のアメリカでは、作

物の遺伝子が画一化したために、約10億ドル分のメイズ(訳注:トウモロコシの一
種)が失われた。栽培されていた品種の80%が「南部黒葉枯病」という病害に弱か
ったためである。

 全体としてみると、国連食糧農業機関は20世紀に農作物の遺伝子多様性の75%
が失われたと見ている。このことは、世界の零細農民に壊滅的な影響を及ぼした。資

本と農薬・化学肥料を大量に投入しなければならないこのような農業は、工業型の大
規模農家に断然有利である。アジアなどの何百万という持たざる農民は、主にこの不
平等の結果生まれた。もはや耕作できなくなった彼らは、土地を追われ、都市のスラ
ムへ行くか、海外へ渡り、かつて自分たちに偽りの希望を盛った毒杯を差し出した者
たちの門の扉を叩くことになるのだ。

 今日のアメリカの策略と「緑の革命」の違いは、後者のうち少なくとも一部の対象
国においては、選挙によって成立した政府の選択だったという点にある。イラクでの
政策は、イラク国民が何の発言権もないままに押しつけられようとしている。アメリ
カは、サッダームを追放した後、今度は自分が独裁者として振るまっている。アメリ
カは、イラクの将来を決定し、イラク国民が望んでいるかどうかはおかまいなしに、
それを実行している。

 2004年6月、前暫定占領当局行政官ポール・ブレマーがイラクを去ったあとに
、イラク法体系を再構築するための100の「指令」が残された。このうち、種子問
題にとくに関わるのが指令81である。これは「特許、工業意匠、営業秘密、集積回
路、植物品種」を対象としている。この指令は、イラクの1970年制定の特許法を
改訂するもので、今後のイラク政府が廃止しないかぎり法的効力を持ち続ける。


 指令81の最重要部分は、もとの法に新たに挿入された「植物品種保護」について
の章である。これは、生物多様性の保護に関するものではなく、大種子会社の企業利
益を保護するものだ。

 植物品種保護制度のもとで登録されるためには、種子は「新規性、区別性、均一性
、安定性」という基準を満たさなくてはならない。(訳注:区別性とは既知の品種と
何かしら違うところがあること、均一性とは生育の途中で形質が変化しにくいこと、
安定性とは何代にもわたって形質が安定していること)。したがって、指令81によ
って課せられる新規制のもとでは、現にイラク農民が全世界小麦会社のような企業か
ら栽培するよう奨励されているような種子が、植物品種保護制度にのっとって登録さ
れることになる。

 他方、イラク国民が開発してきた種子がこの基準を満たすことは不可能である。改

良に何千年もかけた種子は、「新しく」ない。また、「既知品種とは異な」らない。
何世紀も続いてきた種子の自由な交換によって、その形質は、地域の品種に広がり共
有されている。さらに、これらの種子は、「品質にばらつきがなく、変異が少ない」
ことの対極にある。それこそが多様性の本質だからだ。近隣の他品種と交雑し、変異
と適応を重ねていく。

 交雑は、他の理由で重要な問題である。近年、不法に企業の遺伝子組み換え種子を
栽培したとして、訴えられる農民が出てきている。農民たちは、自分たちは知らなか
った、例えば種子は近隣の圃場から風で運ばれたに違いないと主張している。しかし
、このようなケースは後を絶たない。これと同じことがイラクで起こるだろう。新法
のもとでは、ある農家の種子に、植物品種保護品種として登録されたものが混じって

いることが証明されたら、科料を課せられる可能性がある。彼は長年(おそらく何代
にもわたって)種子を自家採取してきたのであろう。しかし、企業産の種子が混ざっ
たり、交雑して新品種ができたりするだけで、裁判所に呼び出されることになるかも
しれない。

 イラク農民の97%が種を自家採取しているということを思い出してほしい。指令
81はそれもできなくしてしまう。新たに次の条項が付け加えられた。「保護品種の
種子及びこの章の(訳注:第3−4章)第14条C項1及び2に挙げられたどの品種
の種子も、農民が再利用することを禁ずるものとする」。(訳注:第3の4章第15
条(B))

 言及されている保護品種以外の品種とは、植物品種保護品種として登録されたもの
と似た形質を示すものである。もし、企業があるイラクの病害に耐性をもつ品種を開
発したら、そしてイラクのどこかにこれとは異なるが同じ性質をもつ品種を栽培する
農民がいたら、その農民が種子を自家採取することは違法となる。ひどい話だと思う
かもしれないが、これは実際に過去に起こったことがある話なのだ。数年前、サンジ
ーンという会社がオレイン酸を高濃度で含むヒマワリを特許登録した。同社は、遺伝
子構造を登録しただけでなく、形質に特許権を設定した。その結果、同社は他のヒマ
ワリ栽培農家に対し、もしオレイン酸含有率の高いヒマワリを開発したら、同社の特
許権を侵害したとみなされるだろうと警告した。

 したがって、イラク農民は今年末には収穫時の豊作の約束を聞いて喜んだかもしれ
ないが、以前と違い、翌年のために種子を採取保存することはできないのだ。1万年
続いた農業のあり方が、一挙に使用契約に変わってしまった。

 イラク農民は、アメリカ企業の家臣とされてしまった。アメリカ合州国の存在する
9500年まえからイラク人はパンを焼いてきた。けれどもその事実は、イラクの小
麦は誰のものか決めるのに際して、なんの意味ももっていない。しかし、農民が一人
、長年保ってきたその人だけの持つ稀少品種の栽培をやめるごとに、世界はまた一つ
、病害や旱魃に打ちかてるかもしれない品種を失うことになる。

 つまり、アメリカがやったことは、イラク農業の再建ではなくて解体である。人類
初の小麦栽培を行った人々の末裔は、いまや小麦を、それも自分たち以外の誰かのた
めにありがたくも栽培させて頂くため、料金を支払わなくてはならない。そしてこの
ことにより、世界最古の農業遺産が巨大アメリカ企業の供給網の目の一つとなり果て
てしまうのである。

(訳注)
 エコロジストは、1970年創刊の世界中に20万人の読者をもつ環境問題と取り
組む雑誌。イギリス、ロンドンに本拠をおく。

原文
Order 81
Date Published: 21/01/05 Author: Jeremy Smith
http://www.theecologist.co.uk/archive_article.html?article=487&category=86

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イラクの新特許法:農民への宣戦布告

フォーカス・オン・グローバル・サウス
グレイン
報道発表
2004年10月
 
 2004年6月、前暫定占領当局行政官ポール・ブレマーが、いわゆる「主権委譲
」を終えてイラクを去ったあとに、占領当局の長として彼が制定した100の「指令

」が残された。指令81もこの一つで、「特許、工業意匠、営業秘密、集積回路、植

物品種」を対象としている。これは、イラクの1970年制定の特許法を改訂するも
ので、今後イラク政府が廃止しないかぎり法的効力を持ち続ける。この指令は、イラ
クの農民と農業の将来に重要な意味をもつだけでなく、イラク経済体制の根本的改革
を目指すアメリカの計画の一環として重要な役割を担っている。

得をするのは誰か?

 何世代にもわたって、イラクの小規模農家は、規制の及ばない商品経済外の世界で
、種子を保存・交換して農業を営んでいた。農家は長年、種子を自家採取・保存した
うえ、自由に品種改良し、農家同士で交換してきた。こうして作物を作付け、栽培、
収穫してきたのだった。しかし、これは今は昔の話となってしまった。イラク暫定占
領当局(CPA)が、法で定められた登録新品種の種子の再利用を禁止したからである
。戦争と干ばつを乗り越えて今にいたるまで保管されている既存の種子は、これまで
通り自家採取し利用できるが、これは、為政者側の再建計画の目指すところではない
。法が目的としているのは、イラクに新たに種子市場を創設することである。つまり
、遺伝子組み換え種子であろうとなかろうと、とにかく企業が所有する種子を売りつ
け、農民がその新しい市場で毎年作付けのたびに種子を買わなければならなくするの
だ。これまでイラク憲法によって、生物資源の私的所有は禁止されてきたが、このた
びアメリカが制定した法によれば、種苗の専売権という考え方が認められることにな
る。イラクの前特許法に、「植物新品種に対する保護」を規定した植物品種保護制度
(PVP)を述べた章が新たにつけ加えられたためである。PVPは、知的所有権(IPR)

の一つ、言いかえると植物に対する特許権の一種で、新品種を発見または開発したと
申請する者に対して与えられる独占的専売権である。したがって、PVPの中の「保護

」という言葉には、まったく保存、保全という意味はない。営利育苗業者(ほとんど
は大企業)の商業的利益の防衛という意味で使われている。 
 保護品種として登録されるには、「植物の新品種の保護に関する国際条約」(訳注

:UPOV条約。1961年に制定、91年に改正された。改正の要点は育成者の権利に
特許権に似た考え方を入れた点)の基準にある、新規性、区別性、均一性、安定性を
満たさなくてはならない。(訳注:区別性とは既知の品種と何かしら違うところがあ
ること、均一性とは生育の途中で形質が変化しにくいこと、安定性とは形質が安定し
ていること)。ふつうの農家の種子は、これらの基準を満たしにくく、PVPによって

保護された種子とは、必然的に企業のものを意味することになる。この制度で育成者
(種苗業者など)に認められた権利は、生産、再生産、販売、輸出入、保護品種の保
存などである。これらの権利は種苗だけでなく収穫物にも及ぶ。また保護品種を利用
して得られた収穫物の全体だけでなく部分にも及ぶ(訳注:権利は、一般消費用収穫
物全体と種子だけでなく、枝を使った挿し木接ぎ木など栄養生殖による繁殖にも及ぶ
。つまり、農民は挿し木接ぎ木もできない)。多くの場合、このような品種保護制度
は、本格的な生物特許制度への布石である。イラクの場合もまさにその通りで、法の
他の部分では、植物または動物の特許登録の可能性を排除していない。

 独占期間は、作物品種については20年間、樹木とぶどうについては25年間とさ
れている。この期間、保護品種は事実上育成者の占有財産であって、何びとも育成者
に対して対価を支払わずにこの品種を植付ける、といった利用のしかたはできない。
つまり、イラク農民は、この改訂特許法の植物保護制度のもとで登録された品種はど
れも、法の手続きを経ずには作付けることも種子を自家採取して利用することもでき
ないのである。農民は、種子を自家採取し利用するという、世界中の農民が当然の権
利として主張する権利を奪われるのだ。

企業の支配

 この新法は、イラクの種子供給の質を確保するため、またイラクのWTO(世界貿
易機関)加盟を促進するために必要であるとして制定された。しかし、この法が促進
するのは、モンサント、シンジェンタ、バイエル、ダウ・ケミカルなど世界の種子市
場を支配する巨大企業のイラク農業への侵入である。農民から競争力を奪うことは、
これらの企業がイラクで操業開始するための必要条件であり、新法によりこの条件が
整った。食料の生産から消費にいたる過程に一歩食い込むことが、これら企業の次の
目標である。

 この新法はまた、積極的にイラクにおける遺伝子組み換え種子の商業化を促進して
いる。世界中で農民と消費者が真剣に反対しているにもかかわらず、まさに上述の企
業が、世界中の農民に遺伝子組み換え作物を押しつけて利益を上げようとしているの
である。業界の主張とは逆に、遺伝子組み換え種子は農薬使用量を減少させるどころ
か、環境と健康に大きな害をもたらし、農民はアグリビジネスに依存せざるをえなく
なる。インドなどでは、遺伝子組み換え作物の環境中への放出が、「偶発」的な出来
事をよそおって実行されている。遺伝子組み換え作物と非組み換え作物を隔離するな
どと言っても、実質的にできないからだ。農業と生態系の間の循環に組み換え遺伝子
がひとたび持ち込まれたなら、回収も遺伝子汚染からの浄化もまったく不可能である

 WTO加盟問題との関係で言えば、イラクがWTOの知的所有権に関する規定に適合する
ための措置には、国際法的には多くの選択肢がある。しかし、アメリカはイラクが選
択肢を検討する余地をいっさい認めなかった。

見せかけの再建

 現在、世界中で、地域の農民を犠牲にして多国籍企業の独占権を保護する種子特許
法採択の動きが起きている。イラクもその一つの舞台である。過去10年、途上国の
多くは二国間条約によって、種子特許法の採択を強要されてきた。アメリカは、スリ
ランカやカンボジアなどの国との二国間通商協定において、WTOの知的所有権基準を
上回るUPOV型の植物保護法を実現してきた。また、紛争後の国々をとくに狙い撃ちに
してきた。たとえば、アメリカは再建計画の一部として、最近アフガニスタンとの間
に、通商・投資枠組協定を結んだ。この協定にもまた、知的所有権に関する規定があ
る。

 イラクは、新特許法の採択が主権国家間の交渉によるものではなかったという意味
で、特別の事例である。また、イラク国民の意思を反映した主権をもつ議会によって

制定されたものでもなかった。イラクにおいて、新特許法制定は、新自由主義的な方
針に沿って被占領国経済を根底的に改革しようとする、占領軍政の全体計画のまさに
一環にほかならない。改革にはさまざまな都合のよい法の採択だけでなく、自由市場
体制に直結した制度・機構の設立も必要なのである。

 指令81は、ブレマーが残した100件の指令の一つにすぎない。この中で、問題
の指令39は注目に値する。これは、イラク国内市場の利用にあたり、イラク人と同
等の権利を外国人投資家に与えることを、事実上のイラク経済の法的枠組みとするも
のである(訳注:外国人投資家に、イラク人とまったく同等の条件で、一部を除くほ
とんどすべての分野に投資する権利を無制限に認めている)。 これら法すべてをあ
わせると、イラク貿易体制、中央銀行設置法、労働組合法などほとんど経済の全領域
をカバーし、イラクに新自由主義的体制を作るという遠大なアメリカの目的へ向けて
の基礎となっている。指令81の条文にはイラクの「不透明な中央集権的計画経済か
ら、活力ある民間セクター確立による持続可能な経済成長を特徴とする自由市場経済
への移行と、それを実行するための法制度改革の必要性」に沿うものであると明確に
述べられている。イラクでこれら「改革」を推進してきたのは米国際開発庁で、20
03年10月からイラク農業復興開発計画(ARDI)を実施してきた。これを実施する
にあたり、アメリカのコンサルタント会社、デベロップメント・オルタナティブに5
00万ドルの1カ年契約が与えられた。契約ではテキサス農工大学が実施協力機関と
なっている。事業の一部は、オーストラリアのサグリク・インターナショナルに下請
けに出されている。ARDIの目標は、農業部門の再建に名を借りてアグリビジネスの機
会を開発し、輸入農産物とサービス(無形財)受け入れの市場を整備することである

 このように復興事業は、必ずしも国内経済と国力を再建するものではなく、占領軍
政が認めた企業がイラクの市場に投資するのを助けるものである。ブレマーの敷いた
法的枠組みは、米軍が将来撤退したとしても、イラク経済に対する米支配は残ること
を保証するものである。

食糧主権

 食糧主権は、自分たちの食糧・農業政策を選択し、国内の農業生産と通商を保護・
規制し、食糧生産の方法や地域で生産すべきものと輸入すべきものを決定する人民の
権利である。この10年、食糧主権の要求と種子の特許登録に対する反対は、世界中
の小規模農民の中心的闘争課題であった。イラクの知的所有権法を根底から変えるこ
とによって、アメリカはイラクの農業システムが確実に「占領下」にとどまり続ける
ようにした。

 イラクは、自給できる能力をもっている。しかし、この能力を発展させる代わりに
、アメリカは、イラクの食糧生産の将来像を米企業の利益に奉仕するべく方向付けた
。イラクの新知的所有権制度は、かつて小麦、大麦、デーツ、豆類などの重要作物の
開発・改良に果たしたイラク農民の役割に少しも敬意を払っていない。1970年代
に、バグダード郊外のアブグレイブにおいて、これら農民の手になる品種の標本の保
存が開始されていた。長い戦争の年月に、これらすべてが失われたのではないかと考
えられている。しかし、シリアにある国際農業研究協議グループ(CGIAR)の国際乾
燥地域農業研究センターの台帳には、まだイラクの品種数種が載っている。イラク農
民の知恵の証であるこれら収蔵種子は、センターにより保管されているはずである。
これらは、いまやイラク農民に返還されるべき、イラク農民の農業遺産である。国際
的農業研究センターによって保管されていた遺伝資源が、先進国の研究者の研究開発
用に流出するという状況が続いている。このような「生物資源に対する民衆の権利侵
害」は、先行する農民の技術を無視し、何か新規なものを作りだしたと主張する種苗
業者に権利を与える知的所有権体制によって加速されている。新規なものも元々は、
法が顧みない農民の知恵と財産から生まれたものであるのに。

 政治主権がいまだ幻影である状況において、イラク国民の食糧主権の確立は、これ
らの法制度によってすでに不可能に近い。イラク人が、自らを養うために播き育て刈
るものを自ら支配できなければ、イラクの自由と主権が確立する日は遠いだろう。


(訳注)
1)フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス(Focus On The Global
South)は
、タイ、チュラロンコーン大学に拠点をおき途上国の貧困、開発などの問題と取り組
んでいる。

2)グレイン(GRAIN)は、スペイン、バルセロナに本拠をおき民衆の力で多様で持
続可能な農業を実現するための運動を推進している。 

3)「2004年特許、工業意匠、営業秘密、集積回路、植物品種法」Coalition
Provisional Authority Order Number 81, Patent,Industrial
Design, Undisclosed Information, Integrated Circuits And Plant
Variety
Law(CPA/ORD/26April2004/81)
原文は以下で読めます(2005年6月30日まで)。
http://www.iraqcoalition.org/regulations/20040426_CPAORD_81_Patents_Law.pdf

この稿の原文は以下で読めます。
Iraq's new patent law: A declaration of war against farmers by Focus
on
the Global South and GRAIN   October 2004   NEWS RELEASE
http://www.grain.org/articles/?id=6         (翻訳:TUP/池田真里)

アラブの声ML 齊藤力二朗
http://groups.yahoo.co.jp/group/voiceofarab/

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