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戦史研究家による戸高一成氏への批判「歴史を捏造する科学者 戸高一成氏について」
http://www.asyura2.com/0505/ishihara9/msg/316.html
投稿者 とこしえ 日時 2005 年 12 月 12 日 05:11:11: CkkAw/nLbPHJc
 

(回答先: 【地方公務員・戸高一成氏】大和ミュージアム館長の著作の異常さ 二年たらずで16冊以上 職務専念義務大丈夫なの? 投稿者 とこしえ 日時 2005 年 12 月 12 日 04:59:28)

歴史を捏造する科学者 戸高一成氏について   佐伯邦昭

http://ksa.axisz.jp/021memoKure.htm

第一 中国新聞呉支局の評定

  中国新聞呉支局は、右の赤線の箇所のとおり呉市海事歴史科学館の戸高一成館長を戦艦「大和」研究の第一人者として知られると書いています。「知られる」ということは、艦船史に関係する科学者間でそのような評価が定着しているものと思われます。

 WEBによる戸高一成氏著作の筆者紹介をみると、氏は、多摩美術大学卒業後、財団法人史料調査会主任司書、同財団理事、昭和館図書情報部長を経て、現職に就任し、専門は日本海軍史・書誌学が専門であります。大学の時に著名な海軍艦艇研究家故福井静夫氏の薫陶を受けられたそうで、戸高氏はその遺産で名声を得ているのだという人もいますが、真偽の程は別として、戦艦「大和」研究の第一人者という評定に沿い、以下、その前提で話を進めます。

 

第二 呉市長名によるメール文 

 呉市長小笠原臣也氏から佐伯邦昭へ2005年6月23日に送信されたメールおいて、市長は『10分の1戦艦「大和」のエントランスに向っている向きにつきましては,昭和20年2月に呉海軍工廠に入渠した入船状況を再現しております』と表明されました。問題は黄色部分の年月に関する重大な疑義であります。(回答全文下記参照)

 メール文には、『詳細につきましては,海事歴史科学館へお問い合わせいただきますようお願いいたします。』と結んでありましたので、以後、再三にわたってその真偽と根拠を海事歴史科学館へ問い合わせました。

 

第三 海事歴史科学館によるメール回答

 その結果は、根拠や出典を示さずに昭和20年2月に呉海軍工廠に入渠した入船状況である旨を3回も繰り返され、更に根拠を問いますと、当時の複数の職員や乗組員の証言によるものだときわめてあいまいな ことを書いてこられました。

第四 根拠のない歴史作文か

 戦艦大和が就役後において呉海軍工廠へ入渠したのは5回であり、その入出渠の年月日も文献で明らかにされております。沖縄への特攻出撃の前、すなわち最後のドック入りは昭和19年11月24日〜20年1月3日となっております。 

 しかし、市長及び海事歴史科学館からの3回にわたる昭和20年2月に呉海軍工廠に入渠した入船状況なる回答によって、6回目の入渠という説が既に一人歩きを始めました。

 故吉田 満氏は名著「戦艦大和ノ最期」の中で、昭和20年3月の最後の出港を控えた時期に入渠という噂もあったが、実は偽装であった書いております。「戦艦大和ノ最期」はいわゆる大和モノの嚆矢(こうし)をなす本であり、氏の記憶が鮮明な時期に執筆されたものですから信じてもいいのではないでしょうか。その他の文献やヒコーキ雲への艦船関係者からの投稿でも、呉軍港の旗艦専用26番浮標に繋留、もしくは丙錨地(2連のポンツーン)に繋留というものばかりで、入渠というものはひとつもありません。

 大和が第4船渠へ入渠するときには渠口の石垣とバルジの間が左右が1メートルくらいしか余裕が無く、また相当の海水を出すなどの大変な作業を伴いますから、1月3日に出してから、航海もせずにまた入渠させたとすれば、 そこに重大な事態が発生していたと考えなければなりません。しかし、そのような記録は見当たらないようです。 戸高一成氏自身の著書年表にも!

 海事歴史科学館が聞いた複数の証言が2月入渠で一致しているのなら、何が起きたのかも併せ証言されているはずです。そこが最も重要なポイントであり可能な限りの検証を行ってはじめて新仮説として発表すべきものと思います。これは学会常識以前の問題ではないでしょうか。

 現段階では、戸高一成氏は、そのような科学的プロセスを踏むことなく、根無し草みたいな複数証言をもって、大和ミュージアムへの大和の展示向きを昭和20年2月に呉海軍工廠に入渠した入船状況とされ、市長をして公式に表明させているのです。

 

第五 科学者あるいは公務員たる館長の資格があるのか

 まずは、戦艦「大和」研究の第一人者という看板ですが、このような根拠のない歴史を作文する人が第一人者とは、日本の研究者も地に堕ちたものです。自分で埋めた土器破片を発掘して名をあげた偽学者と同じレベルです。

 また、呉市海事歴史科学館館長すなわち呉市職員としての資質ですが、地方公務員法第33条信用失墜行為の禁止規定に触れるとまでは言いませんが、戦艦「大和」研究の第一人者として招聘され、かつ大和ミュージアム盛況の渦の中でもてはやされ、おごりがあるものと見えます。

 それは、佐伯邦昭へのメール回答の節々、例えば、私を館へ呼びつけたり、人を馬鹿にしたように同文の答えを3回も送りつけたり、複数証言の確かさを質問すれば、名前は個人情報なので答えられないなどと、こっちが聞きもしない肩透かしで回答したなどで明らかです。

 戸高一成氏が大和ミュージアム盛り上げの功労者の1人であることは認めますが、嘘をつく態度に対し、呉市の中にはその功労におびえて館長に直言できる人材がおられないものとお見受けします。

http://ksa.axisz.jp/021memoKure.htm

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