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スペイン語情報誌がシンディ・シーハンの子息が死亡した時の状況の詳細を報道
http://www.asyura2.com/0505/war73/msg/639.html
投稿者 バルセロナより愛を込めて 日時 2005 年 8 月 22 日 17:50:27: SO0fHq1bYvRzo
 

スペイン語情報誌がシンディ・シーハンの子息が死亡した時の状況の詳細を報道


スペイン語情報誌IAR-Noticiasが、シンディ・シーハンの子息が死亡したときにイラクで取材していたIPS(Inter Press Service)記者が語った話を報道しています。
全訳します。

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http://iarnoticias.com/ultimo_momento/norteamerica/0599_hijo_cindy_22ag05.html

ある特派員が、イラクでシンディ・シーハンの子息がどのように死亡したのか語る

(IAR-Noticias) 22-Ag-05


イラク侵略と占領を取材した一人の記者アーロン・グランツ(Aaron Glantz)が、2004年4月4日にケイズィ・シーハン(Casey Sheehan:シンディ・シーハンの子息)と他の9名の米兵および15名のイラク人が死亡した状況がどのように発生したのかの詳細を述べる。


『ブッシュは、シンディ・シーハンの息子ケイズィがなぜイラクで死亡したのかを説明するために彼女に会うことは無いだろう。私が彼女に私の持っている情報を敬意を込めて伝えよう。』IPSの記者はこう告げる。

『私は2004年4月4日にバグダッドのサドゥル市地域にいた。その日はそこで軍のスペシャリストであるケイズィ・シーハンが死亡したのだ。私は米国占領軍といっしょに派遣された記者だった。しかし私は生きてそこから脱出できた。

私は、シーア派の僧ムクタダ・アル・サドゥルの行動に対抗するブッシュの軍の攻撃を取材するために、サドゥル市に赴いていた。攻撃はサドゥル師が数百万の支持者を持っていることも大きな政治的影響力をもっており暴君たちに対する抵抗の歴史を持つ家系であることも無視したのだ。

サドゥルの父親はサダム・フセイン政権によって1999年の反乱を促したとして殺害された。彼の叔父は大アヤトラのバキル・アル・サドゥルだが、1980年にサダム政権に抗する反乱を指導していたときに暗殺された。

サドゥルの兵力が、その基本的な行政サービスが存在しない地区で、貧しい者達に食事を与え交通を整えあるいはゴミを集める作業に就いていたことなど、(米軍の攻撃は)無視した。ブッシュとイラクにおけるその執権者であるL.ポール・ブレマー大使にとっては、問題はサドゥルが占領に反対したことである。

そこで攻撃が仕掛けられた。最初にその新聞を閉鎖させた。その次に彼の最大の協力者を逮捕した。その後にブレマーは、ある判事がサドゥルを殺人の罪で告訴していると告げた。

ブレマーは言った。「彼は明らかにイラクの合法的政府が治める地区で自らの権威を確立しようとしている。我々はこれを許さない。」

このような状態だった。2004年4月4日の前には、ムクタダ・アル・サドゥルは、占領に反対して平和的な手段で抵抗するように彼の支持者に求めていた。しかし米軍の攻撃の後、彼らに「敵を攻撃せよ」と命じた。

戦闘の最初の48時間で、サドゥル支持者はその地区全土の警察署と政府機関を占領した。それにはイラク南部のバスーラの庁舎を含んでいる。

少なくとも75名のイラク人と10名の米軍兵士が死亡した。その中にケイズィ・シーハンがいたのだ。私の新聞記者としての任務で、私はイラク人の死者を見ただけだった。米軍兵士の死体は軍病院に運ばれていた。

通訳であるワッセムと一緒に、私はサドゥル市にあるアル・ウバイディ病院まで、米軍タンクによって封鎖された多くの通りを横切って行った。

私はそこで15歳のアリ・フセインを取材した。彼は腹部に銃弾を受けていた。頭を持ち上げることは出来たが、西欧人の記者に対しては余りしゃべろうとしなかった。

「僕は自宅の入り口のところにいました。そして彼らは僕を撃ったのです。」とつぶやいた。「米国人に対して何もいうことはありません。神が裁いてくれるでしょう。それだけです。」

数キロメートル離れたところにあるムスタンスリエ大学では、キャンパス中央に数百名の学生が集まっていた。「死者たちは勇敢な人々を好む。だから我々はブレマーの法には従わない。」彼らは叫んでいた。

イラク学生イスラム同盟のリーダーであるワッサム・メフディ・フセインそのときに言った。「我々が直面する状況にあわせて行動するだけだ。」占領に反対してサドゥルが打ち出した「ジハード(聖戦)」の宣言を支持して「我々は平和的・戦闘的なあらゆる手段を駆使する」このように強調した。

別のムスタンスリエ大学の学生、アリ・モハメッドは、米軍がサドゥルの新聞を閉鎖しその協力者を逮捕したときにどれほどの暴力が発揮されたのかを思い出した。

「我々は米軍とは闘いたくない。」アリ・モハメッドは私にこう語った。「我々は彼らにはとても感謝している。サダム・フセインから我々を解放してくれたのだから彼らを好んでいる。しかし同時に、我々を人間として扱ってもらいたいのだ。」

「多くの人々が飢えに苦しみ、仕事が無いために家でじっとしていなければならない」これらのことは状況をもっと悪くするし、そうなれば我々は攻撃に訴えることになる。我々は彼らを尊敬したいし彼らにも我々を尊敬してもらいたい。」

1年たって、何の尊敬も存在しない。シンディ・シーハンのような米国国民に対してすら、イラクでの彼女の子息が死んだことに関して、真実が知らされることが無いのだ。』

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アアロン・グランツはIPSの派遣協力員であり、Tarcher/Penguin出版社から書籍「アメリカはどのようにイラクを失ったか」を出している。

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