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もうひとつ、得丸久文氏の文を紹介します
http://www.asyura2.com/0505/dispute21/msg/481.html
投稿者 外野 日時 2005 年 7 月 21 日 21:53:54: XZP4hFjFHTtWY
 

(回答先: レスありがとうございます。 投稿者 外野 日時 2005 年 7 月 21 日 21:28:30)

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意味の相対化の後につづくニヒリズム
http://www.asahi-net.or.jp/~ug5m-ibsk/mlmem/jbreport2.html

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『持続可能な開発』という記号のあとには、何もコトバが用意されていない

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6月17日から南ア・ヨハネスブルグで、8月に開催される「持続可能な開発のための世界サミット」のNGO関連の行事やロジの準備状況の事前調査を行い、27日の夜帰国した。

 行きにバンコックで乗り換えとなり一泊することになったので、かつて私がユネスコ(UNESCO, 国連教育科学文化機関)に勤務していたときの上司で、今はチュラロンコン大学(東大と学習院をあわせたようなタイ随一の大学)で教鞭をとるH博士と朝食をごいっしょした。

 1 意味の相対化

「持続可能な開発」が概念矛盾であるということが、なかなか人に理解してもらえない、みんな言葉の意味を求めないと私は彼に報告した。

「『持続可能な開発』ねえ。ユネスコでは、科学セクターの○○という男が、1980年代から言っておったなあ。」

 H博士の言葉に、ユネスコ勤務時代の記憶がよみがえった。

 当時アソシエート・エキスパートであった私がH博士といっしょに仕事をしたのは、1991年からの2年間。今思えば、世界の知性の本部を自認するユネスコは、世界の知的状況を10年以上先取りしていたのかもしれない。

 私がユネスコにいるときに一番頭を悩ませたのは、言っていることとやっていることが違っていること。言葉と現実の乖離だった。

 多くの職員がすばらしいことを語る。途上国は工業化すべきだ、途上国が先端技術の恩恵を蒙るべきだ、世界から戦争の悲劇はなくなるべきだ、うんぬん。しかし、そんなことを喋っている本人が全く信じていない。だから喋るだけで、何もしない。今ユネスコはお金がないから、自分は仕事に追われてそれどころではない、と逃げ口上ばかり。

 さまざまな言葉が、その意味を裏付けられることなく使われるという状況に、私たちは振り回され、戸惑い、悩みぬいた。

 結局私が2年かかってたどりついた結論は、当時ユネスコで起きていた現象は、『言葉の意味の相対化』あるいは『言葉の意味の無相関化』とよぶべきだということであった。 そこにいた人はみな、言葉をシラブルの連続する記号以上としては受け取らないのだ。記号が何か現象や具体的な行動に結び付けないことが暗黙の了解事項となっていた。むしろ何もしないでいる状況を、飾り立てるため、カモフラージュするためにコトバは使われていた。

 そのためひとつの言葉に対する意味は、なんであっても許された。TPOに応じて、意味が万華鏡のように変わってもかまわないのだった。だから、意味を尋ねる、意味を特定するなんて、誰もしないこと、野暮の骨頂、暗黙のタブーであった。

 人々は、そのときどきに、その場かぎりで、自分の都合のいい解釈を行うことが許される。そして、とにかく何も行動しないということによって、その言葉を自ら抹殺するのだ。

 H博士の言葉で、私は、私が「持続可能な開発」について、はじめから懐疑的であるのも、ユネスコのおかげだったのだということを教えられた。おそらくヨハネスブルグサミットに興味をもっているNGOの人たちは、そこまで言葉がないがしろにされる状況がありうるということを、まだ体験したことがないのだろう。だから、「持続可能な開発」というコトバ記号に期待をしている人がいる、コトバがいまなお大手を振ってまかり通っているのだろう、と思った。

 2 ニヒリズム

 ユネスコ勤務のあと、ユネスコ勤務の経験を反芻するうちに、あれはニヒリズムと呼ぶ現象だったということに気付いた。理想や夢、希望というものが一切存在しない、何も信ずるものがない世界、他人をはなから信じようとしない、自分の口から発せられる言葉すら信じていない。

 ユネスコの若い同僚から1994年1月にもらった手紙。


「結局のところ、現代社会をおおっている価値概念というのは、『価値の相対化』であり、それの行きつくところは、

『価値の多様化
  ↓
 価値の希薄化
  ↓
 価値の喪失(=ニヒリズム)』
  ↓
 
 :

イスラム原理主義にせよ、最近のメージャー首相のback to basic policyにせよ、ロシアの超保守主義にせよ、頼りどころのない現代の倫理・思想に対する異議申し立て」として、「僕らは『全ての価値を平等に認める』という安全パイを捨てて『新たな価値の創造』という危険な作業をしなくてはいけない、、、」

 価値の多様化が、価値の相対化となり、それが最後には価値の喪失=ニヒリズムになるという流れの図式はあたっていると思う。

 H博士は、「むしろ問題は、『持続可能な開発』に続く新しい概念が何も生まれていないということ」だと言葉をつないだ。

 たしかに、そうだ。なにも新しいコトバが用意されていない。

 これから10年、20年先にやってくるのは、やはりニヒリズムの時代なのだろう。1980年代のユネスコ危機の影響が、世界にも及びつつあるのだろうか。ユネスコの存在が大きかったというよりも、知的活動を行う機関がほかになにもないという現実の反映だろう。誰を批判してもはじまらない。それは人類が自ら招いたことなのだ。

 持続可能な開発というコトバを表層的に信じて、サミットの騒乱に加わることは各人の自由だが、お祭り騒ぎが終ったあとに、そこには何も信ずるべき言葉が用意されていないということ、ニヒリズムの時代がすぐ先にまっていることの意味を、一度ゆっくり考えていただきたいものである。

得丸久文@ヨハネスブルグサミット提言フォーラム

2002年6月29日 土曜日、東京にて

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