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JMM [Japan Mail Media]  「終戦という政治」   冷泉彰彦  
http://www.asyura2.com/0505/bd40/msg/217.html
投稿者 愚民党 日時 2005 年 7 月 02 日 18:26:19: ogcGl0q1DMbpk
 

                              2005年7月2日発行
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JMM [Japan Mail Media]                No.329 Saturday Edition
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                        http://ryumurakami.jmm.co.jp/
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▼INDEX▼

  ■ 『from 911/USAレポート』 第205回
    「終戦という政治」

 ■ 冷泉彰彦   :作家(米国ニュージャージー州在住)


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 ■ 『from 911/USAレポート』 第205回
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「終戦という政治」

 ブッシュ大統領としては、久しぶりのTV演説は、極めて不自然なムードで進行し
ました。まず、場所の問題があります。NBCワシントン総局長のティム・ラサート
によれば、3大ネットワークとしては、ホワイトハウスの執務室(オーバルルーム)
からの生中継を希望したそうなのですが、大統領の選択は別でした。軍の施設で軍人
への訓話という形式になったのです。

 選ばれたのは、ノース・キャロライナ州のフォート・ブラッグ町にある「陸軍空挺
特殊部隊本部」で、エンジ色のベレー帽に迷彩色の軍服もものものしい「空挺部隊
(エアボーン)」700人が傍聴する中での30分弱の演説となりました。今週の火
曜日、6月28日の東部時間のゴールデンタイム、夜8時からのスピーチでした。

 実は、このところブッシュ政権は危機的な状況にありました。このスピーチの直前
に行われたCNN/USAトゥデーの連合世論調査では、イラク派兵が失敗だったと
いうのが53%、派兵は正しかったというのが45%という、開戦以来最悪の数字が
出ています。また、大統領の支持率も同様の45%と、就任以来最低の水準となって
いたのです。

 アメリカ大統領の支持率というのは、その時代の気分を強く反映して大きく動きま
す。史上最低というのは、インフレ政策失敗に陥ったカーター大統領の20%、近い
ところでは湾岸戦争や冷戦を終結させたブッシュ(父)大統領が経済失政を追及され
て支持率40%割れを引き起こしクリントンに敗れる結果となっています。

 これに比べれば、45というのは、大げさに悲観する数字ではないのでしょう。で
すが、911以降の世相の中で時には90%などという率をあげ、最低でも59%を
確保していたジョージ・W・ブッシュの一期目と比較しますと、この45というのは
明らかに時代の変動を感じさせるものだと思います。

 ただ、ブッシュ政権が弱体化した分、民主党が攻勢をかけているのかというと、そ
うでもなく、やはり政治的には「どうしようもない分裂」が続いています。例えば、
先週の22日には大統領顧問のカール・ローブが、NY市での講演で「911以降、
保守はすぐに反撃をしたが、リベラルはセラピーを受けながらテロリストの心情を理
解しようとしていたのだ」と発言、さすがに騒ぎになりました。

 そのNY選出の民主党上院議員のヒラリー・クリントンとチャック・シューマーは
ローブ演説にはすぐ反応して、発言の撤回を求めましたが、ローブ顧問が応ずるわけ
もなく、引き分けという感じです。「引き分け」というのは、分裂がどうしようもな
く固定化しているということなのでしょう。TVの政治ショーなどでは「私たちマ
ジョリティの人権をどうしてくれるんだ!」などと怒り狂った宗教保守と、全く話の
噛みあわない古典的な人権論者がいがみあう、そんなシーンが恒常化しています。

 例えば、今週は懸案であった「モーセの十戒」の石碑を公共機関に設置することの
憲法判断を最高裁が下しましたが、裁判所への設置は違憲、州政府などへの設置は合
憲という誠に苦しい判断になりました。このあたりも、分裂の固定化という世相を受
けての苦しいバランス感覚ということでしょう。

 その一方で、政界の雰囲気としては、少しづつブッシュ陣営の足元が崩れ出してい
るのも事実です。まず年初から大統領自身がキャンペーンを行っている「年金の民営
化」は、その後政権の側からは「危機の度合いによっては給付削減も」という正直な
ホンネも出る中で、世論には不評を買っています。国内の軍事基地の削減に関しては
それほど大きな反対はないものの、財政均衡への努力不足という不満は、共和党内か
らも出始めています。

 例のボルトン前国務次官の国連大使転出の承認問題も、外交委員会から本会議採決
に回されたまま、棚上げ状態になっていますが、それも党内の造反という雰囲気が露
呈するのを恐れた共和党の事情による部分もあるようです。これに追い討ちをかけて
いるのが、イラク情勢の不安定化です。ここへ来てイラク各地で散発的に続いている
テロの形態を取ったゲリラ的な攻撃で、米兵の犠牲が急増、イラク新体制の要人も犠
牲になるなど、確かに事態は好転していません。

 そんな政治情勢を何とかしようと、先週からはライス国務長官がTVでのインタ
ビューに応じてブッシュ援護をしてみたり、そのライス長官が、とかく共和党の人気
のないNY市民へアピールしようと、2012年のNYへのオリンピック招致に関し
て、急に積極的になったり、様々な工夫は続いています。

 ですが、それも限界ということなのでしょう。特に支持率の急落は無視できない、
という状況を受けて大統領自身がイラク情勢に関して「国民に語りかける」という
ことになったのです。

 冒頭からして異例でした。軍人を前にしての演説ですから、軍人や家族への感謝を
述べるのは分かります。ですが、「合衆国大統領としての最大の責任は、アメリカ国
民を守ることである」「アメリカは偉大である。そして諸君の最高司令官(=大統領、
自分のこと)も同様に偉大だ」というような居直ったような調子は、この大統領の演
説としては初めてです。

 ホワイトハウスから各メディアに事前に来ていた説明では「良く練られた (well
crafted)」スピーチという触れ込み(CNNのウォルフ・ブリツァーによる)だった
そうですが、むしろ日本で言う「筆の滑った」ような原稿です。とにかく「911」
を「イラク侵攻」を正当化するための根拠に据えた、全く目新しさのない内容でした。

 各局の報道では、この「セプテンバー・イレブンス」の部分を茶化して編集し直し
たビデオまで作られる始末で、むしろ逆効果だったとも言えるのでしょう。各局口を
揃えて「5回も言った」というのですが、ホワイトハウスの発表している講演録(か
なり正確なものです)で数えてみれば確かに5回でした。

   諸君のように米軍は本土で、そして海外で対テロ戦争を戦っている。その戦火
  はセプテンバー・イレブンスにおいて、本土にまで波及した。

   私はセプテンバー・イレブンスの直後に国民に対して約束した。座して攻撃さ
  れるのを待つことはもうしないと。

   我々がセプテンバー・イレブンスの教訓を忘れ、イラクをザカルウィの自由に
  させ、中東でビンラディンを闊歩させることを許せば、それはテロリストの勝利
  となるだろう。だが、そんなことは許さない。

   連中はイラクにおいて我々の意志に揺さぶりをかけてきている。ちょうど20
  01年のセプテンバー・イレブンスの際に揺さぶりをかけてきたのと同じように
  だ。そして、連中は必ず失敗する。

   セプテンバー・イレブンスの後で、私はアメリカ国民にこう告げた。これから
  の道のりは困難なものになると。

 要するにイラクの現状に至る大きな流れの原点としては「セプテンバー・イレブン
スの」があるのだと言わんばかりに、5回も言及していたのですが、これに対する拍
手は全くありませんでした。というよりも、聴衆からの拍手は最後のものを除くと、
1回だけだったのです。

 大統領の演説というのは、いや一般にアメリカの政治家のスピーチというのは支持
者からの拍手で中断されながら、全体を盛り上げていくのが通常です。そう考えると、
今回の「シーン」は極めて異例だと言えるでしょう。大統領が軍の犠牲に感謝しなが
ら、愛国的な宣言をしても「シーン」、そしてここ4年間「切り札」として使ってき
た「セプテンバー・イレブンス」に触れても「シーン」でした。

 緊張の結果、拍手のタイミングを逸したとか、軍の中でも特殊な精鋭部隊で「クソ
真面目」な集団なので拍手が出ないのかとも思いましたが、TVの中継映像では「ヒ
ソヒソ話」をしている兵士や、ガムを噛んでいるのか口元を動かしている兵士もいま
したから、それほど緊張したムードでもなかったようです。

 この「シーン」としていたというのは、やはり失望感のせいでしょう。この大げさ
なスピーチ、しかも3大ネットワークをはじめ各TV局の番組を中継に切り替えての
イベントですから、何か「大きな発表」があっても良かったのです。特に、イラク情
勢の見通しなり、今後のイラク政策に関して、何かあるのでは、という期待感があり
ました。

 実は、直前になって各TVでは「新味はない」とホワイトハウスからのリークが
あったと伝えていましたし、良く考えれば画期的な政策が出てくるような気配はな
かったのです。ですが、「新味はなさそうだ」と思うことと、実際に「新味のない演
説」を聞かされるのでは、大きな違いがあるというものです。現場の空挺部隊が「シ
ーン」としていたのと同じように、各TV局も中継とコメントが終わると、さっさと
話題を「アルーバ島女子高生失踪事件」に切りかえていました。

 ブッシュ大統領の方がそんな状況ですから、民主党としては何か攻めようがあると
思うのですが、何か発言するといえば依然として、ナンシー・ペロシ院内総務であっ
たり、ジョン・ケリー上院議員(前大統領候補)という顔ぶれですし、言っているの
は「出口戦略」と「撤退スケジュール」を「決めなさい」という主張ばかりです。自
分たちの方で「これが戦略」「撤退スケジュールは具体的にこう、それまでの作業日
程はこう」というものはないのです。

 勿論、イラクの問題はイラク人の問題ですから、アメリカで勝手に日程を決める筋
合いのものではありません。ですが、一つの国の政体変更にこれだけ関わってしまっ
たのですから、ブッシュのように「必要な限り、勝つ限り駐留する。その代わり増派
はしない」というのも無責任なら、民主党のように「いいから引け」というのも無責
任でしょう。

 私は現在のイラクというのは、テロという犯罪が横行している単に治安の悪い状態
と考えるのにはムリがあると思います。さっさとバグダッドを明け渡した後に、武器
弾薬ともに地下に潜った旧軍の残党がゲリラ戦を続けており、それに国際的な「反米
義勇軍」的な連中が加わって、まだ戦争が続いている、そのような認識が必要なので
しょう。

 私には、イラクの現在の国境線を変更するような形で、イラクのスンニー派とイラ
ンとが連携する(言葉が違いますから可能性は薄いと思いますが)とか、現トルコ領、
現イラン領を含めた地域でクルド人の国家がすぐに誕生するというような解決は非現
実的だと思います。何らかの形で、現在の国境の中で枠組みを確立するしかないと思
います。

 となれば、当面はゆるやかな連邦のような枠組みをどう作るのかがポイントでしょ
う。その際には、石油による収入をどんな形態で受けるのか、国営会社のようにする
のか、民営化か、外資の位置づけをどうするのか、ということがまず大事であり、そ
の上で、イラク全国の石油収入をどのような比率で各民族に分配するのか、を決めて
ゆかねばならないと思っています。そうした経済の骨格なしに、援助や開発の話がバ
ラバラに来ても、新しい国家像は見えてこないのではないでしょうか。

 終戦というのは、オールクリアーではありません。戦争突入がこの世の終わりでは
なく、戦争の進んでいる間も政治や外交は機能しています。その戦争が終わる、すな
わち終戦というのは、戦闘行為を終結させるという以上に、戦後の新体制を決定する
ということが大事なのです。今年は、第二次大戦の終結から60年の記念の年に当た
りますが、それはとりもなおさず、その際に行われた戦争終結工作や、戦後体制の模
索という事件からも60年が経過したということでしょう。

 イラクの終戦を考える上で参考になるのは、「相手のあるなし」です。戦争は相手
がなくては始まりませんが、終戦にも相手が重要なのです。勿論、相手を叩きのめし
てしまったり、逃げた相手を追えない場合などは、相手のない終戦をしなくてはなり
ません。それ以外は、相手を決めて何らかの合意ができて初めて終戦になるというこ
とです。

 第二次大戦の終結においては、主要な枢軸3カ国の「終戦」はそれぞれに異なりま
した。大戦末期にクーデタを成立させて連合国に寝返ったイタリア、第三帝国が雲散
霧消する中で「相手」がなくなり4カ国統治を経て分裂に至ったドイツ、そして冷戦
の盾として、あるいは戦利品としての価値を温存するために「相手」の温存が認めら
れた日本、それぞれに終戦の形態が、その後の「国のかたち」を決めていきました。

 改めて、イラクの国のかたちに思いを致すとき、明らかにフセイン政権という「相
手」は消えたものの、新体制という新しい「相手」はまだまだ未確立です。これから
は、憲法の制定が大きな課題となっていくのでしょうが、その憲法は民族間の勢力バ
ランスと石油収入の分配という意味で、平和な新体制を信用させるものでなくてはな
らないのでしょう。産油国としての平時の国のかたちが見えるのか、それが憲法作り
のポイントとなるのではないでしょうか。

 第二次大戦の話に戻りますと、それにしても60周年というのは長い時間です。様
々な追悼行事が行われていますが、この60年前というのは戦闘の悲惨な最終局面で
した。例えば、玉砕といわれるサイパンや硫黄島、あるいは沖縄戦での降伏を拒否し
た絶望的な戦闘がありました。日本の本土でも東京をはじめ各地の大空襲があり、最
終的には広島、長崎への原爆投下という大量殺戮まで起きました。

 それでも、アメリカは当時の日本の政府を「相手」として認め、日本側でも終戦工
作の努力がされて、戦争を終結させることができました。「相手」を温存したことに
よる、政治的な成果だと言えるでしょう。それが100%良かったのかどうかは、見
方が分かれるのでしょうが、戦争終結を成功させたという成果は間違いありません。
もう一つは、「本土での抵抗」の有無です。

 第二次大戦では、ドイツの抵抗は最後はあっけないものでしたし、日本はいわゆる
「本土決戦」を回避することができました。ですから、「本土での抵抗」はほとんど
ありませんでした。ですが、今回のイラクでは「バグダッド入城」の後に、凄惨なゲ
リラ戦としての本土決戦が続いているのだという見方もできます。

 憲法作りということでは、日本の場合は「非武装化」がまず原則としてありました
が、イラクの場合は「自前での治安維持」を目標に「軍備の強化」が急務になってい
る、という逆の状況があります。その場合、強力な軍ができなければ治安が保てない
し、米軍の撤退が実現しない、その一方で、本当に強力な軍隊が出来てしまった場合
は、イラン、サウジ、クゥエイト、ヨルダン、シリアはどう思うのかが問題になって
きます。また強力な「新生イラク軍」がクルド人全体の軍事的な地位向上という意味
を持つことは、トルコが警戒するでしょう。

 戦後体制を作ってゆく「相手」が見えない中で、「本土決戦」がなし崩し的に続い
てしまっているイラク戦後処理というのは、災害復興活動ではなく、またテロ犯罪の
取り締まりでもありません。どのような国のかたちを作ってゆくかという政治に他な
らず、そしてその政治が全く見えてきていないところに問題があるというべきでしょ
う。

 それ以前の問題として、そもそも「戦争に訴えることで物事を単純化したい。面倒
な駆け引きの続く外交はもうイヤ」というムードで始めた戦争が、かえって何もかも
を複雑にしてしまったのです。28日の演説の中で、ブッシュ大統領は、次の月曜日、
7月4日の独立記念日には全国で国旗を掲げるよう訴えました。複雑さを直視するこ
となく、そのような単純なムード戦術に走っていては、出口は益々見えなくなると言
わねばなりません。

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冷泉彰彦(れいぜい・あきひこ)
作家。米ラトガース大学講師。1959年東京生まれ。東京大学文学部、コロンビア
大学大学院(修士)卒。著書に『9・11(セプテンバー・イレブンス) あの日か
らアメリカ人の心はどう変わったか』、訳書に『プレイグラウンド』(共に小学館)
などがある。最新刊『メジャーリーグの愛され方』(NHK出版生活人新書)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4140881496/jmm05-22
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                   まぐまぐ: 19,231部
                   melma! : 8,794部
                   発行部数:134,351部(6月27日現在)

【WEB】    http://ryumurakami.jmm.co.jp/

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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
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