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イラクをめぐる心理戦に学ぶ   【遠 山  久 人】 DRC
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投稿者 愚民党 日時 2005 年 6 月 16 日 03:03:50: ogcGl0q1DMbpk
 

イラクをめぐる心理戦に学ぶ


http://www.drc-jpn.org/AR-7J/toyama-03j.htm


(財) DRC研究参事

    遠 山  久 人

はじめに

2003年3月20日早朝(現地時間)、米英軍によるフセイン・イラク大統領を狙ったピンポイントの空爆で始まったイラク戦争は、5月1日に実施されたブッシュ米国大統領の「戦闘終結宣言」をもって、正規軍による組織的な戦闘に決着がつけられた。

 実質44日間にわたる今回の戦争については、その後いろいろな視点から分析が行われ、その特徴が明らかにされているが、中でも注目を集めていることの一つは、米英側及びイラク側の双方で広範かつ激しい「心理戦」が遂行されたことであろう。

 イラクの大量破壊兵器保有疑惑問題では、開戦直前まで、国連による査察の継続か武力行使による武装解除かで、国際社会を二分するような激論が戦わされたが、この間世界各地で様々な形の反戦活動が展開され、それはわが国の市民をも巻き込んで進められた。

 このような反戦活動等に参加した日本人が、自らそれを意識していたかどうかは分からないが、現実の国際政治の場において、心理戦の片棒を担がされていたのは紛れもない事実であろう。

 将来の戦争や武力紛争においては、より厳しい心理戦が展開されるものと思われるが、この機会に、現代の心理戦の実態について把握し、日本人としてそれに如何に備えるべきか基本的に考えてみる必要があろう。

1.心理戦の概念

(1)定義及び位置付け

心理戦(psychological warfare)の定義として、万国共通にこれが定説だというものは見当たらないが、(株)国書刊行会発行(眞邉正行編著)の「防衛用語辞典」では、「対象目標(国家、集団、個人等)の意見、感情、態度及び行動に影響を及ぼすために、宣伝その他の行為を計画的に行使することにより、広義にあっては国家目的や国家政策、狭義にあっては軍事上の使命達成に寄与することを目的とする戦争をいう」と定義付けている。

同辞典ではまた、別の視点から、「神経戦、宣伝戦、心理面において戦われる戦争」、或いは「敵に対し計画的に宣伝その他の諸活動を行い、その戦意を破砕するとともに、敵の宣伝の影響を防止または局限し、或いは積極的にわが士気を高揚するために行う作戦・戦闘をいう」と説明している。

古代中国の兵法書「孫子」では、その中の“謀攻 第三”篇において、「上兵は謀を伐ち、その次は交を伐ち、その次は兵を伐ち、その下は城を攻む」と述べ、「戦う前に相手を屈服させるのが最善の策である」と説いている。また、その著書“Vom Kriege”(邦訳「戦争論」)で世界的に有名なドイツの戦略家クラウゼヴィッツも、「戦争とは、相手にわが意志を強要するために行う力の行使である。敵の戦闘力を撃滅し、国土を占領しても、敵の意志を屈服させない限り、即ち敵の政府及び敵の同盟国を講和条約に署名させるか、或いは敵の国民を屈服させない限り、戦争は終結したとは見なされない」と説いている。そしてこの両者に共通していることは、戦いに勝利するために敵(その同盟国を含む)の政治指導者及び国民の意識と感情に対し働きかけること、即ち「心理戦」を極めて重視していることである。

共に近代的戦争遂行の重要な手段となっている心理戦と情報戦の関係について、例えば米国空軍のドクトリンでは、軍事行動としての心理戦を情報作戦を構成する一つの作戦として位置付けているが、情報化時代の今日、むしろ両者は一体・不可分なものととらえるべきで、「情報・心理戦」と表現することもできよう。

(1)対象と期待する成果

前項で考察した定義等に従えば、現代の戦争における心理戦の対象は、当然のことながら敵国民や軍隊に限らず、自国の市民や軍隊或いはそれぞれの同盟国を含む国際社会にまで及ぶこととなる。心理戦を遂行するに当たって期待する具体的な成果としては、戦争の目的、内外の環境、彼我の国民性等によって様々なものが考えられるが、概括的に言えば次のように整理することができよう。

まず敵国に対しては、国民及び軍隊内において互いの不信感、猜疑心や心理的混乱或いは厭戦気分を生み出して団結を破壊し、自信を喪失させ、もって精神面での継戦能力を奪うことにある。更にまた、敵の残虐行為をプレイアップして国際社会の支持を失わせ、それらの結果として敵国民及び軍隊の抗戦意思や戦争遂行能力を弱化させることにある。

一方、自国の国民や軍隊或いは同盟国等を対象とする心理戦では、自らの軍事行動の正当性について理解と支持を得、戦争遂行の基盤を強化することが目的となろう。そして、そのために具体的に達成すべきことは、政府の政策に関する十分な説明と適切な情報提供を行いながら、@国内の世論を統一し、国民の継戦意志を固めること、A軍の兵士及び部隊に使命・任務を理解させ、彼らの能力について確信を持たせること、B自らの軍事行動の正当性を国際社会に訴え、関係諸国の幅広い支持を得ることであろう。

2.イラク戦争における心理戦

  このたびの戦争では、イラクに対する武力行使の必要性や正当性をめぐって、国際的に激論が戦わされている段階から、米・英両国とイラクの双方が、互いに世界中のマスメディアを巻き込んで広範な情報・心理戦を展開したが、開戦後にはそれが一層激しく行われた。

  戦闘終結までの間にそれぞれが実施した心理戦施策のうち、戦争の推移に大きな影響を及ぼした代表的な事例としては、次のようなものが挙げられる。

(1)米国等が実施した心理戦

今回米国が実施した情報・心理戦に関し特筆すべきこととしては、まず第1にマスメディアを積極的に活用したことが挙げられる。また、戦いを有利に進めるためイラクに対して実施した情報・心理戦施策としては、イラクの指導層や国民に心理的な圧迫を加え、或いは互いの間に不信感を醸成し、世論に混乱を起こさせるようなことが組織的に実施された。

 a.マスメディアの積極的な活用

1991年の湾岸戦争では、米国はマスコミ報道を強く規制する方策を取ったが、これが大いに不評を買い、また、一部のマスコミによる抜け駆け的な情報収集や報道が逆に軍の作戦に悪影響を及ぼす事態も生じた。今次戦争では、米国はこのときの教訓を生かして、広くマスメディアに門戸を開く姿勢を見せながら、計画的・主導的に報道をコントロールしようと試みた。

このたびの戦争では、合わせて1,500人ほどのマスコミ・レポーターがイラク国内及び同周辺地域で活動し、それぞれの立場で戦争に関連したニュースを配信したが、中でも、米英軍と共に行動した600人近い従軍レポーター(embedded reporters)から送られてくる第一線の生の映像は、“茶の間”の関心を集めた。

 b.イラクに対する心理的圧迫の強化

米軍は、今度の作戦を“shock and awe”(衝撃と恐怖)の作戦と性格付けていたが、戦争をできるだけ短期間に終わらせるために、開戦前からイラク正規軍に的を絞って恐怖心を与え投降を促すような情報・心理戦を実施した。

具体的には、開戦に先立って、「攻撃開始後2日間のうちに約3,000発の精密誘導爆弾やミサイルで攻撃し、徹底的に破壊する計画である」というようなことを、各種のメディアを通じて繰り返し意図的に流し、イラク軍の士気の低下を狙った。

また米軍は、開戦1週間余り前の3月11日、米本土の空軍基地において空中で爆発する10トン級の巨大爆弾“MOAB爆弾”の実験を成功させ、通常弾頭としては世界最強の破壊力を人々の目に焼き付けた。

 c.相互不信感の醸成及び世論の撹乱

バース党政権の支配下で恐怖政治が続いていたイラクでは、民衆にとって信頼できる情報は主に“口コミ”で伝わっていたが、米・英両国は、イラク国民の間に相互不信感を生み出し世論を混乱させるために、この特性を積極的に利用した。例えば、米軍等はそのため、攻撃開始に先立って数百人規模の特殊工作員や特殊作戦部隊をイラク領内に潜入させ、情報収集の傍ら各種の謀略活動を実施した。

フセイン政権に対する民衆の不信感を生み出すためには、フセイン大統領とその家族や政権内の要人の政治亡命工作説を流したりした。また、政権内部で猜疑心を生み出すために、例えばバグダッド進攻時に、「イラク人内通者から得た情報に基づいて行った」として、市内西部マンスール地区でフセイン大統領を狙った精密誘導爆弾によるピンポイントの爆撃を実施している。

(2)イラクが実施した心理戦

2002年末ごろ以降、米・英両国による武力攻撃の危険が逐次高まりを見せる中で、イラク政府は、国際社会の圧力でこれを阻止すべく対外的に様々な形で心理戦を展開してきたが、開戦後は、国内のメディアはもとより、カタールの衛星テレビ局“アルジャズィーラ”などのアラブ系メディアを最大限に活用して、日々活発な情報・心理戦を遂行した。

彼らは、国際社会に対して米英軍の非人道的攻撃や残虐行為をアピールするとともに、イラク軍及び民兵の勇敢な戦いぶり、或いはアラブ・イスラム世界の連帯の印として多数の義勇兵がイラク入りする姿を連日のように報道して、国民の団結の維持と抗戦意識の高揚に努めた。

 a.米英軍の非人道性のアピール

“衝撃と恐怖”と名付けた米英軍の作戦では、その名の通り昼夜を分かたぬ激しい空爆が実施されたが、イラク政府は、空爆によって多くの民間人の死傷者が出ていることを内外に印象付けようと努めた。そしてそのためには、毎日のようにサハフ情報相が記者会見をして民間人の被害の状況を発表し、或いは外国メディアのレポーターを空爆被害現場とされるところに案内して取材させている。

また、アラブ系のメディアを積極的に使って、イラク人だけでなくアラブ人の一般のバス乗客や、「人間の盾」として行動している欧米人まで誤爆の被害にあっているというようなことを報じた。

 b.国民の団結の維持と抗戦意識の高揚

3月下旬に入ると、イラク側は、“自爆攻撃”或いは民間人や投降兵を装って近づいた後で不意急襲するなどの戦法を多用するようになったが、それらの戦果の大きさ等を大々的に報道した。また4月4日には、アルジャズィーラが自爆攻撃実施を宣言するアラブ人女性2人の映像を流している。

一方、イラク軍の兵士や国民に安心感を与え、士気を鼓舞するためには、政府首脳の健在振りをアピールする必要があったが、撮影日時は不明ながら、折にふれて、フセイン大統領とその2人の息子など政府要人の元気な姿を放映している。更に、首都決戦を目前に控えた4月4日午後、フセイン大統領自身がバグダッド市内に現れ、街頭に立って市民を直接鼓舞した。

また、戦況が明らかに不利に傾いた3月下旬ごろからは、連日のように、アラブのイスラム諸国からイラク入りする義勇兵に関する報道がなされた。

(3)心理戦に係わる日本人の行動

このたびの戦争で展開された心理戦には、当然のことながら日本人も様々な形で係わることとなった。

米軍が第一線の部隊等への同行取材を認可した従軍レポーターには、日本のマスコミからも多くのレポーターやカメラマンが参加した。また、バグダッドはもとより、イラク北部のクルド人居住地区やイラク周辺アラブ諸国の主要都市には、日本のマスコミ各社が独自に派遣したレポーター等が配置されて、それぞれ、米英軍或いはイラク政府や滞在国政府等の規制・統制の下で活動を続けた。そして、彼らからテレビ中継や衛星電話を通じて送られてくる現地の生の情報は、日本においても茶の間のテレビの前に人々を釘付けにした。

また、この戦争をめぐっては、日本でもたびたび反戦の集会・デモが実施された。更には、10人を超える日本人がイラク入りし、バグダッド市内でイラク側が指定した浄水場などで「人間の盾」として行動した。

3.日本人の心理的特質

将来の心理戦に備える観点から、このたびの戦争における心理戦を参考にしながら、現在の日本人が持つ心理的・精神的特質のうち特に問題となる事項について概観すると、以下に示すようなことが言い得よう。

(1)本来的に備えている心理的特質

日本人が長い歴史の中で育んできた心理的特質については、日本と深い係わりを持った外国人を含めて多くの人が分析し、まとめているが、共通的に取り上げている特質には次のようなものがある。

 a.付和雷同的集団心理

「日本人は情緒的で集団のムードに流されやすい」ということは、日本人を評する表現としてよく耳にする。日本には「みんなで渡れば怖くない」とか「出る杭は打たれる」という言葉があり、集団的・画一的な行動を正当付けるためにしばしば用いられているが、古くから伝承されてきた共同体的農耕文化が、日本人の中核的性格としての「集団主義」を育んできたと見られている。

特に最近では、あらゆる分野で“ワイドショー”化が進むテレビ番組の影響で、付和雷同的な世論が一層目に付くようになっている。

 b.外来文化等への敏感な反応

明治の文豪夏目漱石は、「西洋は内発的に開化したが、日本は西洋からの波に乗ったままで開化してきた。それはつまり外発的開化であった」と述べているが、明治政府の富国強兵政策に伴って、西洋文明が洪水の如く日本に流れ込んできた。そしていわゆる「欧化主義」の風潮の中で、無批判に西洋文明の受け入れを主張する者も現れた。

日本人は、その本質において非常に保守的な国民であるといわれるが、半面非常に順応しやすい素直な一面も持っていて、それが外来文化や外圧に対する弱さを助長する方向に働いているように思われる。特に最近の日本人は、教育水準が高いうえに知識欲も旺盛で、マスメディアも含めて、外来のものに敏感に反応する傾向があり、中には内容をよく吟味せずに鵜呑みにする者も多く見受けられる。

(2)第2次大戦後に生まれた精神的特異性

第2次大戦後の日本では、いわゆる「東京裁判史観」に基づいて、概してそれまでの日本の生き方をすべて否定するような政策が取られ、その結果国民全体に国家意識が希薄になり、軍事に関する基礎知識を欠くこととなった。

 a.希薄な国家意識

戦後の日本において、「ナショナル・アイデンティティー」とか「国家意識」という言葉は、直ちに「軍国主義」や「全体主義」と結び付けられるようになり、国民の間にほぼ拒絶反応に近いものを生み出した。そしてその影響は、国家意識とりわけ愛国心の欠如となって現れている。

平成15年1月に政府が実施した「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」(対象者約2,000人)によれば、万一わが国が外国から侵略された場合どのように行動するかという問いに対して、自衛隊に参加して戦うと答えた者が5.8%、ゲリラ的な抵抗をすると答えた者が1.9%で、両方合わせても、何らかの形で抵抗に加わるとする者はわずか7.7%に過ぎなかった。

また、1995年に電通総研と余暇開発センターが実施した調査によれば、「進んで国のために戦うか」という質問に対して「イエス」と答えた者がわずかに17%に過ぎなかったが、これは世界の主要国の中で最も低い値で、中国の約90%や韓国の約80%を例外としても、2番目に低いドイツ(43%)の半分以下であった。

 b.軍事に関する基礎知識の欠如

第2次大戦後に制定されたわが国の憲法では、第9条に「戦争放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認」が規定されているが、国民の中には、この規定を錦の御旗にして、「戦争や軍事について教えることは軍国主義に通じるもので、戦前の過ちを再び犯すことになる」と主張する者も多く現れた。

そしてその結果、日本人は戦争や軍事に対してアレルギーにも似た嫌悪の感情を持つか、少なくとも関心を示さなくなり、「軍事」や「国防」の問題が全般傾向として「教育し、学ぶべき対象」から除外され、国民全体に戦争や軍事に関する常識的なことさえ理解することができなくなった。

4.心理戦に備えるために

  いわゆる“非対称”な手段を含め複合的に現れる将来の脅威や挑戦に対して、わが国を防衛するためには、ますます複雑かつ巧妙化する心理戦に国民レベルで備えることが不可欠になっている。

  外国から仕掛けられる厳しい心理戦に国家として適切に対応するためには、基本的に、国民の間に相互の連帯意識を高め、精神的な戦争遂行の意思を固めることが求められる。そしてそのような観点から、わが国で具体的になすべきことは、まず政府及び自衛隊に対する国民の信頼感を醸成することであり、更にまた、マスコミ関係者をはじめとして国民レベルの心理的な抵抗力を強化することであろう。

(1)政府等に対する信頼感の醸成

戦争という心理的な極限状態の中で、政府とその政策並びに自衛隊の行動に対する国民の揺るぎない信頼を確保していくためには、まず政府が、国家の安全保障・防衛に関する基本的な考え方(戦略)を明らかにし、常日頃から、重要な政策の決定に当たって、判断及び選択の根拠を可能な限り丁寧に国民に説明し、実施する政策の必要性と正当性について国民の理解を得るよう努力することが必要である。

また、自衛隊には、ますます拡大する任務・役割に関して如何なる国民の要求にも適切に応え得る能力を備えておくことはもとより、自らの任務・行動・能力等について国民に積極的に広報し、必要な情報を提供することが求められる。

情報時代・インターネット時代の今日では、リアルタイムかつ多様な情報が世界中を飛び交っていて、偽りの情報や楽観的に過ぎる情報の意図的な提供などは、逆効果を生み、国民の信頼を失う結果にもなりかねない。真実を伝えることは、今や心理戦防衛成功の基本要件の一つとなっている。

(2)国民の心理的抵抗力の強化

戦時の厳しい心理戦に対し十分に耐えられるよう国民の心理的抵抗力を強化するために、基本的に措置すべきことは、国民的なレベルで「愛国心」の向上を図ることであり、国家の危機事態に際し問題の本質や事象の真実の姿を見極め、適切に判断し得るよう一人一人の能力を高めていくことであろう。

 a.愛国心の向上

現在の日本人に愛国心が欠けていることは先に述べたが、かって一時期、日本人も愛国心の強さをもって世界中の注目を集めた時期があり、今日においても、総論的には愛国心の重要性を認める者が少なくない。平成14年に内閣府が実施した世論調査によれば、「国を愛する心」教育の必要性を感じている者が約75%に達している。

そのような中、現在論議が進んでいる教育基本法の見直しに際して、新たに法に規定する理念の一つとして、「日本の伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養」が盛り込まれる方向にあることは、“一歩前進”と評価してよいであろう。

 b.適切な判断力の育成・向上

戦時において、敵味方の報道機関を通じて流される情報の洪水の中で、真実を見極め冷静な評価・判断を下すためには、まず国民一人一人が、現実主義的な国際政治の本質を正しく理解し、更に軍事や戦争に関する必要な基礎知識を身につけ、その上に立って、国際社会で通用する評価の尺度或いは判断の基準を持つことが必要であろう。

このたびの戦争においても、日本人は今までになく高い関心を示したが、基礎知識の不足から、一部のマスコミが行う実態からかけ離れた、偏向的もしくは興味本位の報道や論評さえもそのまま受け入れ、国民世論も大きく振れることが多かった。

例えば、イラクに対する武力行使をめぐって米・英両国と仏・独等が対立したとき、わが国では、米・英を好戦的と見る一方でフランスを和平派の旗頭と評価する者が多く見られた。しかし、両者の対立にはもっと複雑な背景があり、その根底には、イラクの石油資源へのアクセス、或いは中東及びヨーロッパにおける影響力の拡大、更には世界的な秩序維持のあり方をめぐる利害の対立があったと見るべきであろう。

もともとフランスは、「米国が本気になって軍事的な圧力をかけだして初めて、イラクが小出しながらも譲歩し始めた」ことをよく分かっていたし、イラク周辺に大規模な部隊を展開し続けることが米国にとって大きな負担になっていることもよく承知していた。しかしながら、現実主義的で「国益」を優先するフランスは、あえて、「査察継続」と引き換えに、軍の展開に要する費用の分担や自国軍隊の提供を申し出ることをしなかった。

今後、わが国に対して、国際社会から自衛隊の直接参加をも含めた軍事的な関与が一層強く求められるようになろうが、今こそ、国家安全保障や防衛の問題を学校教育の場で取り上げることを真剣に考えるべきであろう。

おわりに

 第2次大戦後の日本では、敗戦のショックが、多くの国民にトラウマとも言えるほどの精神的な影響を与え、国民全体として、国家意識やナショナル・アイデンティティーという言葉を毛嫌いする風潮が生まれ、また、戦争や軍事の問題と正面から向き合って勉強し、議論することを避けてきた。そしてそのことは、国民の間でそれはほとんど意識されていないが、国家の存亡に係わるような危機に際して、敵対勢力から仕掛けられる厳しい心理戦に対して根本的に弱点を形成している。

 スイス連邦政府発刊の“Zivilverteidigung”(邦訳「民間防衛」)の中では、「戦争は武器だけで行われるものではなくなった。戦争は心理的なものになった」とか、或いは「民間国土防衛は、まず意識に目覚めることから始まる」ということが強調されている。

 冷戦終結後10年余りが経過した今日、日本を取り巻く安全保障・国防環境は大きく変化し、わが国に対する脅威や挑戦はますます複雑化する傾向にあるが、国家防衛に当たっては、適切な心理戦対策を取ることが強く求められている。

 このような観点から我々が心がけるべきことは、国民一人一人を対象に、時代に相応しい国家意識を育て、軍事問題を含め、様々な情報操作の中で現実に生起している事象を正しく把握・理解する目を養うために、教育の質を高めていくことであろう。

参考文献

1.「“日本人論”の中の日本人(下)」 築島謙三 講談社(学術文庫) 2000.10.10

2.「国家についての考察」 佐伯啓思 飛鳥新社 2001.8.13

3.「戦争が嫌いな人のための戦争学」 日下公人 PHP研究所 2002.3.6

4.「騙してもまだまだ騙せる日本人」 邱永漢 光文社 2002.7.15

5.「イラク戦争を巡る欧州国際政治」 植田隆子 「世界週報」(2003.5.20~6.3)

 6.「戦争論(Vom Kriege)」 Karl von Clausewitz(日本クラウゼヴィッツ学会訳)

                        芙蓉書房出版 2001.7.30 


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