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渋谷川の蓋を開けよう⇒東京の川を見直し、水辺の賑わいを取り戻し、清流を復活させよう【柚だより】
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投稿者 姫子音 日時 2006 年 1 月 28 日 22:34:52: ufZh96zaorBXw
 

(回答先: ソウルの親水空間”清渓川復元事業”と土佐の”新堀川暗渠事業”←金を注ぎ込んで今ある資源を破壊するな 投稿者 姫子音 日時 2006 年 1 月 28 日 15:08:58)

<今月の五感散歩はソウル清渓川再生プロジェクト>

▼ “韓流”から還流できるか 都市再生への情熱

 かつて、都市生活者を楽しませた美しき景観。江戸という大都市からでさえ、富士山や筑波山が眺められた日常の風景。豊かな水辺の環境や景観を、都市はなぜ、喪失してしまったのか。
 人の心を癒す原風景を、21世紀の現代に甦らせることはできるのか? ソウル市の「清渓川復元事業」が私たちに問いかけている課題とは何だろうか?



ソウル中心部によみがえりつつある清流

 はぁるのおがわは 
 さらさらゆくよ 
 きーしのすみれや れんげのはなに……

 誰でも口ずさむことのできる童謡「春の小川」。
 メロディや歌詞は知っていても、いったいどの川を歌った歌なのかと問われたら?
 おそらく多くの人が、口ごもるのではないだろうか。
 大正元年(1912年)、高野辰之作詞・岡野貞一作曲によって生まれたこの童謡は、実は東京の「渋谷川」を歌ったものだ。
 作詞を担当した高野が、娘と散歩する中でこの歌詞が生まれたという。一方、現在の渋谷を歩けば、出会うのは流行の最先端をゆく大繁華街。のんびりとしたせせらぎのイメージや童謡に歌われた「さらさらと流れゆく」小川は、いったいどんな姿に変化しているだろうか。
 
▼ 渋谷川の蓋を開けよう

 JR渋谷駅へと続く山の手線。その線路と並行するように、木々が生い茂るスペースがある。宮下公園だ。
 古い地図によると、この公園の脇に「渋谷川」が流れていたはずだ。地図上でその地点を探し、足を運んでみる。
 灰色のコンクリートが覆う道。エアコンの室外機が騒音をたて、排気口から料理の匂いが噴出する、いわば「日陰の場所」。「暗い谷」となり果てた暗渠。
 それが、「春の小川」の今なのだ。
「かつて渋谷川は、江戸という大都市へ飲料水を供給する玉川上水と結びついていました。江戸−東京の暮らしにとって、象徴的な川だったんです。人間がその大切な川に蓋をかぶせたんですから、人の手で外せないは
ずはない」と語るのは、元国交省河川局長で、渋谷川に「春の小川」をとりもどそうと活動するNPO渋谷川ルネッサンスの尾田栄章代表。
 しかし、大都市の中で封殺され、コンクリートで蓋をされ、一部ドブと化している川を、もう一度「さらさら流れる小川」へ再生することなど、本当にできるのだろうか?
夢のようなプランが、しかし今、まさにこの瞬間、現実となりつつある。そんな場所がたしかに存在している。

 韓国の首都、ソウル。
 ビルの13階から、市の中心部を見下ろす。1,000万人が暮らす超高密度都市とは思えないほど、背後に山並みが迫る。緑の峰々がとり囲むように見下ろす。
 眼下では、着々と土木工事が進められている。「清渓川(チョンゲチョン)」復元工事だ。
 つい1年ほど前まで、この川の上を高架道路が覆っていた、という現実が、にわかには信じがたい。 
「2002年4月の選挙で、『清渓川の復元』を公約に掲げた市長が当選したんです。道路とその上空を走る高架道路とを解体し、地面を覆っていた蓋を撤去し、かつてここに流れていた清流を復活するプランは、猛スピードで具体化し始めました」と、清渓川復元市民委員会メンバー、韓日文化交流協会副会長・金氏。
ソウルでは十年ほど前から「清渓川の復元」について議論されてきた。市民も含めた話し合いの中から、意向を受けて当選したのが李明博市長だった。

▼ 反対者の説得が大仕事だった

 ソウル市庁舎付近、東西に6キロ伸びる道路とその上の高架道路。一日に約17万台の車が行き来していたメインの交通路。位置は、東京でいえばまさしく日本橋付近の「中心地」。
 約40年の間、大役を果たしてきたこの大動脈を、解体・撤去し清川にもどす「清渓川復元事業」。
 工事はどこまで進んでいるのか。反対の声や問題点はなかったのか。復元推進本部を訪ねた。
「工事は70%終わりました。予定より早い進行です」と推進本部も工事責任者も自信満々だ。


 「市長は当選一年後、工事に着手し、高架道路はたった3ヶ月ですべて姿を消しました。24時間体制で休みなく、超スピードで解体作業が進められました」と張推進本部長。
 現在は橋の復元や護岸整備に着手し、完成は来年9月。たった「2年2か月」という期間で、大事業は完了する。
 むろん、すべてが順調に進んだわけではない。都心部の道路車線を大幅に減らすという意味では、「効率性」と逆行する試みでもあった。性急な決定と実施と、批判の声もあった。
 もっとも困難な課題とは何だったのか。
「反対市民の説得です。道路周囲で働く商人が20〜30万人。工事によって収入や仕事を奪われる露天商人たちや工事反対者と話しあい、説得し、代替案を提示した。たとえば周囲の1,500店の露天商・屋台。整理・説得し、サッカー場である東大門運動場等へと移動してもらいました」
 法規に反して商売する露天商たちですら、廃業へ追い込むのではなく、サッカースタジアムという代替地を提供して解決にこぎつけた。「人間中心」を掲げる都市改革のユニークな手腕がかいま見える。
「たとえ車線が減り渋滞が起こっても、『市民が選んだ選択だから』という誇りをソウル市民から感じた」(現地視察した渋谷川ルネッサンス・尾田代表)
 この復元事業に、世界的な評価も下った。世界最大規模の都市計画・建築展、ベネチアビエンナーレ第9回国際建築展(9月)では、最優秀賞「The best public administration」を受賞。
 成功したとすればその秘訣は、と尋ねると、「緻密な計画と確実な実行力」という答えが張推進本部長から返ってきた。

▼ ハードを作る時代は終わった

 「完成して水が流れれば、緑や鳥、虫、動物たちが戻ってきます。水深は40センチ、泳ぐのは無理ですが川の中で遊ぶことはできます。すでに漢江から、大きな鯉が上ってきていますよ」(張推進本部長)
 復元された川を、「ソウルの原風景を想起する場所にしたい」という声もあがっている。


 「清渓川で洗濯する時に響いていた音、子どもたちの遊ぶ声、泳ぐ音。高齢のソウルっ子にとって忘れられない経験です。おじいさんやおばあさんと孫とが一緒にやって来て、ここで暮らしてきた生活経験や感情を、世代を超え感覚を通して伝えることが大切です。新たに建設される文化館には川の歴史が展示される予定なので、ぜひそうした五感に訴える記憶の要素を盛り込みたい」と金氏。
 さらに、アジア土木工学連合協議会会長として、金氏はこう強調した。
 「公共事業はもう、ハードだけを作る時代は終わったのです。復元された場所を、人々がいかに使い、味わい楽しむのか。『人の心を動かす場所』にするにはどんなソフトが必要なのか。清渓川復元事業は、国際環境都市として先駆的な世界モデルを創る、非常に重要なプロジェクト。だからこそ、さまざまな工夫が必要なのです」
 はたして私たちは、隣国の韓国で実現しつつある都市再生への新たな挑戦から、いったい何を学び、何を受け継ぐことができるのだろうか?

完成の模型を前に

▼ 日本橋の上に空が戻る日は?

 7月15日、梁ソウル副市長や工事の現場担当官を東京へ招いて、「水辺からの都市再生 取り戻そう川沿いの環境と賑わい」というシンポジウムが開かれた。主催はNPO都市環境研究会。
 会長の三浦裕二日大名誉教授は、「清渓川の復元」を踏まえ、東京の河川問題についてこう指摘する。
「日本橋川や神田川を船でたどってみると、川沿いの建築物のほとんどが川に背を向けて建っている。東京という都市は、川という豊かな資産の使い方をすっかり忘れてしまったのです。川に直接触れて、水と遊ぶ経験の中から、東京の水辺再生を進めていきたい」
 「渋谷川の蓋を開けよう」という声とともに、東京の川を見直し、水辺の賑わいを取り戻し、清流を復活させようという東京での試みは、ソウルの経験と重なりながら膨らみつつある。
 ソウル市の姉妹友好都市である東京。その象徴的な場所、日本橋。橋を覆っている高速道路を撤去し、かつての景観を復活してほしいという叫びが、これまで幾度となく上がってきた。
 日本橋の景観をめぐって、いよいよ新しい流れが見えてきた。11月1日、「日本橋まちづくりアイデアコンペ」(主催・日本橋みちと景観を考える懇談会 共催・国土交通省)の最優秀賞が決定した。そのイメージ図には、高速道路を撤去した後の日本橋の姿があった。橋の上に、空が戻っていた。
 まさか、実現性が皆無のプランを、国も参画するコンペにて、公に選出・推薦するとは考えがたい。日本橋の景観復活は新しい段階を迎えつつある。 
 世界を見渡してみると、環境復元への取り組みは各地で進行している。フランスはパリのビエーブル川復元。アメリカ・ボストンでの高速道路地下化。こうした先進地域での経験と同質の恵みを、私たちは得ることができるだろうか? 
 かつて日本橋から富士山を眺めることができた喜び。心地よい景観を私たちに提供してきた「都市の遺伝子」は、いつ、どのような形で復活を遂げるのだろうか?

▼ 日本橋の上に空が戻る日は?
 「ソウルの経験を参考に、都民の中の固定概念を無くすことが大切だ」

−− ソウル市が取り組んだ環境復元事業の経験をふまえ、東京のまちづくりと高速道路撤去の可能性を、どのように見ているでしょうか?

李市長 1960年代のソウルは、量的な面で急速な成長と開発を重ねてきました。その結果、世界の都市史上に例の無い高度経済成長を成し遂げた肯定的な面がある一方、交通渋滞や地域間不均衡など、産業化時代から累積されてきた都市問題が山積みになりました。自然を守り、環境を復元していく事業はおろそかにされてきました。
 かつて、「成長と開発」が政策の最優先的価値だったとすれば、今後は高度成長期に発生した都市問題を「癒し」、ソウルの歴史や文化、自然環境を回復することに力を注ぐべきだと思います。その意味で、清渓川の復元は、非常に重要で意義深い事業だと考えます。
また、都市の景観を害し、環境汚染を誘発する高架道路を撤去し、河川を復元する事業は、世界的な流れでもあります。東京の場合も、日本橋の上を通る高速道路を撤去することに関心が集まりつつある、と聞いています。清渓川復元事業と同じく、東京の高速道路撤去事業も、簡単ではないでしょう。費用負担の問題、交通渋滞、利害関係者からの抵抗など、現実的な問題以外にも、予想できない突発的な事態の発生などいろいろ難関があるかもしれません。

−− 環境復元事業をめぐるさまざまな困難を乗り越えるために大事なこととは何でしょうか?

李市長 もっとも大事なのは、都民の中にある固定観念を無くすことです。ほとんどの東京都民は、生まれた時からずっと高速道路を見てきたので、都心に高速道路があることを当然と感じるようになっています。しかし世界のどの先進国の都市においても、写真の背景に必ずといってよいほど高速道路が写る国はありません。その現実を、都民はよく考えるべきでしょう。
 高速道路が撤去されると、暗くて息詰まっていた都市が明るくなります。人の心が肯定的でおおらかになります。都市のリーダーが、そのような明快なビジョンを示し、未来に対する確信を市民に与えることが大事です。都民からの信頼さえ得られれば、成功できると確信します。
 私は、清渓川復元事業が日本の高速道路撤去などの環境復元事業の推進にとって良き参考となることを心から願っています。環境復元事業への取り組みをきっかけに、ソウルと東京の間でより活発な交流が行われ、韓国と日本両国の関係が一層深まっていくことを希望します。



 清渓川復元事業の予算は3,600億ウォン(約360億円)、市の予算から全額を捻出。
 2005年7月〜10月に高架道路の撤去が済み、上水道等移設、両岸道路の造成、橋の建設、維持用水、護岸の整備などを経て、2005年9月に完成予定。(「ヨミウリウィークリー」2004.12.5)



 山下 柚実(著)『<五感>再生へ―感覚は警告する―』岩波書店 2004年9月24日刊行

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