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Re: Re:ロスチャイルド一族の人間も死んでるって本当ですか?
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投稿者 外野 日時 2005 年 2 月 20 日 15:34:12: XZP4hFjFHTtWY

(回答先: Re:ロスチャイルド一族の人間も死んでるって本当ですか? 投稿者 かずや 日時 2005 年 2 月 20 日 13:22:20)

以下にあげる文章は広瀬隆著『赤い楯』からのものです。
この掲示板では、数人から広瀬隆氏については憶測による誹謗中傷がおこなわれていますが、僕は彼の著作の9割以上を読みそれで思うことは、彼は嘘は書かないということです。もちろん、彼にも絶対に誤りがないとはいえません。でも、それは人間として避けられない種類のもので、故意におこなうというものではありません。彼は信頼できる著作家であると思います。

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 フランスを占領後、オワーズ河畔に大きなトラクター工場があるのに目をつけたクルップは、これを押収したナチスを抱き込んで、クルップ工場と命名してしまった。本来の工場主はあるユダヤ人だったが、その男はスペインを通って脱出しようとしながら、国境地帯で捕えられ、やがて刑務所から収容所へ転送されるうち、貨車に乗せられた。その列車の目的地が、アウシュヴィッツだったのである。
 一九四四年三月十日頃、それはアンネ・フランクが同じ運命に遭う五ヵ月前のことであったが、この男は恐怖のアウシュヴィッツに到着した。その後、この人物の消息はなく、ガス室に送られたと推測されている。ほかにはこの世から消える理由がなかったからである。このようにしてクルップは占領地の資産を肥やし、アウシュヴィッツの絶減収容所を活用した。毒ガスで殺されたこの工場主── 一ユダヤ人にも顔があった。
 その男には、名前があった。妻もいた。人生というものがあった。名前は、ロベール・ロスチャイルドというのであった。

 第二次世界大戦の末期における記録の一部を、この章の最後に記しておく。ナチスが敗北し、連合国が勝利の日を迎えるまでの”歓喜の瞬間”へ至る記録になる。しかしロスチャイルド家は、この最後の段階でほぼ壊滅してしまったのである。勝者なき戦争、それが第二次世界大戦であった。
 では、この戦争後の今日、ロスチャイルドはいかにして不死鳥のごとく甦り、再び全世界を支配する”赤い楯”として復活したのか。これから舞台を中東に移して、砂漠のなかにユダヤ人の国家を建設し、世界的な反撃を開姶するロスチャイルド家の大作戦が始動していた。終戦直前の一九四四年、チャーチルがユダヤ歩兵旅団の結成を承認したとき、すでにこの部隊にエドマンド・ロスチャイルドが参加していた。
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他にも少し引用しておきます。

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  一九四〇年
   五月一〇日 ドイツがベネルクス三国へ侵入開始。イギリスでチェンバ
   レンが辞任し、チャーチル首相の挙国内閣誕生──ドイツ軍がフランダ
   ースから一気にダンケルクヘ迫り、イギリス・フランス連合軍を包囲
   (数百万人の難民を生み出す)

 この部隊のなかに、フランス・ロスチャィルド家の若きアランとエリーがいた。両人ともドイツ軍につかまったが、アランは負傷して病院から開放され、エリーは収容所を転々と移送されたあと、最後にコルディッツの強制収容所に送られ、終戦まで厳しい生活を過ごす。
 後年フランス・ロスチャイルド銀行の資本金を半分握って支配者となるギイ・ロスチャイルドは、同じダンケルク作戦のなかで捕えられたが、脱出してアメリカヘ逃れる。ギイは三年後にドゴールの自由フランス軍に参加するため、アメリカからイギリスヘ向かったが、途中で魚雷に撃沈され、一夜を海中に過ごして、未明、奇跡的に救出された。以後、ロスチャイルド家の持つ世界一の情報収集能力を駆使して、実戦に多大の貢献をなし、ドゴール将軍の見えない右腕となった。
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 パリのロスチャィルド家は、ナチスが侵人してきた時にはすでにニューヨークヘ脱出していた。ロベール・ロスチャイルドの邸宅だけは、ナチスの司令官が邸宅のいわれを聞いておそれをなし、占領中もまったく手を触れなかった。ドイツでも、ユダヤ人のオッペンハイム商会がヒットラー時代に平然と生き残り、ロスチャイルド一族のイポリト・ウォルムス(ヴォルム)は、フラソスでヴィシー政府を支配して、不思議なユダヤ人として歴史に汚名を残した。ある種の金融業者は、ユダヤ人であっても反ユダヤ主義者と手を組んだのである。ほかのロスチャイルド邸ではかなりの収奪が組織的におこなわれたが、すでに大部分の高価な美術品は、ロベール・ロスチャイルド邸の秘密の部屋に隠され、終戦まで無事であった。
 それでも、被害は大きかった。ナチスの幹部としてアーリア人の優生思想を誰よりも理論的に普及させた”フェルキッシャー・ベオバハター”紙の編集長アルフレート・ローゼンベルクは、ユダヤ人富豪の美術品を管理する権限をヒットラーから与えられ、パリ市ばかりかフランス全土を徹底的に捜索した。その強奪美術コレクションの数は、一九四四年七月十三日までに、上位五家族が次のように記録されていた。
   ロスチャイルド家       三九七八点
   カーン家           一二〇二点
   デヴィッド・ウェイル家    一一二一点
   レヴィー・ド・ヴァンジオン家  九八九点
   セリグマン兄弟         五五六点
 この総計二万点を超える美術品は、いずれもユダヤ人富豪から奪ったものだが、群を抜いて一位のロスチャイルド家だけでなく、三位のデヴィッド・ウェイル家、五位のセリグマン兄弟は、すでに本書に登場ずみの”赤い楯”一族であった。
(略)
 ライオネル・ロスチャイルドは絵の収集、マイヤー・ロスチャイルドは銀製品の愛好家、ジェイコブ・ロスチャイルドはナショナル・ギャラリーの会長、ヴィルヘルム・ロスチャイルドは本を収集してフランクフルト国立図書館が保管、エドモン・ロスチャイルドが集めた彫刻はパリ博物館が保管、ジェームズ・ゴールドスミス一族も代々の美術商を一門に持っていた。記述すれば果てしない。ナチス幹部がユダヤ人虐殺のなかで狙いをつけた獲物のひとつは、これであった。
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このような断片的な引用では、誤解も生じるかと思います。危うい微妙な点については判断を保留し、一度『赤い楯』を全編お読みになられることを僕はすすめます。

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