★阿修羅♪ > 議論21 > 502.html
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「もう、やめましょう。」とおっしゃりながら沢山書きますね。
http://www.asyura2.com/0505/dispute21/msg/502.html
投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 7 月 23 日 20:01:32: YdRawkln5F9XQ
 

(回答先: もう、やめましょう。 投稿者 考察者K 日時 2005 年 7 月 23 日 01:07:10)

考察者Kさん、議論をやめたいのであれば沢山書くのは逆効果ですよ。

>もう、やめましょう。

とおっしゃりながら沢山書く。
結局、貴方は最後に自分が発言して終わりにしたいダケじゃないですか?
それは卑怯というものです。

http://www.asyura2.com/0505/dispute21/msg/499.html
>投稿者 考察者K 日時 2005 年 7 月 23 日 01:07:10: JjkI8nWTpj0po

>(回答先: 闘争に対する批判はその闘争の主張が間違っている場合にだけ正当です。 >投稿者 ワヤクチャ 日時 2005 年 7 月 22 日 21:33:28)

>>ワヤクチャさん これで最後にします。

了解。
では、私が何を書こうとレスしないという事ですね。
私が書きそうな事は全てお見通しって事だ。
それが傲慢な態度でしょ?
議論を打ち切るのなら「言うべき事は全て言った。もう何も言う事は無い。」
と書いて終わりにすべきなのですよ。
未練たらしく沢山書いておきながら「もう、やめましょう。」も無いもんだ。

>Kを日和見主義の評論家と「レッテルを貼った」のですから、ワヤクチャさんに取っ>ても、これ以上のKとの対話は無意味だろうと思います。

貴方の方法論が「多数派に従う。」という以上のものであるのならそれを示して下さい。示せないのなら日和見主義です。

>Kは闘争において「勝つことだけを考えていると」思われているようですが、負けて>も良いと思います。

「負けたら意味が無い。」って何度も書いておられますが。

>ただし、「明日に繋がる負け方」であるならば、という条件付きです。

そういう負け方であるかどうかの基準は何ですか?

>「今日は負けても、その闘争過程で『多数化が進む』とか『的確な敗因の分析を行っ>て、次回に望みが繋がれば』それは、それで効果とか価値があったと言うことです」

というか闘争がなされたのであるのなら方法がまずかったかどうかなど大した問題では無いのです。真剣な闘争であれば何故負けたのかが真剣に考えられるでしょう。
だから「無意味な敗北など無い。」と言う事です。
貴方は「無意味な敗北」という概念を持ち出したのです。
例えば「君が代を唄わない」闘争は無意味だとのたまったのです。
対案を提示するのであればいいです。
しかし、貴方は対案の提示なく「それ自体として」「君が代を唄わない」闘争を否定したのです。

>しかし「全く明日に繋がりそうも無い負け」と「犬死に的敗北」のような負けが見え>ている闘争なら、そんな物に情熱を注ぐ気はありません。

そんな闘争はありません。
あったら言ってみて下さい。
真剣に闘っている人にとって「それよりもこちらの闘争の方が意味がある。」と説得力を持って語られる闘争が無い限り心が動かされる事はありません。
貴方は対案も示さず安全圏にいて闘争を行う人を「バカ扱い」にしたのです。

>それでも「対話などによる議論とか、ネットでの主張とか、紙媒体による主張」でし>たら「止め他方が良い」とは言いません。(間違っています。とは書くかもしれませ>ん)

言論なら無制限のハズです。
「君が代」反対を言論で訴える事に対して貴方はどう「間違っている。」と言うのでしょう?

>実力行使に訴えるという行為になると「後戻りがし難いし、憎しみの連鎖に陥る可能>性が高い」ので「考え直した方が良い」と主張しています。

誰が誰を憎むのですか?
「君が代はいい歌だ。」と思っている人が歌わない人を憎むのでしょうか?
「あの人は何故歌わないのだろう?」と考える人は皆無ですか?
そういう考えを誘発させる事がこの闘争の目的なのですが。

>>【戦車を止める為に戦車の前に座り込んで轢かれてしまった人を
>「無駄な抵抗をした。」と思うのが貴方であり
>その自己犠牲的抵抗に反戦の心意気を感じ同じような事はとてもできないまでも
>自分なりに頑張ろうとするのが私です。】

>少し違います。Kはこの場合「無駄な抵抗」などと言う穏やかな表現では無く「馬鹿>の極致だ!」と強力な批判をすると思います。

闘争の最終局面はこういう形式を取る場合が多々あるのですよ。
自分の主張を自分の体を張って訴えるという。
座っているだけの人間を戦車で轢き殺す方は不問に付して貴方は轢かれた方を「馬鹿呼ばわり」するのですね?だから日和見主義というのですよ。

>ワヤクチャさんは、こんな事を「良い事だ!」と主張されるのでしょうか?

殺された事が「良い事だ。」と言っているのではありません。
座っているダケの人間を轢き殺す戦車というものが一体何と戦っているのかという事をこれほど明瞭に語る事はありません。
戦車にとって脅威では無い生身の人間を轢き殺すという行為が何を意味するのか貴方は分かりませんか?
轢き殺された人は自分の命と引き換えに何が行われているか見事
に証明して見せたのです。
戦車はテロと戦っているのでは無く「命」と戦っているのだと。
真にこれほど英雄的な人の目を覚まさせる行為はありません。
このような行いを「馬鹿」で済ませる人間の感性を私は疑います。
また、思慮が足りなさ過ぎるのではありませんか?

>自己犠牲の精神などと言う物は「自己満足の憑き物」です。

自分を犠牲にする事に満足しているとおっしゃるのでしょうか?
殺された人はそんな事を示したいのではありません。
自分が英雄である証拠を示したいのではありません。
それこそ、下衆の勘ぐりです。
そんな事の為に死ねるかどうか考えてみて下さい。
死んだ人は自分が死ぬ事で少しでも多くの人が目覚める事を願って死んだのです。
ただ座っている人間を轢き殺す戦車の姿を世界に見せる事によって。
このような事に共感できない人間がいくら集まっても何もできないでしょう。

>本人は良いでしょうが、残された者はどう考えるのでしょう?

本人がいいワケないですよ。
何を言ってるんですか?
死んだのですよ。
残され者はその人が訴えたかった事を深く考えるべきなんです。
命懸けの贈り物をもらったようなものです。
しかし、貴方は「馬鹿だ。」思うダケなんですよね?

>このような「悲しみ」と「悲しみからの復讐的対立を生むような事」を擁護するよう>な事を主張してはいけないと思います。

そもそも戦車を何故阻もうとしたのか貴方は考え無いのですか?
その戦車の先にパレスチナ難民の家があり、戦車はその家を砲撃しようとしていたのではないか?とか。

>生きていれば、いずれ反撃の機会が来るかもしれませんが、死んでしまったら終わり>です。

パレスチナ難民の家が破壊された後で反撃するのですか?

>明日には繋がらず、犬死にとしか評価できないでしょう。

虐殺は既に日常的に行われていてそれに対する英雄的闘争を貴方は「馬鹿」としか評価しないワケですね。

>(状況によっては、やむおえない状況もあるでしょうが・・・)

やむを得ない状況だらけなんですよ。
パレスチナでは。

>多数派が常に正しいとは限らないとは繰り返し書いているのですが、全く理解されよ>うとしないようですが、

貴方は一般論として申し訳程度に言っているダケです。
貴方が実際に選択する方法は「多数に従え」ばかりでしょう。
貴方の意識自体が「多数派の意識」に近づいていってるではありませんか?

>具体的例を示して「反論された事は評価できる」と思います。

闘争が勝つかどうかなどという事は闘争の渦中にいる人間には分からないのです。
貴方は安全圏にいて「勝てそうな闘争」を物色しているダケです。
闘争が負けたら「そらみたことか。私も参加しないでよかった。」と言いながら。

>ただ、Kの主張は「多数派に黙って埋もれろ」というものではなく「多数派の形成で>きる着地点を考え、多数派形成ができるように努力すべき」と言う物です。

「主張を下ろさずにそれをしなければ意味が無い。」と私は何度も書いたハズです。
貴方は多数派形成の為に「都合が悪い主張は隠しておけ。」と言ったのですよ。
それでは全く意味がありません。

>「主張をするな」ではなく「方法論をかんがえろ」であり、「変人と思われるから、>止めろ」と言うより「まずは、変人と思われないような環境作りから考えた方が良>い」と言う事です。

だれが変人だと思うのですか?
それが多数の意見だという根拠は?
貴方が変人だと思ったら「多数の人が変人だと思っている。」ハズなんですか?
多数の意識に合わそう合わそうと努力しているからそう思うダケでしょ?

>>【例えば広瀬隆さんという方がいらっしゃいますね。
彼は自ら努力して情報を集め情報自体に語らせるという方法で人々を組織しているのです。】

>具体的には知らないので、ハッキリとは分かりませんが、情報自体に語らせる事で組>織化(多数派形成の一手法)が、できているのなら素晴らしいことです。

彼の本は内容はラディカルであるにも関わらず結構売れているのです。
素晴らしい事です。

>Kは何度も「そのような情報の提示とか主張の提示などによっての、手法に切り替え>た方が良い」と主張しています。

それは「彼女が君が代を唄わない理由」を側面から説明して支援している事なんですよ。立派な支援です。別個の闘争ではありません。闘争はあれかこれかでは無く総合力です。

>思考停止的に「実力行使的、抵抗」というノスタルジックのイメージに固執している>のがワヤクチャさんの方だとKは考えています。

全然違います。
現にある「やむにやまれない気持ちから決起した闘争」にいかに声援を送るかです。
共時的に起きている事です。
過去の遺物ではありません。

>Kの意見が一般論という主張を繰り返されているようですが、具体論に踏み入っても>良いのですが、その都度「それは、特殊な例で意味が違う」と主張されたのがワヤク>チャさんなのです。

例えば?
もっと具体論を述べてみてください。

>評論家というのはある程度当たりです。Kは「戦車に挽きつぶされて悲しむ家族に対>し、どんな責任も取ってやれません」、ワヤクチャさんは「それを良い事だ!」とい>うような主張をされているのですから「当然、実際に取り返しの付かない状況になっ>た場合には、何らかの義務を負うことになります。」

私は既に行われた英雄的行為の意味を問うているのです。
その深い意味を私が考える事は英雄の意志をつぐ事であり、「単に同じ事を繰り返そう。」としているのではありません。
私が考える限りでの最も有効な闘争を考え実行します。
英雄的行動に感動したからと言って同じ事を繰り返すワケでは無いのです。
貴方は「自分はそんな事はしない」から評価しないと言ってるに過ぎません。

>抵抗して処分された方に対しては勿論の事、処分された人の家族に対しても、「その>行為を応援した(後押しした)責任」と言う物が生じます。

貴方は英雄的行為に賛同したら自分に義務が生じると思うから逃げているダケでしょ?
ケチ臭いですね。根性が。
「オレは賛同していないから何も義務は無い。アンタは賛同したのだから残された家族の面倒を見ろよ!」とか言いたいのですか?
自分を保身しながらの闘争ですね。
貴方は8月15日に何十万人もの人が小泉の靖国参拝阻止のデモをしても
その闘争が勝つかどうか見極めるまでは参加しないような人では無いですか?

そして、貴方の論点には処分する方に対する怒りはみじんも感じられませんね。
処分された方を「馬鹿な事をして」と責めているだけだ。

>そこを果たさなければ、それこそ野次馬であり、無責任な評論家です。

貴方は無責任でいたいが為に弾圧を受けた闘争を支援しないだけではないか?
「賛同していないからワシゃ知らん。」って言ってるダケだ。
そしてその無責任な位置から闘争の賛同者に対して「賛同したなら責任取れよ!」と恫喝しているダケだ。
貴方の姿が支配者側と全くダブッて見えてくるねえ。

>では、お疲れさまでした。

弾圧お疲れ様でした。

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