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3・11にモロッコ諜報員が関与?(カサブランカ爆破事件の囚人とのインタビュー:エル・ムンド)
http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/706.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 5 月 26 日 08:45:51: SO0fHq1bYvRzo
 

3・11にモロッコ諜報員が関与?(カサブランカ爆破事件の囚人とのインタビュー:エル・ムンド)


5月25日付のエル・ムンドは、「モロッコの諜報員が3・11の情報を持っていた」という見出しで、店頭売り誌面トップを飾りました。これは電子版でも有料記事の方で見ることができるのですが、先日の「3・11不発弾のデッチアゲ」報道といい、今回の報道といい、従来の「イスラム・テロ説」をひっくり返す可能性があるものだけに注目されます。
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(参照)
http://www.asyura2.com/0505/war70/msg/556.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 5 月 21 日 08:07:48
3・11「不発弾」は警察が捏造していた?(エル・ムンド紙の爆弾?報道!!)
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これはインタビュー記事ですが、長いので、私なりの分析と解説はフォローにして貼り付けておきます。


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http://www.elmundo.es/2005/05/25/espana/1806481.html
(2005年5月25日 エル・ムンド:有料版)
「モロッコの諜報員が3・11の情報を持っていた」

ALI LMRABET
KENITRA (モロッコ)

これはモロッコのKenitra刑務所で服役中のモロッコ人イスラム聖戦主義者であるSalahedin Benyaichへの、9・11事件、3・11事件、カサブランカ爆破事件に関するインタビューである。彼はモロッコ・イスラム戦士団(GICM)のメンバーとして、この刑務所で18年の刑に服している。

【以下、Q:はALI LMRABET記者の質問、A:はSalahedin Benyaichの返答。要約して書いた部分もあります。】

Q:あなたの兄弟Abdelaziz Benyaichは現在スペイン・アルカイダの容疑でスペイン最高裁で裁判中だが。
A:彼は普通のイスラム教徒で、戦士(ムジャヒディン)ではない。もう一人の兄弟は戦士で、米国9・11の6ヶ月後にアフガニスタンに行ってそこで殺された。

Q:あなたは?
A:私は戦士である。聖戦は信仰上の義務だ。バルカン戦争が起こったときには英国にいたが、1995年にボスニアに行った。今でこそ聖戦は悪く言われているが、以前は米国も多くの西側諸国も我々を援助していた。モロッコやサウジアラビアやペルシャ湾岸諸国といったアラブ諸国は、かつては我々を最大限に資金援助していたのだ。

Q:そこで左目を失った?
A:そうだ。Zavidovich付近の聖なる戦いで。しかしデイトン合意のあと、我々はボスニアから追い出された。ヨーロッパ人は大陸中央部で聖戦戦士を見たくなかったのだ。私は1996年から1999年までスペインにいた。

Q:聖戦を行うために?
A:目の治療のためだ。マドリッドの病院に入院した。

Q:ダティル作戦【2001年以降、スペイン当局が行ったアル・カイダ壊滅作戦:訳注】で逮捕された者たちとの関連を問われているが。
A:私はイスラム教徒であり、多くの兄弟たちと出会う。Cesid【モロッコ諜報局:訳注】の局員とも会うが。

Q:例えばアブ・ダーダー?
A:多くの人が会いに来た。それだけだ。

Q:他の逮捕者たちには?
A:裁判中なので何も言えない。2002年に英国にいたときにCesidの諜報員がMI5の者といっしょにやって来て、協力を要請された。アブ・ダーダーとその友人たちの情報を探していたが、私は今と同様に答えた。
2004年の6月に18年の刑を言い渡されたときに、秘密警察につれられてカサブランカに行き、そこでバルタサル・ガルソンに会った。彼はアブ・ダーダーや私の兄弟Abdelazizなどの人物と、関連のある人物名や組織について質問した。私は、イスラム教徒はイスラムの人々とその世界を守らなければならない、と答えた。『9・11は警告だった。欧米はイスラム世界との関係を見直さなければならない。あなた方はアフガニスタン、チェチェン、イラク、パレスチナの我々の兄弟たちを殺してはならない。』と。

Q:2ヶ月前に他の人たちがあなたに会ったと言われるが。
A:2名のCNI【スペイン中央情報局:訳注】局員だった。アルメリア【スペインの地名:訳注】で逮捕された組織について聞かれたが、私は何も知らない。

Q:どうしてあなたにそれほど多くの人が会いにくるのか?
A:私がボスニアで戦った戦士だからだ。そしてスペインに私を見習おうとする若者が多くいると言われるからだ。

Q:あなたがGICMのメンバーだったからではないのか?
A:モロッコの裁判所でそういわれたが、しかしそんなものは存在しない。GICMは幻想だ。ネットのホームページも無いし責任者もいない。GICMに5人の首領がいる、などと言われるがでたらめだ。首領は常に一人でなければならない。

Q:Mohamed Guerbuziについては?
A:彼は英国に住んで英国籍を持っている。英国当局から20回も調べられたが何も出てこなかった。

Q:他のモロッコ人、Nordine Nafiaは?
A:彼は2002年11月にモーリタニアで逮捕された。5月16日の襲撃(2003年のカサブランカ爆破事件)の半年前だ。彼がGICMの首領だというのなら、どうやってカサブランカやマドリッドの事件が起こせたのか。彼は18年の判決を受けて、私と一緒にKenitraにいたのだ。そしてどこか知らないところへ移された。2002年に逮捕されたときには妻と一緒だった。モロッコ政治警察の秘密取調室で、彼は目の前で妻を犯され、彼女は発狂した。後に無実となって釈放された。無実だったのだ。これが、民主的で文明化された、と欧米政府が言っている国の政治警察なのだ。

Q:GICMではないとすれば、誰がカサブランカとマドリッドを攻撃したのか?
A:疑いなくモロッコの秘密諜報員だ。イスラム主義の運動を一掃するためだ。2003年にモロッコのイスラム運動は盛り上がり、政権は憂慮していた。Mohamed Fizazi, Omar Hadduchi, Abdelwaheb Rafiki, Abu Hafs, Hassan Kettanの4人の宗教指導者が諜報員から取調べられたとき、一部の警察の責任者が告訴し20年の刑を受けている。
しかも、モロッコ政府がどうやって国中で8000人ものイスラム主義者をすばやく逮捕できたのか? これらの人々がどこにいるのかをどうやって知ったのか? 裁判中も「はい」か「いいえ」だけで答えなければならず、他の返答をする権利は無かった。裁判官は事実を深く追求することを避けた。そして我々が苦しんだ拷問を訴えようとするたびに邪魔をされた。
 そして重要な点として、誰一人5月16日【カサブランカ爆破事件:訳注】に関係した者はいなかった。米国、チュニジア、トルコ、スペインなどでのテロの犯行声明が出されて、一番得をするのはモロッコであってイスラム主義者ではない。5月16日の後、国の政策に反対するイスラム教徒はすべてテロリストとして非難された。正義党と進歩党(穏健イスラム派)は全く黙っている。

Q:あなた方の一部には殺人を犯した者もいる。
A:そうだ。しかしほんのわずかだ。カサブランカ事件の前に逮捕され彼らと無関係なYusef Fikriは、いくつかの殺人を認めて我々に謝罪する内容の手紙を新聞に送った。さらに、その新聞が(エル・ムンド、2005年5月2日)我々の無期限ハンストを報道したとき、Kenitra刑務所は警官や看守であふれた。次に検事たちが来て宗教指導者に会い、騒動を起こすな、と言った。彼らはみんなが無実であることを知っていたのだ。

Q:マドリッドのテロは?
A:事件の後で秘密警察が私と、Serhane Ben Abdelmajid Fakhet Mustafa つまり「チュニジア人」の従兄弟であるMimuniを探しに来た。我々は1週間Temaraで尋問を受けた。我々はJamal Ahmidanつまり「エル・チノ」や他の容疑者の写真を見せられた。「エル・チノ」にはマドリッドで会っている。彼はハッシッシの密売人であり、断じてイスラム戦士ではない。我らは我々に3・11の犯行声明のビデオテープを見せた。
【「チュニジア人」「エル・チノ」は3・11の主犯格とされ、2004年4月3日にマドリッド近郊のレガネス市で「爆死」した、とされる。またこの「犯行声明のビデオ」はレガネス市の爆破されたアパートから見つかった、とされるもの:訳注】
 ビデオの声はイスラム活動家のものではなかった。コーランの祈りには間違いが多かった。聖戦主義の演説は無かった。«Madrid»の発音はモロッコ人移民のものではなかったし、犯行声明には複数の文法的なミスがあった。

Q:テロリストの教育レベルが低い者がやった、と説明できないか。
A:もしレベルが低いのなら、あんな大きな攻撃を組織することはできない。声明を読み上げた者はモロッコ人ではない。アラブ人ですらない。アラブ語を知っている欧米人だ。イスラム戦士なら決してやらない重要なコーランの祈りの句を間違えたのだ。

Q:「エル・チノ」かAllekema Lamariだった、という人もいるが。
A:「エル・チノ」は小学校すら出ておらず、その文章は読めない。Lamariは知らないが、あれはアラブ人の声ではなかった。
【Allekema Lamariも4月3日にレガネス市で爆死した、とされている。:訳注】

Q:あなたがバレンシアでLamariと一緒だったという情報があるが。
A:私はバレンシアにはいたことがないしLamariに会ったことも無い。

Q:Jamal Zougamは?
A:私の友人で普通の男だ。テロに関係あるとは信じない。彼は家族を経済的に支えていた。犯行に使われた携帯電話が彼の店で買われたのだろうが、ただそれだけだ。
【Jamal Zougamは3・11の2日後に例の「不発弾」が元で逮捕された。:訳注】

Q:多くの証人が爆破された列車の一つで彼を見た、と言っている。
A:他のモロッコ人と見間違えたのだろう。さらに、私はスペイン当局者に質問したい。「治安の非常に良い国」の中で、どうやってETAによってアストゥリアスからマドリッドまで大量のダイナマイトが実に簡単に運ばれるというのか?

Q:あなたの意見では、誰がテロを組織したのか。
A:私や多くのイスラム戦士にとって、ホセ・マリア・アスナールの党が率い続けるならばいやな国だったろう。

Q:それは楽な批判だ。
A:分かることは、国民党敗北のあと誰が利益を得たのか、だ。そしてモロッコが今までに無く強くなったと断言する。西欧諸国はモロッコに謝り、ブッシュはNATOへの将来の加盟国に指名した。そしてこの人権の取り扱いには誰も注目しない。私はアスナールの党は嫌いだ。新しい帝国の雰囲気がする。しかしこのテロ以外では誰も国民党を追い払うことができなかっただろう。政治腐敗は無かったのだ。3・11で本当に起こったことを知るための委員会の情報に私は期待する。

Q:あるアナリストはこのテロにモロッコの秘密諜報員が関わった、少なくともその予想ができる情報を持っていた、と確信している。
A:その予想ができる情報を持っていた、ということは否定しがたい証拠だ。数日前にあるスペインの新聞を読んだ。アスナールの時代にCNIが、モロッコ人によるある組織が反スペインの策謀を行うという多くの情報を持っていた、と書いてあった。その策謀を練る者がモロッコ人でそれをCNIが知っていたとすれば、モロッコの諜報機関も知っていたはずだ。私の兄弟Abdelazizはアルヘシラスでスペイン人に逮捕された。モロッコの諜報員が彼らにその居場所を教えたのだ。しかも彼はフランスのパスポートで移動していたのだ。

【翻訳、終り】

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